「ギャオスの煮つけ」の誕生と発展(完結)   作:ギャオスの煮付け

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綾奈との再会

 神戸。異国情緒溢れる港町の一角、繁華街にある喫茶店に綾奈は居た。

 日が沈み、煌びやかな街並みを人々が楽しそうに歩くのを窓越しに眺める。

 既に冷め切った珈琲を口に運んで小さくため息を吐いた。

 向かい側の席に座る男性が広げる新聞記事が目に入る。

 

『大混乱! ギャオスの煮つけ販売停止! 日本中がギャオスパニックに!』

 

 そんな事を書いた大きな見出しが一面を飾っていた。

 

「綾奈さん! 遅くなってごめんなさい」

 

 カランカランという鐘の音と共に、背後から女性が駆け寄ってくる。

 長峰だ。

 

「……いえ。お久しぶりです」

 

 綾奈は長峰の姿を認めるや否や、席を立って頭を下げた。

 

「すみません。わざわざ来ていただいて」

「大丈夫。最近はあちこち行ったり来たりだから、気にしないで。すみません、ホットコーヒーを二つ」

 

 長峰は注文を済ますと綾奈に座るよう促した。

 

「それで、話って言うのは……」

「昨日、ニュースで見て。イリスの肉を食べた人がギャオスになったっていうのは本当なんですか?」

「……本当よ」

「……!」

「ニュースや新聞では面白おかしく書かれているけど、あの映像は本物なの。私も実際にこの目で確認したわ。イリスの肉も……捜査の結果、本物であると証明されている」

「じゃあ、あの人は……イリスになってしまったんですか?」

「あなたはどう思う?」

「……」

「イリスと深い繋がりがあったあなたなら、何か分かるかもしれない。だから連絡をくれたんでしょ?」

 

 長峰の問いかけに綾奈は顔を強張らせて俯いた。

 昨夜、ニュースを見て目を疑った。

 画面に映された()()()()()()を持つ男。イリスを食べたという衝撃的な言葉。

 そして、京都に降り立ったイリスの映像。

 忘れようとしても忘れられない、何度も夢に出て来たあの光景がフラッシュバックして居ても立っても居られずに長峰に連絡を入れたのだ。

 あれがイリスなのか確かめなければならない。その一心だった。

 綾奈は沈黙ののち、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

「以前草薙さんに言われたんです。例えガメラと交信出来なくなったとしても、心のどこかで繋がっている気がするって」

「草薙さんって、草薙浅黄さん?」

「はい。もしも私も同じなら、まだイリスと心のどこかで繋がっているんじゃないかって。でも、何も感じない。何も……。だから、あれはイリスではないと思います」

「……実は、南明日香村の祠が壊されたの」

「祠?」

「覚えてない? 社の沢――イリスが封じられていた洞窟の側にあった小さな祠なんだけど」

 

 そんな祠があっただろうか。

 綾奈は記憶を手繰る。そういえば一度だけ、龍成がそれらしきものの前で何かをしていたような。

 綾奈の姿を見ると慌てて駆け寄って来た。あれがその祠だろうか。

 

「その祠には十握剣という神具が収められていて、ファントムはそれを狙ったみたい」

「ファントム?」

「例の変異体の事を私たちはそう呼んでいるの。()()()()()()――ファントムと。五年前のあの日、龍成くんは十握剣を使ってあなたを助け出したでしょう? だからファントムはそのことを覚えていたんじゃないかって……イリスの記憶を持っているんじゃないかって思ったの」

「イリスの記憶……」

「でも知り合いに笑われちゃった。クローンに記憶が受け継がれないように、イリスの肉を食べたからといってイリスの記憶を持っているはずがないって」

「……イリスは、祠の事を知らなかったと思います」

 

 綾奈は少し考えた後にそう言った。

 

「私も()()に聞くまで祠に何が入っていたのか知らなかったし、イリスの記憶の中にもあの剣は出てこなかったから。知っていたとしても、()()()()()()()んだと思います」

「イリスの記憶?」

「……」

 

 イリスと融合した時に垣間見た記憶。

 その中にあの剣の存在は認められなかった。

 見たのは人々を次々に嬲り殺す姿だけ。繭を引き裂いて綾奈との融合を邪魔した剣や持ち主である龍成を探す素振りもない。

 あの剣の存在はイリスにとって()()()()()()()()()()()()()()なのだろうと、そう思った。

 

「じゃあやっぱり、ファントムには植田さんの記憶が……」

「植田さん?」

「イリスの肉を食べて変異した人」

「その人、どんな人だったんですか?」

「ガメラマニアよ。とにかくガメラが好きで好きでたまらなかったみたい。ガメラを追いかけてあちこち行ったり、ガメラ愛好家の集いに参加したり。ご自宅にもガメラのグッズが一杯。たまたま京都に住んでいた頃にあの事件が起こって、イリスの肉もその時に」

「……」

「綾奈さん?」

「その人、ガメラを愛していたんですね」

 

 綾奈はぽつりと呟く。

 

「私は、ガメラが憎くてたまらなかった。私から家族を、(イリス)を奪ったガメラが憎い。そう思ってたんです。……イリスも一緒でした。仲間を殺されて、ガメラが憎い。そう思っているのがはっきりと伝わって来て、私達は同じなんだと……そう思いました。

 もしかしたらその植田さんって人も、同じなのかもしれません」

「え? どういうこと?」

「ガメラに対する強い想いを抱いてる」

「強い想い……」

「私がガメラを憎くてたまらなかったように、その人はきっとガメラを好きでたまらなかった」

「ガメラに対する執着心が、イリスと共鳴したってこと?」

「……」

「でも、もしもそれがトリガーだとしたら」

 

 何故植田はイリスの肉を食べて変異したのか。

 その原因がガメラに対する強い執着心なのだとしたら。

 ガメラを強く憎む綾奈をイリスが選んだように、ガメラを強く愛する植田にイリスの肉が応えたのだとしたら。

 

「その人も、呼ばれたのかもしれません」

 

 綾奈は言う。

 

「イリスに呼ばれて、選ばれたのかも」

「でも、イリスは死んだのよ」

「……」

「そんな奇跡みたないなことって」

「奇跡は起きます。あの時、ガメラが私を生き返らせたように」

 

 綾奈の言葉に長峰はハッとする。

 そうだ。あり得ない事が起こる事を奇跡と呼ぶならば、今こうして綾奈が目の前にいる事こそ奇跡と呼べよう。

 一度失った命をガメラは呼び戻した。

 あの時心肺停止状態にあった綾奈を、ガメラは蘇生させたのだ。

 そんなことが起こる訳がない。

 そう否定する事が出来ない証拠を突きつけられた気がした。

 

「だとすると、ファントムの目的は何?」

「……ガメラ」

 

 綾奈は低い声で呟く。

 

「ファントムの狙いは、ガメラです」

「どうして分かるの?」

「柳星張って知ってますか?」

「柳星張伝説の?」

「昔、親戚に聞いたことがあるんです。柳星張は南を司る朱雀を表しているって。南を守るのは南から来る敵への備えなんだって」

「……」

「京都駅であの男の人が言ってたように柳星張が、イリスが『ギャオスを止めようとするガメラを倒す為の備え』として作られた物なら……それから作られたファントムもガメラを倒そうとするはず」

「それが、本能だから?」

「……」

「ギャオスは人類を滅ぼす為に生み出され、ギャオスを止める為に作られたガメラを滅ぼすためにイリスが生み出された。確かに近年の研究ではその説が有力視されているわ。

 一度ガメラに倒されたイリスが、再びガメラを倒すために起こした奇跡……。じゃあ、ファントムはガメラを探している?」

「……植田さんも、ガメラに会いたいと思っているのかもしれません」

「……」

 

 ガメラに会いたい。あの日記やグッズの山を見た後だと妙に説得力のある言葉だ。

 

「私は、ガメラを倒したいと思ったから。イリスがそれに応えてくれたんだと思っていました。もしも植田さんがガメラに会いたいと願っているのなら、それを利用しようとしているのかも」

「交信をしているってこと?」

「植田さんにまだ意識があるなら……。イリスは私に寄り添ってくれたから」

 

 綾奈は懐かしそうな目をして言った。

 今でもふと思い出す事がある。イリスは自分を利用していたのだと分かっていても尚、イリスと過ごした日々を懐かしいと思う事があるのだ。

 自分の気持ちを理解してくれて寄り添ってくれる。共感してくれる。

 親を亡くし、慣れない土地で生活する寂しさを、心の隙間を埋めてくれたのは間違いなくイリスだ。

 それを懐かしく思えば思う程、自分が犯した罪の重さに押しつぶされそうになる。

 

「あれから何度も、夢に見るんです。恐怖に怯えるおじさんやおばさんの顔。京都の街が燃える、あの光景を」

「カウンセリングにはちゃんと通ってる?」

 

 綾奈はこくりと頷く。

 

「カウンセリングの先生は、あなたは悪くないって」

 

 悪くないと言われれば言われるほど、罪悪感で胸が締め付けられる。

 

「こればっかりは時間が解決してくれるものだからって、言われて」

「……そう。今、大学生よね? 大学はどう? 何の勉強をしてるの?」

「看護の勉強をしています」

「看護? じゃあ将来は看護師だ」

「……はい」

 

 綾奈の表情が和らいだのを見て長峰は内心ほっとした。

 あまりに暗い顔をしていたからだ。

 

「人のためになる仕事をしたくて」

「それで、看護師に?」

「……はい」

「偉いじゃない。弟さんは? 元気?」

「元気です。もうすぐ高校生で」

「本当に? 小学生だったのにあっという間ね。二人暮らししてるんでしょう? 大丈夫? 何か困った事とかない?」

「もう慣れました。私の事も弟の事も、色々とありがとうございました」

「ううん。気にしないで。私がやりたくてやった事だから」

「こうして普通の生活が送れるなんて思って無かったので」

 

 綾奈はほんのりと温かい珈琲に口を付ける。

 まるで何も無かったと言わんばかりの平穏な生活。

 弟と二人、大変な事はあるけれど穏やかで楽しい毎日。

 こんな日が訪れるなんて思ってもみなかった。

 それもこれも、あの事件の後色々と手配をしてくれた長峰のお陰だ。

 

「でも、いいんでしょうか。私がこんな」

「あなたのせいじゃない」

 

 長峰は綾奈の言葉を遮るように言う。

 

「様々な事が重なって、たまたまあなたが選ばれてしまっただけ」

「それでも、私がイリスを育てて、その結果村の人達が……京都の街があんなことになってしまったのは事実です」

「全てを背負う必要はないわ」

「全てを捨てる事なんて、私には出来ない」

 

 綾奈は絞り出したような声で言った。

 

「だから、看護師になろうと思ったの?」

 

 長峰の問いに綾奈は沈黙する。

 

「償いのために、世のため人のためになる事をしたいと、そう思ったの?」

「……」

「綾奈さん……」

「人の命を救って、人の為に生きて、私がしてしまった事が償えるなら……。そう思ったのは事実です。でも、それだけじゃない。成人したら、私が悟を養っていかないといけません。大学にだって行かせたい。その為に手に職を付けたいと思ったんです」

「そう……」

「イリスは沢山の命を奪いました。だからその分、私は沢山の命を救いたい。そう思ったんです」

 

 償い。そう一言で表すのは簡単かもしれない。

 自分のせいで命を失った人々への贖罪。

 罪を罪として裁かれず、市井で生きる事を許された事に対する罪悪感。

 ただ赦されたいと願うだけではなく、今自分が出来る事を、出来る限りの事をしよう。

 それが綾奈の選び取った道だった。

 

 あの日、京都で家を焼き払われた人を見た。

 消火活動が続く中、焼け落ちた家の前で泣き崩れている人達。

 行方不明者を探して歩き回る人達。

 その時初めて綾奈は、自分が「憎んでいたガメラ」と同じ事をしてしまったのだと気が付いた。

 この人達は車の中から崩れ落ちる自宅を眺めていた自分だ。

 私はあのガメラと――ギャオスと同じ事をこの人達にしてしまったのだと。

 自分と同じように家族を失った悲しみに暮れる人達を、こんなに沢山生み出してしまったのだと初めて気が付いたのだ。

 

 イリスに振り払われたガメラの火球が落下したことにより、京都市街地は甚大な被害を受けた。

 それこそ南明日香村の被害など比べ物にならない被害だ。

 テレビでは連日焼け野原となった京都市街地が映し出されていたが、周囲の人間は綾奈にそれを見せないように配慮していた。

 精神的なショックが大きいだろうと考えたからだ。

 しかし廊下から漏れ聞こえてくる会話を通して、綾奈は事態を把握していた。

 はぐらかそうとする龍成の態度から見ても、京都市街地の被害が相当な物である事は明らかだった。

 

 自分の行動により甚大な被害をもたらしてしまった。

 その事実を受け止められずしばらく精神的に不安定な状態にあったが、カウンセリングを通して次第に自分を取り戻し、ようやく物事を受け入れられるようになったのだ。

 

 後見人を定め、神戸に越してからは平穏な毎日が続いた。

 慣れない二人暮らしで苦労をする事もあったが、誰も綾奈の事を知らない、誰もイリスの事を話さない()()()()に来てほっとした。

 転校先の中学校では親戚や知人を亡くした人は居たが、張りつめた空気もなく普通の日常生活が続いていた。

 ギャオス、レギオン、イリス。

 現場となった都市でもなければ世の中などそんなものなのだと知った。

 

 それからそのまま神戸の高校に進学し、大学に進むか迷っていた時に背中を押してくれたのは龍成だった。

 幸い両親の遺産がまだ残っていたのと、成績が良かったので特待生制度を狙えそうだったのも大きい。カウンセリングで相談した際に看護の道を進められ、特待生として看護を学べる大学に進学した。

 

 京都で見たあの光景は、今でも夢に見る。

 きっと、一生忘れる事は出来ないだろう。

 だからこそ、奪ってしまった命に報いるためにも世の為、人のために生きたい。

 それが綾奈なりの決意だった。

 

「なんか安心した」

 

 決意に満ちた綾奈の顔を見た長峰は言う。

 

「その言葉を聞けて良かった。あの頃の綾奈さんは、今にも消えてしまいそうだったから」

「……確かに、消えてしまいたいと思った事もありました。でも、生きないと。ガメラが救ってくれた命なので」

 

 冷めた珈琲を口に運びながら、綾奈は少しだけ微笑んだ。

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