入寮の日が、来てしまった。全員が寮の前に集まっていて、若干空気が重い。耳郎ちゃんとデクくんは特に、気にするようにちらちらこっちを見ていて。ごめん、気を使わせて。
先生の言葉もほとんど頭に入ってこなかった。ただ寮生活のルールとか、部屋割りとかをプリントで流し見て、各自で荷解きの開始。俺も部屋に戻って、必要な本とか道具を適当に配置して、服もクローゼットに仕舞えば終わりだ。時々置こうとしている場所を空振って、まだ遠近感が掴めない。
エレベーターを降りると既に、殆どのメンバーが揃っていた。俺も隅に腰を下ろして、みんなが集まるのを待つ。
口が開いたのは、二十人全員が集まってからだった。
「……皆に、話したいことがある」
右目のことか、という視線が向けられる。けれど違う。俺が話したかったのは、〝俺〟の事だった。
「入学してから今まで、嘘ついてた」
突然のことに、理解できなかっただろう。でも、最後まで続けなきゃいけないから。
「ある人の人格を借りて、生きていた」
それは俺の拠り所であり、
「その存在に、依存してた。でも今は……それが、できそうにない」
生き延びるための仮面でもあり、
「黙ってて、騙してて……ごめん」
狂信にも近かった。
誰も、喋らなかった。意味がわからなかったのか、それとも怒ってるのかは、わからない。ただ皆、口を閉じて考え込んでいて。ごめん。突然こんなこと言って。意味わかんないよな。
一分くらい経っただろうか。口を開いたのは、爆豪だった。
「じゃあてめェ」
眉間に深く皺が寄っていた。
「俺らに向けてたモンも嘘だったンか」
「……違う」
それは、違う。それだけは、信じてくれ。誰かを救いたいのも、支援のために尽力してきたのも、全部。全部、俺の本物だ。
「ならいい」
それだけ言って、爆豪は背中を向けて部屋へと歩いていく。それを見送ったあと、発したのは芦戸ちゃんで。
「でも、その天成も優しかったよ。殴る蹴るじゃなくてダーツで落としたのも、体育祭で私のこと運んでくれたのも……それって、〝その人になりたいから〟だけじゃできないことだよ」
「……そう、かな」
「そうだよ。ウチと葉隠のこと助けてくれたの、天成なんでしょ。あの時の天成の声、聞こえてた。ウチらのこと助けなきゃって必死になってくれてた」
ああ、バレてたんだ。取り繕う余裕もなくて、よく考えたらあの時既に吹き飛んでたんだろう。
「それに、誰にだって隠し事の一つや二つくらいあるでしょ。誰にどういう側面見せるかだってそう。だから、嘘ついてたとか騙してたとか、自分を傷つけるみたいな言い方しないでよ」
明るい励ましとか慰めとかじゃなくて、耳郎ちゃんは言ってくれた。体育祭が終わった頃から、何か引っかかってるみたいな物言いが気になってたけど、もしかしたらそれに気づいてたからかもしれない。
「別にいいんじゃないか。誰だって複雑なこと隠してる事あるだろ」とは、轟の言で。
「でも、天成ちゃんは天成ちゃんよ。どんな振る舞いでも。根っこが変わらないのなら、それは天成ちゃんだわ」
「……ありが、とう」
〝アナ〟を自分の拠り所にして嘘ついてたのも全部、こうやって「もう保てないから」って半端になるのも。何でそんなに、簡単に受け入れてくれるんだ。
「ただし」
びし、と指を立てたのは飯田だ。
「辛いことは辛いとか、助けてくれだとか、そういうことは言って欲しい。それだけは守ってくれ」
君はそういうものを隠すきらいがある、と言われたのは否定できない。先生にも少し前に言われた。見せたら、自分の中の〝アナ〟が壊れる気がして。毅然と立つ彼女の姿を裏切るような感覚がしていたから。
だから、頷いた。全部はまだ、見せられないけど。自分で抱えすぎるのは、もうやめようと。少しだけ、思えたかもしれない。
そこで、声が上がった。瀬呂だった。
「もう一個、聞きたいことあんだけど」
「聞きたいこと?」
「目、怪我してるんだろ。なんか出来ることっていうか、気ぃつけたほうがいいことある?」
「……いや」
少し迷った。怪我と言うには重たくて、でもここで言えば過剰に空気が暗くなる。
ややあって、口を開いた。
「片目だから、距離感が上手く掴めないんだ。激しい運動しなきゃ問題ないのと……あと、右側からだと見えにくいかも」
オッケーよ、と短く締められて、お通夜ムードは少しだけ軽くなった。少しでも明るくしようとしてか、芦戸ちゃんがそれぞれの部屋を見ようと提案して、皆もそれに賛同する。……俺の部屋には大したものないけど。
皆には研究者かよって言われた。なんも間違ってないから否定できなくてちょっと笑えたし、今はそれだけでいいんだと、思う。
翌日。教室に集まった俺たちは、いつも通り席に着いていた。
「──昨日話した通り、ヒーロー科一年A組は、仮免取得を当面の目標にする。ヒーロー免許ってのは、人命に直接かかわる責任重大な資格だ」
取得のための試験は厳しいし、合格率は五割以下。そこで今日から君らには、と相澤先生は区切り。
「一人最低でも二つ、必殺技を作ってもらう」
入ってきたのは
久しぶりに袖を通すコートが、なんだか重く感じる。あんまり寝られてないし、重量は標準装備の十五キロだし。病院にいたり、トレーニングできなかったりでちょっとなまっているせいだろう。
トレーニングの台所ランド──通用、TDL。著作権の危なそうなこの体育館だけど、セメントス先生が管理している。ここが仮免までの十日間を訓練する中で必殺技を編み出す圧縮訓練になる、と相澤先生が語った。必殺技、か。
「天成」
「……はい?」
「ブーストは必殺技に入れるなよ」
「いや、分かってますよ……」
あれは必殺技なんかじゃない。可能な限り使いたくない魔女の薬だ。
それぞれが必殺技を編み出そうとしている中で、俺は考える。必殺技、か。俺はどうしてもサポートアイテムありきの物でもあるし。じゃあその絡みから取っていきたいけど、メインで使ってるバイオライフルは必殺技とは言い難い。
「……自衛手段を、考え直したいんです」
「天成は基本的にライフルが主体だな。サポートアイテムから取ることになるのか、それとも……」
「今までは
一瞬、息が詰まる。夜闇に溶けるような姿の中に一つだけ煌めいたナイフを思い出して。
「……すいません、ちょっと」
壁に歩いていこうとして、先生が支えてくれる。
「だいじょうぶ、です」
大丈夫。ここは学校で、今は皆がいて。先生のコートの繊維が、撥水加工特有の滑らかさを伝えてくる。五分だ。五分だけ、ゆっくり息を吐こう。
夜が明けて、相澤先生が教えてくれたのは四つだった。
「──これは死なない、と理解しろ」
息が苦しくても、心臓が暴れても、視界が歪んでも、発作単体で人は死なない。分かってるだけでいい。信じられなくていい。「これは危険じゃない反応だ」と、頭の端に置いておけ。
「身体に主導権を渡す」
呼吸を整えようとするな。失敗する。代わりに、吐く方を長くしろ。吸うのは勝手に入る。息を吐く時に、床に足がついてる感触、背中が何かに触れてる感覚、冷たいか温かいか。五感のうち一つでいいから、現実に引き戻せ。思考じゃなく、感覚だ。
「時間を区切れ」
「このまま続いたらどうしよう」と考えるな。「今から三分」あるいは「五分」だけ耐えると考えろ。……発作は必ずピークを越えて落ちる。これは事実だ。終わりのない発作はない。
「それでも無理なら、誰かの存在を借りろ」
喋らなくていい。同じ空間に人がいる、それだけで自律神経は少し戻る。
「──で、一番重要なことを言う」
発作中に、「情けない」「弱い」「迷惑だ」……そういう自己評価を挟むな。発作は失敗じゃない。分かったな。
エクプラ先生の服を握ったまま、どのくらい経ったかわからない。けど、息も音も、視界も、まだぼんやりとしてるけど戻ってきた気がする。周りには、コンクリートの壁が立っていて。セメントス先生が気を使ってくれてたんだと気付く。
「……呼吸は整ったか。思考が騒音に呑まれている間は、言葉も形を持たない」
強張る手をゆっくりと離して、先生に短く謝る。
「理解はできる。我も
今まで忘れてたけど、そういえばそうだ。先生の脚は、義足。戦闘用に軽量化された。同じような理由で失ったんだろうか。
「……どこから組み替える」
「え?」
「ヒーローを辞めたいわけではない、その点は把握している。だが感覚の齟齬が、これまでの手順を不毛なものに変えているのだろう」
「そう、ですね」
距離感のズレ、右側が見えないことによる視界の狭まり、それによって、出来ていたことが出来なくなる感覚。全部、認識はしても対策ができてない。だから、動けない。動けても覗けないから狙撃は望めないし、偏差撃ちはろくに出来ない。
「……先生は、どうやって乗り越えたんですか。昔、ヴィランとの戦いで失ったと、そう聞きました」
「乗り越えた、訳ではない」
先生は僅かに俯いて、
「従来の手法は使用不能になった。現時点でも不便が解消されたとは言えない……だからこれは感情の問題ではなく、ヒーローとしての再構成の話だった」
「再構成……」
今までのやり方が出来ない、それはそうだ。利き目がない。もう、そっちでは狙い撃てない。なら、狙撃を捨てるか……左目で撃つしかない。
いやな縁だな、と思った。アナも──彼女もそうして、左目でスコープを覗くようになった。彼女の模倣になるから嫌なわけではない。実利が勝ればそっちを選ぶ。けれど、それで果たして仮免まで追いつけるのか? 答えは否だ。ならどうする。狙撃を捨てる? 論外。今の状態で戦闘スタイルを変えればそれこそ話にならなくなる。左目で覗いた方が多分マシだ。
フランカーに寄られた時、俺はどうしてた? まず壁とお友達になりながら味方に寄って立ち回ってた。俺もアナも機動力に難があるから、瞬時の離脱は出来ないしそうするしかない。アナならどうする、じゃなくて事実の陳列だ。
──セットプレー。
なぜ今まで、思い出せなかったんだろう。距離感が掴めないなら、ゼロ距離でやればいい。寄ってきた敵を巻き込んでやってしまえばいい。そして逃げて味方と合流する。もちろんダーツを当ててそのまま拘束するっていうのが弱い訳じゃないけど、この世界はゲームみたいにライフ制じゃないし、後続が来る可能性だって著しく高い訳で。なら、仲間に合流して後ろから刺されるのを可能な限り防ぐのが正解じゃないか。
「先生、少しお聞きしたいことがあるんですが」
「何だ」
「アイテムを一つ、増やしたくて……」
「理解した。……それはサポート科に投げる案件だ。既に思考が固まっていると見える」
「大まかには。ただ、技術的に可能かは怪しいなと」
とりあえず、と距離感を掴むためのリハビリを兼ねたスパーリングが今日のここでの動きになった。やっぱり遠近感はおかしい。拳はスカるし逆にありえない──ように見える──距離から蹴りは飛んでくるし、こんなんで仮免大丈夫か。取れなかったら俺は、そもそもまともに戦線に立つことすらできなくなる。
「周囲に差がつくことを恐れるな。焦燥は視野を狭め、不要な失策を生む」
先生が威力も速度もセーブしてくれているのは分かっている。負担を減らすのと、身体を慣らすことを優先してくれているんだろう、いやエクプラ先生蹴り技上手すぎるよ……それ主体なんだから当たり前なんだけどさ。見てから防御? 無理です。当たり前。
「今までで一番キツい……」
授業が終わって出た感想はそれだった。昼食を手早く済ませて、サポート科の工房──より先にリカバリーガールの元に向かう。いわく、もう少しリハビリしてこいと。運動系じゃなくてらしい。
保健室に着くと、すでに話が通っていたらしく「座んな」と椅子を示されて腰を下ろす。
「……右目失ったんだってね。病院着いた時は驚いたよ、他に負傷がないことも含めて、綺麗にやられたもんだ」
眼帯を外してほしい、と言われて従う。眼帯があろうがなかろうが、視界は変わらない。白い医療用眼帯を視界の端に捉えながら、俺は尋ねた。
「治療がどうなったのか俺は聞いてないんですが……とりあえず、視神経と涙腺がダメになってるってのは分かりました。あと距離感掴めないんで階段は手すりで上れとか、小さい段差でも足元で探って上れとか」
「先に自立のための方法教えてもらってんだね。じゃあ話は早いね。天成、距離感が狂う理由は目が一つになったことじゃないってことは分かってるかい」
「はい。脳の補正が追い付いてないってことですよね」
「そうさね。だから最初にやるのは誤差を自覚する訓練だ。床やテーブルに置いたものを拾ったり持ったり。届くと思った距離と実際のズレを毎回確認するんだよ。失敗していい、むしろ失敗した方が脳は学習するからね」
持ってごらん、と置かれたプラスチックのコップを掴もうとして、掠めて落としてしまった。拾うのは何とかできて、朝から苦労してた事案を改めて突きつけられた。
見えるけど見えてない。捉えられていないから、先生の蹴りもあり得ないところから飛んでくるし蹴りも拳も当てられない。
「それで、片目で使える手がかりを増やすんだよ。影の濃さや物体の重なり方、相対的に見た大きさとか、床との位置。音の反射なんかもそうだね。目だけじゃなくて五感を使って測るんだよ」
「はい」
「それが完成してから動く物を使う。さっきの授業の内容聞いたけど、今後は控えめにするように。今のあんたにゃ成功体験じゃなくて修正するための体験が要るんだ、身体を鈍らせない程度に収めな」
そりゃそうだ。感覚で踏み込んだから全部だめになってるのは自覚済みで、元々反射で動いてた身体に距離感というデバフが重なったらできる訳がない。このまま試験に臨んだら怪我が増えるじゃ済まないだろう。
「今は下手で当然だし、矯正には時間がかかって当然だよ。出来ない自分を許してやりな、あんたはそれを出来ないところが一番危ない」
「……ご忠告、痛み入ります」
「地味だよ、やることは。仮免取りたいんだろ、どうしても。ならアドバイスくらいはしてやるさね。同じ回復個性持ちのよしみってやつだよ」
彼女はそう締めると、いつものように少し硬めのグミを渡してくる。今回は俺の手を誘導してくれて、その手の温かみがなぜか、とても身に沁みた。
その数十分後──俺は大爆発に巻き込まれてひっくり返ることになる。
今月も続くんだなぁ! 激務が!
そういえば相澤先生の抹消使ってる時の色どっちが好き? 原作とアニメでゴリゴリに違うんですけどぉ……
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赤(アニメ)
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金(原作)