【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ティナ視点
アウラたちが屋敷を出ていってから、ブルム家の中は急に慌ただしくなった。
どこから現れたのかはわからないが、街のあちこちに魔物が現れたらしく、クラウス様やレオン様、それにアウラやシャロンたちは、それぞれ対応するために外へ向かった。
私とカイトは屋敷に残り、リリア様と一緒にいてほしいとクラウス様から言われていた。
とはいえ、リリア様がいるはずの本館へ勝手に入るわけにもいかないし、下手に動いて邪魔になるのも嫌だったので、ひとまず庭の端で落ち着くまで待つことにした。
そこで様子を見ていると、ゲオルグさんが次々と騎士たちに指示を飛ばしていた。
「正門は現在の人数を維持してください。東側の塀にも二名を回しましょう。何か異常があっても、独断で持ち場を離れないように」
「はっ!」
「外の指揮はあなたにお願いします。騎士団や兵士から連絡が届いた場合は、すぐに私のところへ」
「承知しました!」
いつものゲオルグさんは、物腰が柔らかくて、いかにも貴族のお屋敷に仕えている執事という感じだ。
それなのに今は、まるで別人みたいだった。
声を荒らげているわけでもないし、焦っているようにも見えない。それなのに、ゲオルグさんが指示を出すたび、騎士たちは迷うことなく動いていく。
年配の騎士まで当たり前のように頭を下げて命令に従っているのを見ると、何となく不思議な感じがした。
「ゲオルグさんって、やっぱり普通の執事じゃないわよね?」
隣に立っていたカイトへ小声で話しかける。
「前に騎士だったって聞いたよ」
「なるほどね……。でもなんか、偉い人みたいじゃない?」
「昔は偉かったんじゃないかなぁ」
「やっぱりそんな感じするわね」
「まあ、よくわからないけど」
カイトが困ったように笑った。
でも、周りの騎士たちがゲオルグさんの言うことを当然のように聞いているのを見る限り、少なくとも昔から信頼されていた人なのだろう。
「こちらの使用人たちは避難区画へ移動させます。ユリウス先生、騎士を一人付けますので、一緒に行っていただけますか?」
「ええ。こちらはお任せください」
少し離れたところでは、ユリウス先生も使用人たちを集めていた。
ミレイユさんたちが荷物を運び、年若い使用人や顔色を悪くしている人たちから先に避難区画へ向かわせていく。
外からは時々、大きな声や何かがぶつかるような音が聞こえてきていた。
屋敷からは距離があるみたいだけれど、街で何か大変なことが起きているのは嫌でも分かる。
やっぱり落ち着かない。
私が街の方を見ていると、ユリウス先生がこちらへ歩いてきた。
「ずいぶん不安そうな顔をしていますね」
「えっ? そ、そうですか?」
「していますよ」
笑われてしまった。
隠していたつもりだったんだけど。
「心配するお気持ちは分かりますが、そう身構えなくても大丈夫ですよ。ここは、かつて魔導国家との戦でも落ちなかったドゥル=ブルムです」
ユリウス先生が街を囲む高い壁へ目を向ける。
「これくらいの騒ぎでどうにかなるほど、ヤワな街ではありませんから」
「……そうですよね」
言われてみればそうだ。
この街に来た時から、壁の高さには驚いていた。
門だってとんでもなく大きくて頑丈だったし、街の中には騎士も兵士も大勢いる。それに冒険者だっている。
アウラたちも外へ向かった。
だったら、きっと大丈夫だ。
「それよりティナさん」
「はい?」
「髪がまだ濡れていますよ」
ユリウス先生に言われ、思わず自分の髪へ触れる。
慌ててお風呂から出てきたからか、確かにまだ少し湿っていた。
「このままでは風邪を引いてしまいます。一度お部屋へ戻って、タオルでよく拭いてきなさい。念のため、必要になりそうな荷物も持ってくるといいでしょう」
「でも、大丈夫ですか?」
「屋敷の中まで危険が及んでいるわけではありません。必要な物だけ取って、すぐに戻ってくれば問題ありませんよ」
「分かりました!」
「それでは僕も行きます」
カイトも一緒に来てくれることになり、私たちは一度部屋へ戻った。
急いでタオルを取り出し、適当に髪を拭く。
本当ならもっとちゃんと乾かした方がいいんだろうけど、今はそんなことをしている場合でもない。
それから、いつも使っている装備をまとめる。
杖を背負い、短剣を腰に差す。必要そうな小物を入れた鞄を持ち、最後にタオルも突っ込んだ。隣ではカイトも革の胸当てと籠手を着け、腰のショートソードを確認している。
「念のため、武器も持っていったほうがいいわよね」
「まあ、何があるか分からないしね」
「本当に使うようなことにならないといいんだけど……」
「うん……」
二人で顔を見合わせてから、急いで庭へ戻った。
ゲオルグさんの指示はほとんど終わっているようで、騎士たちはそれぞれの持ち場へ移動していた。
その中で、ゲオルグさんはラルフ様と話している。
「ラルフ様はリリア様と共に、地下の避難室へお願いいたします」
「分かった。父上たちが戻ってくるまでは、そこにいればいいんだな?」
「はい。念のためです。屋敷に危険が及ぶ可能性は低いと思いますが、万が一ということもございますので」
そこでゲオルグさんがこちらに気づいた。
さっきまで騎士たちへ指示を出していた時とは違い、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「お二人とも、ちょうどよいところへ戻られました」
「何か手伝いますか?」
「ありがとうございます。ですが、今はリリア様とご一緒にいていただけますか?」
「はい、クラウス様がおっしゃってたことですね」
「はい。こちらの騎士がご案内いたします。安全が確認できるまで、リリア様と一緒にいていただきたいのです」
「はい!」
「はい!」
私とカイトの声が綺麗に重なり、ゲオルグさんが小さく笑った。
「お二人が一緒であれば、リリア様も安心されるでしょう。よろしくお願いいたします」
その言葉を聞くと、ちょっとだけ緊張した。
護衛なんて大げさなことができるかは分からないけれど、リリア様が不安にならないように一緒にいるくらいならできる。
案内役の騎士に続いて屋敷の中へ入り、ラルフ様も一緒に廊下を進む。
少しすると、別の騎士に付き添われたリリア様が待っていた。
普段よりも不安そうな顔をしていて、私たちを見るより先にラルフ様へ駆け寄る。
「ラルフお兄様!」
「リリア」
「一体、どうしたんですの? 皆さん、とても慌ただしくされていますけれど……」
「街で少し騒ぎが起きてるんだ。だから、念のために避難しておこうってだけだよ」
「避難……?」
リリア様の顔が曇る。
それを見て、ラルフ様はすぐに笑った。
「そんな顔をしなくても大丈夫だ。前に父上と一緒に行った地下の部屋、覚えてるだろ?」
「ええ……」
「そこへ行くだけだよ。訓練みたいなものだと思ってればいい」
「でも……」
「それに今日は、ティナとカイトも一緒だぞ」
ラルフ様に言われ、リリア様がこちらを見る。
「あっ!」
さっきまでの不安そうな顔が、一気に明るくなった。
「ティナ! カイト!」
「こんにちは、リリア様」
「僕たちも一緒に行きます」
「まあ! でしたら、一緒に行きましょう!」
あっという間に機嫌が直った。
こういうところは、本当に子供らしくて可愛い。
「俺は一度部屋へ戻る。剣と鎧を取ってくるから、少し待っててくれ」
ラルフ様は護衛の騎士にそう伝えると、急いで自分の部屋へ向かった。
それほど待たずに戻ってきた時には、腰に剣を下げ、鎧まで身につけている。
「待たせたな」
「ラルフ様まで戦うんですか?」
思わず尋ねると、ラルフ様は腰の剣へ手を置いた。
「使わないで済むなら、それが一番だけどな。何かあった時に丸腰よりはいいだろ?」
「確かにそうですね……」
思わず、杖を持つ手に力が入る。
「それでは参りましょう」
二人の騎士に促され、私たちは屋敷のさらに奥へ向かった。
普段なら来ることのない場所らしく、飾られている絵や置物も少なくなっていく。
やがて一階の奥まった廊下で騎士が足を止めた。
「ここです」
「ここ?」
一見しただけでは、普通の壁にしか見えない。
けれど、よく見ると壁の一部に小さな金属の飾りが埋め込まれていた。
騎士がそこへ鍵を差し込み、何かを操作する。
すると壁の一部が僅かに動き、重い音を立てながら横へずれた。
「すご……」
思わず声が出る。
壁の向こうには、地下へ下りていく階段があった。
「隠し通路だ」
カイトが妙に嬉しそうな顔をしている。
「なんでちょっと楽しそうなのよ」
「いや、こういうのって本当にあるんだなと思って」
「ワクワクしますわよね」
「リリア様まで……」
カイトが苦笑している。
護衛の騎士たちはそんな私たちを見ても笑わず、真剣な顔で階段の先を確認してから降り始めた。
地下へ足を踏み入れると、それまで暗かった通路の壁に設置された魔道具らしきものが一つ、また一つと淡く光り始めた。
「勝手に光った……」
「人が入ると点く魔道具だ」
ラルフ様が教えてくれる。
「へえ……便利ですね」
ぼんやりとした灯りに照らされた地下通路を進んでいくと、やがて行き止まりに大きな扉が見えてきた。
さっきの隠し扉とは比べものにならないくらい物々しい。
分厚い金属で作られているらしく、私の力では押してもびくともしなさそうだった。
騎士が懐から別の鍵を取り出し、扉に取り付けられた錠を開ける。
重い扉がゆっくりと開いた。
「どうぞ、中へ」
促されるまま全員で入る。
最後に騎士も中へ入ると、扉が閉じられ、内側から鍵が掛けられた。
部屋の中にも地下通路と同じような薄い灯りがあったが、一人の騎士が壁際に置かれた小さな魔道具を操作すると、天井近くに設置されていた光源が明るくなった。
「結構広い……」
思っていたよりも、ちゃんとした部屋だった。
中央にはテーブルと椅子。
壁際にはいくつかのベッドが並び、反対側の棚には毛布や水、それに保存食らしき木箱まで置いてある。
狭いというほどではないけれど、私たち六人が入ると、それなりに人が多いようには感じる。
そして部屋の奥には、もう一つ扉があった。
「あっちはなんですか?」
カイトが尋ねる。
「外に通じる避難路です」
騎士の一人が答えた。
「念のため異常がないか確認して参ります。こちらを動かれませんように」
「分かった。頼む」
ラルフ様が答えると、騎士は奥の扉を開けて中へ入っていった。
もう一人の騎士は部屋に残り、水や備品を確認したり、入口の錠を確かめたりしている。
「リリア、座っておけ」
「はい」
ラルフ様に促され、リリア様が椅子へ腰掛ける。
私とカイトも、その近くの椅子に座らせてもらった。
ラルフ様は立ったまま私たちを見回し、それから奥の扉を指さした。
「ここまで来れば、ひとまず安全だろう。ここは昔からブルム家が使ってる避難室でな。何かあれば、あの先の避難路から屋敷の外へ出られるようになってる」
「やっぱり、こういうお屋敷には避難路とかあるんですね」
カイトが感心したように奥の扉を見る。
「まあ、うちの家も古いからな。こういう備えはあるってことだ」
「物語とかだとよくあるじゃないですか。貴族のお屋敷の隠し通路とか。ちょっと憧れていました」
「俺は物語の貴族じゃないんだけどな」
ラルフ様が呆れたように笑った。
「まあ、俺もここを実際に使うことになるとは思ってなかったけど。昔、魔導国家と戦争をしていた頃には使われたこともあったらしい」
「そんな昔からあるんですか?」
「ああ。何度か直してはいるみたいだけどな」
「それなら安心ですわね!」
リリア様が明るい声を出した。
「お父様と来たことはありますけれど、皆さんと一緒に来るのは初めてですし、何だか新鮮ですわ」
「さっきまで怖そうな顔してたのに、もう楽しそうだな」
ラルフ様が言うと、リリア様は少し頬を膨らませた。
「だって、一人で来るのと皆さんと来るのでは全然違いますもの」
「それはわかるがな」
「それに、こういう秘密のお部屋ってワクワクするでしょう?」
「リリア様まで、カイトと同じようなこと言ってますね」
そう言うとカイトは、にこりと笑う。
「ティナも何だかんだ言って、ちょっとワクワクしてるでしょ?」
「一緒にしないでよ」
「えぇ~、絶対ワクワクするって! ね、ラルフ様?」
「いや、まあ……そんなことはないが?」
「絶対嘘ですよ! 顔がちょっとワクワクしてますって!」
カイトが納得いかないという顔をすると、リリア様が楽しそうに笑う。
つられて私も笑ってしまった。
ラルフ様まで肩を揺らしている。
そのうち、奥の避難路を確認しに行っていた騎士も戻ってきた。
「避難路に異常はありません。いつでも使用できます」
「ありがとう。なら、しばらくここで待ってればよさそうだな」
ラルフ様の言葉を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
分厚い扉があって、護衛の騎士も二人いる。
もし何かあっても、奥の避難路から逃げられる。
それに地上にはゲオルグさんがいて、屋敷にはまだ大勢の騎士が残っている。
街にはクラウス様やレオン様、それにアウラたちだっている。
「そういえば、この保存食って食べられるんですか?」
カイトが壁際の木箱を見ながら言った。
「あんたねぇ……こんな時まで食べること考えてるの?」
「いや、見えたから気になっただけだって!」
「駄目ですわよ。非常時のためのものなのですから」
「今食べようとは言ってませんよ!」
「顔に書いてありましたわ」
「書いてません!」
またリリア様が笑う。
ついさっきまで街の音が気になって仕方なかったのに、地下へ入ってしまえば外の騒ぎもほとんど聞こえない。
何となく、いつものように皆で話しているだけの時間に戻ったような気さえしてきた。
ユリウス先生も言っていた。
この街は、魔導国家との戦争でも落ちなかった街だ。
ゲオルグさんたちもいる。
ここまで来れば、きっと大丈夫。
そんな考えが頭をよぎった、その時だった。
腹の底まで響くような轟音が鳴り響き、足元の床が大きく揺れた。
「きゃっ!?」
椅子が軋み、壁際の棚に置かれていた物が音を立てて揺れる。天井から細かな埃がぱらぱらと落ちてきて、さっきまで笑っていたリリア様が驚いたようにラルフ様へしがみついた。
「な、何!?」
思わず椅子から立ち上がる。
二人の護衛騎士は即座に表情を険しくし、ほとんど同時に剣を抜いた。
地下にあるはずのこの部屋まで届くほどの衝撃。
何かが落ちたとか、そんな程度じゃない。
胸の奥に消えかけていた不安が、一気に戻ってくる。
今のは、一体──何?