「ギャオスの煮つけ」の誕生と発展(完結) 作:ギャオスの煮付け
「本日はわざわざご足労いただきありがとうございます」
K府K市。山間にある古民家の入口で刑事がスーツ姿の女性に頭を下げる。
U邸。とあるテレビ局のディレクターが怪死したこの家は現在現場検証の真っ只中であり、周辺には規制線が張られ多くの警官が家の周囲を取り囲んでいた。
「なんだか物騒ですね。こんなに大勢、警察の方がおられるなんて……」
「ええ、まあ。事が事ですから」
「あの……、今回私が呼ばれたのには何か訳があるのでしょうか?」
「……とりあえず、中に入って頂けますか」
「分かりました」
女性は戸惑いながらも刑事に促されるままに家の中に入った。
「これは……」
部屋の中に一歩踏み入るなり女性は言葉を失う。
部屋のあちらこちらに置かれたガメラグッズ。それらがなぎ倒され、踏みにじられている。
何か大きな物が暴れたのだろうか。
壁や床に物が当たった様な大きな傷があり、べったりと粘液が付着してた。
ダイニングテーブルの上にはホットプレート。
食事でもしていたのだろうか。なにやら肉と思わしき白い物体が上に載せられている。
「ここがその事件現場ですか?」
「ええ、そうです。それで、ご遺体なんですが」
刑事はダイニングテーブルの横に置かれている遺体袋に目を移した。
「どう思います?」
チャックが開けられ、中を覗き込んだ女性はハッとした表情を浮べる。
「……刑事さん、これって」
「似ていませんか?」
「……ええ。とても。でも、どうして?」
女性は困惑した。
目の前にあるそれは、確かに女性がかつてあのN県M村で見た遺体と酷似していたからだ。
体液を吸い取られ、ミイラ化した遺体。
イリスと呼ばれた変異体によって殺害された村人の遺体によく似ている。
何か、凄く嫌な予感がする。
じんわりと背中に汗がにじむのを感じながら女性は刑事に問いかけた。
「被害者がテレビ局のディレクターであることはご存知ですよね?」
「ええ。昼のニュースで見ました」
「彼はUさんを取材するためにここにやってきたようです。『面白い物があるので是非来て欲しい』とUさん側に持ちかけられたようで」
「面白い物?」
「あの、ホットプレートに載っているモノですよ」
「……」
「そして取材に訪れた彼に対してUさんはそれを昼食として振るまった。もう一つの変わり種と一緒に」
「まるで見て来たような言い方ですね」
「ええ。見ましたから」
「……?」
「残っていたんです。映像が」
そう言って刑事は床に置かれたビデオカメラを手に取った。
「それは?」
「ディレクターの……Oさんのカメラです。当時Oさんはカメラを回しながら食事をしていたんですよ」
「じゃあ、事件当時の映像が残っているんですか?」
「そうです。そしてそれが、あなたをここに呼んだ理由でもある」
ビデオカメラの再生ボタンが押され、映像が再生される。
映ったのは荒らされる前の綺麗に整頓されたリビングだ。
壁一面に貼られたガメラのポスター、棚に並べられたガメラのフィギュア。
そしてホットプレート。
『えー、今日は……K府K市にお住まいのUさんのご自宅にお邪魔しております。Uさんは界隈では有名なガメラのマニアでして、いやぁ、凄い数のガメラグッズですね。こんなにガメラのグッズが作られていたとは驚きです』
ディレクターの声がして、U氏とのやり取りが繰り広げられる。
途中まではなんてことはない、ただのガメラマニアの自慢話だ。
ガメラの追っかけだとか、京都でイリスを見たとか、そんな他愛もない会話が続く。
その場の空気が変わったのは、ホットプレートの上で焼かれていた肉が焼きあがった頃だった。
『冷めないうちにどうぞ召し上がってください』
『ありがとうございます。……うん? なんか臭みの……いや、癖のある味ですね。羊か何かですか?』
『ガメラです』
『…………は?』
『ガメラですよ』
『……え? え? えっ、う、おえ』
ガメラの肉。
そんな不穏なワードが聞こえ、映像を見ていた女性は顔をしかめた。
離席するディレクター。その間にも美味しそうに肉を食べるU氏の映像。
『えーっと、どうやってこの肉を……?』
『京都駅で拾ったんですよ』
『京都駅』
『ほら、イリスとガメラが京都駅で戦ったでしょう? その置き土産というか』
『ええ?』
『ガメラの一部が落ちてたんですよ。それを回収して、冷凍保存してあるんです』
『……はぁ?』
『こっちもどうぞ』
カメラにはディレクターの皿に移された白い物体が映っている。
『……これは?』
『イリスです』
『……』
『これも京都駅で。二人が京都駅に入るのを見て、すぐに駆け付けたんですよ。流石に戦いは終わっていましたが、まだ警察も来ていないような状況でラッキーでした。現場にはイリスの死体とガメラの肉片。勿論持ち帰らない訳にはいかない。イリスの方はね、なんかイカみたいで美味しいんですよ。長いパイプみたいな、あの触手の部分です。なんか病みつきになっちゃって』
驚愕するディレクターを他所に美味しそうに肉を食べ続けるU氏。
そして事態は急変する。
『なんか暑いな』
『そんな厚着してるからですよ』
『そうかな』
『いや、最近寒くて』
『え? 大丈夫ですか?』
『風邪かもしれません。なんか体が熱くなったり寒くなったりするんですよね』
『変な物食べてるから……』
『ん』
『う、うわ、わ、う、Uさん! ちょ、ちょっと』
めきめき、と軋むような音がしたかと思うと、U氏の体かが微かに浮かび上がった。
それまでニコニコと笑っていた顔がぴたりと硬直すると、すっと笑顔が消えて無表情になる。
そして服の裾から何か触手のようなものが這い出て来たと思うや否や、その触手はディレクターの方へと目掛けて素早やく伸び、カメラはその衝撃で投げ出され、床に落ちた。
バタバタともがくような音。そしてうめき声。
しばらくして静かになった頃、映像が途切れた。
「……」
女性は映像を見た後しばらく絶句していた。
衝撃的な映像だ。
人から人で無い物へと変貌していく様がしっかりと映像に収められている。
まるでホラー映画でも見ているような感覚に陥るが、それが特撮映画の様な作り物ではないと彼女は知っていた。
数年前、京都駅で目の当たりにしたあの光景が脳裏に蘇る。
忘れていたわけではない。忘れるわけがない。
ただ、ここ数年平和な毎日が続いていたのでなんとなく遠い物になっていた。
そんな平和ボケした頭を強く揺さぶられたような気がした。
ガメラとイリス。あの火の粉降りしきる激戦の中に、確かに彼女はいたのだ。
「その肉片はなんなんですか?」
机の上に置かれたままのホットプレートを見つめながら女性は言う。
「Uさんの言葉をそのまま信じるなら、イリスと呼ばれた変異体の肉かと」
「イリスの遺体は処分されたはずでは?」
「映像の中でも言っていたでしょう。政府が回収する前に、どさくさに紛れて持って行ったのでしょう」
「それにしても、こんな……」
こんなことがあり得るのだろうか。
「彼は、イリスの肉を摂取した事によって変異したということでしょうか」
「映像を見る限りではその可能性が高いでしょうね。しかし、何分我々は専門外なもので。そこで貴女をお呼びした訳です。長峰さん」
女性――長峰真弓は困惑した表情を浮べた。
イリスの肉を摂取した事によってU氏の体に異変が起こったのだとしたら大変な事だ。
イリスはギャオスの変異体だ。
ギャオス肉にも同じような効果があるかもしれない。
ギャオス肉は既に広く国民に親しまれている。
今回の事件が明るみになれば国全体がパニック状態に陥りかねない。
ともかく、真相を突き止めなくては。
混乱の中にありながら、何故か長峰の頭の中は水を打ったように静かだった。
これは「私がやらなければない事だ」と、そうはっきりと感じたのだ。
使命感。運命。そんな言葉が近いだろうか。
ギャオス、イリス、そして更なる変異体。これも何かの宿命だろうと、そう感じざるを得ない。
「……分かりました。こちらでも調べてみます」
「お願いします。サンプルなら沢山ありますから」
そう言って刑事は冷凍庫の扉を開ける。
中には大きな肉の塊がいくつも詰まっていた。
「ところで、Uさんの行方は?」
「分からないんです。今総動員して探しているのですが……」
「そうですか……」
変異したと思われるU氏は依然行方不明のままだ。
すでに人身被害が出ている以上、一刻も早く身柄を拘束しなければならない。
ギャオスの群れが到来してから●年。
ギャオス肉の普及によって暫しの平和が訪れていたこの国に、再び暗雲が立ち込めていた。