-1
某県
感慨深さを味わうのは、この学園に通う多くのものが志すひとつの夢に起因する。
『【アイドル】––––それは私たちの永遠の憧れ。
夜空に輝く星のように。大地に咲く花のように。みんなの心を熱く震わせて、かなしさを優しく包み込んでいつも笑顔にしてくれる……そんな素敵な人になりたくて私は、初星学園の門を潜りました』
初星学園は【アイドル科】と呼ばれる学科があり、既に国内最大のアイドル養成校としての地位を確立している。中等部の普通科アイドルコースから始まり、高等部のアイドル科。専門大学には【プロデュース科】まで存在する。
校風は個人主義そのもの。
学内を見渡してみれば、制服はあるものの着崩しして自分流にアレンジしている者が殆どだし、私服の着用も認められている。
この学園にも普通科は存在するが、多くがアイドルを目指して来ている少女たちであり、それぞれが自分の可愛いを胸張って示している。
特に今日はそんな愛らしい初々しさが学園中を満たしているのを、遠野久光––––クオンは肌感覚で感じていた。目の前で行われている入学式を、講堂の二階から一週間前の自分達同様に祝福されている者たちを見下ろす。
壇上に立つ少女の胸には祝福の華と、少女の名が掲げられている。
[第1幕 絶対王者ナンバーワン!]
「フッ……」
クオンはおおよそプロデューサー科に在籍しているとは思えないほど周囲を小馬鹿にした態度で、新入生代表の挨拶を聞き流す。期待のアイドルたちに背を向けて天井を仰ぐ。
(永遠の憧れ、ね)
代わりに元々の知識に加えて、ここ数日で調べあげた情報を基に頭の中で状況を整理する。
(今の僕はプロデューサー志望の学生。他の奴らにどう思われているかは分からないが、少なくとも声をかけられる程度には記憶にない自分は周囲とうまくやっていたに違いない)
時折り横目を使いながら入学式が終わりにむかう様を見届けると、自分が体験した一週間前の専門大学入学式を思い出す。
いま、目の前で行われているのは高等学校の入学式で、タイミングがズレているのにはわけがある。プロデューサー科の生徒がアイドル科の新入生の調査をしたり、アプローチができるように指導したりするのが目的だ。
やる気のある生徒は新入生が入寮するタイミングからリサーチを始めていたりするらしいと、クラスメイトから怪しまれない程度に話を聞いた。
もし心からプロデューサーを目指してたならクオンも相応の行動を起こしたかもしれない。けれど、彼にとっては仕事と同じくただこなすべき
いわばデイリーミッション。
メインのミッションは、世界の再破壊。
クオンの入学式以降、破滅の王子【テガナグール】が目の前に現れることはなかった。ゴジュウウルフの指輪を奪取して満足したのか、今は空を見上げても影も形も掴めない。
腹立たしくて内臓まで引っ張り出したくなるほど、腹を痒きまわしたくなる。
一度瞼を下ろし、数秒意識を切り替えて、周囲の光をモノクロから一般的な色づけで取り入れる。
「吠に触れていいのは僕だけだと教えてやる……」
「いきなり怖いこと言い出すな」
隣から声が飛んできてクオンは、タッパのある眼鏡をかけた学友の姿を捉えた。その顔は内心とは真逆の穏やかなものだった。
「あれ。聞こえた?」
「バッチリ。でも、吠って誰だよ」
「僕の可愛い天使で……弟だよ」
「久光に弟がいたのか」
「いるよ。この学園のアイドルになんか負けやしない輝きを持った純粋無垢な弟が」
「気味悪いくらいブラコンだな」
「キミに吠の何が分かる?」
「え、地雷なの」
誇らしげな態度をしていたクオンの瞳から一切の光が消え、真顔で見つめられるので少し驚いた様子を見せつつ学友は肩をすくめる。
「久光は目ぼしい子は見つけたか?」
「いいや、まだだ。
「何人か絞れたよ、後はもう少し調べてからかな」
眼鏡の位置を整える新縁
「久光も早く見つけなよ」
「僕は結構選り好み激しいからねえ。僕のメガネにかなう子はいるかな」
「ほぉう。なら、メガネをかけた上で現状新入生から選ぶとしたらどうする?」
新縁がクオンを試すように尋ねてくる。
「首席の花海咲希、中等部で歌姫と呼ばれた月村手毬。このふたりは実力もあって育成するとしたら安牌だろう」
「地道に伸ばせばいい花海さんはともかく、月村さんを出したのは? 悪評問題もあるけれど」
「悪評に意味なんてない。バツではないからな」
「確かに、彼女の歌にはそれだけの魅力がある」
「あとは藤田ことねに……
成績を残して学校から怪しまれずに世界を探る時間を作れるとしたら、という邪推込みではあった。
けれど、見通しは間違っておらず『同意見だ』と新縁は頷いた。安心したような顔つきだ。
「……どうした。どこかホッとしてみたいけど」
「え? そうか。そう見えるのか」
怖さも見え隠れする凛々しい顔つきが一瞬見せた朗らかな様が、自覚とともにうちに潜めて震えになった。その震えを手で包み隠した。
「いい女でも見つけたのかな」
「そう……かもしれないな。いた気がする。それよりも今の久光を見て安心したよ」
「どういうことかな?」
「最近、上の空なことが多かっただろ。あさり先生の授業でもぼんやりとしてたし。資料室で擦り切れるぐらい観察したライブ映像とか学園のパンフレットを今更見返してたし」
「プロデュース前だから初心に戻りたくてね」
この世界の元凶である【テガナグール】がどう出てくるか分からない以上、今は学生として手掛かりを探すほかない。学生として問題なく動けるようにしたかったのだ。
前の世界ならばもっと大々的に動けたのだが––––なくなったものは戻らないのだから仕方ない。
「久光も早く推しを見つけなよ」
「推し、ね……」
ふと、花束女が作り出した青い祭壇を思い出して鼻で笑うのを堪えながら尋ねた。
「成績と将来のためだろ。そこまで本腰を入れてプロデュースする意味はないんじゃないかな」
「そうか? 俺たちのプロデュースは上から見繕われた相手にするものじゃなくて、この学園で自分が見つけた子にするものだぞ。せっかくなら一番可愛い子を全力で推したいだろ」
「一番可愛い、ね……」
(まっ、愛想もない吠じゃ厳しいかな)
腑に落ちない想いは推進力のないボートのようで、何処に流れていくか自分でも予想できなかった。気ままに選んでしまえばいい。どうせ、世界を壊してしまえばここでの記憶など自分以外、忘れてしまうのだから。
誠実さも、真面目さも、何も意味がない。
「見つけてみせるよ、プロデューサーだからね」
クオンは燻み続ける思念を慣れた微笑みで覆う。
だからこそ、聞こえてきた愛らしくも地ならしのような響きのある声はクオンの頭を揺らす。
「す、すみませ〜〜〜〜〜ん!」
よく通る大きい声。ふたりは思わず視線を声の持ち主に向け––––持ち主である少女も焦燥を宿した瞳でふたりを捉えた。人型新幹線じみた速度の少女は二人の前で急ブレーキをかけると、声を張り上げて尋ねる。ふたりが答えてくれると確信しているかのような声色だ。
「入学式ってもう始まっちゃってますか!?」
始まってるどころか終わるところだが。
クオンは聞かれるや否や、そう言い返そうとしたが飲み込んだ。
『もう終わる頃だと思います』と新縁。
絶叫をあげながら少女は頭を抱える。あどけない仕草と燦々とした曇りのない瞳からして、発育だけ良い幼女のようだ。
「うひゃ〜入学式当日から大遅刻! 失敗したぁ〜! どうやって合流しよう」
「もう少ししたら一組から順に出てきますから、そのタイミングで紛れればいいよ」
「それです! ナイスアイディア!」
見かねたクオンが口からフォローが衝いて出る。
「…………」
自分の唇に指で触れた。
想像していたより乾いている。
少女は、ありがとうございますと、感謝を告げてから思い出した。
「ああっ! 申し遅れました! あたし、アイドル科の新入生、
佑芽はふたりに––––微かにクオンの方を向きつつ––––微笑みかけた。純朴な笑みを受け取るふたりだが、佑芽が気づかないほど小さなアイコンタクトをかわす。
『花海佑芽、入学者一覧にいたか?』
『いいや。あのリストの中にはないな』
『それに花海っていうのは』
生まれる疑念を抱えながら、新縁はポケットから一枚の紙を取り出した。
「こちらこそ、はじめまして。……こういうものです」
「おぉ〜、プロデューサー科の方だったんですね〜!」
プロデューサー科の生徒ならばクオン含めて全員が持っている名刺。学生プロデューサーが学生アイドルをスカウトする際に使用するため、学園から支給されているものだ。
社会科見学で大人から名刺を受け取った小学生のような反応を見せる佑芽は、良いことを思いついたように『そうだ!』と特別満開の笑みを浮かべる。
「あたしをプロデュースしてくれませんか!?」
「––––唐突ですね」
「はいっ! あたし、アイドル初心者なので! プロデューサーさんが一緒にいてくれたら心強いなって!」
「初対面の人間に頼まずともよいのでは」
クオンとしても新縁の意見に賛成だった。クオンのような部外者はともかく、この世界が紛い物だと知らない者たちにとっては普通の日常。アイドルの卵の立場で、無闇に自分の行く末を支えるパートナーを選ぶのは愚かだ。
本当に使える相手かどうか吟味する時間は多少なりとも必要だ。
「せめて教材を受け取ってからにした方がいい」
それでも佑芽は首を横に振り、クオンを見ていた。
「あなたが良いんです! 直感なんですけど、この人なら私の力になってくれそうだなって!」
ああ––––分かる気がする。
手のひらの中の冷たさが憎々しい。
「そうか」
「だったら!」
「ところで––––」
会話を遮りながらクオンは取り出したスマホを操作すると、画面をスクロールしながら確信を得る。そして画面を佑芽にむける。
「お名前が生徒名簿に載っていないようですが」
プロデューサー科の生徒に配布されるのは名刺だけでなく、アイドル新入生たちの名簿も含まれる。名前の羅列をてっぺんから底まで見ても佑芽の名前は見つからない。
指摘に佑芽は胸を張りながら答える。
「ふふふっ! それはきっと、入学試験の成績がギリギリで補欠合格だったからですね!」
「そうですか」
クオンは会釈だけしてスマホを操りながら立ち去り始める。突然の退場に眼を見開く佑芽と新縁。
「ちょちょちょちょちょ! ちょお〜〜〜〜っと待った!!」
フリーズから立ち直った佑芽はクオンの行手を塞ぐ。
「確かにあたし、歌もダンスも筆記もスピーチも、ちょっぴり……いいや! かなりダメダメだったかもしれません! でも! 試験では測れない、すっごい実力の持ち主かもしれないじゃないですか!!」
「知ってるよ。キミみたいな子は」
佑芽の大きく見開いた瞳は喜色ばんでいる。クオンと視線を絡め合わせる。
何も知らない子供の瞳。
まだ誰にも、どの大人にもどんな世界にも汚されていない光。
「……わたし、勝ちたい人がいるんです」
意を決した言葉だった。
それでも、届かない。
「そうか」
まだ燻んで見える。
全てに灰色が積もっている。気を抜けば無色に落ちる世界では、目の前の少女ですら色が落ちることにクオンは内心で肩を落とす。
「別のものにも興味が湧いた」
「え?」
クオンは佑芽の脇を抜けて歩き去っていく。
好感触だと思っていた佑芽は、遠ざかるクオンの黒い背中と入学式に相応しい晴れ渡る青空を交互に見てから、事態を理解して、
「ええええええ〜〜〜〜〜!!」
驚愕が口から堰を切って流れ出した。
大音量を気に留めないクオンに、慌てて追いかけてた新縁は横に並ぶと同時に問いかける。
「いいのか久光? 鈍臭いのは間違いないが」
「新縁も引き留めなかったじゃないか」
「それはそうだけど」
つまり、双方とも花海佑芽というアイドルにグッと心を掴まれなかった。けれども、ふたりのメガネが曇っていたわけではない。
「走ってきた時のフォーム、体幹。よく通る溌剌としたいい声。おまけに声に合う愛らしい容姿。技術を抜きにすれば、アイドルの卵としても見てもかなりの上物だ」
「面接をしたであろう学園長が補欠合格として残していたのも頷ける」
「さすがはアイドルの名門校。目利きは確からしい」
「物好きで有名な学園長のことだし……補欠っていうのも建前上なんだろうな」
それでも、ふたりは選ばなかった。
何故かと問われたとしたら、それは【推し】ではなかったからだろう。
「久光が選ぶとしたらどんなアイドルだ?」
「そうだね……」
クオンは唇を一度縫い付ける。
連想したのは紅だ。
✖︎
舞台での代表挨拶が終わり、入学式もひと段落。クラスごとに教室へ戻る途中のことである。
少女は真っ直ぐ前を見ていた。
自分を祝福するブーケのような桜の花びらたちを横目にしながら胸を張って歩いている。憧れたもの。今まで自分が持とうとして来なかったものを掴むことを歓迎するようなピンクの風。
その行き着く先の地面で、花海咲季は見た。
重なっている桜の花びらの絨毯で一点だけ不自然に盛り上がっている場所がある。その下で何かが光っている。自らを主張するように光を放つ。
人の波から外れて花びらを退ける。
そこにあったのは––––
「……指輪?」
オモチャとは思えない金と赤、そして黒で彩られた仮面を模した指輪だった。力強い輝きの指輪に咲季は見惚れつつ、自分の左人差し指に嵌める。
「かっこいいじゃない!」
神様から祝福だろうか。
綺麗な指輪は
「また後でね」
試しにつけた指輪を外した咲季は、スカートのポケットに仕舞い込んむ。
皆さんの興味について聞きたいです
-
学マスもゴジュウジャーも知ってる
-
学園アイドルマスターだけやってる
-
ゴジュウジャーだけ見てる
-
どちらも知らない