俺は妹を守る為に妹を傷付けた   作:紫糸ケイト

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地獄の食卓

 

 

 くすみ一つ無い綺麗な食器を並べる。

昨夜寝る前に磨き上げ、朝起きてから俺が再度確認したのだから、確実に綺麗になっている自信がある。

そのうちの一つを手にとってみればほら……罪人の顔が綺麗に映っている。

だけど大きくて白い皿には、あてらが英雄と呼ぶ男の顔も映っている。

……もう少しだけ、スプーンは磨いておこう。

 

『お兄ちゃんは私を守るって言ったよね? それで……お義父さんよりも酷い事をした……なんで? なんで私がこんな目に会わないといけないの!?』

 

 どれだけ磨いても、罪が消えない。

社会的に妹を守ったけれど、妹は俺を義父以下の男と呼び……そして、壊れてしまった。

あの薬を飲ませた影響は、数日後に現れた。

学校で倒れた彼女はあてらの病院に運ばれて……彼女の中に宿っていた命と共に、笑顔も失われてしまった。

 

「ゆうまさん、そろそろ朝食をお願いします」

 

「ああ、いつも通りでいいか?」

 

 あてらから言われて、いつも通りの朝食をカートにのせていく。

トーストと野菜のスープに半熟のオムレツ、これが最近のあてらのお気に入りみたいでこればかり作らされている。

もっと色々な物を作りたい。

辞めてしまった藤川さんが残してくれたこのレシピノートの全てを試したいけれど、その殆どは未だ手付かずのままだ。

 

「それと、これだな」

 

 今日は味付けを変えてみた、甘さを強めに引き出したコーンスープも忘れずに乗せておく。

今日こそ、食べてもらえるといいんだけど……。

 

 家族の食卓には、あてらが行儀よく座っている。

彼女は俺を見てから「ありがとうございます」と他人行儀な言葉を放ち、頭を下げるけれど……。

 

「あてら、何度も言うがその他人行儀はやめてくれ」

 

「これは癖みたいな物でして……それに、この子の教育に悪いですから」

 

「そういう問題じゃない、俺達はもう家族なんだから、距離感が離れすぎてるって言ってるんだ」

 

 俺はあてらと結婚した。

今じゃ少し前に産まれた子供もいるし、あてらの父も俺を認めてくれている。

仕事は……頭が悪くてあまり任せてもらえないけれど、この屋敷の事を全て管理するように任されている。

ただの料理人だった過去を思えば、大出世だろう。

 

「それはそうですが……あ、ゆうこさんも来てください、朝食ですよ」

 

 ただ、この生活に早く慣れろとあてらに言った身ではあるが、どうしても、何度見ても慣れない物がある。

 

「はーい、お兄ちゃんもいこ、ご飯だよ」

 

「ゆうこさん、その子はゆうまさんではありません」

 

「ううん、だって私とお兄ちゃんの子供なんだもん!」

 

「あら、とても愉快な設定で遊んでいただけるのは有難いですが、まずは食事にしませんか?」

 

 俺とあてらの子供を、俺と呼び、それでいて自分の子供だと言う痛々しい妹の姿は……見ていると心が締め付けられるような息苦しさに襲われてしまう。

俺を見ても何も言わない。

あてらを見ても何も言わない。

ただ、言葉を話す事の出来ないような小さな子供には彼女は口を開いて会話をしようとしている。

 

「お兄ちゃん、はいあーんして」

 

「ゆうまさん、今日の予定ですが昼は戻れませんので作らなくて大丈夫です、ですが夜にはお客様を呼ぶ事になりますので……」

 

 あてらは妹を一瞬だけ見てからいつも通り今日の予定について話をする。

隣であてらの子供が妹からお兄ちゃんと呼ばれているこの異常な光景も、彼女にとっては取るに足らない事らしい。

 

「ですので、夜は見栄えの良いものをお願いしますね」

 

「わかった、張り切って作るよ」

 

「程々でかまいませんよ」

 

「いや、妻の頼みには全力で答える主義なんだ」

 

「それでしたらそれでかまいません、ではよろしくお願いします」

 

 そんな彼女だが昔と変わった所もある。

社会に適応するため、それを練習するために屋敷では以前のように音を立てたり、自由に食べる事は無くなっていた。

その所作はとても綺麗で、長く伸びた髪と鋭くも暖かい彼女が纏う空気がさらに女性としての魅力を引き立てる。

俺はこの人の夫として恥ずかしくない働きをしないといけないのはわかっているつもりだが……俺なんかとあてらが釣り合っているのかいつも不安になってしまう。

 

「それでは、いってきます」

 

 あてらが朝食を食べ終えた。

今日も……うん、綺麗に食べてくれた!

 

「あてら」

 

「どうしましたか?」

 

「いってらっしゃい、愛してるよ」

 

「ええ、私も愛してますよ」

 

 急いでいるのか、あてらは俺に綺麗な笑顔を一瞬見せてから早足で部屋を出て、外で待っていたメイドと共に車に向かっていく。

カツカツとしたヒールの音が遠くなっていき、部屋には俺と妹と、俺の子だけが残される。

 

「ゆうこ、今日のコーンスープは絶対うまいぞ」

 

「もー、お兄ちゃんってばこぼしすぎだよ」

 

「この田舎パンは俺が焼いたんだが、そんじょそこらの店で売ってる物よりふわふわだし、スープにはぴったりなんだ」

 

「えへへ、最近のお兄ちゃんはいつも食べさせてあげないと食べないよね、シスコンが加速してるよー?」

 

 妹とは会話が成り立たない。

だけど、俺は諦めたりしない。

必ず、どれだけ時間がかかったとしても……。

 

「思い出すよね、お兄ちゃん」

 

 また……子供に話しかけている。

 

「お兄ちゃんが義父さんから助けてくれたあの時、食べさせてもらったコーンスープはとってもおいしかったよ」

 

「……ゆうこ?」

 

「お兄ちゃん」

 

「ゆうこ……お前……!」

 

 妹が俺を見た。

彼女の膝に乗る子供じゃなくて、本物の兄である俺の目を見ている。

ゆうこの瞳には、少しだけ光が覗いていて……もしかしたら、妹が戻ってきたんじゃないか?

過ごせなかった普通の日常を過ごせる環境は揃ってる。

俺一人でお前を守る事は出来なかった、お前を傷付けるだけだった。

だから……今度こそ、お前を……。

 

「返してよ、お兄ちゃん」

 

「ゆうこ?」

 

「私の赤ちゃん、返して」

 

「それは……その、お前に酷い事をしたのは……」

 

「義父さんよりも酷い事をして、どうしてそんなに幸せでいられるの?」

 

 言葉が無い。

ゆうこの言っている言葉に間違いは無い。

怒りはもっともで、反論する事なんて許されないだろう。

例え、お前を救うためだとしても、俺がした事は妹の尊厳を破壊する行為だった。

 

「お兄ちゃん、見て」

 

 視線を下に落としていた俺はゆうこに呼ばれて視線を戻した。

 

「ゆう……こ……?」

 

 妹は、スプーンをコーンスープで満たして、それを子供に食べさせている。

一歳になったばかりの我が子は、とても美味しそうに食べてくれているが、妹は口に入れたスプーンを抜こうとはしない。

むしろ、押し込んでいる。

 

「お前……やめろ」

 

「やめないよ」

 

 子供から嗚咽が聞こえてくる。

小さな瞳からは涙が流れて、バタバタともがいているけれど、妹はしっかりと抱き締めていて……このままじゃ、殺される!

 

「ゆうこ!」

 

「私とお兄ちゃんの子供は殺したのに、神目さんとお兄ちゃんの子供は殺しちゃいけないの?」

 

 俺が近づくと、さらにスプーンを喉に押し込んでいく。

止めようにも……止められない。

 

「やめろ……やめてくれ」

 

「まだいいじゃん、私なんてやめてって言う時間も無かったんだよ?」

 

「悪かった……俺が悪かった……その子にはなんの罪もないだろ、だから恨むなら俺を恨んでくれ!」

 

「私の赤ちゃんにはなんの罪も無かったのに、お兄ちゃんに殺されたもん、自分はダメなの?」

 

「お願いだ……俺に出来る事なら何でもする、だから……許して……下さい」

 

 嗚咽が泊まり、泣き声が部屋に響いた。

妹は口から血を出す子を無表情に見てから、血のついたスプーンを見て、それを照明に照らして見つめている。

まるで素敵な宝石を眺めるように、宝物を手に入れた少女のように、泣き声の一切を無視していた。

 

「この子は……お兄ちゃんを神目さんに縛り付ける為の物」

 

 ゆうこは血の付いたスプーンをもう一度コーンスープにくぐらせて、それで満たしていく。

これから何をするか、嫌でも分かる。

止めないといけないのに、足が動かない。

彼女が受けた痛みと苦しみを味わえと言われているような気がして、止める言葉も浮かばない。

 

「だから……お兄ちゃんを私が助けてあげる」

 

「俺は……助けてくれてなんて言ってない」

 

「私も言ってなかったよ」

 

 ゆっくりと、スプーンが持ち上がる。

それを見てさらに子供が暴れるが、妹はそれを力で押さえ込んでいて、逃がさない。

 

「ゆうこ……お願いだから……」

 

「早くしないと……だよね」

 

「早くって……何を……」

 

 ゆうこはスプーンをおもいきり喉に押し込んでから。

 

「早く私が産んで、弁償してあげないとね」

 

 そう言って、笑っていた。 

 

 

 

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