野蛮なエルフの国はいかにしてただしいオークの国を撃退するに至ったか【完結】 作:只野夢窮
あの戦争から百五十年が経った。
結局のところ、オルクセンが「大戦」を起きないように強引にアプローチすることはなかった。あるいは水面下では色々とあったのかもしれない。私はもう政治の一線は引いたから、真実はわからない。事実として言えるのは、あの日オルクセン王に「予言」した内容通りに、第一次大戦が起きて、第二次大戦も起きて、アスカニアは想定通り核を落とされ分割されたことだ。ちょっと違うのは、私が天候操作の代償について教えてあげたからか、グスタフ王は少しだけ長生きした。(ディネルース女王は私に勲章を授与してもよいのでは?)だから、自分が中立違反をしてまで開発させた核が人間の頭上に落ちるのを見届けることができた。第二次大戦の終戦後すぐにグスタフ王が亡くなったことと、星歴九四六年のアスカニアが豊作で餓死者をほぼ出さなかったことは、おそらく無関係ではないのだろう。
私はグロワールでボトルキープしたワインを空にしたり、キャメロットで博物館や図書館に二十年引きこもったりした後、本名を隠したカメラマンとして活動していた。これから歴史がどうなるかおおよそ知っていたから、教科書に載るような「歴史的瞬間」をいくつか撮れるだろうと欲をかいてみたのだ。暗殺されるオスタリッチ皇太子や、まだ無名のころの「悪魔」の演説写真などを撮ったことで、ある程度の地位を得ることはできた。とはいえ、もうそろそろ私が生きていた時代に近づいてくる頃合だ。これからの未来は私にもわからない。だからもうじき引退するつもりだった。
オルクセンはもちろん、我が母国エルフィンドも戦禍に巻き込まれずに大戦を乗り越えることができた。というよりもむしろ、資源も工業力も要所もない、侵略するほどの価値のない土地だったというだけにすぎないのだが。もし私が数学ではなく殖産興業を指示していたら、あるいはわからなかったかもしれない。うーん、流石の深謀遠慮と自画自賛させてもらおう。
ならば、今でもエルフィンドは貧しい国なのか? 貧しい土地にひっついて、その日ギリギリ食えるだけの糧を農業で得るしかないのか? その問いには明白に「NO」と答えられる。さすがにオルクセンには負けるが、一人当たりGDPでならロヴァルナを抜き、アルビニーとほぼ同程度だ。理由はいくつかあるが、一番大きいのはコンテンツ産業、特に「ゲーム」だ。エルフィンドは伝統的に芸術を重んじてきた国である、そこに数学の素養がありプログラマーに適した国民たちがいれば、ゲーム産業が発達するのは自然な流れだった。(本当はプログラミングをやれと言いたかった。けれどもプログラムがない時代にプログラミングをやらせるのは不可能だ)伝統に裏打ちされた美麗なグラフィック、詩的で隠喩に満ちたシナリオ、そして安定した品質で知られる
端的にいえば、土地が痩せ地下資源にも乏しいエルフィンドにとって、ゲーム産業は貴重な外貨獲得源となっている。
しかしこれすらもなお、我が真の狙いの片翼にすぎない。
星歴一〇二七年三月
エルフィンド王国 ファルマリア市 エルフィンド巨大展示場
エルフィンド電子芸術ショウ
エルフィンドが誇る年に一度のゲームの祭典、そこに元女王はいた。かつての忠実な部下から、関係者席を一席確保してもらっている。今日のお目当ては、エルフィンド最大のゲーム企業「尖り耳ゲーミングス」が発表する新作シミュレーションゲームだ。
画面いっぱいに、予想以上に滑らかかつ派手に動くエルフとオークの軍隊たちが映し出されると観客席からは歓声があがった。かつてのベレリアント戦争を舞台としており、プレイヤーはエルフ族の女王となって井戸に毒を入れる、降伏した敵を根絶やしにする、捕虜を拷問するなどあらゆる手段を使って優勢なオルクセン軍を撤退させることを目指すのだ。ありとあらゆる戦争犯罪が行えることを売りとしており、レーティングは堂々の「成人向け」。
タイトルは「
RPGだけでは市場に限界があるからというので、政府からの補助金も得て制作したシミュレーションゲームだ。しかし単にそれだけではない。秋津洲版タイトルだと「の」が多くてエルフィンド語のニュアンスが読みとりづらいが、もっと直訳すればこのようになる。
「エルフ族の野蛮な女王は、いかにしてオーク族の正しい王を撃退したか」
そう。白エルフ族が他種族を迫害してオルクセンからの介入を招いたという歴史を歪め、「野蛮な女王が、正しい王に攻撃された。たまたま女王の治める種族が白エルフで、王の治める種族がオークだっただけ」というニュアンスに塗り替えているのである。パッケージにはご丁寧なことに、誇張された悪役顔をした女王のキャラクターが、弱弱しく震え上がるディネルースに刃を振り上げ、それをいかにも正義漢に見えるグスタフ王が阻もうとする様子が大書してある。(ちなみに、エルフ族はパッケージ版を愛する。たかだか十年で消えるダウンロード市場など、彼女らにとっては存在しないのとほぼ同じだ)
これこそが、我が予言の本懐。都合が悪い歴史があるなら、死んだ人間に全部押し付ければいい。あるいは別の見方を提示してもいい。優れた芸術には現実を歪める、あるいは現実の捉え方を規定する力がある。白エルフにとって都合が悪い歴史は、都合が良いものにすり替えてしまえばいい。もちろん学者は騙せないだろう。真面目な歴史の教科書もだ。しかし、それで十分。二度の大戦が過ぎ去った後では、ベレリアント戦争は「デュートネ戦争と大戦に挟まれた、
(この国は本当に自由なゲームを作れる国になった。秘密警察がいたころはこんなこと、考えることすらできなかっただろう。オルクセンも外交的な抗議はかけられないだろうな、自由な芸術に国家的圧力をかけるわけにはいくまいし、少なくとも外形的にはグスタフ王を持ち上げているのだから。ふふふ、我ながらナイスアイデアですわ)
この作品を作らせるため、百年ぶりぐらいにプレンディルに無茶を言ってしまったが、本当の本当にこれで最後だろう。そもそもプレンディルももういい年で、政府関係者として陰から関わったこの作品が発売されたらもう引退したいとメールしてきた。そしてその前に、どこかで食事でも行きませんかと。
「まあさすがに、断ったら気の毒でしょうね」
それにインチキカメラマンも引退するのだ、時間はいくらでもある。プレンディルが予約した店まで歩いていく道中にはいくらかのコボルドやオーク、あるいは若い黒エルフの姿まである。みなゲームイベントに参加するためにわざわざ白エルフの国に来たのだろう。私が女王だったころには考えられないことだ。
その店は裏通りにあったが、品のある店構えをしていた。いい、実にいい。百五十年もかけた陰謀が成就したのだ、表通りのハイソな店で茶など飲んではいられない。ドアを開けてプレンディルの名前を出せば、かつて緊急国防委員会で何度も夜中に打ち合わせをした部屋を思い出させるような、薄暗いが間接照明の効いた個室に通される。
そこには彼女の、第一の忠臣が待っていた。
「待たせたわね」
「ええ、百五十年ほど」
笑いながら席に着く。まずはプレンディルが女王の盃に冷えた酒をそそぐ。忠勤の褒美として、女王じきじきにプレンディルの盃を満たしてやった。
「見ての通り――――エルフィンドから薄汚い
女王はただ笑む。同時に盃を掲げる。
「「弥栄!」」
というわけで、なんとか完結させることができました。
勢いだけで書き始めたこの小説を完結させることができたのは、ひとえに素晴らしき原作の持つパワーと、皆様のご感想・ご評価のおかげです。
ご感想・ご評価は本当に作者の力となります。もし気が向けばよろしくお願いします。
本当にありがとうございました。