白月の君といつまでも   作:はすみく

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-- Summer, about 17 years old

▽前回のあらすじ
セーフハウスでの発熱により十六歳の元の姿に戻った花梨は、ヒロと共に急ぎマンションへ戻り、思い出の黒いドレスに着替える。ヒロの機転で完璧な変装と大人びたアップヘアを施した二人は、周囲の目を欺くため、数々の運命が交錯する鈴木財閥の船上パーティーへと足を踏み出すのだった。

第247話
ぱくぱく。


247:すれ違う星 ※挿絵あり

 

 

 

 

 船内に一歩足を踏み入れた瞬間、そこは別世界だった。

 豪奢なシャンデリアが放つ光のシャワーが、ミッドナイトブラックのドレスに降り注ぎ、生地に織り込まれた無数のラメを星空のように煌めかせる。

 

 

「わぁ……本当に豪華だね、ヒロお兄ちゃ……ヒロさん!」

 

【挿絵表示】

 

 思わず声を弾ませた花梨は、ハッと周囲の目を意識して言い直す。

 突如戻った十六歳の身体。大人の女性らしい見た目になっているとはいえ、中身のあどけなさが零れそうになるのを、彼女は必死に堪えていた。

 

 そんな隣で、彼女をエスコートするヒロは――いつもと違う雰囲気を纏っていた。

 明るい金のボブカットのウィッグに、知的な印象を与える伊達眼鏡。顔の輪郭をシェーディングで少しだけ変え、肌はファンデーションでトーンダウンした小麦色。一見すると外国人のビジネスマンか、あるいは映画のワンシーンから抜け出してきたような、スタイリッシュな青年になりきっている。

 

 

「ああ。鈴木財閥のパーティーだからね。あまり目立ちすぎないように……と言いたいところだが、今の君は少しばかり輝きすぎているな」

 

 

 ふと、横から向けられる視線に気づいた花梨は、ヒロの新しい姿をまじまじと見上げて目を丸くした。

 

 

「ねえ、ヒロさん……その金髪と眼鏡、すごく似合ってる。お髭も剃って、お肌も小麦色だし……なんだか、零お兄ちゃんに雰囲気が、似てる……?」

 

「ああ、これかい? 少し……知り合いの金髪の男を参考にさせてもらってね。これくらい大胆に変装しておいたほうが、かえって人々の目も欺きやすいと思ってさ」

 

 

 少し得意げに、けれど優しく微笑むヒロに、花梨は「ふふっ、似合ってるよ、ヒロさん!」と無邪気に笑いかける。

 

 ヒロは苦笑しながら、周囲の招待客が花梨に注ぐ熱い視線を優しく遮るように、さりげなく彼女の背中に手を添えた。

 花梨は、サングラス越しに会場を見渡した。ノンアルコールカクテルのグラスを軽く揺らすと、氷がカランと涼やかな音を立てる。

 

 会場の喧騒は心地よいBGMのようで、花梨は自然と高揚感に包まれた。大人としてこの場に立っているという緊張感と、ヒロという信頼できるパートナーが隣にいる安心感。

 今の自分なら、どんなトラブルにも立ち向かえる気がした。

 

 

「……あ、あの人たち、すごくおしゃれだね。あのドレスの人、色がすごく綺麗……!」

 

「サングラス、外さないようにね」

 

「あっ、はーい!」

 

 

 ヒロにやんわりと注意をされつつ、花梨は楽しげに周囲を観察しながら、パーティーの空気を満喫する。

 彼女はサングラスの奥で、自分を狙う者の姿を探すことはしなかった。ただ、今この瞬間を、ヒロと分かち合うことだけに集中していた。

 

 一方、そんな会場の片隅で――。

 キッドは園子の父・鈴木史郎に扮して招待客と挨拶を交わしていた。

 

 

「ははは、いやぁ~このたびは、お忙しい中ご参加いただきまして、ありがとうございます」

 

 

 開会の挨拶をするため、ステージに向かいながら、キッドは明るい笑顔を見せる。

 ちらりと周囲を見渡せば、煌びやかな人々が各々立食パーティーを楽しんでいた。

 

 

(さっすが、鈴木財閥の記念パーティーだぜ……財界人がウヨウヨいやがる……)

 

 

「鈴木会長! こちらです」

 

「あー、はいはい」

 

 

 スタッフに呼ばれたキッドは、ニッと口角を上げステージに上がると、中央にセットされたマイクに向かった。

 

 

「我が鈴木財閥も今年で早や60周年……これもひとえに、皆様のお力添えの賜物でございます……」

 

 

(さあ、漆黒の星(ブラックスター)はどーこだ……?)

 

 

 キッドは集まった客たちを見渡し、漆黒の星(ブラックスター)を探す。

 

 

「今夜はコソドロのことなど忘れて……500余名が集まった優雅かつ盛大な船上パーティーをごゆるりとお楽しみください……」

 

 

 キッドがそこまで言ったときだった。

 

 

「その前に……」

 

「え?」

 

「今夜は特別な趣向が凝らしてあります……」

 

 

 女性の声が聞こえて振り返ると、園子の母・【鈴木朋子】が小さな箱を意味深に持ち上げ、続けた。

 

 

「乗船する際に、皆様にお渡ししたこの小さな箱……。さぁ、お開けください……それは愚かな盗賊へ向けた、私からの挑戦状……」

 

 

 朋子の言葉に会場内はざわつき、皆一斉に小さな箱を開いていく。

 中に入っていたのは、大きな黒真珠だった。

 

 

「こ、これは!?」

 

 

 客の驚きの声が聞こえた。

 

 

「そう……我が家の象徴(シンボル)であり、怪盗キッドの今夜の獲物でもある……『漆黒の星(ブラックスター)』ですわ!!」

 

 

 高らかに掲げられた小さな箱と、その宣言に、会場内でひときわ大きな声が上がった。

 

 

「もちろん、本物は一つ……それを誰に渡したかを知っているのも、私一人……後はすべて、精巧に造られた模造真珠というわけです……。さあ皆さん、それを胸にお着けください! そしてキッドに見せつけてやるのです!! 盗れるものなら盗ってみなさいとね!!」

 

 

 朋子が説明すると、客たちはそれぞれ真珠を身につけていく。

 

 

「もちろん……船が洋上にいる三時間の間に、どれが本物か、彼に判別できたらの話ですが……」

 

 

(……そうくるか。さあて、どうすっかな~……)

 

 

 不敵に笑う朋子をステージに残し、キッドはそっとその場を後にした。

 

 

(鈴木会長の格好じゃ動きにくいな……お次は……)

 

 

 朋子が仕掛けたトラップを突破するには、鈴木会長の姿では動きにくい。もっと別の誰かに変装する必要があった。

 

 

「あ、会長、どちらへ?」

 

「あ~、トイレに行ってくるよ。すぐ戻る」

 

 

 スタッフに呼び止められて笑顔で返し、キッドは歩き出した。向かう先はトイレ――。

 

 途中、皆が黒真珠に夢中になるなか、たった一人、料理を美味しそうに食べているサングラス姿の女性を見つけた。

 

 艶やかな黒髪は上品に結い上げられ、露わになった白いうなじが、黒いドレスとの対比でひどく印象的だ。

 サングラスに隠れて顔立ちは窺えないものの、鮮やかな色の口紅を引いた唇が、妙に大人びた雰囲気を醸し出している。

 

 一見すると随分と妖艶な女性なのに、本人はそんなことなど気にも留めず、料理に夢中になっているらしい。

 

 

(……普通、女性なら宝石に興味がありそうなもんなのに……変わった姉ちゃんだな)

 

 

 キッドはクスリと笑うと、その女性の脇を通り過ぎた。

 女性は彼に気づくことなく、次の料理へと手を伸ばしている。

 

 そのまま、二人はすれ違った。

 

 ……キッドが消えても、会場内はざわついたままだった。

 

 

「リン。ほら、君も真珠を着けないと」

 

 

 ヒロが花梨に黒真珠の入った箱を手渡す。

 豪華客船へ乗り込む直前に決めた偽名――。今夜、ヒロを呼ぶときは「ヒロさん」、花梨は「リン」と名乗ることにしていた。

 

 

「あ、えへへ。この白身魚のフリッターがすごくおいしくって! もう三つも食べちゃった♪」

 

「……はぁ。もう、君って子は……楽しそうで何よりだよ」

 

 

 花梨はそう言いながらも、視線だけは未練たっぷりに料理の並ぶテーブルへ向けていた。

 

 

「…………」

 

 

 そして、そろり。

 ヒロが目を離した隙に、もう一つ取ろうと手を伸ばす。

 

 

「……リン」

 

「ん?」

 

「さっき三つ食べたよね?」

 

「だって美味しいんだもん!」

 

 

 花梨は悪びれる様子もなく、きらきらと目を輝かせた。

 

 

「……ふふっ。そうだね。じゃあ、もう一つだけ」

 

「やったぁ~♡」

 

 

 嬉しそうにフリッターを取る花梨を見て、ヒロは思わず苦笑する。

 

 こんなふうに何の心配もせず、美味しいものを美味しいと笑える時間が、彼女にとって少しでも長く続けばいい。

 

 そんなことを思いながら、ヒロもまた、穏やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トイレにやってきたキッドは、鈴木会長の変装を解き、給仕スタッフの格好をしていた。

 

 

「まずはスタッフに変装して……お次は……」

 

 

 次の手は、もうすでに考えてある。

 本物の漆黒の星(ブラックスター)を探すには、鈴木家に近づける人物が望ましい。

 

 

「……毛利蘭か……。こんな形で接触することになるとはなぁ……」

 

 

 先日、快斗は花梨の真実を知りたくて蘭への接触を試みたが、途中で思い留まり、断念した。

 まさかこんなに早く出会うことになろうとは……。

 

 

「今回は獲物目当てだけど……彼女のそばにはあのボウズもいるし、花梨の手掛かりが探れるかもな……」

 

 

(今度こそ……何か掴めるかもしれねぇ)

 

 

 キッドは淡い期待を胸に、会場へと戻った。

 戻って間もなく、背後から声がかかる。

 

 

「あの、すみません」

 

「っ!? ど、どうされましたか?」

 

 

(び、びっくりした……!)

 

 

 驚くのも当然だ。声をかけてきたのが、次の変装相手――蘭だったのだから。

 探す手間が省けて助かった。即座に完璧な仮面(ポーカーフェイス)をかぶり、にこりと微笑んだ。

 

 

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