なぜなら俺は、   作:フェイクライター

10 / 10
ゴジュウジャー最終話。
とても、とても良かったです。
艱難辛苦の果てにたどり着いた最終話……ポーラーやVシネがあるとはいえ寂しくなりますね……


-2

 月村(つきむら)手毬(てまり)は、地平線の片隅でなんとか世界を照らしている太陽を目を細めながら眺めていた。見上げる青空はほぼ群青色で彩られて、粉粒のような星たちが見え隠れしている。

 初星(はつぼし)学園には寮がある。

 普通科の男子寮女子寮とは別にアイドル科用の寮が建てられており、手毬は寮のベランダから夕焼けを眺めていた。

 すぐに太陽に目を戻し見つめ続けた。

 ほどなくして陽は落ちて、寒さで腕をさすりながら手毬は自室に戻る。中は暗く、外の夜色に溶けて輪郭を無くしてしまっていた。太陽を見つめすぎたのだろうか、目を抑えながら記憶を頼りに部屋の一角におかれた勉強机に向かう。

 記憶は確かなようで、椅子の背を手が掴んだ。その記憶自体が頼りないのに、この部屋のことだけは信頼できる。

 椅子を引いて座り込む。全身が重しになったかのように動かない。

 

(……まだレッスン足りないのに)

 

 業後、クラスから出たあとレッスン室に閉じこもってボーカルレッスンばかりをしていた。部屋の使用時間が終わったあとは、着替えてジムでトレーニングをしていた。

 歌をうたうか、汗を流すかしていないと気が滅入りそうだ。

 机の端に手を伸ばす。発声やダンスの資料を綴じたファイルが置かれた棚の横に立てかけた包装されたままのサプリメント袋を手に取って開ける。空腹には即席麺や飴を入れたい気持ちを抑えつつ、袋に手を入れてガサゴソと鷲掴み。カブッと噛み締め、脳を誤魔化しながら無心になって口を動かす。

 リスのように膨らませていた頬もすぐに窄まって、元の形を取り戻す。

 袋を元の場所に戻すと、指に夜の冷気のようにさめ渡った青色の指輪が触れる。突然、指先でガラスを引っ掻いたような音が反響した。幻覚か、思い過ごしか、手毬には分からないが頭を抑えて机に突っ伏す。

 声が聞こえる。

 

『ナ……ワン……ナンバ……ワン……』

 

 風格のある声が聞こえてくる。

 月の明かりが部屋を照らし、黄金の灯りが宝石のような澄み渡った青色を輝かせる。

 古来よりサファイアは【真実】や【慈愛】を意味し、持ち主から邪気を払い正しい道を示すとされている。

 

(……燐羽)

 

 けれども、払われた邪気が悪いものとは限らない。

 机の下に置かれた体重計を引っ張り出して乗ってみると、51、52.7、53.4、55.6と上がっていって体重計を蹴り飛ばすように降りる。

 

(足りない……もっと……もっと……)

 

 手毬はベッドの上に脱ぎ捨てたトレーニングウェアに着替え直し、パーカーを羽織ると自室を出た。同級生らしき人たちとすれ違う。その不干渉を告げる–––もしくは告げ合う–––目線を無視するように小走りで非常階段へ向かう。人と会わずにフロントまで降りる。

 あともう少しで外、という時だった。

 

「手毬、外に行くのかい?」

 

 優しげで中性的な声が手毬の背中に触れた。

 この寮には、寮母さん、という大人はいない。けれど、その代わりになる存在はいる。今の手毬としてはできれば会いたくない人物。

 

有村(ありむら)先輩」

 

 有村麻央(まお)。初星学園アイドル科の3年生。小動物のようなふんわりとした見た目に、優しさや度胸が詰め込まれた頼れる寮長。

 年齢は離れているが、中学時代からアイドル活動をしていて、アイドル科の校舎にも出入りしていた手毬とは面識がある。

 だからこそ、見つからず外に出たかった。

 

「もう夜も深くなる。一人で外に行くのは危ないよ」

「大丈夫です。門限までには帰ってきます」

「昨日もそう言って門限を過ぎてたよね」

「過ぎてません。アレはピッタリというんです」

「20時00分でも、59秒の時点でアウトだよ。ことねじゃないんだから……それに他の子達から聞いたけど、手毬、街中で色んな人に声をかけてたそうじゃないか。それも老若男女問わず手当たり次第に」

 

 麻央からの指摘に手毬は下唇を噛む。昨日は花海(はなみ)咲季(さき)との勝負を終えた後、レッスンをする気にもならず走れるだけ走って声をかけられるだけかけた。

 その様子を誰かに見られたようだ。

 

「ファンサの練習です。私みたいな美少女に声をかけてもらえるんですから、誰でも嬉しいです」

「だからこそ、だろ? キミにもしものことがあったら僕も、幼馴染の美鈴(みすず)も辛い」

「美鈴は関係ありません」

 

 違う。

 関係がありすぎる。

 叩かれた左頬をおさえて、何が起きたのか分からないと困惑と絶望に染まった親友の顔を思い出してしまう。右手の痛みが再発し、堪えるように力強く握りしめる。

 

「それにキミが訊いていた」

「まっ–––」

 

 手毬は麻央が何を言おうとしているのか、自然と察してしまう。

(待って。やめて、先輩までそれを言わないで)

 

賀陽(かや)燐羽(りんは)という子について教えてくれるかい?」

 

『まりちゃん。賀陽燐羽……さんって誰ですか?』

 

 自分が何か叫び声をあげたことと景色が溶けて後ろに流れていくことだけを手毬は覚えている。

 

 

✖︎

 

 

 同時期の二つの思い出がある場合、ヒトはどちらが本物だと考えるのだろうか。

 手毬は確信がある方を選んだ。

 すなわち、賀陽燐羽という少女と幼馴染で親友の秦谷(はたや)美鈴でアイドルユニット【SyngUp!(シングアップ)】をしていた記憶だ。

 そしてもう一つが、今の自分にとって地続きであるはずの美鈴とだけユニットを組んでいた記憶。

 ふたつの記憶が手毬の中にあった。

 

 事の発端は、高等部入学式があった日の早朝。

 一人部屋になった手毬は、冷え性で起きづらい朝、昔の部屋に置いてきてしまった湯たんぽを恋しく思いつつ目を覚ました。寒いのは窓が微かに開いていたのが原因らしく憎々しく思いながら強めに窓を閉めた。

 入学式当日なのもあり、いつもより軽るめのランニングで済ませようと考えながら床に置かれた服たちを洗濯かごに投げ入れていると、コロコロと何かが転がった。

 青い指輪だった。

 素直にカッコいい、と思った。

 その次に誰のだろう、とも思った。

 

「……少しくらいつけてもバチは当たらないよね」

 

 興味本位に、そして導かれるように右手の中指に嵌めた。

 すると、突然頭の中に何かが映る。

 

「アッ……うぅ……!!」

 

 膝を崩して倒れながら、手毬は声を押し殺しながら悶える。

 脳裏によぎるのは謎の巨体たち。朽ち果てた神殿を墓にするように巨体たちが倒れている。その墓の頂上で黄金の輝きだけが屹立している。

 実体を持たないその輝きが手毬を見下ろした。

 

『ナンバーワンになれ』

 

 謎のイメージはそこで途切れた。

 

「……ハァ………ひぁ………」

 

 荒い息を垂れ流しながら手毬は困惑を胸に抱いて立ち上がる。結局、その不思議な体験をしたせいで朝のランニングは想定よりも短い距離で終えてしまった。

 ただそれだけなら、不思議な体験だった、で済ませてしまえた。高名な宝石–––特に指輪–––には昔の人の想いが宿っているものだと、母親から聞いたことがあった。

 それにまつわる不可思議現象だったのだろう、と。

 手毬が現状に違和感を持ち始めたのはクラス割の名簿を見たときだ。ズラリと名前が載ったデータがスマホにインストールした学内用の連絡アプリで送られてきた。

 

「私は1組で、美鈴は2組か……燐羽は」

 

 口にして気づいた。

 

(燐羽って誰だっけ?)

 

 手毬自身でも不思議に思った。自分たちのアイドルユニットのリーダーにして、自分の憧れでもある少女の姿を一瞬でも忘れてしまうだなんて。

 画面をスクロールして賀陽の文字を探す。

 

(あれ、なんで?)

 

 賀陽燐羽という名前が全く見当たらない。何度も確認してみるが載っていなかった。

 そして違和感はそれだけではない。

 手毬には美鈴とだけユニットを組んでいた記憶もあるのだ。

 賀陽燐羽という少女がいた確信と記憶があるのに、その記憶には燐羽がいない中学三年間の記憶もある。混濁する記憶に戸惑い覚束ない足取りのまま学園に向かった。

 何も変わらない学園が変わる日。

 クラスメイトが変わること。

 新しい子たちも入ってくること。

 

(……新しい友達、できたらいいな。違う。トップアイドルになるんだ。私の力で)

 

 そんな浮かれた気持ちとは裏腹に鉛のように重い不安があった。

 

(燐羽はどこにいるんだろう)

 

 教室についた手毬は入学式まで辺りをふらつくことにした。

 

(燐羽は美鈴と違って真面目だし、ちゃんと時間通りには来る……よね?)

 

 手毬は燐羽より美鈴の方を心配した。美鈴はお淑やかな見た目に反して不良だ。それも暴君と言えるほどの不良。入学だって容易くサボってしまいかねない。

 

(もし時間ギリギリまで来なかったら私と燐羽で探さないと……)

 

 自分の記憶から目を背けるように親友の心配をすることにした。

 けれど、教室に集まる約束の時間に迫る中、燐羽は姿を現さない。メッセージアプリを開くが、何故か燐羽のアカウントが見つからなかった。時間は過ぎて、心配していたはずの美鈴の方が先に来て、『おはようございます、まりちゃん。もしかして私のこと迎えに来てくれたんですか?』と満面の笑みで言われてしまった。

 その声を聞いたのが定刻。

 手毬が知る限り燐羽が約束を破った初めての瞬間だった。

 入学式の最中も手毬は周りを見ていた。燐羽が来ていないか、しきりに確認していたが目視できる範囲では見当たらなかった。入学式が終わったあとのクラスでの自己紹介で、周りの反応を見たくて手毬は敢えて【ユニット】というワードを入れた。

 反応はよく分からなかった。

 つい本心にない余計な言葉を足してしまう手毬の物言いにムスッと不機嫌になる人がちらほらいた程度だ。そのせいか、やけに突っかかってくる優等生を躱しつつ、他の内部進学組に声をかけるはめになった。

 結果は全滅。

 全滅どころか恐ろしい結果だった。

 手毬は心のざわめきを落ち着かせるためにレッスンに向かい、挑んできた優等生をいつもより不安定な声で圧倒した。

 優等生に褒められたのは純粋に嬉しかったが、手毬は喜びを押し殺して勝負に立ち会ったプロデューサー科のクオンという男性にも燐羽のことを尋ねた。

 けれど、知らない、と言われた。

 全員、そう答えるのだ。

 

『賀陽燐羽なんて知らない。元々ふたりでやってただろ』

 

 誰も彼もが【SyngUp!】は手毬と美鈴のデュオユニットだと言う。

 

「そんなはず……ない……」

 

 手毬は震える手で、ユニット解散時に炎上した頃から、なるべく目を背けていたSNSを覗く。検索をかけると、不特定多数の記憶の中に賀陽燐羽の存在はなかった。

 気がつけば、黄色い吐瀉物で自分の膝が濡れていた。

 

 自分の存在が、あって当然だった過去が、崩壊して倒れ伏す。

 自分がなんなのか分からない。

 

 

✖︎

 

 

 弱い心身を抱きしめるように手毬は走る。まるで居場所を無くした幼子が泣きじゃくりながら親を探している姿にすら見える。

 自分がどこにいるのかさえも分からないまま。

 いや、もはや自分がなんなのかすら分からなかった。

 息ができない。

 吐く息は白く色づくこともなく昇る。まるで自分の体温がなくなってしまったみたいだった。

 だから耳を劈くブレーキ音を聴くまで自分がどこにいるのか気にしていなかった。

 視界の端から強烈な人工光が差し込んだ。視界を塗りつぶす白い光が手毬が見る景色の最後になる。

 手毬は足を止めたまま動かない。突然の恐怖で足が縫い付けられたのもあるけど、動く必要すらないのではと考えてもいた。

 ここで死ねば、本来の世界に戻れるかもしれない。

 だから、手毬は光を受け入れるように身を委ねた。

 

「えっ……」

 

 でも、救いになるかもしれなかった光は手毬を打ち付けなかった。代わりにやってきたのは光から連れ去るような強引な力強さで、その直後に感じたのは人肌の温もりだった。

 

「怪我はないかい?」

「……は、はい」

「よかった」

 

 声をかけられて自分が他人(ヒト)に抱きしめられているのだと気がついた。息を吐けばその熱を感じられるほどの至近距離にその人はいて、夜を照らす冷たくとも優しい月の光が闇から正体を暴く。

 秀麗。儚げ。幼さ。その顔を言い表そうとすれば言葉を尽くしても尽くし足りないほどの美しい安堵の面。目にすれば誰もが心躍らせる(ときめきナンバーワン)な笑顔が手毬の目の前にあって、思わず顔を赤らめてしまう。

 月よりも明るい素顔を目にした手毬は申し訳なさと名残惜しさを感じながらその男性の腕から抜け出した。

 男の人は文句を言うこともなかった。それどころか手毬を轢きかけた車の運転手と話も代わりに行い揉め事なく騒ぎを終わらせた。

 辺りを見渡すと、辺りにはコンビニや信号が点在している市街地の外れにいるようだった。寮から随分離れたところまで来たのだと手毬は察した。ただでさえ寮から市街地に出るに時間がかかるからバスを使うのが一般的なのにも関わらず、自分の脚だけここまで来たことには驚くしかない。闇雲に走ってもこうはならないはずだ。どこかで理性が働いたのだろうか。

 

(ど、どうしよう……)

 

 話を終えた男性がもう一度手毬のそばに歩み寄る。

 

「キミ、大丈夫?」

「ええ。ありがとうございます」

 

 手毬は丁寧に会釈しつつ相手を見る。

 夜にも映える白いジャケットと黒いワイドパンツを身につける男性は顔もさることながら身なりがとても整っている。アイドルの卵の手毬ですら気を抜けば見惚れてしまいそうになる。

 そんな男性は手毬の感謝に怪訝な顔で応対する。

 

「本当に?」

 

 男性の問いかけは手毬が嘘をついている確信を持った響きがあった。

 

「大丈夫です」

 

 手毬は念を押すように力強く答える。

 そう、問題はない。

 

(どうせ言ったところで信じてもらえないんだから)

 

 いたはずの友達がいなくなったなんて。

 それもみんなの記憶から消えてるなんて。

 自分が言われても信じられないのだから。

 

「そっか」

 

 男性は頷くと追求はしてこなかった。

 関わり終わると各々歩き始める。

 手毬は寮がある住宅街に戻るためにバスの行き来がある天川(あまがわ)駅までの道を地図アプリで確認する。時間もついでに確認すると、あと15分ほどで門限を過ぎるようだ。

 夜の静けさにコツンコツンと二対の足音が沁みるように消えていく。歩幅が違う足音がつかず離れず鳴り続ける。

 

(……え、なんで? え? なんで付いてくるの?)

 

 手毬も男性もなにも言わない。

 手毬がたまに横目で男性を見れば、視線に敏く気がついて柔和な笑みを浮かべる。ただそれだけでふたりはただ歩く。走ることなく、慌てることなく、頬に触れる冷気と月明かりが示す安心感の下でひたすら歩き続ける。

 夜闇の中、知らない男性とふたりきり。

 初めは怯えていたけれど、少し時間が経つと男性のことは気に留めなくなった。走り出して置きさってもいい。きっと男性は許してくれる。文句を言わない。

 けれど、そのためには少し身体を温めたい。

 夜の開放感にも似た感情が手毬の心を温める。

 男性は夜にあって当たり前のもののように手毬と歩を共にする。

 

(帰るときにはもう一度お礼を言おう)

 

 気がつくと人通りが多くなってきた。天川駅も近づいてきた。

 もうそろそろ20時だというのにサラリーマンや学生らしき姿すらあった。職場帰りの人たちは疲れた顔つきでうつむき加減のまま歩いている。市街地にはアミューズメントパークもあり、若い子達も遊びに出てきているようだった。

 不味い、と思い手毬はパーカーのフードをかぶって顔を隠す。知り合いに男性と歩いているところなんて見られたら何を言われるか分かったものではないし、確定している寮長からのお叱りが二倍マシになること間違いない。

 すると、雑踏に紛れても鮮明に聞こえていた男性の足音が不意に止まった。

 手毬も立ち止まり、振り返って尋ねる。

 

「……どうしたんです?」

「今日はここでいいかなって思って」

 

 首を傾げる手毬をよそに男性はより人集りが濃い駅前に陣取ると、夜に冴え渡る白いジャケットに手をかける。

 すると、その白が夜空に舞った。

 夜に喧嘩を売る白いハンカチ代わりのジャケットが周囲の人々の幾人の目に留まる。その持ち主を追うようにして視線が男性に集い、足を止めた。取り分け女性が多かった。その中にはお星様が目の前に舞い降りたかと錯覚したようなテンションのあがりようをみせる者たちもいた。

 白いジャケットの下から現れたのは青と黒を基調とした煌びやかな衣装。

 

「アイドル衣装……?」

 

 その身なり以外アイドルらしきものは持ち合わせていない。マイクやアンプなんて用意されていないし、ましてやステージなどあるはずもない。

 けれど、男性にとってたった数人。

 自分の顔を見て足を止めてくれた人たちがいるだけで準備は整ったのだ。

 歌が響き始める。

 

「まるで稲妻が胸の奥深く、駆け抜けるような衝撃さ」

 

 脳が痺れるような潤いのある声が駅を中心に広がっていく。歌声が磁場を作る。どこまでも広がる力は新たに人を呼び止める。

 足を止めた人につられてまた別の人が男を見る。

 円な黒いの瞳と目が合う。

 

「君の瞳 出会った瞬間、恋に落ちた」

 

 興味なさげに振り向いた青年たちに向けて爽やかな笑顔とともに手招きする。キラリと世界が輝く錯覚を青年たちは起こし、ごくりと生唾を呑み込み足取りの制御権を奪われる。

 

「名前さえ知らず」

 

 徐々にステージが生み出されていく。人が集まればそれだけより多くの人の目を惹く。密度が濃くなるにつれ、野生のアイドルは高さを求める。

 

「また逢えるなんて 期待しないけど分かってる」

 

 花壇の縁。ベンチ。

 ファンとの高低差を作り、より広い視界を確保していく。それはまだ見ぬ聴衆観衆たちに自分を見てもらうため。

 アイコンタクトは無論ファンたちへ。

 けれども見える世界には居るのはファンたちだけではないと知っている男は、遠くで通り過ぎようとするものには、磁場の形を変えて届ける。

 少し離れた場所で男を見ていた手毬の前をスーツを着込んだ女性が通り過ぎる。地面だけを目に映して、少し前までの手毬のように身体を抱え込むような姿。レザーバッグの持ち手を強く握りしめながら早足で立ち去ろうとしていた。

 その時、手毬と男の目がすれ違いすぐに通り過ぎた女性へ視線が移ったのを手毬は感じ取る。

 

「二人はそう 同じ未来を生きてゆくんだと」

 

 人のいない場所から数歩で–––動きすぎない適度な歩数だけで–––ライブ会場を動かす。そして、声の張り方を強めて自身の領域を広げる。

 

「運命って呼ぶのだろう」

 

 スルリと美しい歌声が女性の耳に入り込む。足を止めずに女性が男を見ると、その時には既にまた立ち位置を変えていた。

 夜闇の中でハッキリと自分の顔を照らし出す最高のポジション。街灯が男の顔の煌めきを最大限に発揮させる角度から光を降らす。

 

(––––!)

 

理由(わけ)もなく、でも確かに感じる予感」

 

 見る人を虜にするその顔に手毬は再び胸が高鳴るのを感じた。通り過ぎようとしていた女性も同じく感じたであろう高揚感。

 

私は貴方を見てる(You & I)

 

 女性は声に誘われて歩く向きを変えると、ライブの1番外側に立つ。

 

(凄い……)

 

 手毬は感動すら覚えながら、一人のアイドルとして男を見ていた。

 

「野生のカンが教えてくれる」

 

 独り、また一人。

 観客が増えていく。

 その度にライブの熱があがっていく。その熱は歓声として実態をもちかねないほど巨大になる。

 観客が生み出す熱に男の歌声()が負けるのでは、と手毬は不安になるが、無用な心配でしかなく、互いの熱を織り交ぜるようにして相乗的に膨れ上がる。

 

「青く広い空の下 どこにいたって見つけ出すのさ」

 

 暗い夜とさ思えないほど各々が手持ちにある鮮やかな青を取り出して振る。

 

「理性などもう脱ぎ捨て」

 

 その想いに応えるようにして男はファンたち一人ひとりをより強く意識する。

 今ここにライブ会場が完成する。

 

「世界イチの想いを 君に手渡すために」

 

 歌が終わり、一瞬の静寂が訪れる。

 そして、その瞬きの間に溜まった情動が爆発する。

 

陸王(りくお)様ぁぁぁぁあああ!!!」

 

 青年も、お姉さんも、中年も誰も彼もが黄色い歓声をあげて夜空を震わせた。

 即興のライブ。

 客を呼び込んだわけでもなく、自分の名前を知っている人はごく僅か。そんな成功なんてしようのないライブでここまでの熱の渦を生み出した男の姿に手毬は目を奪われていた。

 かつて目にした一番星を想起させる輝きを放つ男。

 人々が振るう青の中に紛れて団扇が見えた。男の名前がデコレーションされている。

 野生のアイドルの名は、百夜(びゃくや)陸王。

 

(アイドル百夜陸王……!)

 

 陸王は天に昇る月に指をさすと、その指をファンたちに向ける。

 

「さあ、夜はこれからも更けるよ。百の夜を君とともに–––」

 

 それから陸王はもう一曲歌い上げる。ボルテージをあげ続けるファンたちに写真や握手、ハイタッチなどなど様々なファンサービスをしていく。

 

「陸王さま! 今日も最高でした!!」

「僕が最高なのは君たちリクオニストがいてくれるからさ! 幸奈さん」

「わ、私の名前……! 覚えてくださってるんですか!?」

「以前のファンミの時に限定Tシャツにサインしてあげた子だよね。僕はファンことを忘れやしないよ」

「り、陸王さまあ〜〜」

「あ、あの!」

「どうしたんだい?」

「お、おれ男ですけど。ハグしていていただくことって出来ますか!?」

「もちろんさ。おいで」

「ありがとおござ……ぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 女の嫉妬が響く。

 男の嫉妬も響く。

 結局ライブが終わったのは、騒ぎを聞きつけた警官がファンと陸王を引き離したあとだった。ファンたちは静けさの残っていた夜を胸に宿った喜びや驚きで蹴散らしながら帰っていく。

 昔からのファン。

 今日生まれたファン。

 境目などなくただ楽しかった体験(リアル)として受け取り、友達ですらなかった人達とも百夜陸王(アイドル)を通して仲良くなりながら三々五々と散る。

 手毬は自分の胸も熱くなっていることに気がつく。

 

「……凄い」

 

 警官にサインを渡して喜ばれている陸王に視線を送ると、彼は視線をずらした。その眼が向かう先には人がいない物陰がある。

 手毬はそそくさと影に溶け込む。

 数分して陸王も合流する。

 物陰でふたりで会うとアイドル同士とはいえいけないことをしている気分になる。でも、それ以上に手毬は百夜陸王という相手を見ていたいと思った。

 尊敬できるアイドルとして。

 

「うーん……はぁ……楽しかったあ。キミはどうだった?」

「……率直に素晴らしかったです。百夜さんみたいな人を路上アーティスト、というんですか。ウチの学園の人でもあそこまでのパフォーマンスできる人は片手もいないぐらいです」

「へえ。数人はいるんだ」

「当然です。自分がナンバーワンだとでも思っていたんですか?」

 

 手毬は腕を組みながら威嚇するように口を動かす。

 

(あー!! またやっちゃった!! 違う違うんです! こんな整ってない舞台であそこまでのことができるのは燐羽や十王(じゅうおう)会長くらいで!! それぐらい凄いパフォーマンスだったんです!!)

 

 心の中で手毬は涙目になりながら訴えかける。心の声なので聞こえるわけもなく、弁解などできるはずもなかった。

 けど、陸王は物怖じしない態度で言い切る。

 

「思ってるよ」

「え」

「だって僕はアイドルナンバーワンに返り咲く男だからね!!」

「アイドルナンバーワン……本気で言ってます?」

 

 最近よく耳にする言葉に不快感を覚えながら手毬は、傲慢不遜な男に訊ねる。

 

「本気も何も、やってみせるよ」

 

 陸王は手毬の目を見据えて言い切る。彼の瞳には力が籠っていて真剣な光が宿っていた。

 

「ところでキミさ、お腹空かない?」

「急になんですか」

 

 棘のある言い方で受けつつ手毬は考える。サプリメントで空腹を誤魔化したのが18時ごろ。当然寮から抜け出した後に飯は食べれていないため、午後のトレーニングのことを考えても、走り疲れた体のことを考えても空いていて当然だった。

 

(でも–––)

 

 寮を出る前に見た体重を思い出して、顔が青ざめてるのが自分でも分かった。

 だから誘いを蹴ろうとする。

 グ―――……。

 けど、誘いを虫が呑んでしまった。

 慌てて両手で手を押さえるが時既に遅く、聞こえていたらしい陸王は微笑みながら言う。

 

「なら行こっか」

「……はい」

(なるべく怖くない店がいいよーー!!)

 

 知らない男の人と食事に出かける経験なんてあるはずもなく、手毬は内心大慌てで歩いていた。

 

(だ、大丈夫だよね……? 百夜さん、優しいし……)

 

 ふたりが歩みを止めるまで間にそう時間はかからなかった。駅の近くにある商店街。人の行き来も多いからかシャッター街になっているわけではなく、相応に活気があった。

 その中でも月明かりが1番美しく差し込む路地裏に陸王は足を踏み入れた。

 手毬は路地を曲がる前に立ち止まり、曲がり角の壁から横向きに突き出した木製の小さな袖看板を見つめる。夜気に揺れる看板には【半世紀】と書かれていた。

 先を行く陸王の後に小走りで追いつく手毬。

 店の前に立つと風貌から喫茶店らしいことは分かった。両開きのウエスタンドアを開けて入ると、ふたりに声がかけられる。

 

「いらっしゃいませー! 注文は何に……」

 

 威勢の良い溌剌とした店員の声が尻すぼみに小さくなる。

 手毬は何があったと店員を見た。

 驚いたことに見覚えしかなかった。

 その少女は昨日からクラスメイトになったばかりだったのだから。

 黄色いおさげの髪が揺れる顔を見ながら手毬は相手を呼ぶ。

 

「……藤田?」

「つ、月村……!?」

 

 お互い苦々しい顔を向け合いながら硬直するしかなかった。

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