「ギャオスの煮つけ」の誕生と発展(完結)   作:ギャオスの煮付け

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邂逅

 話も一段落して喫茶店を出た所で長峰の携帯が鳴った。

 

「斉藤さん?」

 

 発信元は環境庁の斉藤だ。こんな時間に何かあったのだろうか。そう思い電話をとる。

 

「お疲れ様です。どうかされましたか?」

「夜分遅くに申し訳ありません。緊急でお伝えしたい事がありまして」

「緊急……?」

「鹿児島沖を航行していた海自の補給艦がガメラと思われる飛行物体を捕捉し、空自の戦闘機がスクランブルを。現在、関西方面を目指して飛行中とのことで念の為お伝えしておこうと」

「ガメラが!?」

 

 突然大声を出した長峰に綾奈は心配そうな眼差しを向ける。

 

「まだ報道には出ていません。私の所にもつい先ほど情報が上がって来たくらいですから。ちなみに長峰さん、今どちらに?」

「神戸です」

「……なるほど。そうですか。落ち着いて聞いて下さい。現在の飛行経路を見るに、ガメラの目標地点は……神戸です」

「……え!?」

 

 予想外の言葉に動揺し、視線を上げた長峰の視界に妙な物が映った。

 丁度青になった交差点の向こう。

 人混みのずっと先に、なにやら浮いている物がある。

 比喩ではない。ゆらり、ゆらり。ぷかぷかと浮かび上がっているのだ。

 妙な光景に長峰の目は吸い寄せられた。

 それが何なのか、暗くて良く見えない。

 

「長峰さん?」

「え? あ、ああ、すみません」

「ガメラの目的は不明です。空自の戦闘機が追尾し続けていますが、恐らくもうすぐそちらに到着する頃かと。出来れば今すぐに安全な場所に避難して下さい」

「そんなこと、急に言われても。それに、街には大勢の人が」

 

 車のヘッドライトだろうか。ピカッと一瞬、それにライトが当たった時、長峰は息を呑んだ。

 暗闇の中に照らし出された、真っ赤な肢体。

 服と思われるぼろきれの裾から伸びる赤い触手。

 それが横断歩道の向こう側でゆらゆらと揺れている。

 その正体を理解した瞬間、長峰は息を吞んだ。

 

「……ファントム」

「ん? ファントム?」

「ファントムが、目の前にいます。ガメラの目標は、ファントムです」

 

「なにあれー」

「タコ人間?」

「えー、なになに、なんかの撮影?」

 

 異様な物体に気付いた人々が足を止め、亡霊の周囲には人だかりが出来ていた。

 皆怖気づくこともなく携帯のカメラを構えてたり悠長に観察したりしている。

 亡霊はただぷかぷかと漂っていた。

 長峰と綾奈はただ黙って、それを見つめている。

 あれはファントムだ。そう自覚した瞬間、体が凍ったように動かない。

 逃げなければ。でも、どこに? どうやって?

 そう考えていると、不意に空間を漂っていた亡霊の触手が展張した。

 

「え」

 

 カラン、と地面に携帯が転がる。

 街の喧騒が一瞬、時が止まったように静まり返った。

 人混みの向こうに、浮いている人間が見える。

 決して手品の類ではない。その胸の真ん中には亡霊の触手が突き刺さっていた。

 一人、二人、と次々と人が浮かび上がる。

 そして声を上げる暇もなく、あっという間に体液を搾り取られてゴミのように打ち捨てられた。

 

「……きゃーーーっ!」

 

 足元に残骸が転がって来た女性が叫ぶや否や、周囲にいた人間は蜘蛛の子を散らすように散会する。

 これは映画の撮影ではない。そのことをようやく自覚したのだ。

 長峰と綾奈は未だその場から動けずにいた。

 正確に言えば、亡霊から目を離せずにいた。

 亡霊は伸ばしていた触手を手元に手繰り寄せるとゆっくりと横断歩道を渡り始める。

 人々が居なくなって開けた交差点。信号機の点滅が地面を照らしている。

 横断歩道の向こう側に見える人ならざる存在。

 人や獣を食らって変異を繰り返したのか、人の形をとりながらも人では無い怪物へと変貌していた。

 

「……違う、イリスじゃない」

 

 その姿がはっきりと認められるようになった時、綾奈はぽつりと呟く。

 

「あれは、イリスじゃない!」

 

 その刹那、亡霊は触手を綾奈に向けて射出した。

 昔のような優しい抱擁ではない。殺意の籠った一撃だ。

 長峰は咄嗟に綾奈をかばうように抱きしめた。

 そんなことをしても意味がない事は分かっている。

 それでも咄嗟に体が動く。

 鋭い触手が二人を貫こうとした瞬間、上空に光の輪が現れた。

 見覚えのある、白い光。

 触手は二人の鼻先でピタリと動きを止めると、亡霊の元へ戻って行く。

 

「ガメラ」

 

 上空を通過する光の輪を見つめながら綾奈がその名を口にする。

 

「見て、ファントムが」

 

 亡霊は光輪を見るや否や、それを追うようにして上空へと消え去った。

 その姿が見えなくなるのを確認した後、長峰と綾奈はほっと胸を撫で下ろす。

 とりあえず危機は脱したようだ。

 

「ファントムはガメラを追って行ったの?」

「……多分。私今のうちにどこか安全な場所へ移動しましょう。ここは危険です」

「そうね。でも、どうやって?」

 

 ここは神戸の町中だ。この騒ぎで電車にも人が殺到しているだろうし、交通網もマヒしはじめている。一体どうやって安全な場所へ移動すれば良いのだろう。

 そんな事を考えていると、二人の前に一台のタクシーが止まった。

 

「二人とも、早く乗って!」

 

 扉が開き、中から運転手が大声で叫ぶ。 

 

「……え、大迫さん?」

 

 運転手の顔を見た長峰は驚いた。

 そこには良く見知った顔があったからである。

 

「いいから、早く!」

 

 促されるままに乗車すると、タクシーは急いでその場を離れる。

 まだ車は流れている。今ならば安全な場所へ避難出来る。

 

「驚きました。一体どうして?」

 

 長峰は運転席に座る運転手――大迫力に話しかけた。

 大迫とは五年前に京都で別れて以来、それきりだ。

 まさか神戸でタクシー運転手をしていたとは。

 

「そりゃこっちん台詞ばい。長峰さんこそ、どうしてここに? それに……あんたまで……」

「大迫さん、どこか街が見渡せる高台に行ってください」

「え!? 避難せんと!?」

「ガメラが、ガメラが来たんです!」

「ガメラ……」

 

 長峰の言葉に大迫はぽかんとした後に諦めたようにふっと笑った。

 

「……分かりました。それならしょんなか。山ん上ん方にある展望台まで行きましょう」

 

 ギャオス、レギオン、イリス、そしてファントム。

 行く先々で怪獣と遭遇し続けた大迫は最早悟りの境地にいた。

 その為、長峰から「ガメラ」という言葉を聞いた瞬間二人が置かれている状況を即座に理解したのだ。

 

「お変わり無さそうで安心しました」

 

 長峰が後部座席からそう言うと大迫は少し恥ずかしそうにはにかむ。

 

「あれから色々考えて……一念発起してまたやり直そうと思うたとです。京都はあんな状態だったもんで、神戸に移って。そうしたら神戸にもガメラが……。ところで、あの交差点の化け物は一体?」

「ファントムです」

「ファントム?」

「ニュースで話題になっていたでしょ? タコ人間」

「え!? あれが!?」

「イリスの肉を食べた人の、慣れの果てですよ」

「……はぁ、もしかして、それであんたが」

「……」

 

 大迫はルームミラー越しに綾奈を見た。

 綾奈は黙ったまま窓の外を眺めている。

 

「じゃあそのファントムというのは、そん子ば追うて来たと?」

「……分かりません」

「ファントムは、私を殺そうとしました」

 

 綾奈は窓の外に目をやったまま言う。

 

「会った瞬間分かったんです。やっぱりあの子はイリスじゃない」

「ファントムは綾奈さんを殺すために神戸に来たって事?」

「そんな、一体何のために」

「あの子は私を殺さなかった。ガメラが来たから。あの子にとっては私を殺す事よりも、ガメラを追う方が大事な事だったんだと思います」

「じゃあ、やっぱりファントムの目的はガメラ?」

「そんならそれならなんであんたんこと」

「……」

 

 あの時、目があった気がした。

 逃げ回る人々の悲鳴も、車のクラクションも、全て聞こえない。

 時が止まった空間の中で、亡霊と目があった気がしたのだ。

 亡霊はまっすぐに綾奈を見据えて立っていた。

 目が合った瞬間、何故かはっきりと分かったのだ。

 彼は自分の事を殺そうとしていると。

 自分に向かって伸びてくる触手と、その先端に光る鏃のようなものがゆっくりとこちらに近づいてくるのが見える。

 脳裏に思い浮かんだのは、父母の顔、愛猫の姿、そして――。

 今思えば、あれは走馬灯だったのだ。

 死ぬ、と思った。

 何のためらいもなく人を屠るあの触手に貫かれて死ぬのだと。

 

「……」

 

 心のどこかで会いたい、と思っていたのかもしれない。

 もしかしたらイリスかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた事を今更ながらに実感する。

 あれだけの事があったのに。イリスは自分を利用していたのだと知っても尚、心の奥深くにそれに対する愛情の残り香が燻っている。

 だからファントムの姿を目にした時、少しだけ期待したのだ。

 自分の事を覚えていてくれたのかもしれないと。

 迎えに来てくれたのかもしれないと。

 しかし、目の前に現れたそれはイリスではなかった。

 目が合った瞬間、何故かはっきりと分かったのだ。

 火照った身体に氷水を浴びせられたような感覚。

 ファントムから発せられる殺気が体中を貫いた。

 

「ここなら町が一望できます」

 

 タクシーが停車したのは神戸の街を一望できる展望公園だった。

 煌びやかな神戸の街並みにひと際大きな黒い影が落ちる。ガメラだ。

 

「見て、あれ!」

 

 長峰が指さす方に視線を向けると、空高く登り始めた大きな満月に浮かび上がる黒い影が見える。

 

 ボコッ、ボコッ……

 

 その影は体をうねらせながら次第に形を変えていく。

 かろうじて人の形を保っていた肢体はめきめきと音を立てながら変容を繰り返し、物凄いスピードで身体の大きさを作り替えていった。

 月光を受けて極彩色に輝く三対の被膜。それを支える触手を広げた様はさながら千手観音の如し。

 月影に浮かび上がる仁王像のような逞しい肢体に良く映える、邪神の面影残る銀色の(おもて)には四つの金の目が光り輝く。

 

 キュオォオオオオン!

 

 邪神の亡霊は鋭い咆哮を上げると音もなくガメラの前に降り立った。

 ガメラとファントム。

 神戸の街で今、戦いの火蓋が切られようとしていた。 




大迫さんの方言が分からなかったので、「恋する方言変換」様を参考にさせて頂きました。
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