【TS】神様のミスで死にましたが、補償内容が羞恥プレイなんですけど 作:もろきゅー
ブルム家の方も気になる。
ドルガやネグロスが、あの光を何かの合図だと言っていた以上、何かがあったのは間違いないはずだ。俺はすぐにでも戻って確かめたかった。けれど、時計塔の上から街を見下ろせば、そんなことを言っていられる状況ではないのも一目で分かった。
大通りには、まだ大量の死者が残っている。
腐りかけた魔物だけではない。つい少し前まで生きていたはずの冒険者や騎士まで混じり、まるで何かに導かれるようにぞろぞろと街の中を歩いていた。さっきまでは広場や大通りにいる人間を襲っていたはずなのに、今は動き方が少し変わっている。
通り沿いの建物へ向かっているのだ。
扉を叩き、窓へ身体を押しつけ、中へ入ろうとしている。
ドルガが去る前に言っていた、建物へ入り、中にいる人間を殺せという命令を実行しているのだろう。冒険者や騎士達も必死に止めようとはしているが、死者の数が多い。
「……先に、こっちか」
小さく呟き、時計塔の縁へ足を掛ける。
ここまで上ってきた時と同じ道を悠長に戻る気はなかった。壁面へ突き出た装飾や屋根を足場にしながら一気に高度を落とし、途中から隣の建物の屋根へ飛び移る。着地した勢いを殺さず、そのまま瓦の上を駆け抜けると、さらに低い建物へ飛び降りた。
昔の俺だったら、こんな高さから下を見るだけで足が竦んでいたと思う。
今はもう、どこへ足を置けばいいのか、どれくらい力を入れて飛べば届くのかを身体が勝手に分かっている。アクロバティックのスキルのおかげなのかは知らないが、この身体そのものが人間離れした動きに慣れてきているような気がして、改めて考えると少し怖い。
今はそんなことを気にしている場合ではないけれど。
最後の屋根から地面へ飛び降りると、着地の衝撃で石畳が靴の下から鈍く響いた。
そのまま大通りへ向かって全速力で走る。
近づくほど、状況の酷さがよく分かった。
「押し返せ! 中に入れるな!」
「こっちにも来るぞ!」
「くそっ、斬っても止まらねえ!」
冒険者や騎士たちは、通りのあちこちで必死に死者たちを食い止めている。
一体一体なら、そこまで強い相手ではない。
問題は、倒しにくいことだ。
腕を斬っても動く。腹を裂いても止まらない。足を失えば這ってでも進んでくる。
頭を潰したり身体を完全に動けなくしたりすれば止められるようだが、そんなことを何十、何百と繰り返していたら、こちらの体力の方が先になくなる。
それでも冒険者たちは必死に戦っていた。
俺の魔剣なら、もっと簡単に止められる。
ただ、それでも一体ずつ斬って回らなければならない。
視線の先では、十体以上の死者が一軒の建物へ群がっていた。冒険者たちが何とか押し返しているが、その横からも次々と新しい死者が近づいてくる。
俺が一体斬る間に、別の場所で二体、三体と建物へ辿り着く。
「……これじゃ間に合わない」
魔剣を握り直しながら走り続ける。
何かないのか。一体ずつ斬って回らなくても、こいつらをまとめて止められるような方法が。
範囲魔法なら──いや、駄目だ。
空間制御なんて、この状況でぶっ放したら敵より先に周りの冒険者を巻き込みかねない。建物まで壊せば、中に避難している人間まで危険になる。
そういえば、今スキルポイントをどれくらい持っていた?
盾の会の前であのデカブツを倒して、その後も腐った魔物を何体斬ったか分からない。
走りながら意識を集中させ、ステータス画面を呼び出した。
半透明の表示が視界の端へ浮かび上がる。
「……32?」
一瞬、見間違えたのかと思った。
スキルポイントの欄には、確かに32と表示されている。
随分増えたとは思ったが、考えてみればこれだけ敵を倒していれば、それくらい溜まっていてもおかしくないのかもしれない。
むしろ、今まで確認すらしていなかった俺が悪い。
「何か……何か使えるの……」
スキル一覧を開く。
直後、少し後悔した。
多い。とにかく多い。
《火魔法》、《槍術》、《剛力》、《魔力操作》──。
見覚えのあるものもあれば、名前だけでは何をするのかさっぱり分からないものまで延々と並んでいる。
指で送るように意識して一覧を流してみても、一向に終わりが見えない。
「こんなの今から探してられるか……!」
思わず声が漏れる。
暇な時に気になるスキルをいくつか調べたことはある。範囲攻撃に使えそうな魔法も、その時に何種類か見た。
けれど、今この状況で欲しいのはただ威力の高い魔法ではない。
周りの人間や建物を巻き込まず、あの大量の死者だけを一気に止められるもの。
そんな都合のいいスキルがあっただろうか。
分からない。
名前を見ただけでは効果の想像すらつかないものも多すぎる。
「何か……他に……」
走りながら必死に一覧を流していた、その時だった。
チリ──。
腰元で、小さな音がした。
「……ん?」
足は止めずに視線だけを下へ向ける。
骨のチャーム。
腰に下げているそれが、ほんの僅かに揺れたように見えた。
風に煽られただけかと思ったが、その直後、目の前を流れていたスキル一覧の中で一つだけ表示の仕方が変わった。
淡く点滅している。
まるで、ここを見ろと言っているように。
「……大喰らい?」
聞いた覚えのない名前だった。
意識を向けると、簡単な説明が表示される。
【大喰らい Lv0/1】
魔剣の《魔喰い》を広範囲に発動する。
剣を振るった前方一定範囲の魔力を奪う。
使用時、《侵食》が進行する。
必要スキルポイント:5
「…………」
説明不足にもほどがある。
そして何より、一番下にある《侵食》という文字が気になる。
ただ、それでも《魔喰い》を広範囲に発動するという一文だけは、今の俺が欲しがっていたものにかなり近い。
いつもの魔剣なら、こいつらを斬れば動かしている魔力を喰って止められる。
それを広範囲にできるなら──。
もう一度、腰元の骨のチャームを見る。
「……これを使えってことか?」
返事は当然ない。
けれど、こんな時に偶然ちょうど良さそうなスキルだけ点滅したとも思いにくい。
侵食という言葉はものすごく気になる。
ものすごく気になるが。
「今は迷ってる場合じゃない!」
5ポイントを使って《大喰らい》を取得する。
表示がLv1へ変わったのを確認したところで、ちょうど大通りへ飛び出した。
「危ない!」
誰かの声が聞こえた。
目の前では、建物の入り口を守っていた冒険者が三体の腐った魔物を相手にしている。その後ろから、さらに十体以上が迫ってきていた。
試すなら、今しかない。
取得した瞬間から、何となく分かる。
剣を振ればいい。
剣術スキルを覚えた時とはまた違う感覚だった。頭で理解したというより、魔剣を握っている右手の奥に、今まで存在しなかった何かが繋がったような妙な感覚がある。
俺は魔剣を両手で握り、前方へ向ける。
「大喰らい!」
叫ぶ必要があるのかは分からない。
でも、何となく叫んだ。
そのまま剣を横薙ぎに振り抜いた瞬間、柄元にある髑髏の眼窩が赤黒く光った。
「おぉ?」
次の瞬間、刀身から黒い靄が噴き出した。
煙とも霧とも違うそれが一気に膨れ上がり、その中から巨大な何かが二つ、前方へ飛び出していく。
骨だった。
半透明の巨大な骨の腕。
人間のものとは比べものにならないほど大きな二本の腕が、黒い靄を纏いながら俺の左右から伸びていく。
「な、なんだぁ!?」
「うわっ!」
前方にいた冒険者たちが慌てて身を伏せる。
けれど骨の腕は彼らへぶつからなかった。
身体を透き抜け、そのまま十数体の死者をまとめて包み込むほど大きく広がった二本の腕が、左右から何かを掻き集めるように動いた。
巨大な両手が、閉じる。
何もない空間を掴むように、指がぐっと握り込まれた。
途端、死者たちの身体から青白い光が引きずり出された。
「……っ!?」
一本や二本ではない。
淡い光が細い糸のように無数に伸び、骨の手の中へ吸い寄せられていく。
そして、それは死者だけではなかった。
「うおっ!?」
近くにいた冒険者の身体からも、同じ青白い光が飛び出した。
「な、なんだこれ!」
「身体から何か……!」
驚く声が上がる中、二つの骨の手は掴み取った光を逃がさないよう拳を握り、そのまま一気にこちらへ引き戻されてくる。
死者から。
冒険者から。
騎士から。
範囲内にあった青白い光を片っ端から掻っ攫い、黒い靄を引きずりながら魔剣へ戻ってくる。
最後には、その全てが刀身へ吸い込まれた。
カチン。
柄元の髑髏から、歯と歯を噛み合わせたような小さな音が鳴る。
その直後だった。
死者たちの動きが止まる。
何が起きたのか理解する暇もなく、一体、また一体と、その場へ崩れ落ちていった。
まるで糸を切られた人形だ。
十体以上いた死者が、ものの数秒で全て動かなくなった。
「…………」
「…………」
周囲が静かになった。
俺も黙った。
何だ今の。
「す、すげえ……」
誰かが呟いた。
「な、何が起きたんだ……?」
「全部倒したぞ……」
冒険者たちが、倒れた死者と俺を交互に見ている。
俺も同じように、倒れた死者と手の中の魔剣を交互に見た。
「……すげえ」
思わず同じことを言ってしまった。
本当に、何だこれ。
めちゃくちゃ効くじゃないか。
一体ずつ斬っていたのが馬鹿らしくなるほどの効果だった。
これなら、この通りを一気に片付けられる。
「お、おい!」
喜びかけたところで、すぐ近くにいた冒険者が声を上げた。
「魔法が使えないわよ!?」
「え?」
「魔力を急にごっそり持ってかれた! 何だこれ!?」
別の場所でも騎士が自分の身体を確かめている。
「身体強化が切れたぞ!」
「俺もだ! さっきの何だ!?」
嫌な予感がした。
もう一度、《大喰らい》の説明を見る。
剣を振るった前方一定範囲の魔力を奪う。
──魔力を奪う。
なるほど。
そういうことか。
「ご、ごめんなさい! 今の、近くにいる人の魔力も持っていくみたいです!」
「みたいって何だよ!?」
「私も今分かったんですよ!」
「今分かった!?」
「ふざけるのは、その格好だけにしろよ!」
怒鳴られた。
当然だと思う。
幸い、誰かが怪我をした様子はない。魔力を持っていかれた冒険者たちも驚いているだけで、倒れたり苦しんだりはしていなかった。
だが、戦っている最中に突然魔力を奪われるのは十分危険だ。
身体強化が切れた瞬間に攻撃を受ければ、それだけで命に関わる。
便利だからといって、何も考えずに振り回していい技ではないらしい。
「とにかく、私が今からこいつらをまとめて止めるから、前に出ないでください!」
近くにいる冒険者たちへ声を張り上げる。
「建物へ入ろうとする奴だけ止めて! ある程度集まったら離れて! 攻撃は私がやります!」
「お、おう!」
「分かった!」
戸惑いながらも返事が返ってくる。
別の場所で戦っている者たちにも同じことを伝えるよう頼み、俺は次の群れへ走った。
さっきより少し先まで進んでから、周囲に味方がいないことを確かめる。
十体。
二十体。
その向こうにもいる。
魔剣を握り直す。
「大喰らい!」
再び髑髏が赤黒く光り、黒い靄とともに半透明の巨大な骨の両腕が飛び出した。
何度見ても気味が悪い。
巨大な手は死者たちの間を通り抜け、左右からまとめて抱え込むように広がると、その場に存在する何かを掻っ攫うように指を閉じた。
青白い魔力が、一斉に死者の身体から抜ける。
握り拳を作った骨の両手が大量の光を抱えたままこちらへ戻り、魔剣へ吸い込まれた直後、死者たちが次々と地面へ崩れ落ちていく。
「おおおっ!」
「まただ!」
「一気に倒れたぞ!」
周りから歓声のような声が上がった。
俺自身も、二度目で少し要領が分かってきた。
剣を振る方向。
骨の腕が届く距離。
どの辺りまでなら巻き込めるのか。
正確な範囲はまだ分からないが、少なくともかなり広い。
しかも、死者の数が多くても効果が薄くなっている様子はない。
「次、そっちから離れて!」
「分かった! 退け! 全員退け!」
冒険者たちが死者を建物から引き離し、一斉に後退する。
空いた場所へ俺が入る。
魔剣を振る。
骨の腕が伸びる。
魔力を掻っ攫う。
死者が倒れる。
最初は何が起きているのか分からず混乱していた冒険者たちも、何度か繰り返すうちに動きを合わせてくれるようになった。
「こっちに集めろ!」
「そいつらをあの子の前へ!」
「範囲から離れろ! 巻き込まれると魔力持ってかれるぞ!」
「行けるか!?」
「大丈夫です!」
答えながら、また剣を振る。
巨大な骨の両手が通りを覆い尽くすように伸び、何十本もの青白い光を掴んで帰ってくる。
カチン、と髑髏が鳴く。
そして死者が倒れる。
「うひょー、めちゃくちゃすげえ!」
「何の魔法だありゃ!?」
さっきまであれほど苦戦していたのが嘘みたいだった。
大通りを埋め尽くしていた死者の数が、目に見えて減っていく。
俺が一度剣を振るたびに十体、二十体と動かなくなるのだから当然だ。
便利なんてもんじゃない。
これ、ものすごく強いんじゃないか?
何で今までこんなスキルに気づかなかったんだ。
いや、さっきまで必要なかったから表示すら気にしていなかっただけか。
そのまま何度目かの《大喰らい》を放った直後だった。
「……っ」
急に視界が揺れた。
足元の石畳が傾いたような感覚に襲われ、思わず魔剣を地面へ突いて身体を支える。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……ちょっと、くらっとしただけ」
「無理もねえ、あんなすげえ魔法連発してるんだ」
数秒もしないうちに治まった。
頭を振ってみる。
特に痛みもない。
息が切れているわけでもなかった。
念のためステータスを確認する。
HPもMPも変化していない。
そういえば、この技は俺自身の魔力を使っている感じがない。
魔剣が勝手に周囲から喰っているからだろうか。
侵食度は──。
1のまま変わっていない。
スキル説明には、使えば《侵食》が進行すると書いてあった。
もう何回も使っているのに、表示は1のままだ。
どういうことだ。
少しずつ溜まっていて、ある程度進まないと数字には出ないのか。それとも別の条件でもあるのか。
分からない。
気にはなるが、今の眩暈だって、ただの疲れかもしれない。
考えてみれば、今日はずっとろくに休んでいない。戦いっぱなしで、時計塔まで駆け上がり、そのまま今度は大通りまで戻ってきた。
そりゃ、眩暈もするだろう。
「あと少し……」
大通りを見渡す。
さっきまで道を埋めていた死者の群れは、かなり減っている。
冒険者や騎士たちにも余裕が生まれ始めていた。これなら、もう少し片付ければ俺が抜けても何とかなるかもしれない。
その時。
「おい! いい加減目を覚ませ!」
聞き覚えのある声がした。
怒鳴り声というより、悲鳴に近かった。
「俺が分からねえのか! おい!」
思わず足を止める。
声のした方を見ると、少し離れた場所でサラが弓を構えていた。
矢を番え、周囲から近づいてくる腐った魔物を次々と射抜いている。何人かの冒険者も加わっていて、サラへ近づこうとする死者を何とか食い止めていた。
それなのに、サラ自身は周りの敵よりも、目の前にいる一人から目を離そうとしていない。
「頼むから止まれって!」
サラが必死に呼びかけている相手へ目を向けた瞬間、身体が固まった。
見覚えのある背中だった。
首の辺りから大量に血を流したのだろう。服の胸元から腹にかけて黒ずんだ血で染まり、腕にも乾きかけた赤黒い跡がこびりついている。
歩き方もおかしい。
力なく垂れた腕を揺らしながら、一歩、一歩と前へ進んでいる。
サラが何度呼びかけても振り返らない。
その目には、もう何も映っていないように見えた。
俺は、その顔を知っている。
声だって覚えている。
ついさっきまで、生きていた。
なのに。
「…………フーバさん」
さっきまで迷いなく振っていた魔剣が、急に重くなった気がした。