「ギャオスの煮つけ」の誕生と発展(完結)   作:ギャオスの煮付け

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●●についての考察

「夜遅くにごめんね」

「いえ。外では話せない事もあるでしょうし。どうぞ、上がって下さい」

 

 その晩、長峰は桜井のアパートを訪れていた。

 会議で東京に寄ったついでに桜井に「亡霊」についての意見を聞こうと思ったのだ。

 一人で考えるよりも他人と意見を交わした方が情報を整理出来る事がある。

 桜井は現時点で事件の真相を知っている数少ない人間だ。

 相談相手には丁度良い。

 

「……で、例の話ですよね。どうなったんです? 結局」

「亀岡に続いて南明日香村。被害者がミイラ化しているという共通点から、政府は二つの事件をギャオスによるものとして自衛隊の派遣を決定したわ」

「ニュース見ました。自衛隊が山狩りをしているって」

「現場付近からは同じようにミイラ化した動物の遺体も見つかっているそうよ」

「それって餌にされちゃったって事なんですかね」

「……多分。でもまだ、肝心の亡霊(ファントム)自体は見つかっていない」

「ファントム?」

「変異体の名前。今日決まったの」

「なんだか戦闘機みたいな名前だなぁ。一体何処へ行っちゃったんでしょうね」

「さあ……。亀岡から南明日香村まで移動しているのに、これまで誰にも目撃されていないなんて」

「人目を避けて行動してるって事ですか?」

「そんな知能がギャオスにある?」

「でも、ギャオス以前に植田さんなんでしょ? その人」

「それはそうだけど」

「だったら人目を避けてもおかしくない。殺人犯だってそうするでしょう。()()()()()()()()()だ」

「人間的な……」

 

 桜井の言葉を長峰は反芻する。

 ギャオスが人間的な行動を?

 「ギャオス以前に植田さん」。それはそうだ。

 今までのギャオスと異なるのは、ギャオスが進化した訳ではなく人間がギャオスに変異したということ。

 素体が人間であるならば、人間の思考や知性をそのまま受け継いでいてもおかしくは無いということなのだろうか?

 

「じゃあ監視カメラや人目を意図的に避けて行動してるって事?」

「もしも人間的な思考を持っているならそうするでしょうね」

「……」

 

 そんな事があり得るのだろうか。

 

「じゃあ逆に、人間だった植田さんがギャオスの記憶を持つことってあると思う?」

「ギャオスの記憶?」

「南明日香村の祠が壊されたの」

「祠? 何ですかそれ」

「十握剣っていう神具みたいな物が納められていた祠。植田さんが食べた京都の変異体……イリスが封じられていた洞窟の近くにあったんだけど、ファントムに破壊されたらしくて」

「十握剣……」

「なんでも、代々洞窟を守る守部家に伝わる宝具みたいなものなんだって。ファントムはそれを破壊するために南明日香村に向かったみたいなの。それって、十握剣に邪魔をされたイリスの記憶を植田さんが持っていたってことにならない?」

「南明日香に十握剣……もしかしてそれって柳星張伝説に出てくる十握剣ですか?」

「えっ?」

 

 桜井の口から出た思わぬ言葉に長峰は目を丸くした。

 

「どうして知ってるの?」

「昔本で読んだ事があって。知りません? 『南明日香村の真実~柳星張の謎~』って本。二、三年くらい前かな。マニアの間で話題になったんですよ。えーっと、確かこの辺に……。ああ、あった。これです」

 

 桜井は本棚から一冊の雑誌を取り出すと長峰に手渡した。

 

「南明日香村の真実……」

 

 表紙にデカデカと書かれた文字に目が留まる。

 恐怖! 呪われた村? ギャオスに襲われた山村に伝わる柳星張伝説の秘密とは。

 ページを捲ると南明日香村の風景写真が掲載されている。ご丁寧に村全体の地図まで添付されていた。

 

「なんか、揉めたらしいですよ。村人と」

 

 雑誌を読む長峰の横で桜井は言う。

 

「南明日香って結構閉鎖的な村らしくて。ほら、五年前にあんな事件があったでしょう。それを柳星張伝説と関連付けてほじくり返すような取材をしたとか何かで、守部の人とひと悶着あったみたいで。結局その雑誌も村の人達に無許可で出版したらしいんです。

 ほら、ここの写真とか盗撮みたいなアングルでしょ? モザイクがかかっているとはいえ、当時もどうなんだって声が結構あったみたいですよ」

「この人って、守部の」

「取材を申し込んで手酷く追い払われたとかで、その恨みもあってか結構面白おかしく書いてるんですよね。村人が大量に死んだのは柳星張の呪いだとか、守部の人達が何かを隠蔽しているとか、俗にいう陰謀論みたいな?」

「そうだったの」

「なんだかんだ言って皆そう言うオカルトチックな話題が好きですからね。ただでさえギャオスによって村が半壊した曰くつきの土地なのに、そういう()()()()()()()があるとなればオカルトマニアの良い餌ですよ」

「それにしては随分と詳しいみたいだけど」

「まぁ、マニアの間ではちょっとした流行でしたから。オタクだったら結構知ってる人も多いと思いますよ」

「……私は書かなかったのに」

 

 長峰は不満そうに声を漏らした。

 柳星張伝説とイリス。そして比良坂綾奈。

 長峰はギャオスの変異体についての本を出版する際、この三者の関係性を隠匿していた。

 イリスは元々「柳星張」として南明日香村に封印されており、それを綾奈が解き放ったことによって災厄が起きた。

 もしもその事実が明るみになれば、綾奈と弟の悟は一生日陰で生きていかねばらなくなる。

 綾奈は被害者であり、加害者であった。

 ガメラとギャオスの戦闘で家族を亡くした被害者でありながら、イリスを育て村人やキャンプの利用客、大勢の京都市民を亡き者にした加害者。

 一人の少女が背負うにはあまりにも重すぎる罪だった。

 

 政府は綾奈の存在を公表せず、イリスを南明日香村付近で()()()()()()ギャオスであると位置づけた。

 幸いにも綾奈が事の発端であると知っている人物はもうほとんど居ない。

 報告こそ上がってはいたが、公開した際の影響を鑑みてそれは非公表とされた。

 「イリスを育てると決心したのは自分だ」と綾奈は言ったが、「イリスに洗脳されていたのではないか?」と言う長峰の証言により真相は闇の中へと葬り去られた。

 実際、十握剣によって綾奈が正気に戻った点からイリスから何らかの影響を受けていたであろうことは明白で、「不可抗力だった」と結論付けられたのだ。

 

 だから長峰は自著の中でも綾奈の存在に触れる事はなかった。

 柳星張の封印が破られ、そこからイリスが生まれたことについても守部の人々の心情を思いやって曖昧な表現でぼかしたのだ。

 

 それをこの本は――。

 

 「南明日香村の真実~柳星張の謎~」には柳星張伝説と南明日香村で起こった出来事について事細かに記されていた。

 柳星張伝説の概要と社の沢の地図。

 そこを守る守部家の事や、守部の刀自との間にあったトラブルのこと。

 柳星張が眠る洞窟で何か事件が起き、女学生が搬送された事やギャオスによる大量殺人事件――。

 誇張や妄想的な表現も多い物の、大筋は事実と一致する。

 中には守部家か「社の沢」の管理をおざなりにしたからこのような事が起きたのだと批判するような()()()の証言もある。

 

「この守部家っていうのは、結構複雑な立ち位置みたいですね」

 

 桜井は言う。

 

「村のまとめ役というか権力者というか。村人たちの中には良く思っていない人達もいたみたいで」

「それで、こんな記事が?」

「みたいです。村で起きた事件は柳星張の呪い。社の沢を管理していた守部家の不始末だって」

 

 柳星張の呪い。

 非常にオカルト的な響きだが、間違っているとも言えないのがもどかしい。

 結果的にイリスが――柳星張が齎した災禍であることには違いないからだ。

 

「そう……。そんなことになってたの」

「意外。知らなかったんですか?」

「あれからあの子たちとは連絡を取っていないから」

 

 京都での戦いが終わった後、長峰は綾奈を保護し、然るべき対処と然るべき支援をして貰えるよう手配した。

 弟以外に近しい親族もおらず、精神的なショック状態にあった綾奈を信用のおける医療機関に繋ぎ、今度こそちゃんとした治療とサポートを受けられるよう交渉したのだ。

 二度に渡るイリスとの融合。肉体的にも精神的にも綾奈が受けた影響は大きく、一度誘拐された事を鑑みて厳重な警備体制の元検査や治療が行われた。

 

 その後、「南明日香村から離れたい」と言う本人の希望に基づき未成年後見人制度による後見人が選任され、綾奈と悟は南明日香村から離れた土地で新しい生活をはじめた。

 後見人が選ばれた事で綾奈は長峰の手を離れ、それきりだ。

 便りが無いのは元気の証拠。そう思っていた。

 

「……この本、どこかで」

 

 本を読み進めているうちに、ふとそんな事を考える。

 

「……ガメラ日記」

「ガメラ日記?」

「植田さんが書いてた日記。そこにこの本の事が書いてあった」

 

 長峰は警察署で見た「ガメラ日記」について思い出していた。

 確かその中に、「南明日香村の真実~柳星張の謎~」についての記述があった。

 

「じゃあ、植田さんは南明日香村について知っていたんですね」

「柳星張の事も、十握剣の祠の事も。全部この本に書いてあったわ」

「ということは、やっぱりファントムは植田さんの記憶を保持しているのでは?」

「イリスの記憶に引っ張られている訳ではなく?」

「そもそも、イリスの肉を得て変異したからと言って記憶まで再現されているだなんて考えにくいでしょう。例えばですよ。クローンだからと言ってコピー元の記憶がそのまま引き継がれる訳ではないでしょう? 同じ外見をしていても別個体なんですから」

「それはそうだけど」

「植田さんの記憶を保持しているとしたら、人目を避ける様な行動にも納得がいきます。だって監視カメラの存在も、警察や自衛隊が自分を探しに来ることも知っている訳でしょう?」

「あっ」

「だから人の手が入らない山奥を選んで移動した」

「夜に行動していたのもそのため?」

「暗闇に紛れて行動した方がより人目に付きにくいと知っているから……とか」

「……」

「なんだか攻略本みたいですね」

「攻略本?」

「ああ、えーっと……ゲームなんかの攻略情報が書いてある本ですよ。何処に何のアイテムがあるだとか、ボスの技構成や弱点なんかが書いてある本。植田さんはその本を読んで、十掴剣が柳星張への特効武器だって知っていたって事でしょ? だからファントムはそれを破壊するために南明日香村へ直行した。祠の場所だって地図に書かれていましたし……」

 

 そう言って桜井は「社の沢」の地図を指さした。

 

「それって、かなりまずいかも」

 

 長峰はぽつりと呟く。

 

「植田さんはガメラマニアなのよ」

「ガメラマニア?」

「ガメラ愛好会の中でも『先生』って呼ばれるほどの筋金入りだったらしいの。彼、ガメラの事もイリスの事も、人一倍知っているわ」

「ええ?」

「つまり、イリスがどうやって倒されたかも、ガメラがどうやって追い詰められたかも、全部知ってるって事」

 

 長峰の言葉に桜井は絶句した。

 それが何を意味するのかすぐに理解出来たからである。

 

「本当に攻略本じゃないですか」

「ガメラを攻略するための……」

「全然嬉しくない!」

「何をするにもまずは植田さん……ファントムを見つけないと」

 

 雑誌を閉じた長峰は短くため息を吐いた。

 まずは本体を見つけなければ対策の仕様も無い。

 イリスのように巨大化してくれれば簡単に見つかるのだが、人間サイズで動き回っているため捜索が難航している。

 大きいものより小さいもの方が見つけにくい。これも植田の知識による戦略なのだろうか?

 そうだとしたらとても厄介だ。

 

「それにしても、イリスの肉を食べて変異するなんて……」

 

 長峰はぽつりと呟く。

 

「それなんですけど」

 

 浮かない顔をする長峰に桜井は言った。

 

「そういうのって、案外昔から起こっていることなのかもしれませんよ」

「どういうこと?」

「八百比丘尼って知ってます?」

「人魚伝説の? ……まさか」

「得体の知れない物を食べて不老不死になる……みたいな伝説って、割と日本全国にあるんですよね。八百比丘尼信仰に多い人魚を食べて不老不死になった話や庚申信仰に多い『フケツの貝』を食べて長生きしたという話。不老不死や不老長寿になるのだって、人では無い何かになってしまう『変異』でしょう? そう考えると、こういうことって今回初めて起こった話ではないのかも」

「人魚もギャオスだって言うの?」

「ギャオスとまでは行かないかもしれませんが……所謂怪獣的な何かではあったのかも。怪獣は我々が生まれるよりずっと前から存在していた物なんでしょう? だとしたら、過去に何らかのバグで目覚めた怪獣がいてもおかしくはない」

「……夢物語ね」

「ですよね。オレもそう思います」

 

 長峰が呆れた様子で桜井を見つめると、桜井は取り繕うように「でも」と言葉を続けた。

 

「でも、やっぱりギャオスの中でもイリスは特殊なんだと思いますよ」

「どうして?」

「いや、実はギャオス肉の事が気になって……調べたんです」

「ギャオス肉を?」

 

 思わぬ話に長峰は身を乗り出した。

 

「ええ。イリスの肉であんなことになったのを見ちゃったら気になるじゃないですか。オレも結構ギャオスの煮つけを食べてるし、今更ですけど……気になっちゃって」

「それで、結果は?」

「異常ありませんでしたよ」

「……そう」

 

 長峰はホッとした表情を浮べた。

 もしも検査結果に異常が発見されたら、それこそ大変な事になるからだ。

 

「ギャオス肉ですが、五年前に調べた渋谷のギャオスと比較するとやはり進化した形跡はありました。それでもギャオスの範疇というか、ギャオスなんです。イリスみたいに別の種になっている訳ではなく、()()()()()()()()()()()()()

 人体の方に変化があったかと言うと、これも異常はありませんでした。ギャオス肉を愛用している研究所の職員たちにも協力してもらったんですが、皆健康体で異常なしでしたよ。

 まぁ、サンプル数が少ないので気休め程度にしかならないと思いますが」

「それでも少しは安心できるでしょ?」

「まぁ、そうですね。皆ギャオス肉を食べ始めて数年は経っていますから、その間に変化が無い事と今回の検査結果を踏まえると今のところギャオス肉が危険であるとは言えません。安全であるとも言えませんけどね」

「少なくともイリス肉よりは安全ってことでしょ」

「それはそうですよ。というか、普通はイリスの肉なんて食べようと思わないでしょ」

「ギャオス肉だって食べようとは思わないわよ!」

 

 そう長峰が叫ぶと桜井は「てへ」と舌を出して笑った。

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