陵南高校で全国を目指す 作:第ゼロ感
6話
季節は移り変わり4月。
相模亮が陵南高校に入学して2回目の春である。
学業を終え、今日も亮は練習のために体育館へと向かう。
「おう、相模」
「魚住か。お疲れさん」
途中、魚住と合流し、更に同学年の池上も加え、3人で体育館へと向かう。
「そういや、今日だったな」
「ん、何が?」
「新入生だよ。今日から入部してくるだろ」
「あーそういえばそうだったか」
歩きながら池上は隣を歩く2人を眺め、ふと気がつく。
「あれ、もしかしてお前ら2人とも身長伸びた?」
その言葉に亮は右手でピースサインを出しながら言った。
「プラス2センチ」
「ってことは194か?まだ伸びてんのか」
「ああ。ありがたい事にな」
昔はポジションの強制やそれに伴う挫折から、コンプレックスにもなりかけた身長の高さも陵南に入ってからは己の唯一無二の武器である事に気がついた。そんな自分の長所がまだ伸びているのはありがたかった。
「魚住は?」
「プラス3センチだ」
指を3本立てた魚住を見て、亮と池上は目を見開いた。
「おお〜!」
「ついに2メートル超えたか!」
「ふっ、まあな」
そんなやり取りを交わしつつ体育館に辿り着く。
既に体育館には他の部員も揃っており、中には見覚えのない部員もいた。
「で、でけぇ……!」
「あれがもしかして、1年でここのスタメン獲ったっていう……」
「去年の決勝リーグ見たぜ……凄かったよな!」
身長190越えの2人の登場に新入部員達がざわめきはじめる。
全国には手が届かなかったとはいえ、去年の決勝リーグでの奮闘は後輩達の目にも届いていたようだ。
亮と魚住は互いに目を合わせると、そんな後輩達の目線をむず痒いと思ったのか照れくさそうに笑った。
やがて田岡も現れ、新入部員の自己紹介が始まる。
「田島中学出身、越野宏明!173センチ!60キロ!ポジションはSGです!よろしくお願いします!」
「笹下中学出身、植草智之です。170センチ、61キロ、ポジションはPGです。よろしくお願いします」
威勢のいい負けん気の強そうな風貌の越野と、反対に落ち着いた雰囲気のある植草を皮切りに自己紹介が行われていく。
「福田吉兆。大津中学出身。186センチ、78キロ、ポジションはPF。……よろしくお願いします」
そうして他の部員も自己紹介を行い、最後の1人が終えた丁度その時、ガララと体育館の扉が開かれ、一同目線がそちらを向く。
「すいません。遅れました」
現れたのは身長190に届くだろうか、大きな男だった。
ツンツンと逆立てた髪が特徴的だが、垂れ目気味なその眼差しは柔和な印象を与えてくる。
そんな男を見て、田岡が呆れたようにため息を吐いた。
「……まったく。姿が見えないと思ったら、どこほっつき歩いておったんだ──仙道」
仙道。そう呼ばれた男は田岡の前まで来ると頭をかきながら笑みを浮かべて言った。
「迷いました」
あまりにもさっぱりとしたその物言いに田岡は逆に威勢を削がれたのかガクンと肩を落とす。
「入学したばかりだから今回は大目に見るが、次回からは許さんぞ。いいな?」
「はい。すいません」
そうして田岡に促され、男はこちらに向き直る。
「仙道彰。実善中学出身。189センチ76キロ。ポジションは特に決まってなかったです」
よろしくお願いします。仙道はそう言って頭を下げる。
身長もそうだが、その身体つきも、ついこの間まで中学生だったとは思えないくらい完成している。
この男が仙道。
田岡から東京の中学からスカウトした逸材が入学してくる事は事前に聞いていたが、そのプレイを見る前から察する事ができる。
この男はただ者ではないと。
「早速だが新戦力の実力を測るために試合を行う!2・3年生と新1年生でチームに別れろ!」
「「「はい!」」」
2・3年生チーム
#4 藤井 雄太 3年 PF 186cm 83kg
#5 横田 俊一 3年 PG 172cm 63kg
#8 魚住 純 2年 C 202cm 87kg
#9 相模 亮 2年 SF 194cm 75kg
#10池上 亮二 2年 SG 182cm 73kg
1年生チーム
#11仙道 彰 1年 SF 189cm 76kg
#12福田 吉兆 1年 PF 186cm 78kg
#13越野 宏明 1年 SG 173cm 60kg
#14植草 智之 1年 PG 170cm 61kg
#15上田 樹 1年 C 187cm 79kg
それぞれチームに別れ、ビブスを着た後試合が開始される。
ジャンプボールを制したのは当然魚住。PGの横田がボールを運ぶ。
「魚住!」
「おう!」
ローポストにポジションをとった魚住は、相手センターのDFをまったく意に介さず得点に成功する。
対して1年はPGの植草がボールを運ぶ。プレッシャーをかけてくる横田のDFをなんとか掻い潜りつつ、植草から越野、越野から仙道へとボールが回る。
「仙道!」
「相模との1on1か!」
体育館がざわめく中、亮は腰を落とす。そんな亮を正面に仙道はドリブルを開始する。
(チェンジオブペース……いつ来る……)
次か。いや……。
(次!)
亮は仙道のドライブに反応した。亮のディフェンスに体育館が盛り上がりを見せる。
「止めたぁ!」
しかし田岡だけが冷静に試合を見ていた。
「いや、まだだ!」
ドライブから一度重心を右に振らせてからのロール。重心が右に寄っていた亮は完全に仙道に裏をかかれることになる。
「何っ!」
亮を抜いた仙道がそのままゴール下の魚住へと進んでいく。
「行かせるか!」
立ち塞がる魚住のブロックに仙道はそのままレイアップの体勢に入り、そのブロックがボールに触れる直前、ボールを下げ、ブロックを躱す。
「おおーっ!」
「ダブルクラッチ!」
床に倒れ込むようにバックシュートを決めた仙道のビッグプレイに体育館が湧き上がる。
超高校級。そう言っても過言ではない仙道のプレイであったが、逆にそのプレイが陵南が誇るダブルエースの心に火を点ける事になる。
(それもそうだ。新1年生にやられて胸中穏やかであるはずがないだろう)
なぁ、相模。
田岡の視線の向こうにはボールを受け取った亮の姿があった。
亮の動きは速い。1回強くドリブル着くと、その反動を利用してリズムを作り、クイックリリースで3ポイントを放つ。
マークにつく仙道も慌ててブロックに飛ぶが、もう遅い。その高さには届かない。
「うおおっ、3ポイント!」
「流石、相模!」
DFに戻る直前、亮は仙道に声をかける。
「3ー2だな」
「!」
亮の言葉に仙道は目を見開く。
「おもしれぇ!」
仙道はニヤリと笑うとPGの植草に声をかける。
「ボール、回してくれ!」
実際、1年チームと2・3年チームには当然だが実力差があり、1年チームで対抗できているのは仙道1人と言っても過言ではなく、自然と仙道にボールが集まる事となった。
他に攻め手と言えば、仙道に負けじとボールが来れば1on1を挑む福田の姿があったが、彼の実力はまだ拙く、自分のマークを抜いたとしてもカバーに入った魚住や相模に片手間でスティールやブロックされてしまう結果となっていた。
「抜いたぁ!」
「あんなデカいのになんてドリブルが上手いやつだ!」
仙道が亮を抜く。魚住は亮に目配せした後、カバーに入る。
仙道はシュートモーションに入るが、今度は魚住も釣られない。タイミングを見極め、ブロックに飛ぶ。
「ぬんっ!」
「魚住のブロックだ!」
ルーズボールを抑えたのは池上だった。
池上は前を走る亮の姿に気がつくと、ロングパスを放つ。
「もう走ってる!?」
「そうか!相模は魚住のブロックを信頼して……!」
そのまま亮がダンクを決め、さらに点差を離す。
「……」
茫然と立ち尽くす仙道に魚住が告げる。
「同じパターンが通用すると思うなよ、仙道」
「……手厳しい先輩方だ」
しかし言葉と裏腹に仙道は笑みを浮かべていた。
超えるべき壁。挑戦しがいのある目標を見つける事ができたからだ。
陵南に来たのは間違いじゃなかった。この時点で仙道はそう確信していた。
(さて、どうするか……)
ボールを運びながら仙道は思考する。
マークマンである亮のディフェンスを簡単に抜いているようにみえる仙道であるが、その実、亮のディフェンスには手を焼いていた。
(長い手足を活かしたディフェンス……。横の動きは弱い部分もある……が、それを見越して後ろからブロックを狙ってくる……)
その上でカバーに入るのは2メートルを超える身長を持つ魚住と来た。この2年生コンビのディフェンスを掻い潜るのは如何に仙道といえどもキツい部分があった。
(得意のダブルクラッチも読まれたしな。まだ攻めのパターンはあるが……)
このままだとジリ貧である事は目に見えていた。
だが天才とは追い込まれた状況下で真価を発揮する。
天才の進化は、ここから始まる。
「1on1か!」
「これで何度目だ!?」
右45度の位置から始まった亮と仙道の1on1。魚住のカバーを信頼している亮はタイトに仙道にプレッシャーをかけていく。
その様子を見た田岡が思考を凝らす。
(よし。相模も指示通り動いてくれているな)
仙道の実力は噂に違わぬ本物だった。これまではその実力の高さも相まって、自分1人でどうにでもできてしまっていたのだろう。
田岡は魚住と相模は全国にも通じる──否、全国でも上位に位置する選手になるよう手塩にかけて育て上げてきたと自負している。そんな選手達を相手に自分1人での限界が見えた時、仙道がどういった選択肢を獲るのか、気づく事ができるのか。
個人のプレイヤーとしての実力は既に完成されているといっていい仙道の更なる成長はそこにかかっているといっていい。
だからこそ、試合前。田岡は魚住と亮に指示を出したのだ。
仙道を抑えろ、と。
(──田岡監督にはそう言われたけど、結構いっぱいいっぱいだけどな)
亮は内心苦笑いを浮かべる。
仙道はうまかった。本当にうまかった。少なくとも高校1年時の完成度で言えば亮など足下にも及ばないだろう圧巻の実力だった。
(ポジションをコンバートしてから、横のディフェンスも強化しているが、まだまだだな。魚住がいなきゃ、完全にやられてた)
元々センターだった亮は縦の動きは強いが、横の動きが弱かった。今までの経験値や抜かれた後もブロックを狙う事でそこはある程度補えてはいるが、まだまだ敏捷性やフットワークが弱いと言わざるをえない。
自分自身の課題を改めて感じ取りながらも、亮は意識をディフェンスに集中させる。
ダムッ!
一瞬の隙をつき、仙道が亮を抜く。
しかし亮もそれは織り込み済みで、すぐさま後ろからブロックを狙う。
「うわぁ!」
「容赦ねぇ!2人がかり!」
シュートモーションに入った仙道を魚住と亮のブロックが襲いかかる。
シュートコースは完全に塞がれた。ダブルクラッチでも躱しきれない。今までの仙道であれば、ここでブロックされていただろう。
しかし天才は進化する。
「「何!?」」
体勢を強引に変えた仙道が魚住の脇の下を通し、逆サイドの越野にパスを出したのだ。
「っお!?」
思わぬパスに越野は驚きと戸惑いを見せながらもすぐにシュートモーションに入る。完全に虚を突かれたマークマンのブロックは間に合わない。
「おおっ!スリーポイントだ!!」
「いやその前のパスだよ!なんであんなとこにパスが通せんだよ!」
体育館がどよめく中、仙道がディフェンスに戻る越野の尻をバシンと叩いた。
「ナイス」
「……っ仙道!」
完全に出し抜かれる形となった亮と魚住は互いに目配せしながら苦笑いを浮かべる。
「やられたな」
「ああ。まさか、あそこからパスを出してくるなんてな」
この試合、パスを受け取る事はあれどもパスを出さなかった仙道のパス。
それが意味する事の大きさを察せない2人ではなかった。
「これは今まで通りのディフェンスとはいかないぞ」
「ああ。今までの1on1の突破力にあのパスがついてくるとなるとこの上なく厄介だ」
味方なら頼もしいところだがな、と亮は付け加える。
「行けるぞ、今年は」
「ああ。絶対に」
その後、パスという武器を新たに加えた仙道のプレイはまさに圧巻だった。
従来のドリブルによる突破力やシュート力だけでなく、味方を活かすパスを取り入れた仙道のプレイはまさに変幻自在で、無数にある選択肢の中から相手のプレイを読み、ディフェンスをするのは困難を極めた。
しかしそれでも試合の趨勢が覆る事はなかった。
仙道を止める事はできずとも、それ以外のメンバーは止める事はできたからだ。魚住という絶対的な守護神がいる以上そこが覆る事はなかった。
オフェンス時においても、ディフェンスにおける仙道の能力はまだまだ詰めが甘い部分があり、あまり苦にすることはなかった。
2・3年生チームは魚住や亮を中心に着実に得点を重ねていき、1年生チームはそれを防ぐ手立てはなかった。
最終的には78ー42と点差がつく事にはなったが、入学したての新入生が上級生相手にしたと考えれば、ダブルスコアになっていない時点で大健闘したと言ってもいいだろう。
田岡はこの結果に大満足していた。
魚住・相模を中心とした上級生達の完成度。
天才・仙道のポテンシャルもこの試合で引き出す事ができた。
仙道の他の新1年生も粒揃いなのが見て取れる。
(特に福田……スタッツにこそ現れていないが、あの魚住や相模にも臆する事なく挑んでいくそのメンタルの強さは中々持てるものじゃない)
身長186cm体重78kg。バスケを始めたのは中学2年で経験は浅いが、身体能力は素晴らしいものを持っている。
(これは鍛え甲斐があるな……!)
その後、その育成方針で道を誤りかける田岡であったが、ギリギリのところで踏みとどまる事になる。
切欠は些細な事だった。
まだ経験が浅く、失うものがない福田は叱って育てた方がいいと考えた田岡はそれはもう厳しい態度で福田に接した。
しかし予想よりも福田の成長の伸びが遅く、自身の育成方針に疑問を抱きかけていた時のことだった。
練習後の自主練で福田が亮を相手に1on1を行っているのを見た時、福田が良いプレイをした後、亮に褒められた姿を……ふるふると嬉しそうに震える福田を見て、田岡はもしかしてと思ったのだ。
もしかして、福田は褒められて伸びるタイプじゃないかと。
それから田岡は徐々に態度を軟化させていき、福田を褒めるようになった。
すると福田はもっと褒められたいと思ったのか、さらに練習に精を出す事になり、いい循環が生まれ、実力を伸ばしていく事になった。
(感謝するぞ、相模よ……)
こうして亮の気づかないところで一つの運命が変わる事となった。
亮には知る由もないところだが、こうして陵南は福田という強力なスコアラーをシックスマンとして置く事になる。
選手層に厚みを増した陵南に死角はない。
相模亮、2回目の夏がすぐそこに迫ろうとしていた。