俺は妹を守る為に妹を傷付けた   作:紫糸ケイト

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傷跡

 

 

 屋敷に向かうと、執事やメイドさんがいつも通りに働いていた。

庭木の手入れ、掃除、業者とのやりとりにお嬢様のペットのお世話等の日常業務をこなしつつ、お嬢様当番として藤川さんが料理を作っている。

すれ違う一人に挨拶をしながら藤川さんは厨房にいるかと確認して、俺は彼女の元に足を進めた。

 

「藤川さん!」

 

 綺麗な厨房で彼女は見事な包丁さばきを見せている。

見事に等間隔で切られた野菜や、これからグラッセになるであろう丁寧に面取りされたニンジンが丁寧に分けられていて、今は付け合わせの野菜の準備をしている事がすぐに分かる。

今日の昼はステーキか?

いや……そんな物を出せば、お嬢様は確実に"切った肉を焼いただけの手抜き料理を食べさせるのか"と怒るに違いない。

現に俺は、それでクビになった人を知っている。

 

「あ、変態だ」

 

「ちょっと!?」

 

「うそうそ、冗談だって」

 

 出会い頭に凄い冗談を言わないで欲しい。

 

「二割ぐらい冗談だからさ」

 

「いや八割はマジなんですか!?」

 

 ニカッと笑う彼女の笑顔はとてもカッコいい。

こんな事を口にすればまた変態と言われてしまうだろうが、カッコいいもんはカッコいい。

胸の膨らみさえなくせば、クールで中性的なあの顔と頼れる兄貴的な性格に堕ちる女や男はざらに……まぁ、俺はかっこいい女性の藤川さんに一度惚れた訳だが……もう終わった恋だし、今日はそんな話をしに来たんじゃない。

いつもよりほんの少しだけ、真面目な話をしにきたんだ。

 

「お前って今日はシフト……あったっけ?」

 

「いえ、それは無いですけど、実は少し相談があって……」

 

「相談?」

 

「はい、メッセージで話す事も出来ましたけど、やっぱり直接話したくて、来ちゃいました」

 

「そう言うけどさ、実はお嬢様に会いたかったりしたんじゃねぇの?」

 

 お、お嬢様!?

いきなり何故あの人が出てくるんだ?

 

「い、いやお嬢様は関係なくて」

 

「でもさ、お前はお嬢様が好きだろ?」

 

 それは……そうだったと言うか、微妙だ。

恩もあるし、大切な人なのは間違いない。

あの笑顔を見られるのも、ふざけた会話ができるのも、もしかしたら俺は彼女の特別なんじゃないかって自惚れていた事もあった。

でも、お嬢様は俺を男として見ていない。

ただの所有物として、俺を見ているんだ。

 

「お嬢様は俺の事……男として見てませんから」

 

 そうだ、俺は彼女の特別じゃない。

他の使用人やクラスメイト、その他有象無象の一つでしか無い。

 

「……ッ!」

 

 藤川さんがハッと、俺を見た。

一瞬だけ、酷く何かに怯えているような、彼女らしくない表情を浮かべたが、すぐに普段通りの彼女に戻った。

明らかに普通じゃない、ゴキブリと対峙した時でさえあんな表情を見せなかった彼女がどうして、あんなにも……。

 

「でもほら、お前ってお嬢様の事が気になるんだーって言ってさ、何度も何度もアタシに頭下げて必死に好物聞き出してたろ?」

 

「そんな事もありましたね、半年前ぐらいでしょうか」

 

「いいか、ここだけの話だ」

 

 目の前のイケメンの頬に、汗が一筋ゆっくりと流れていく。

空調の効いたこの厨房で、彼女は汗をかいている。

明らかに変だ、こんな藤川さんを見た事はない。

少し、いやかなり疑問に思ったが、彼女の良すぎる顔が近づいてきて、そんな考えは一瞬でかき消された。

 

「ちょ、近いです! 浮気になりますって!」

 

「ならねぇよバカ! いいから耳貸せ!」

 

「そ、そんな事より今日は妹の事で相談があって」

 

「そんな事じゃねぇよ!」

 

 ドンと、大きな音がした。

そのいきなりの大きな音に驚き、怯んだ俺が音の原因を見つけるのはその直後で、目の前の彼女が調理台を叩いているのを見てさらに驚いてしまう。

 

 殴られる事はあったが、彼女は決して物にあたるタイプじゃない。

そんな彼女が、自分の手を痛める事を無視して、感情的な行動をしている。

意外、驚き、そして、今度ははっきりと見せた彼女の彼女らしくない表情。

 

「お前のお嬢様に対する気持ちは本物だったはずだ! 違うか!?」

 

「えっと、藤川さん」

 

「物扱いなんて全員平等だろうが! そんな事でうじうじ言いやがって、ふざけんなよ!」

 

「お、落ち着いて下さい!」

 

「あっ……悪い」

 

 彼女はその場で俺に謝罪した後、深呼吸をした。

俺もそれを見てようやく動けるようになって、彼女と同じように深呼吸をする。

 

「アタシはさ、お前にお嬢様を諦めて欲しくないんだ」

 

 別の食材が置かれていない調理台に腰掛けた彼女は、俺を見ずに天井を見ながら話を続ける。

 

「お前だけなんだよ」

 

「俺だけ?」

 

「ああ、お嬢様が言わなかっただろうが……お前はお嬢様の特別なんだ」

 

「俺が……特別ですか? でも所有物だって言われましたよ」

 

「重要なのは言葉じゃない、考えてみろ、お嬢様はお前に優しいし協力的だし……この間の妹さんの一件もそうだ、妹さんと暮らすお前に負担が片寄らないように、あの人なりに言ってたんだよ」

 

 "だからといって、貴方に負担を背負わせるのは違います"

 

 あの時はそんな風に考えた事は無かった。

正論だけでは妹は救えないのに、何故この人は同情や共感をしてくれないのかと、少し彼女を責めるような事しか考えていなかった。

 

「お嬢様が……俺を、特別扱いしている……?」

 

「あの人はアタシ達がどうなろうと知ったこっちゃないし、興味すら持たないが……お前は違う、お前が自分で背負った物に潰されないように、努力して兄を助けろと釘を差したんだぞ? こんな事はアタシが見てた限り今まで一度も無かった」

 

「俺も……無いです」

 

「真っ直ぐに想いを言葉に出来ない人だってお前も分かってんだろ? お嬢様もお前を信じてた! なのに……お前がそんな、あの人を見捨てるような発言してんじゃねぇ! お前だけは、あの人を理解してなきゃダメだろうが!」

 

 お嬢様を……理解しなきゃいけない。

確かに彼女が妹に正論を説いた時、妹の事情は知らなかった。

知っていたとしても同じような言葉をぶつけていたかもしれないけれど、俺の事を考えて発言していたと言われると確かに辻褄が合う。

 

「特別な人の為に努力して、その結果見捨てられるなんて展開が許されていいのか? お前はそんなに薄情な奴なのか? 違うだろ?」

 

「お嬢様……」

 

 あの人は人を所有物として扱う。

それは誰に対しても平等で、それ以外となると他人扱いぐらいだろう。

そんな中で、彼女は俺を特別扱いしてくれていた。

不器用なやり方で、俺の負担を減らす為、俺の一人で妹を守りたいというプライドすら見透して、直接助けるのではなく、あくまで妹に努力させて助けさせるってやり方で助けようとしてくれていたんだ。

 

「胸は無いが、見た目は完璧で家柄もいい、そしてお前の事を誰よりも気にしている、そんな美少女を諦めていいのか?」

 

 お嬢様にフラれた訳じゃない。

誰にも知られていない、トゲだらけの中に咲く綺麗な花のような彼女の魅力は未だ健在で、それは不器用にトゲを俺に当てながらも綺麗に咲いているんだ。

そんな人を、勘違いしちゃダメだ。

俺が惚れた人を、こんなに簡単に諦めていい訳が無い。

 

「諦めたくありません」

 

「ああ、それでいい、それでこそアタシの弟分だ」

 

「弟……えへへ」

 

「……そこはカッコよく返事するだけでいいんだよ、バカ」

 

 俺の頭に軽い手刀が入る。

あきれて笑う藤川さんは、いつものようにカッコいい笑顔を見せていて、さっきまでの何かに怯えたような表情は気のせいだったのかと思えるほどに、満面の笑みだった。

 

「必ずお嬢様を俺の彼女にしてみせますから!」

 

「それは言い過ぎだ、まずは人として隣を歩けるようになる所を目指すんだな」

 

 よし、妹の相談もあるけれど、お嬢様の好物の冷たいデザートでも作ろう。

作業をしながらでも、相談ぐらいは出来るはず。

しかしまあ、随分と本題からズレてしまったな、とりあえず妹の事を……うーん、どこから話せば……。

 

「……よかった」

 

「何か言いましたか、藤川さん」

 

「いや、何でもねぇよ」

 

 よし、それじゃあプリンアラモードでも作ろう!

前にフルーツをプリンに乗せてホイップで飾っただけの手抜きスイーツだと言われたけれど、明らかにキラキラとした目で食べていたし、喜んでくれていたからな。

俺なりの謝罪と、お嬢様の笑顔が見たいって下心の塊を綺麗に作ってやる!

 

「これも青春だ、頑張れよ」

 

 藤川さんは手をヒラヒラと降りながら後ろをむいてしまった。

だけど、その時に変な物を見つけた。

遠目では分からない、肌の色と同じバンドエイドがいくつも張られている。

包丁の扱いに慣れているはずの彼女の手に、切り傷がいくつもあったんだ。

 

 

 

 

 

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