俺は妹を守る為に妹を傷付けた   作:紫糸ケイト

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まだ、愛されてない

 

 

 光が綺麗なサンルーフから差している。

室内に作られた綺麗な花園に作られた、豪華な机にいかにも高そうなティーカップを乗せ、彼女は椅子にこしかけている。

そんな彼女、神目あてらは俺を見ていない。

道中ずっと俺の腕に胸を押し付け、周囲からジロジロと見られるという罰のような事をしてきて……。

 

 腕から伝わる柔らかな感触よりも、"知り合いに見られたらどうしよう"って感情でいっぱいだったんだぞ。

やめろって言っても聞いてくれなかったし、無理やり腕を剥がそうとしたら。

 

『んっ……』

 

 とか艶っぽい声を出しやがって!

そのまま続けて"お兄ちゃん"とか言うもんだから、もう冷や汗が止まらなかったぞ。

 

「初めまして、私は神目あてらと申します」

 

 そんなアクシデントのような出来事を乗り越え、俺と妹は今お嬢様の屋敷にいる。

俺を出迎えてくれた藤川さんが妹を見て。

 

『え、職場に彼女連れ込むの?』

 

 と、まぁ酷い勘違いをされ、その話がすごい速さでお嬢様にも伝わっていたみたいで……。

彼女からは、圧を感じる。

普段とは違う、もっと冷たい空気を纏っている。

 

「山中ゆうこ、です」

 

「山中? 追妹ではなくて?」

 

「それはお父さんの……」

 

 妹はその言葉を言った途端、俯いた。

産みの父親ではなく、自分の義理の父親を思い出してしまったのかもしれない。

俺は咄嗟に、一歩妹の前に出た。

妹は俺の後ろに隠れて、俺の上着を握りしめている。

体内からくる恐怖に打ち勝とうと、もしくは耐えようと頑張っているんだ。

 

「お嬢様、妹は母親に引き取られたので名字がちがうんです」

 

「あ、そうでしたわね」

 

 手を口の前に持ってきて、"まぁ、そうでしたの"と言いそうな驚き方をして、お嬢様はそれを言わずに黙った。

妹も俺も喋らない、無言の時間が流れていく。

何が目的なんだろうか。

何が知りたいんだろうか。

 

「ねぇゆうこさん」

 

「……はい」

 

「貴方が羨ましいですわ」

 

「……私が、羨ましい、ですか?」

 

「はい、とても!」

 

 お嬢様が立ち上がり、妹に近づく。

だが触れたりはせず、俺と妹を見ながら、周囲をゆっくり歩いて回る。

 

「貴方の兄、ゆうまさんはとても頑張っていましたわ」

 

 ここで"そうだぞ、俺は頑張ってんだぞ!"とか言えたらどれだけ良かっただろうか。

この空気に飲まれて、俺は動けずにいる。

妹はお嬢様の事を……以外にもどうも思っていないみたいだ。

父親を思い出した恐怖から立ち直りつつあるのか、俺に伝わる震えが徐々に小さくなりつつある彼女はまっすぐにお嬢様を見ている。

 

「何も出来ず、メイドに怒られ、執事に怒られ、指を何度も怪我して……料理技術という、世の中を生き抜く力を身に付けました」

 

「お兄ちゃん、頑張ってたんだ」

 

「まぁな」

 

「16歳だった彼が、どうしてそこまで頑張るのかと聞いた事があります、すると貴女の話をしてくれました」

 

 妹はお嬢様ではなく、俺を見た。

じっと、奥底に光の籠った瞳はとても美しい。

 

「ここで働いて、自分稼ぎで部屋を借りて、いつか離ればなれになってしまった家族である貴女と失った日常を取り戻すんだと、笑って答えてくれたんです」

 

「お兄ちゃん……ありがと」

 

 この話に嘘は無い。

妹に聞かれて困るような話は無い。

しかし、まだ油断するな。

彼女は俺と妹が話していた内容を知りたいと言ったんだ、まだそれに行き着いていない。

 

「"何も対価を差し出さずに愛される"貴女が羨ましいですわ」

 

「……何も、私は」

 

「私なんてお金や権力を使わねば、愛してもらえません……こんなにも美少女なのに、ぐすん」

 

 みるみる妹の顔が青ざめていく。

ダメだ、このまま話を聞かせてはいけない。

対価だとか、考えさせてはいけないんだ!

 

「俺が望んだ事ですから、何も求めませんよ、お嬢様」

 

「無償の愛という物でしょうか、ゆうこさん……貴女、本当に愛されているのですね」

 

 お嬢様がそう言い終わると、妹は一歩前に出た。

怒りや恐怖の感情は表情に浮かべず、少し悲しそうな顔をして。

 

「いいえ」

 

「いいえ、ですか? 貴女は愛されているではありませんか」

 

「私はまだ、お兄ちゃんに愛されていません」

 

 俺の体を大きなナイフが突き刺した。

短い間だったが、妹には普通の日常を送ってもいいのだぞと伝え、彼女も普通の片鱗を見せていた。

なのにお嬢様の言葉と一瞥は、俺の努力を全て破壊する。

優しい言葉とは裏腹に、鋭く、責めるような瞳。

まるで"兄の優しさにただ乗りする卑しい妹"だと責め立てるような言葉。

実際、お嬢様はそんなつもりで言っていないのかもしれない。

だが、それは妹に刻まれた地獄のようなルールと偶然にも、最悪な事に一致してしまった。

 

「まだ? うーん、それってどういう事でしょうか」

 

「言葉どおりです、まだ愛してもらってません」

 

 妹の声は静かだった。

でもその瞳には、どこか諦めにも似た光が宿っている。彼女にとって“愛される”とは、刻まれて歪んだ愛とは、俺の思う最悪な形をしているのだろう。

 

「よく分かりませんが……ならば、愛されるように頑張らないといけませんね、ゆうこさん」

 

「そうすれば、私も安心できます」

 

「そうですわね、呆れて愛想つかされる前に、頑張らないといけませんね!」

 

 両手を使い"ファイト!"と妹を応援するお嬢様。

彼女はきっと、妹の言葉の意味には気付いていない。

少なくとも、予想していた面白いおもちゃを見つけた時のような笑顔を見せていない。

 

「お兄ちゃん、私頑張るね」

 

 俺もきっと、笑顔は見せていないだろう。

作られた歪な笑顔を浮かべる妹と、無意識に妹を責めたお嬢様。

この二人の前でどんな顔をすればいいのか分からなくて、今俺は……どんな顔をしているのだろうか。

妹からのお礼に期待しているのか?

それとも、どうやってもう一度説得しようかと悩んでいるのか?

何にせよ、部屋に戻った時どう接すればいいのか、今の俺には分からない。

 

「やはり兄妹ですね、努力する姿勢がそっくりです! 実は私も兄妹がいればいいなと昔から……」

 

 それから、お嬢様の話は続いた。

殆どがお嬢様自身の話で、妹はそれに頷いたりするだけだったけれど、お嬢様だけはにこやかな笑顔で終始話を続けた。

所々に対価や存在価値等の言葉が入り交じり、その度に妹はじっと俺を見た。

やめてくれ、そんな目で俺を見ないでくれ。

異性を狙うような瞳を、向けないで。

 

「あの、トイレ、どこですか?」

 

「後ろの扉を開けてまっすぐ行った所を左ですわ、付き添いましょうか?」

 

「大丈夫、です」

 

「でしたらゆうま君にトイレまで付き添ってもらいましょうか」

 

 クスクスと笑うお嬢様とは違い、妹はまったく笑わない。

そんな彼女が扉の先に消えた後、お嬢様は"ふぅ"と息を吐いた。

 

「いい人、ですわね」

 

「妹はいい子ですよ」

 

「これからきっと、彼女は努力をしますわ、昔の貴方と同じ瞳をしていましたもの……強い意志と言うより、貴方と暮らしたいという執念に近い物を持っています」

 

 フワッと小さく広がる白のスカート。

今の彼女にはぴったりの衣装。

立ち上がり、俺に近づいた彼女はそっと耳元で囁いた。

 

「私の言葉の意味、届いているといいのだけれど」

 

「それって、どういう意味ですか?」 

 

 まだ妹の過去は話していない。

対価や存在価値といった言葉がどれだけ妹を追い詰めるのか、それについて説明をしていない。

なのに、何故この人は……知ってるんだ!?

 

「無償の優しさや愛は有限ですわ、だからもらいっぱなしじゃなくて、努力しなさいという意味ですわよ? まさか貴方まで分からなかったとか言いませんわよね」

 

「その言葉は……妹を追い詰めるだけです」

 

「努力するチャンスすら奪うのが、貴方の守るなのですか?」

 

「それはそうですけど、それとこれは話が違うんです!」

 

 普通ならそうだ。

だけど、ゆうこは普通じゃない。

だからそんな一般的な言葉を並べても意味が無いんだ!

 

「多分ですけど、お礼のキスとか言って迫ったのは彼女でしょう?」

 

「……ッ!!」

 

「適当に言いましたけど、その驚き方は図星ですか……なら貴方は私にきっと感謝しますわよ」

 

 お嬢様は腕を腰に当てて、誇らしそうに。 

 

「ここまで言えば、あの子はきっと、キスよりもちゃんとした物で貴方に恩を返すでしょう」

 

 そう、彼女が想像する物とこれから起こるであろう想像以上の悲劇の差を知らずに、笑っていた。

 

「穢れた貴方を私は見捨てません、貴方の幸せな日常を心より祈っていますわ」

 

 

 

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