俺は妹を守る為に妹を傷付けた   作:紫糸ケイト

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貴女だけは俺の味方

 

 

 妹の事を話しつつ、藤川さんと共に料理を作る。

お互いに作っているメニューは別だけど、一緒に厨房に入って作業をするなんて事はかなり久しぶりで、一年前に殴られながら料理の勉強をしていた頃を思い出させる。

包丁の使い方から素材を生かした料理方法、それらを彼女から学んでいた頃が懐かしい。

 

「それって虐待だろ、警察には行ったのか?」

 

「妹がそれを嫌がるんですよね……自分の娘すら守れない母親を気遣ってるっぽいんですけど、意味が分かりませんよ」

 

「同じ女としてさ、お前の妹さんが生きてきた世界がどれだけの苦痛に溢れた場所なのかはお前よりも分かるつもりだけどよ……本当に大丈夫なのか? 廃人になっててもおかしく無いんだぞ?」

 

 藤川さんの包丁の動きが一瞬だけ、ほんの僅かに止まった。

だが、俺が瞬きをする間には、もう元通りの正確なリズムに戻っていた。

 

「大丈夫じゃ……無いですね、お礼と称して自分の体を差し出そうとするんですよ? まるで自分には体しか価値が無いみたいな事を言って、実の兄である俺に奉仕しようとするんです」

 

「そりゃ……普通じゃないと言うか、洗脳されてんな」

 

 妹の事で相談に来たのに……彼女の傷が、気になって仕方ない。

本当に注意して見ないと分からない事だが、白色の襟レースで隠された彼女の首には、白色の包帯らしき物がほんの少しだけ見えている。

いやあれは湿布か?

疲れて手元が狂ったとかならば、湿布と傷には納得するんだけど……。

 

「そんなにアタシを見ても……この問題の解決策なんて、簡単には見つけらんねぇよ」

 

「あっ、すいません」

 

「何か妹さんにとってプラスな事をされたら、もしくは貰ったらそれに対応するお礼として自分の体を差し出してくる、そしてそれを受け入れなかったら殴られる恐怖に襲われてる……ねぇ」

 

「今はどちらも受け入れずにいますけど、ゆうこは困惑しているというか、困っているようにも思えますね」

 

「そりゃそうだろ、お前は兄として接してても、妹さんからすりゃ自分の知っている唯一のルール通りに動かないイレギュラーなんだからな、いきなり殴られるとか、襲われるとか、色々考えちまうんだろ」

 

 藤川さんは色々と教えてくれた。

警察に行くのがいいかもしれないが、本人が言おうとしない状況じゃ意味がない事。

あまりにも根深く、長年にわたって妹の体と頭に染み込んだルールには乗ってはいけない事。

やはり彼女に相談して正解だった、だから……俺の事も相談しよう。

はっきり言って怖いけど、藤川さんは俺の味方だ。

 

「実は……」

 

 俺は彼女に全てを話した。

これまでは妹の話しかしていなかったが、俺自身が妹をどう思っているのかを、全てだ。

彼女は目を見開き、包丁を落としたが、腕を組みつつ話を聞いてくれる。

色々と言いたい事がありそうだけど、俺の話が終わるのを待ってくれているんだ。

 

「俺は、妹の事を異性として見てはいないんです! でも……頭と体が一致しなくて……それで……」

 

 日常では、妹にそういった自分を"メス"として売ろうとするのを止めろと言っている。

だけど、気が付くと……目が彼女の顔や体に向かっている。

可愛い彼女の、大きな胸や腰、傷だらけなのに魅力的な足に視線が奪われている。

そんな獣に、俺はなりかけているんだ。

 

「お前はキスのルールで妹の体を差し出そうとするのを止めたと言ったよな?」

 

「キスのルールを決めた時、妹は俺の口に自分の舌を入れるようなキスをして…….俺はあの後で、無意識に次のキスに期待しているぞと言ってしまったんです」

 

「……続けろ」

 

「頭では妹だと分かっているのに、助けたいのに、俺は彼女が提供しようとするお礼をどこかで期待しているんです! 手を出せば義父と同じになるのに、妹はそれで苦しんできたのに、俺は……俺は……」

 

 言葉にすると酷い、あまりにも酷い。

妹が過ごしてきた環境もそうだが、俺の彼女に向ける視線。

それに、こんなにも弱っている彼女に"オス"としての本能を向けてしまうのは、猿とかそんなレベルだろ。

いや、きっと猿でも実の妹に対して"オス"になるなんて事はしない。

弱った家族という、それだけで守るに値するはずなのに、そこに女性という一つの要素を入れた途端、俺は……人はおろか、猿よりも低い道徳心の、人の形をした化物になってしまっているんだ。

 

「もういい、落ち着け」

 

「奪われた兄妹の生活を取り戻す為に部屋を借りて、苦労してアイツを探して、頑張ってきたのに……俺が弱いから……俺が!」

 

「いいから落ち着け、バカ」

 

 藤川さんは俺を抱き締めてくれている。

 

「ただの性欲……って訳じゃねぇんだろ?」

 

「俺はアイツを守りたいんです、二度と傷つかないように、普通の日常をおくらせてあげたいし、家族として過ごしたいだけなんです」

 

「わかってる、だから泣くな、服濡れんだろうが」

 

 妹をどうすれば助けられるか。

それを考えてここに来たつもりだった。

だけど、多分それは建前だったのかもしれない。

妹に抱きつかれて、ドキドキして、俺が彼女に手を出す事すら彼女の望みであるという空間から、逃げ出したかっただけかもしれない。

 

「ごめんなさい……藤川さん」

 

「ったく……でもさ、やっぱりお前は努力家だな」

 

「努力家……ですか?」

 

「ああ、だってお前はまだ一線を越えちゃいないし、そうならないように立ち回ってる」

 

「でも、妹から逃げてます」

 

「だとしてもさ、お前は家族として、兄として接する事を諦めてねぇだろ?」

 

「それは諦めてません、でもいつか、俺は負けてしまうんじゃないかって……怖いんです」

 

「弱音を吐くな、バカが」

 

 ああ、この人に相談して良かった。

解決策は見つからないけれど、心が少しだけ軽くなったなような気がする。

俺の努力、妹のお礼を受け取らない事は評価されているし、彼女は俺をまだ人間だと、優しく包み込んで教えてくれている。

 

「……また、困ったら相談に来てもいいですか?」

 

「……っ……ああ」

 

 さらに力強く、俺を抱き締めてくれる。

こんな人が母親なんて、産まれていないけれど藤川さんの子供が羨ましい。

 

「ありがとうございま」

 

「だけどよ、アタシはお前のその困難を完全に解決してはやれねぇ」

 

「それでも、俺は藤川さんと話しているだけでも」

 

「ダメだ、根本的な所でお前は変わらないといけない」

 

 俺の言葉が途中で彼女に遮られる。

さっきまで話し終わるのを待ってから、言葉のキャッチボールをしていたはずなのに、いきなりそれが崩れてしまった。

 

「そうだ、お嬢様がいい、次からお嬢様に相談したらいい」

 

「お嬢様は……その、こんな話をして本格的に見放されて嫌われるかもしれませんし、俺は藤川さんがいいんです!」

 

 そう言い終わると同時に、彼女は俺を解放した。

だけど、その視線は俺に向けられていない。

その先にあるのは、入り口だ。

まさか、誰かに見られて……!?

 

「誰か覗いてるんですか?」

 

 振り向こうとした俺を止めるように、藤川さんは俺の両頬に手を置いた。

頬からは細かな震えが伝わり、俺の質問に対して彼女は何も答えない。

ただ、力で俺に後ろを見せないようにしている。

 

「ちょっと……藤川さん?」

 

「……お前は今、男として女を求める本能と、その女の家族を守るって矛盾した想いに苦しんでいるんだ、だから」

 

 そして怯えたような、まるで言わされているかのように。

 

「家族じゃない女性、例えばそう、素敵で可憐で不器用なお嬢様と付き合えば、きっと妹に興味は無くなるよ」

 

 お嬢様と恋人になれと言った。

それは提案というより、彼女の懇願のようにも聞こえる言葉だった。

 

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