ハンターハンター世界で死霊使いやってます   作:煤けた人

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前話で使用した死霊名が原作試験編キャラと被っていたため、混乱防止のため名称を変更しました。


第5話

 

『ちと審査基準が厳しすぎやせんか?』

 

 拡声器で響いたその声と共に、上空の飛行船から降り立ってきたネテロ。メンチとの協議の末、合格者はそのままに、新たな課題が受験者達に言い渡された。

 

 真ん中から二つに分かれている半円型のマフタツ山。その二つに分かれた渓谷の間に巣を作るクモワシの栄養満点の卵で「ゆで卵」を作るというものだ。

 

 クモワシの卵を求めて、底の見えないほどの谷底に勢いよく飛び降りていく者と、それを見送る者達。

 そんな彼らを尻目に、羂索はネテロの脇へと静かに寄り、声を潜めて言った。

 

「やあ、久しいね、ネテロ」

 

 ネテロは一瞥してから薄く笑う。

「誰じゃいと言いたいところだが……その縫合痕と気色悪いオーラ。お主、あの時の女医じゃろう」

 

 半世紀以上前、暗黒大陸の渡航で若き日のネテロが見たあの女医──羂索は続ける。

「あのときの体は戦闘向きではなかった。しかし今の体は才能に満ちていて、戦闘も難なくこなせるよ」

 

 ネテロの目が細まる。

「他人の体に憑くとは…いや、その縫合痕を見るに『乗っ取り』かそれに近いものじゃな。そこまでして生きながらえたいか」

 

 羂索は肩をすくめ、穏やかな声で囁いた。

「まあね。あの時も言ったが、『呪物化』しないかと勧めに来たんだよ」

 

 ネテロは首を振る。

「いらんわそんなもん」

 

 羂索の笑みが影を帯びる。

「残念だね。でも君への警告さ。君、今修行してないだろう?今すぐ修行を再開した方がいい。近いうちに、君の全力を振るっても太刀打ちできない怪物が現れるだろうから」

 

「……ほう」

 

 ネテロは、ほんの一瞬だけ視線を谷底へ落とした。

 

(……妙じゃな。こやつ、わしを案じるような口ぶりじゃが……わしを見ておらんような)

 

 渓谷に映るクモワシの影が、僅かな霧の向こうを横切る。谷底から吹き上がる風が、白い霧をかき乱し、その奥で何かが砕けるような音がかすかに響いた。

 

「忠告は受け取っておこう」

 

 ネテロはそれだけ言って背を向けた。

「じゃが、わしはわしのやり方でやる」

 

 羂索は、その背中を見送りながら肩をすくめ飛行船へ歩みを進めていく。

 

(腐れ縁の友人としての忠告さ…。君なら、綺麗な【念】が残るかもしれないしね)

 

 そう思いながら、羂索は小さく笑った。

 

♦︎

 

「お主ら、ワシとゲームをせんか?」

 

「この船が次の目的地に着くまでの間にワシからこのボールを奪えたら、ハンター試験自体を合格としよう」

 

「ワシからはお主たちに手を出さん。どうじゃ?」

 

 二次試験終了後、次の試験会場まで受験者を送迎する飛行船内。ネテロの発案で奇妙なゲームが始まった。

 

 ──ネテロから、ボールを奪う。それだけの単純な遊戯だった。

 

 暗殺者の歩法や鋭い蹴りで体幹を崩そうとするキルアと、野生的な勘と奇想天外な発想でネテロを惑わし、ボールを奪取しようとするゴン。

 

 それに対してネテロは、長年鍛え上げた武の極地と「音」を置き去りにするほどの超スピードで二人を圧倒した。

 

「やーめた!オレの負け。今のままじゃ一年追い回したところで追いつけやしねーよ」

 

 そう言って勝負を諦め、キルアはどこかに去っていった。

 

「右手を使わせたから、勝ちだ!」

 

 ゴンも「右手を使わせる」という自己流の目標を達成して疲れが押し寄せてきたのか、満足したように目を閉じ寝入ってしまった。

 

 先程までの喧騒から一転、静寂が場を満たす。いつからそこにいたのか分からない。気配も、足音もないまま、羂索は壁に寄りかかり彼らを眺めていた。

 

 ただ一人、それに気づいていたのがネテロだった。

 

 羂索の観察に気づいていたネテロが、彼に声をかける。

 

「お主もやろうというわけか?」

 

「まあ、肩慣らしに丁度いいかなと思ってね。飛行船が壊れるとマズイから、(アレ)なしでやろう」

 

(……なるほど。こやつ、ワシと同じ土俵に立つ気か)

 

「攻撃は…そうだね、互いにアリで。その方が、互いに誤魔化しが効かない」

 

「ま、それでいいじゃろう」

 

 次の瞬間、羂索の姿が掻き消えた。

 

 ───否、消えたように見えただけだ。

 

 完全な脱力からの急加速。床を蹴る音にすら近づかんとする踏み込み。

 気づけば羂索は、ネテロの懐へと半歩踏み込んでいた。

 

(……音より先に動いたわけではない)

 

 ネテロは即座に理解した。

 

 純粋な肉体性能。

 それを極限まで研ぎ澄まし、なおかつ視線を逸らす間合いの取り方。

 

(……やりおる)

 

 そう思わせられた瞬間、ネテロは自ら半歩引いた。

 

 尚も追い縋る羂索。ネテロはその超人的な肉体操作技術と、武の極みと言ってもいい相手の予備動作からの「先読み」を駆使してボールを操りながら、それらを捌いていく。

 

(……こやつ、楽しんでおるな。しかも、ワシの動きを測っておる)

 

 羂索の視線は、ボールではなく、ネテロの呼吸と重心の移ろいだけを追っていた。

 

「中々やるのう」

 

「いいのかい、そんなに余裕ぶっていて」

 

 羂索は腕を振るうと、黒衣の袖口から、いつ拾ったのかも分からぬ小石が零れ落ちる。

 

(かわすか、打ち落とすか──その癖を見せてくれ)

 

 黒衣の袖口から拾ってきた数センチ代の「石」達が高速でネテロに迫る。

 

 狙いは命中ではない。迎撃か回避か、その選択を測るための一手だった。

 

(こやつ相手にかわすのは隙、かといって「念」も使えぬとあらば、答えは一択)

 

「迎撃、かの」

 

 予備動作無しの正拳突き。しかし「音」を超えたそれにより生じた衝撃波が、瓦礫をそらし弾かれた礫が飛行船の壁を抉る。直接受けた訳ではないとはいえ、間近で衝撃波を受けそうになった羂索が、咄嗟に念でガードする。羂索は衝撃が迫るより先に、体が反応していた。

 

 一旦距離を取る羂索。その口の端から僅かに血が流れる。

 

 ネテロは一瞬だけ、呼吸を整えた。

 

「流石だね。年月で衰えたとはいえ、まだまだ健在に見える」

 

「ワシと同等以上のジジイが何を偉そうに…。しかし、【使った】以上はお主の負けじゃの」

 

 羂索は口端の血を丁寧に拭いながら、ネテロに笑いかけた。

 

「この体なら、或いはと思ったんだけどね。武術界最強は伊達ではないらしい。だが、君自身も衰えを感じただろう?」

 

 ネテロは、ほんの一瞬だけ拳を見つめた。

 

「……確かに」

 

 小さく息を吐き、続ける。

 

「全盛期の半分も出せていれば良い方じゃな。」

 

「…念のため聞くが、お主が先に言った【怪物】とはそれほど規格外のものなのか?」

 

 羂索はそれを聞き、愉快そうに答えた。

 

「興味が出てきたかい?そうだね、規格外というか、生物としての出力がまるで別格といった方が正しいかな」

 

「魔獣みてえなもんか…、厄介じゃな。どれ、ちと修行でも始めてみるとするか」

 

 その時、床に転がっていたゴンが、寝息を立てる。羂索の視線が少年に向いた。

 

(……起こしてしまったかな?いや、違うな)

 

 天上の攻防を僅かに薄目で感じていた少年は、何を見たのかも分からぬまま。それでも確かに、何かを感じ取ったまま。

 

 少年は、再び深い眠りに落ちていった。

 

♦︎

 

『みなさま大変お待たせいたしました。目的地に到着です』

 

 飛行船のアナウンスが聞こえ、受験者達が飛行船から降り立つ。

 

「ここはトリックタワー。三時試験の試験会場となります。72時間以内に生きて下まで辿り着く事。それが三次試験です」

 

 豆のような頭をした小柄な試験官からそう告げられる。

 

 飛行船は何の未練もなく離陸し、受験者たちを高空に取り残した。

 

 塔の側面には、窓一つない。

 見下ろしても、底は霧に溶け、地面すら見えない。

 

(こんな高さから落ちたら命が幾つあっても足りないな)

 

 誰もがそう感じていた。

 だが…。

 

「ふん、拍子抜けだぜ」

 

 そう吐き捨てるように言った男がいた。

 引き絞られた体躯。腰には簡易的な装備。

 

 彼は僅かな壁の窪みや石の継ぎ目などの取っ掛かりを掴み、命綱なしで塔を下に降り始めた。

 

「一流のロッククライマーなら楽勝だぜ」

 

 一分も経たない間に十数メートル壁を下っていくロッククライマー。しかし、事はそう簡単ではなかった。

 

────バサッ。

────バサッ。

 

 大きな羽音が響く。

 重く、湿った羽音。

 

 男が嫌な予感に振り返った瞬間、霧の向こうから現れたのは…。

 歪んだ人の顔を持つ、巨大な鳥の群れだった。

 

「なっ……!?」

 

 叫ぶ暇もない。

 鋭い嘴が、無防備な背中へと迫る。

 

 …と、その時。

 

「蹴散らせ」

 

 低く、やけによく通る声が響いた。

 

 次の瞬間、空気が裂ける。

 

 黒い影が霧の中から現れた。

 三本の脚を持つ、巨大で異様な鳥の死霊。

 

「ヤタガラス」

 

 羽ばたき一つで、人面鳥の群れが叩き落とされる。

 悲鳴と肉の弾ける音が、霧の中に吸い込まれていった。

 

「低知能な魔獣では、恨みや怒りが足りないか…」

 

 羂索は、どこか残念そうに呟いた。

 

「死後念獣になるには、少し材料が足りないね」

 

 必死に壁をよじ登り、塔の頂上へと戻ってきたロッククライマーは、膝をついたまま荒い息を吐いていた。

 

「よく分からねえが、あ…アンタが助けてくれたのか?礼を言った方がいいかな」

 

「気にしないでいいよ。君の死後にまたよろしくするかもしれないからね」

 

「……は?」

 

 意味が分からず、男が固まる。

 

 その間に、羂索はもう興味を失ったように外壁の縁から下を見下ろしていた。

 

(ヤタガラスを使えば楽に下まで辿り着けるが、それでは味気ないし、意味がない)

 

 受験者達は外壁に活路はないと悟り、一人また一人と塔内部へと通じる隠し扉を探し始める。

 

 やがて──

 ゴンたちが、巧妙に隠された入口を見つけ、下へと降りていく。

 

 少し遅れて。

 

 天井近くから、影が落ちた。

 

 まるで最初からそこにいたかのように、羂索が静かに合流する。

 

「やあ。久しいね」

 

 軽い調子とは裏腹に、その視線は、すでに試験の奥を見据えていた。

 

────────────────

 

【ヤタガラス】

大きなカラス型の死霊。主に上空からの奇襲と偵察任務に使用。羂索を足で掴んで飛翔することも可能な万能役。

 

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