「ギャオスの煮つけ」の誕生と発展(完結) 作:ギャオスの煮付け
「ご無沙汰してます、高倉さん」
この日、長峰真弓はK府K警察署を訪れていた。
例の事件現場から回収された謎の粘液、その遺伝子解析の結果を報告に来たのだ。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
刑事――高倉良夫は長峰を会議室へ招き入れた。
U氏は依然行方不明のままだ。捜査は暗礁に乗り上げていた。
「あの事件はまだ、
長峰の問いかけに高倉は渋い顔をする。
「はい。UさんがOさんを殺害して逃走している。そういうことになっています」
「間違ってはいませんが……」
「世間への影響を考えた結果です。ギャオスの肉を食べてギャオスへ変異した。それが明るみになれば、世間はきっとパニック状態に陥ります」
「ギャオスではなく、ギャオスの変異体です」
「……ああ、そうでした。しかし、ギャオスもギャオスの変異体もそう違いはないのでは?」
「違います!」
長峰は鞄から資料を取り出しながら強い口調で言う。
「ギャオスは人の肉を好み人を襲いますが、人を食べたからと言って人の姿にはならないでしょう?」
「人の姿?」
「高倉さんはイリスを見たことがありますか?」
「そりゃあ、ありますとも。新聞やテレビで散々報道されていましたから」
「京都に降り立った時、イリスは人に近い形をしていました。ですが、元々はそうではなかったそうです」
「というと?」
「人の遺伝子を吸収して、人に近い形を取った」
「吸収……?」
「イリスは触手の先端についた器官を捕食相手に突き刺して、そこから体液を吸収する事によって養分を得ているんです。そして、その吸収した体液に含まれる遺伝子に強い影響を受ける。
吸収した相手の特色や能力を自分の中に組み込んで進化する。そんな生態を持っているんです」
「そんな馬鹿な」
「ギャオスにはそんな生態はなかったでしょう? ギャオスがいくら人を食べようと、ギャオスはギャオス。大きな鳥の姿であることに変わりありません」
「……確かにそうですが」
「遺伝子においても同じです。ギャオスの染色体とイリスの染色体。二つの染色体は一致しなかった」
「つまり、別種ということですか?」
「いえ、それがそうでもなくて。イリスが生まれたであろう卵の殻。そこから採取された粘液はギャオスと同じ染色体を持っていたんです」
「……え?」
困惑する高倉に長峰は苦笑した。
「つまりイリスは、生まれた時は他のギャオスと同じだった。あくまでも染色体の話です。実際はギャオスとは似ても似つかない見た目をしていたそうですから。
しかし成長に伴い、何らかの理由で遺伝子が急速に変化した。そのため、イリスはギャオスの変異体であるとされているんです」
「なるほど。しかし、それならば必ずしも吸収した遺伝子の影響を受けているとは言い切れないのでは? ただ単に突然変異が起きただけという可能性も」
「見たんです」
「見た?」
「京都駅で、ガメラの体液を吸い取ったイリスがガメラの技を使うのを」
長峰の言葉に高倉はハッとした表情を浮べる。
「あれからずっと考えていたんですけど、私はイリスがただの変異体だとは思えないんですよね」
一呼吸おいて長峰は言う。
「変異体って、突然変異した個体の事を指すでしょう? でもイリスって、元々そう作られていたような気がして。あんな山奥の、洞穴の中にわざわざ封印されているなんてどう考えてもおかしい。柳星張なんて名前まで付けられて、それを封じる為の刀まで作って。どう考えても他のギャオスとは違う、最初から特別な物として作られたとしか思えないんです」
「変異体ではなく、特殊個体という訳ですか」
「ええ。あくまでも私の推測ですが」
変異体ではなく、元々そう作られた特殊個体。
高倉は長峰の持論に「うーん」と唸った。
「とすると、やはりイリスの肉は普通のギャオス肉とは異なった性質を持っている可能性があると」
「……あくまでも可能性の話です」
「ですが、ギャオス肉が流通し始めてから長い事経ちますが今回の様な事件が起こった事は一度もありませんよね?」
「ええ……。私もそのことが気になっていて。イリスとギャオス。大きく括ってしまえば同じギャオス肉なのに、どうして今回だけこのような事態になったのか。やはりイリスの肉に何か原因があったとしか思えません」
長峰は机の上に持ってきた資料を並べた。
後輩である桜井良彦に頼んで解析して貰った例の粘液の解析データだ。
「これなんですけど、見て下さい。研究所の方によると、あの場所から採取された粘液から抽出された染色体は人間の物ともギャオスの物ともイリスの物とも違う、未知の生物の物であると……。」
「え? どういうことですか?」
「変異しているんです。進化と言った方が正しいかもしれません」
「進化……ですか」
「目まぐるしく遺伝子が変化している。ギャオスもそうでした。渋谷に現れたギャオスは姫神島で見つかったギャオスよりも遺伝子的に進化をしていた。イリスはその傾向がもっと顕著で……。ギャオスにはそういった自己進化能力があるんです。
それと同じ物を、あの粘液の持ち主が持っているとしたら……」
「植田さんはギャオスになってしまった、ということですか!?」
「……分かりません。ただ、あの映像に映っていたモノがこの粘液の持ち主なのだとしたらその可能性が高いかと」
高倉は青白い顔をして押し黙った。
やはりあの映像はフェイクでは無かったのだ。
テレビディレクターが話題作りの為に作ったまがい物などではなく、確かにその場で起こった出来事を克明に記録していた。
U氏――植田は既に人ではなくなってしまったのだ。
その事実が高倉の肩に重くのしかかる。
これはただの殺人事件ではない。最早警察の手に負える物ではないと高倉は悟った。
「ただ、これは遺伝子上の話で」
沈黙してしまった高倉に長峰は言う。
「もしも植田さんに自我が残っていれば、まだ希望はあるかもしれません」
「自我……ですか?」
「肉体が変化しても自我が残っていれば、意思の疎通くらいはできるかも……」
「……ですがそれは、あまりにも酷なことではありませんか?」
肉体が人では無い物に変化しても尚、自我を保っているとしたら。
いう事の利かない体で人を殺めてしまった事を植田が理解しているとしたら。
それはあまりにも残酷な事だ。
「あれ以来、被害などは出ていないんですよね?」
「はい。ミイラ化した遺体や失踪事件など、特に目立った事件事故は発生していません」
「あれから一週間以上が経過しているにも関わらず被害が出ていないとなると……、やはり何かしらの自我、いえ、自制心のようなものが働いているのかもしれません。
ともかく、これ以上被害が広がらないうちに植田さんを見つけないと」
「それが、なかなか難しくて……」
高倉は参った様子で頭を掻く。
「目撃証言も、監視カメラに映った形跡も無くて」
あれだけ目立つ姿をしているのだ。きっと簡単に見つかるだろう。
そんな希望的観測はすぐに打ち砕かれた。
真っ昼間だというのに目撃証言の一つも上がらない。監視カメラにも映らない。
家を出た場所に合った何かを引きずるような跡も途中から途切れており、足取りを掴めない。
まるでその場で霧散してしまったかのようにも思える状況に、警察は頭を抱えていた。
「周辺で聞き込みも行っているんですが、知らない、見てない、そんなことは良いから早く捕まえてと言われるばかりで」
「……そうですか」
事件からとうに一週間は経っている。
もう事件現場の周辺からは離れているとして、植田は一体何処へ消えてしまったのか。
「私らも色々調べてはいるのですが、何とも雲を掴むような……そんな感覚になりますよ」
「……」
「ああ、そうだ。そういえば彼の家から日記が見つかったんです」
「日記?」
「ガメラ日記ですよ」
そう言って高倉は数冊のノートを長峰に手渡す。
中に何か貼り付けてあるのか、妙に膨らんだ使い古されたノートだ。
表紙には「ガメラノート」という文字がマジックペンで記されていた。
「植田さんはガメラのマニアだったでしょう? 彼が集めた情報を記したノートみたいなんですが、正直我々が見ても良く分からなくて。長峰さんなら何か分かるんじゃないかと」
長峰は手渡されたノートを怪訝そうな顔で見つめると、「ガメラノート1」のページを捲った。