なぜなら俺は、   作:フェイクライター

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開幕 リ・ジェネレティブ

 見上げた空は生色のない白の世界だった。

 雲が果てを覆い隠すかのように広く厚く伸びる空を見上げていると、どこからともなく鐘の音が響いてきた。ここに来る前にこの一帯の地理は把握したはずだが、結婚式場の名は思い出すことができない。なにもなかったはず……。

 

 なぜ結婚式を思い出したのか。

 

 あの荘厳で活気のある鐘の音は、そのイメージを強く思い起こさせたからに他ならなかった。耳を澄まさなくても聞こえる祝福すべき鐘の音はどことなく不吉だった。

 鐘の音に混じり、『おめでとうございます』と拍手喝采が雲を揺らす。震わせて、散らして、空に––––大きな孔が開いた。あんぐりと開けた口のように縁は赤く、奥は覗くのも悍ましいほどの黒だった。

 その孔は傷口にも見えた。

 血が流れだし、仰ぎ見る空に赤い絨毯を敷いた階段を生み出していく。

 

『ハハハッ……! フフフッ……!』

 

 黒孔から顔を出したのは、女性の顔が彫られた白銀の巨神であった。

 血染めのカーペットを歩くのは、X(キズ)持ちの女王であった。

 女王は嗤いながら地上に降り立ち、みそめた相手に声をかけた。金色の巨体を持つ、女王の根源であり始まりとも言える存在と相対する。

 

『テガソード……ようやくまみえた』

『テガジューン……!』

 

 紅金色の巨神《テガソード》は、白銀の女王《テガジューン》に対し警戒心を極限まで高めながら臨戦態勢をとった。

 

「さあ、挙式の時間だ。祝福の鐘の音を!」

 

 キーンコーン、カーン……。

 

 鐘の音が強くなる。曇天の空には、金色を最前に続く無数の銀色の人型を倣った鐘が並び揺れている。人間たちが首を真綿で絞められ宙にぶら下げられているかのような奇怪で忌むべき光景の中で、声が聴こえる。

 聞こえる。

 なぜだろう。

 金色の神の中にひとりの人間。

 白銀の女王の中にもひとり。男がいる。

 

「結婚って……あいつとお前が? 付き合ってんのかよ!?」

『そうではない。だが気をつけろ。今のテガジューンと私の婚姻が成立すれば、世界は……終わる』

 

 世界の終焉を憂う《テガソード》を《テガジューン》は首を振って否定する。

 

『そなたは間違っている。世界は終わるのではなく、始まるのだ––––我の生み出す完全なる姿で!』

「よくわからねえが結婚はお断りだとさッ!」

 

 ついに巨神たちが肉薄する。

 ドンッ、と突風で靡く草花のように街が揺れる。

 それぞれに神の声が一柱、人間の声がひとりずつ。

 巨大な爪をたてながら大地を揺らして猛然とせめかかる《テガソード》の一撃は、喰らえばどんな生物だろうが非生物であろうがひとたまりもないと唸る空気が教えてくれる。

 しかし、一気呵成の攻撃をステップを刻み軽やかに避けてみせる《テガジューン》は、右腕に装備した銃で火を吹かせると的確な射撃が《テガソード》を仰け反らせる。

 攻めに転じる《テガジューン》。

 盛り返そうと吠える《テガソード》。

 姿を変えて、シルエットを巨大な手に変えて、二体の巨神はぶつかり合う。雲の合間を縫って空を飛び、衝撃をまき散らしながらぶつかり合い、時にはビルとビルの狭間で爆発と煙を世界に飾り付けていく。

 

『アウェイキング! クイーンテガジューン!!』

 

 目に見えて《テガソード》が傷つき––––ついには、白銀の女王に紅金色の神は押し倒される。

 

「ハハハハ……! 結婚しようよ、(ほえる)!」

「離せ!!」

『うっ……!』

『ハハハッ! アハハッ!』

 

 二柱の巨神が落ちてくる。

 狂気の愛情が《テガソード》を絡め取り、抵抗する巨神の姿を、まるで披露宴で踊る女王と王様にように映し出す。

 

「ハハハッ! ハハハハッ! 指輪の交換だ!」

「離しやがれ!」

『そ〜〜れ』

 

 その踊りの中で指輪の交換まで済ませた女王は、巨神の背に土をつけた。力を奪い取る呪いの指輪が《テガソード》に苦悶の叫びをあげさせる。《テガジューン》はその姿を見て笑いつづける。

 

遠野(とおの) (ほえる)……! お前は逃げろ!』

「テガソード!?」

 

 《テガソード》は胸のクリスタルを点滅させながら、何かを身から放出した。乗り込んでいた人間だ。満身創痍の神は、それでも膝をつかずに《テガジューン》と向き合うが限界なのは明白だ。

 蹴散らした神を、人間を睥睨しながら《テガジューン》は人差し指を天にかかげる。

 

『これが我の愛。我こそ愛情ナンバーワンだ!』

 

 《テガジューン》からも光が放出される。まるで先ほど《テガソード》から脱出させられた人間を追うように光が地上に向かう。

 そこで声は途絶えた。

 ただ世界に残ったのは、巨神の胸ぐらを掴む女王の姿と厄災を予言するような真っ黒な雲空。

 《テガジューン》が《テガソード》の唇を奪う。

 神々が音がするほどの熱い口付けを交わすと––––赤子を宿した濁った太陽がこの地に産まれ、その光が泣き声、そして嗤い声と共に世界に降り注いだ。

 

 握りしめた手の中に固く、でも解けて消えるような感覚があった。

 

 

 そうして世界は【終わった】、らしい。

 

 

 

✖︎

 

 

 

(で、だ……)

 

 青年にとって、新世界とのファーストコンタクトは一つ前の世界の劇的なキスシーンにも引けを取らないものだった。手元を見れば一瞬前よりも幾分か歳が若く見えたし、身につけているものも黒地のストライプが入ったジャケットではなく、セールスマンが着るようなスーツ姿。

 見上げれば、『入学式』と書かれた横断幕が舞台の上に飾られていた。

 

(結婚式。出産の次は入学式ね……女王の愛しの王子さまの成長に拍手でも送ればいいのかな)

 

 嘲るように唇の片側を鼻につくほどあげて、辺りを見渡してみるとその顔は次第に当惑の色に染められ、歪んだ唇も真一文字に縫い付けられた。青年の目に映る霞んだ灰色の世界も一瞬、驚愕で色づいた。

 まず顔見知りが誰もいない。

 戦闘大好き炎男も、アイドルヲタクの花束女も、ウェディングケーキの夫婦も誰もいない。化け物どもが誰もいない。

 そして彼の位置、舞台との距離、雛壇でこれ見よがしに演説する生徒が胸につける花が自分にもついていること。なにより胸ポケットに入っていたが決め手だった。

 青年は周りの様子も気にせずそれを開いた。

 そこには、

 

(遠野……久光(ひさみつ)……)

 

 昔に捨てた名前が刻み込まれていた。

 自分の学生証であった。

 まるでバツ印をつけられかのような衝撃を受けた遠野久光––––クオンは、意識を切り替えてまずは周囲に同化することを選んだ。無論、周囲の言動から必要なワードだけは的確に抜き取ることは忘れない。

 時が経ち、入学式が終わると体育館らしき場所から外に出ていく。あくびが出るほど陽気な光が地上に降り注いでいる。直前に世界が滅んだとは思えないのどかな空気が満たされていて、目の前には広々と敷地を使った花壇が鮮やかに彩られている。近くからは川の水音すら聞こえていた。

 

「何が起こっている……?」

 

 クオンはようやく困惑を形にすることができて、気持ちの整理がついたことを自覚する。しかし、認識したところで事態は好転しない。()()はおおかた推測できるクオンであったが、()()()()に置かれている意味が分からなかった。

 

(恐らく世界の【再生成】がうまくいかなかったのが原因……しかし僕が若返って学生に……しかもプロデューサーなんて学科に進んでいるのか理解できない)

 

 身の振り方が掴めないクオン。

 女王からコンタクトでもあれば別だろうが……。

 クオンは近くに設けられたマンホールの蓋に近寄る。特に何も起きず、他の学生の流れから外れたからか『なにやってるんだ久光』と声をかけられ疑念すら持たれている。

 

(あっちの世界とも繋がらないか)

 

 クオンは渋々と言った様子で学生の中に戻ろうとする。

 

(……なんだ、あれは)

 

 下ろしていた視線を戻そうとした時、目線よりも上空を捉えてしまったクオンは、この穏やかな雰囲気に似つかわしくない存在が宙に浮いていることを認めてしまう。

 

(太陽……か?)

 

 上空に居座るなにか。

 最初はあまりにも眩しいことから太陽だと考えたが、体育館に備え付けられた壁時計を信じるなら、まだ頂上に登っている途中の時間帯。事実、手庇を作りながら視線を東にやれば本来の太陽がのんびりと坂を登っていた。

 だからクオンは二つ目の太陽を注意深く見つめる。

 その光球の中に巨大な人影が、

 

「チッ、そう言うことか」

 

 苦々しく吐き捨てるクオンは人波に背を向けて体育館裏に回り込む。彼の怪しい顔に影が差すと、妖気のようなモノを漂わせる。周囲に気を配ったあと、その意識すべてを右手に集中させる。

 その手に煌々とした白銀が集まる。

 形を成した力の名前は【テガジューン】。白銀の女王である《テガジューン》と同じ名を持つ籠手は、真珠のように白く輝き、その上を真紅のラインが奔っている。清楚で神秘的な光を放つそれは、人差し指から伸びる銃口と手のひらから生えたダガー状の刃を持つ凶悪さも兼ね備えていた。

 クオンは空いている左手をスーツのポケットへ無造作に突っ込むと、硬い感触がふたつあり、それらを引っ張り出した。

 

「吠ぅ……」

 

 ひとつは狼を思わせる赤と金色のマスクの意匠のある指輪。

 もうひとつは女王の顔を模したパールホワイトの指輪だ。

 クオンは優しい目を狼の指輪にやってから女王の指輪だけを手の中に残して、上空に潜む偽りの太陽を視線で射抜いた。

 

「さっさと撃ち落として終わらせてやるからね……エンゲージッ」

 

 指輪を【テガジューン】の籠手の中指に嵌め込んで、銃身をクラップ! カシャッ、カシャカシャッ、カシャッといつもの手癖で銃のスライド音を鳴らそうと––––

 

「なぜ、起動しない……?」

 

 まるで毒に侵されたようにピクリとも反応しない【テガジューン】は、当然、その中に秘められた力を解放することはなかった。

 寝入った【テガジューン】を訝しむクオンは、周囲の不自然さに気づくのが少し遅れた。気付けば日陰だった周りが明かりで満たされていた。

 

「……ッ、まずい!」

 

 赤子の泣き声がした。

 見上げた空に鎮座していたはずの偽の太陽が、一際強い光を放ちながらクオンに向けて叫びをあげた。

 反射的に身を翻す。

 全身に信号が急ピッチで駆け抜けたのは狩り人としての経験ゆえか。

 身を引いた直後、背後から視界に閃光が飛び込み、何か焼けた音がした。青年の頬が熱く、触れると痛む。青年は宙に残る閃光の痕跡を辿る。飛翔してきたのは光の弾丸らしく、その銃口はなんと体育館の側面にある掲示板にあった。それは貼られたポスターである。厳密に言えば、ポスターに描かれた金髪の少女の両眼からだ。

 再び産声。

 今度はポスターと偽の太陽の両方から閃光が迸る。

 クオンは駆け出すと、直前まで佇んでいた場所のコンクリートが弾け飛ぶ。

 

「––––ッ!」

 

 自身の影を踏むかのように軽い爆発が起こる。あとをつけ回す猟犬のようにそばの並木の幹に風穴を開ける。音を立てて迫る攻撃。鋭い光線は何発かはクオンの服を破る。一撃でも喰らえば、学園の代わりに三途の川を独走することになる。

 爆風に背中を押されて速度を上げ、体育館の周りを駆けるとひとつだけまだ開け放たれた扉があった。

 クオンが跳ねた直後蹴ったコンクリートが弾けて、身体をゴロゴロと転がしながら体育館の中に舞い戻った。

 

(…………追撃は、)

 

 体育館の壁に背を這わせながら自らが飛び込んだ扉から外の様子を伺った。さらなる攻撃は何秒も、何分も止まり怪しい太陽の姿が見えなくなったことを確信してからクオンは額に浮かんだ冷や汗を拭った。

 だが、それと同時にクオンは見てしまう。

 

「傷跡が無くなっている……?」

 

 覗き込んだ外の、ちょうど自分が最後に飛んだ場所のコンクリートは、まるで何事もなかったかのように整備されていた。撃ち抜かれた幹は植えて事実ごと消えている。

 独り手に姿を消した今し方の強襲。

 身を外に踊り出させて自分の足跡を見つめ返すと、爆撃を受けた場所全てが痕跡を消失していることに気がついた。

 自分の錯覚だったのではと疑いたくなる。まずここは学園。あのけたたましい音に周囲の大人たちが気づかないはずがないが、体育館の中で入学式の片付けをしている人達が慌てている素振りもない。

 それでも――クオンは頬を撫でた。

 光線がかすめ剥いだ頬の皮が現実だと教えてくれる。

 

「本当に厄介な世界に作り直してくれたね……。––––ッ!?」

 

 毒を吐きながらクオンはポケットに手を突っ込んで、瞬間、彼の顔から血の気が引いた。狼の指輪を入れていたポケットが破られていた。熱を帯びたそこが、狙われたのだと、本能が告げている。

 あの太陽の目的は――《テガソード》の、《ゴジュウウルフ(遠野吠)》の指輪だったのだと!!

 

「許さない……許せない……!! 絶対に殴り飛ばしてあげるよ……破滅の王子……ッ!」

 

 天を見上げた瞳には怒りが満ち満ちている。

 クオンは自身の今を示すモノを取り出した。

 

 

––––––【初星学園】

 

 

 この名前が彼にとっての最初の手がかりだ。

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