世界は羅列の中にある。物理現象、感情、姿見形……無数の記号から構築されたコードによって可視化されたものが世界となる。
人が手に握る小さな箱。
電子情報の塊である精密機器もまた、世界を形作るもの。無数のコードの中、より肥大化するものが欲望だ。
「アイツ、彼女できたの嘘らしくてほんま気分いい。ざまあ」
「『俺ってめちゃくちゃ仕事するよね!』うるせえ、知らねえよさっさと家事手伝え。働かざるもの食うべからず、いつも遅くなりやがって」
「いまさら失望すること? 元々承認欲求の塊じゃん」
潜れば潜るほど、暗闇は濃くなる。
どす黒い質の想い。
良い……良い……酔い……酔い……酔い……並ぶ言葉が狂い出す。病気の子供のように記号の節々が震え出す。騒いで、増えて、まとわりつく。
『ナンバーワンになりたいか』
病的なまでの泥たちが溢れ出している。
✖︎
入学式後、担任の教師からの説明を経た
今は席に腰を落ち着かせて、教壇に登っているクラスメイトに視線をストレートに投げかけている。
「
投げられた視線の芯を捉えて投げ返すのは、おちゃらけた軽い雰囲気の少女。唇にルージュ、爪にはマニキュアなどをつけた俗に言うギャルの風体そのものだ。
教壇を降りて席に着くまで人一倍明るい笑顔を保ち続けている。そのおかげか、クラス全体が光が灯っているような雰囲気になっていた。
けれども、続く少女たちが悪かった。
清夏の胃に悲鳴をあげさせたのが三人。
「
(うお―……カンジ悪っ!)
顔がいいだけに非常に残念だな、愛想良くした方がいいのに、と思う清夏は手毬が周囲に視線を配っているのに気がつく。けれど、クラスのうち数人にだけ渡されたもので、手毬の意識は清夏や咲季に向くことはなかった。
意識的に無視されたことに気がつくのに時間は必要ない。
人当たりはよい方だと思っている清夏でも、露骨に除外されると腹立たしくなってくる。
だからといって表に出すのは違うのだ。
入学式の賑やかな雰囲気を一掃し、険悪な空気になってしまったクラスの中、何人かの自己紹介が進むと、突然ダンッ!と大きな足音が鳴る。クラスのほぼ全員が新たに教壇に立った少女に意識を集中させた。赤い髪がより一層眼を惹きつける。
クラスの視線を受け止めるのは咲季だ。
「花海咲季よ! 目指すのはもちろんトップアイドル! 入学試験首席のこのわたしが、新入生を代表して宣言するわ。内部進学組だからって、偉そうにしないでよね。すぐに実力で黙らせてやるんだから!」
(なんで売り言葉に買い言葉で返すかなァ!?)
雰囲気の悪化で胃がキリキリと裂かれる気分になる清夏が、問題の発端である手毬を横目で捉える。手毬の耳には届いていないのか、彼女は考え込むように窓の外を見ている。清夏からでは窓に映る彼女の顔すら見えない。
どこ吹く風の態度が余計気に食わないのか、咲季はムキいと効果音が強くな面持ちのまま席に戻った。道中、手毬は咲季からの敵意に気づかない。
けれど、張り詰めた雰囲気を和ませるクッションがあった。
「も〜、初日から喧嘩とかやめな〜。せっかく同じくらいクラスになったんだから、仲良くしよー。ね〜? あたし
クッションよりも寝具が正しい。
取り繕うつもりのない眠気がこもった声がふんわりとクラスの空気に染みていった。清夏もその声に身を預けるようにバチバチと火花を散らすクラスから目を背けたかった。
そうして、1年1組の自己紹介が終わり、放課後になった。
「クラスの雰囲気が最悪でーす」
清夏は頭を抱えつづけていた。
「月村手毬!」
クラスに怒号のような呼び声が響く。身支度をして席を立った手毬を咲季が呼び止めていた。
「なに?」
「私と勝負しなさいッ!!」
ずっと無視され続けて苛立ちが止められない咲季だが、手毬は顔を赤くする彼女の両頬を指で押してから円を描く。
清夏は思わず、うわー……と引き攣った声を漏らす。
「頬を赤くして……小猿みたいだね。いいんじゃない? そういった需要もあると思う」
「な、なにをぉぉぉぉぉ!? あなた! さっきから私を無視したり馬鹿にしたりばっかして!!」
「無視ってなんのこと? 意味わかんない。じゃ」
「ちょっと待ちなさいよ!! 逃げるの!?」
「貴方と戦うよりやることがあるから」
(ありゃ……本当に聞こえてなかったやつだね、あれは……)
かなりの声量だったのに本当に聞こえていなかったとは思わず、清夏含めて他のクラスメイトたちも驚いていた。
咲季を放置して手毬が向かった先は、おねむなことねの席だ。
「………………ふぉぁぁ……………ねむ」
「ねえ、藤田」
「ありゃ、お意識お高い月村さん……どうしたの?」
「ッ。あのさ––––」
「はぁ……? 知らないよ。てかあんたら、ふたりだけだろ」
「………もういい」
手毬は鼻を鳴らしてから別の生徒に近づいた。他数名のクラスメイトと話していたが、殆どが怯えていたりして碌な会話になっていないようだった。不思議だったのは話した全員から首を傾げられたあと別れていることだった。
「ふぁ……」
ことねは机に置いていたペットボトル【初星水】を飲んでからヨロヨロと立ち上がった。
なんで三人とも煽り合っているんだろう。
自己紹介で清夏が警戒した三人。
1年間、この中で過ごすのはつらい。
清夏の中にあるギャップも原因だ。初星学園のクラスはアイドル科の生徒とって事務所みたいなもの。可愛いアイドルたちが和気藹々にぎやかにしてるイメージがあったが、入学早々打ち砕かれてしまった。
「なにこれ??」
「結構危ないクラスかもね……」
「ねえ……」
「むかつくぅ……」
清夏は近くの席の子達と話しながら現状を憂う。
「みんな〜! ちゅうも〜〜〜く!! 今日これから! 1年1組の懇親会やりまーっす! 全員参加で! よっろしくー!!」
立ち上がった清夏の温かい声がクラスに満ちる。けれど、そのぬくもりに触れる前にガラリっとドアが開いた音がした。
「付いてこないで」
「ついてきてるのはあなたでしょ。わたしは自主練するだけだもの」
「は? 私の方が先なんだけど」
咲季と手毬はケンカしながら教室を出ていく。
「ほんっとごめん! バイトあるから無理〜〜!」
ことねは手を合わせてみんなに謝りながら咲季たちとは別のドアから、眩しいほどの金色の髪を散らしながら駆け足で出ていった。
(おっとぉ〜、手ごわぁい。ネックはやっぱり、この3人かぁ〜〜〜〜)
自己優先組をどうにかしてクラスに馴染ませる。
でないと、自分の明日が暗雲立ち込めるものになってしまう。
「よぉし……作戦練るか……」
一緒に作戦でも練ってくれる人が居たら楽だが、周りを見渡せばぎこちなく笑うクラスメイトたち。
清夏の背中を預けられる友達はまだいないのだ。
(咲季っちと手毬っちの方が仲良く……はないか)
そのふたりはアイドル科教室のある棟を抜け出して、レッスンルームのある特別教育棟へ向かっている最中だった。
「花海はいつまでひっつくつもり」
「月村が首を縦に振るまでよ。まさか内部進学組を誇ってるあなたが、外部のわたしに怖気付いてるわけじゃないわよね」
「そう見えるとしたら、お母さんに目玉を作り直してもらったほうがいいと思う」
「ホント次から次に嫌味が出てくる口ね!」
追いつけ追い抜きを繰り返して、ついに咲季が手毬の正面に躍り出た。
「そこまで言うなら当然! 勝負を受けるわよね!」
指をさして問いかける咲季に、手毬は訝しむ面持ちで返す。
「……貴女もナンバーワンになりたいの?」
「あったりまえでしょ! やるからにはナンバーワンになってやるわ!!」
けれど、アイドルである私たちにはトップアイドルや
「……仕方ない」
ついに根負けしたらしい手毬は視線をかえずに、視界に現れた男性に眼をつける。ブリーフケースを片手に歩く黒いジャケットを羽織った青年。
「そこの人!」
声を聞いた男性は周囲を見渡して、自分が呼ばれていることに男性は進路を微かに変えて手毬たちの方へと歩いていく。
「いまプロデューサー科の棟から出てきましたよね!」
「ええ。逆スカウトですか?」
「違います」
男性の冗談をバッサリ切り捨てた手毬は続けて話す。
「これから彼女と勝負をします。その審査をお願いしたいんです」
手毬の視線を追って男性も首を動かす。咲季を捉えて男性はもう一度手毬を見てから咲希に視線を戻した。
「いいですよ。それで勝負の内容は?」
手毬は咲希に振り返ったまま何も言わない。
あなたの得意分野でやってあげる、と言いたげな態度に咲季の闘争心は炎を燃え上がらせる。
「月村手毬! あなたの得意分野は?」
「そっちの得意分野でやってあげていいよ」
「月村さんの得意分野なら歌唱ですね」
「ちょっと!?」
「なら歌唱バトルね! 見てなさい月村手毬!!」
「せっかくですから、ダンスも込みで行きましょう」
不服そうな顔で男性を見つめる手毬はため息をついてから、咲季を見下ろす。
「はぁ……井の中の蛙だってこと、教えてあげる」
火花を散らし合う二人の中で男性だけは、『分かりました。では、こちらに』と冷静に二人を導いた。
「そういえばプロデューサーさん。あなた、名前はなんて言うですか」
「クオン、といいます」
「外国の人……には見えないけど」
「諸事情によりこちらを名乗っています」
軽く自己紹介をした男性––––
それをレッスンルーム備え付けの設備に繋ぐ。
「では、楽曲は【
「ええ!」
堂々としている咲季は、その自信のまま【初】を歌い出す。自身に見合った歌声はなるほど、流石は学年首席に選ばれるだけあるものだ、とクオンは咲季の振る舞いに意識を傾ける。
外部入学者。つまりアイドル未経験というには信じられないほどには、振り付けに迷いがなく、声も堂々としている。
「…………」
歌い終えた咲季に、軽い拍手を送るクオンは感想を述べずに口を動かす。
「続いて、月村さん」
呼ばれた声に頷いた手毬は澱みなく歌い始めた。
あ、と小さな声が咲季から溢れる。
歌い出した当初は集中していたクオンは次第に聞くことをやめる。意味がないことだと理解したからであり、ただ嘲りを殺した横目で咲季を見る。そんなクオンの冷笑など気づくことなく、咲季は手毬が歌う【初】の響きに聴き入っていた。
––––––まるで質が違う。
歌い終えたふたりに視線を配るクオン。
特に咲季への視線は長く注がれ、その意味は向けられている本人が一番分かっていた。
「ええそうよ! わたしの負けよ!」
「そう」
「悔しいいぃぃぃぃ!!!」
咲季は盛大に騒いで悔しがる。
けれど、ふたりが想定していた爆発とは違う。もっと憤りを見せるかと思っていた手毬とクオンだったが、瞬間、花咲くように笑う咲季を見て表情を少し変える。
「凄いわねあなた!」
「……そう」
「あっ、え?」
苛立ちが反転した純粋な尊敬に手毬は少し頬を赤く染めながらも、すぐに火照りを消してクオンの前に立つ。
「お聞きしたいことがあるのですが」
「なんでしょう」
「……?」
咲季はむっ、と頬を膨らませるが真剣な様子の手毬を見て口を出すのを控えた。数回手毬とクオンが言葉を交わすと、彼女が落胆したのが背中を見てるだけでも分かった。
「そうですか」
「ちょっと、自主練しないの?」
「そんな気分じゃ……なくなったから」
短く礼を告げて頭を下げた手毬は足早にレッスン室を去っていった。手毬を見送ったクオンは和かな顔で咲季に目を合わせる。
「ところで、花海咲季さん」
「……なによ」
「いい負けっぷりでしたね」
「あなたもだいぶ腹立つわね」
けれど、負けてしまった以上強く出れないのは事実。
「ですが、花海さんにとってはいい経験だったのでは? 歌唱力でいえば、学園でもトップクラスの月村手毬と早いうちからやりあえたんですから」
「月村ってそんなすごいの」
「ええ。中等部の時点でその実力は学内外に広がっていたそうですから。未来のトップアイドル候補、として」
「……そういえばユニットを組んでたって言ってたわね。すごい実力者なのね、面白いじゃない」
自己紹介の時の文句を思い出して、その言葉に偽りがないのだと咲季は体で理解した。クオンのいう通り、得した気分だとも言いたげな笑顔のままだ。
次は勝つ。
「ところで、クオンさん」
「なんでしょうか」
咲季は真っ直ぐクオンを見据える。
「どちらの方をプロデュースしたくなったかしら?」
「バレていましたか」
「これでも元アスリートよ。選手の
クオンは小さく頷きながら納得する。
「月村を追いたいなら早く行きなさい」
「いいえ。必要ないでしょう」
「あら、ならわたし?」
「そうでもありません」
首を左右に振り、興味なさげな暗い瞳で手毬が出ていった扉を見る。
「あの焦燥具合では彼女に手をつけようとするプロデューサー科の生徒は殆どいないでしょうから、慌てず吟味しようと思います」
「……それ、遠回しに私もプロデューサーが付かないと言ってるようなものよ」
「ええ。生半可な生徒では、貴女の実力を頭打ちにしたまま終わるだけでしょうから。貴女自身が断りますよね」
クオンの物言いに咲季が眉を顰める。
「私の悩み、知ってるの」
「アスリート時代からあなたは常に競技を転々と渡り歩いてきていた。惜しまれる声も多かったでしょう。でも、全ては花海さん自身が限界を感じていたからやめていた……それはすぐに成長が止まるから、というのが実情でしょう」
クオンは感情の起伏を見せることなく事実を滔々と語り続ける。
「そして今アイドルとしての実力も、全体的に高水準と呼べるレベルにある。事実、先ほどのバトルでもボーカルを除けば月村手毬にも引けを取らない。けれど、その既にその実力も頭打ちになってしまっていますよね」
「正解よ。本当によく調べているのね」
「プロデューサー科の人間なら当然ですよ」
他人の身辺や口にしたことのない悩みまで知り尽くしておいて、平然とした顔をしないでほしい。ストーカーとしか思えないほどで微かに怖い。
それでも、調べたくなるほどの魅力があるのね、と咲季は自信のある態度を崩さない。動揺をこの男に見せたら負けだ、とすら感じて全身に気を巡らせる。
レッスン室に傾いた陽の光が差し込む。クオンの暗い瞳が陽光にあたり悠然と煌めく。
その顔は先ほどの平坦な顔つきとは異なり、本人の好奇心がほんのり香り立っている。
「ところで、先ほど呼ばれる前に【ナンバーワン】と聞こえましたが」
「別におかしな言い回しじゃないでしょ」
「聞きたいのはそこではありません」
クオンは一歩、また一歩と咲季に近づき、鼻先が掠り合うほど近い距離まで寄る。咲季の力強く伸ばしていた視線が揺れる。
齢、16歳。今までの人生で、ここまで妖しげな雰囲気を纏う整った容姿の異性が目と鼻の先にいる経験が皆無である咲季は少し、けれど確かに緊張していた。
その緊張はクオンの言葉で様変わりする。
「あの
全身を縛り付ける鎖となっていた。
「さあ? 貴方はどんな気分だと思うの」
咲季は笑いながら暗い瞳を見る。
数秒だけ見合わせて、クオンの肩横を素通りする。
「プロデューサーなら調べてみなさい」
重い脚を引き摺りながら咲季もまたレッスン室を後にした。
✖︎
独りきりになった
「テガナグールのやつ、この箱庭で何を企んでるのか知らないが……随分と弄っているらしいな」
設備から切り離したタブレットの上で指を滑らせる。表示されたのは写真と個人情報が記されたレポート。花海咲季、花海
そして、手毬の備考欄の文末に『世界再生成の影響あり』と書き足した。
クオンはタブレットをケースに仕舞う。
ポケットの中にある【テガジューン】の指輪を取り出した。部屋の照明に照らされて真珠色に輝く指輪は美しい。見かけだけは流石の機能美だが、見ているだけで気分が悪くなる。
その反吐が出るほどの輝きは、ただ照明を照り返しているだけではなかった。
「……?」
光が止んだ。
なにかが離れて、光源を失ったかのように。
指輪が何かを求めているようだった。
––––この呪いの指輪は、何を欲している?
皆さんの興味について聞きたいです
-
学マスもゴジュウジャーも知ってる
-
学園アイドルマスターだけやってる
-
ゴジュウジャーだけ見てる
-
どちらも知らない