「ギャオスの煮つけ」の誕生と発展(完結) 作:ギャオスの煮付け
「植田さんは随分とガメラがお好きだったんですね」
日記を読み終えた長峰は一息つくと高倉に言う。
「そうみたいです。これ以外にも植田さんの自宅には雑誌の記事や新聞記事を纏めたスクラップ帳やガメラの特集番組を録り貯めたビデオがわんさかありまして……。まさにガメラの館ですよ。
日記に出てくる『ガメラの会』でしたっけ? その会長さんにもお話を伺ったんですが、植田さんは特に熱心なガメラファンだったそうです。
会の集まりにはほぼ毎回参加していたそうですし、会報にも度々熱意のある投稿をしていたとか。会員からは『先生』と呼ばれるほど、ガメラに精通していたようです」
「先生、ですか」
「好きが高じてこんなことになってしまった。レギオンを食べた番組に触発されて、いや、投稿者に対抗心が芽生えて……と言ったところでしょうか」
「日記を読む限りでは、昨年の九月辺りから異変が起きていたようですね」
「ん? 今年の五月からではないんですか? ほら、暑いとか寒いとか。確かビデオに映っていた植田さんも同じような事を言っていましたよね?」
「確かにそうなんですけど、味覚が変わったって言うのが気になって」
「味覚……ですか」
『2003年9月10日 なんか
年のせいで味覚が変わった?
ギャオス肉が今までよりも美味しく感じるようになった。
ジビエの店で食べたワイン煮込みが忘れられない~。
ギャオスってこんなに美味しかったっけ』
「ガメラ日記」によると、植田が味覚の変化を感じ始めたのは昨年の九月。
今まで以上にギャオスが美味しく感じるようになり、十一月に入るとそれまで不味いと感じていたイリスの肉さえも「美味い」と思うようになったようだ。
「ただ単に嗜好が変わっただけなんじゃないですか? 本人も年のせいだって書いてますし」
「そうなんですけど……。ギャオスって共食いの習性があるんですよね」
「共食い?」
「姫神島で発見されたギャオスの巣には、幼体同士で食い合った痕跡があった。共食い自体は特に珍しい事ではなくて、例えばシロワニってご存知ですか? シロワニというサメは母親の胎内で子供同士が共食いをする習性があるんです。もしかしたら、ギャオスにはそれに近い習性があるのかもしれません」
「ちょっと待ってください。まさか……植田さんの肉体がギャオスに近づいたからギャオスをより一層おいしく感じるようになったと?」
「ええ。特に、それまで酷評していたイリスの肉を美味しく感じるようになったというのが引っかかって」
「そういえば、最初は美味しいと感じていたガメラの肉が不味く感じるようになったとも書いてありましたね」
「ある程度の時間をかけて緩やかに味覚が変化していった」
ギャオスには共食いの習性がある。
姫神島で発見されたギャオスの巣。そこには明らかに幼体同士で食い合った形跡があった。
同種食いを厭わないことがギャオスの習性であるならば、肉体がイリス肉の影響を受けたことによってそれをより美味しく感じるようになってもおかしくは無い。
「肉体がイリスに近づいて行ったからこそ、イリスを美味しく感じるようになった。そう解釈する事も出来ます」
「……」
「もしそうだとすると、やはりあの映像の通り植田さんはイリス――いえ、ギャオスの変異体になってしまったのかもしれません」
「ギャオスの変異体……」
「イリスとは違う、また別の何か。未知の生物……と言った方が良いでしょうか」
ギャオスともイリスとも違う、未知の染色体。
イリスの持つ異常な自己進化能力が植田に及ぼした影響は未知数だ。
長峰は五年前、桜井から送られてきたイリスの遺伝子解析結果を目の当たりにした際の事を思い出していた。
卵殻から採取された遺伝子と「繭」から採取された遺伝子。
同一生物の物とは思えないほど大きな変化を遂げたイリスの自己進化能力には目を見張るものがあった。
もしもそれが人間に作用したら?
ギャオスと人間、二つが融合した時、一体何が起こるのだろうか。
ギャオスと人間の融合――。
そう言えば、イリスは人間との神経系統の融合を試み、最終的には自らの体内に取り込む事により完全融合を果たした。
人間との融合がイリスにとっての
人間と交感する必要もない、繭を作り人を取り込むために体を作り替える必要もない。
最初から一番欲しいものが手に入った状態――。
そこまで思い至って長峰は初めて「何か取り返しのつかない事が起きようとしている」と思った。
ギャオスとイリス。そしてギャオス肉。
ギャオスが出現するようになって九年。最早ギャオスがいる事が当たり前になっていてギャオスに対する恐怖心のような物が薄れていたのだ。
以前と違い、多くの人々にとってギャオスは「何とかなる存在」になっていた。
ギャオスの捕獲方法が確立され、いつの間にか世間では「人を食べる恐ろしい怪獣」から「食料」へと成り下がっていたのだ。
食害こそあるものの、クマやサメなんかと同じような、そんな感覚になっていた。
しかし、やはりギャオスはギャオスなのだ。
飼いならされた家畜のように人の手に収まるような物ではない。
人知を超えた未知の生物。その事を思い出させるかのように、人々がギャオスに対する畏怖を忘れた頃にそれは牙を剥いた。
「高倉さん! 大変です! テレビを見て下さい!」
突然扉が開いたかと思うと会議室に飛び込んできた刑事が声を張る。
「どうした?」
「奈良で大きな事故が起こったみたいで」
「事故?」
「死傷者が複数出ているようです」
「何だと?」
三人が会議室から出ると署内は騒然としていた。
職員は皆テレビの画面にくぎ付けになっている。
高倉と長峰が人垣を縫ってテレビの前に身をねじ込むと、画面には衝撃的なニュースが映っていた。
「速報です。奈良県南明日香村にあるキャンプ場で何らかの事故が発生し、多数の死傷者が出ているとの情報が入ってきました。繰り返します。奈良県南明日香村にあるキャンプ場で何らかの事故が発生し、多数の死傷者が出ているとのことです。えー、詳しい情報は入っておりませんが、怪我人が多数いる模様。詳しい情報が入り次第、またお伝えします」