なぜなら俺は、   作:フェイクライター

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 妹に追いかけられながら、ナンバーワンを目指すのはどんな気分?

 

 投げかけられた問いに花海(はなみ)咲季(さき)は答えを出さずボーカルレッスンルームを出ていた。捨て台詞は、プロデューサーなら見抜いてみろ、とちょっとした挑戦状のつもりだ。

 けれど、その挑戦は容易く破られるだろう。

 咲季には予知めいた直感があった。嬉しい気分だ。妹の成長を間近で感じられて楽しい。姉としてこれほどの喜びはないんだ。いくら言い連ねても、自分の黒い部分をすでに知っているかのような暗い瞳には、なにも意味がない気がした。

 問いかけてきたあの一瞬に見せた、光を求めるような生気のない瞳。

 初対面の人間に怯えるなんて––––怖がっているのか?

 自分は誰を怖がっているのだろうか。

 息がしづらい。

 微かに顔を上げると入学式の日にピッタリの快晴が目の前に広がっている。なにより中庭を照らす陽光がまぶしい。世界の明るさと比べると自分の気持ちがいかに沈んでいるか分かる。

 たかだが、初対面の相手に問いかけられただけなのに。

 

「あっ、いた!! おーい、咲季っち!」

「……? あなたは」

 

 人混みの中にいても通りそうな明るい声がしたから、持ち主を探してみるとオレンジ色の長髪をはためかせながら紫雲(しうん)清夏(すみか)が駆け寄ってくる。

 

「咲季っちってなに?」

「いいじゃん。クラスメイトとして連れ添って行く仲なんだし、咲季っちもアタシのこと清夏って呼んでいいし」

「そう。清夏」

「なになに」

「あなた、結構いい脚してるわね」

「え!? いきなりセクハラ!?」

「わたしにそんな趣味はないわよ」

 

 学園から渡されている制服を身につける咲季は清夏のものと見比べる。本来より丈の短い彼女のスカートは、高身長からくる脚の長さ、鍛えられた左右対称で美しくしなやかな筋肉を隠すどころか見せつけていた。

 発育のいい脚を見つめながら咲季は、むむむっ、と唸る。

 

「以前どんなスポーツやってたの?」

「踏み込んでくるねー……」

「やってなかったらここまでいい脚にはならないわ」

「まあ、色々やっててね」

「うーん、よかったら勝負しない?」

「何かにつけて勝負しようとするのはなんなの」

「勝負は挨拶よ! 相手を知るにはもってこいだもの!」

「野蛮人かな?」

「野蛮人ってなによ!?」

「あはは、ごめんって」

 

 目を細めて威嚇する咲季は肩を落として力を抜くと、話の軌道を戻す。

 

「で、清夏は何しに来たの」

「咲季っちも寮生でしょ? なら一緒に帰ろうと思って」

「なるほどね。いいわよ」

「えっと……手毬っちは?」

「さあ? 私と勝負したあとどこかに行っちゃったわ」

 

 咲季はプロデューサー科の人間であるクオンと会話した後に部屋を出たが、手毬に比べてだいぶ遅くなかったわけではない。にも関わらず、咲季は清夏に会うまで手毬の背中を見つけることはなかった。

 

「どっちが勝ったの?」

「月村」

「負けたんだ」

「次は勝つ。でも、実際凄かったわ。人の声って、ここまで出来るんだなって感動しちゃったもの」

「へえー、1回 なまで聴いてみたいな」

 

 清夏は残念そうにこぼす。

 

「今日は諦めるしかないか」

「貴女、まだ親睦会やるつもりなのね」

「当然。咲季っちとっても悪いことじゃないと思うよ。今後はクラスで戦うこともあるかもしれないし」

「……そうね。月村とも協力できた方が勝ちに近づけるでしょうし」

(おっ、思ったよりも好感触かも)

 

 今日の放課後開始よりは打ち解けている咲季。その様子に清夏は微笑んだ。

 

「でもわたし、放課後は走り込みとかレッスンをするつもりよ」

「アタシたちってオリエンテーションが終わるまで明確にレッスンってなくない?」

「自主レッスンよ。時間を予約すれば部屋も借りられるだろうし」

「アイドル初心者のアタシたちに部屋が渡ってくるかな? まあ、プロデューサーがついたら違うんだろうけどね」

「プロデューサー、か」

 

 アイドルを目指す学生にとって、まず最初の関門がプロデューサーを得ること。プロデューサーがつくだけで学生アイドルが受ける恩恵は計り知れない。

 第一に活動拠点として事務所になる教室が与えられる。

 第二に作曲家等のアイドル活動に関わる人たちとの橋渡しになってくれる。ライブをするにも欠かせないパートナー。

 第三に奨学金制度が通るようになり、学生生活を学園がサポートしてくれるようになる。

 その他、アイドルの体調やメンタル面などの管理もしてくれるなど、プロデューサーがついて得はあれど、損はひとつもない。

 なにより、この学園のトップアイドルの称号【一番星(プリマステラ)】を得るのには必要不可欠。

 初星(はつぼし)学園のプロデューサー科制度を思い出しながら、咲季は暗い瞳を連想する。

 

「もしかして咲季っち、もう声かけられた?」

「入学式前にも何人もね」

「さすが学年首席!」

「ふへへっ、そうでしょ〜〜!」

 

 実際、咲季はすでに多くのプロデューサー科の人たちから声をかけられていた。学年首席という期待の新人を逃す人などそうはいない。

 

「声をかけてくれた誰かと契約結ぶの?」

「う――ん……」

 

 機会に恵まれている咲季は、だからこそ決めかねていた。

 心の中に潜む不安。

 それを言い当てた人物はひとりだけ。

 

「その人たちとは違うけど、眼が確かなプロデューサーはいる」

 

 黒いスーツ姿と赤いネクタイが特徴的で、学生にしては着慣れた立ち姿の男性。異様に周囲から浮いているようにも見えた。

 手毬が声をかけた時、あの時クオンは周囲を伺った。それは他にもプロデューサー科の生徒は出てきていたのに、手毬の声はなぜかその人物に向けられたのだ。そして、咲季の意識も同様だった。

 妖しい男。

 

「清夏は?」

 

 咲季は闇色の瞳から目を背けて、清夏に尋ねた。彼女は手を胸の前に持ってきて、あっけらかんと笑いながら左右に振る。

 

「ないない。まだ入学式当日だよ? これからゆっくりやっていくよ」

「のんびりやってたらトップアイドルになんてなれないわよ」

「べつにトップアイドルだけがアイドルじゃないしね〜」

「だったらなんで初星に来たのよ。やるからにはトップを目指す! それが普通の心意気じゃない」

 

 やる気のない答えに咲季はわずかに目を細める。

 

「なんでって、それは––––」

 清夏の全身が数秒フリーズしたように硬直した。それは本当にわずかな間の出来事で、どうしたの?と問いかける前に清夏は答えを出した。

 

「アイドルになるって言ったらこの学園だし。可愛い子多いからね〜」

「確かにそうね」

「おっ。もしかして咲季っちもその口かー?」

 

 ぷにっと頬を指で触られる。

 

「ほれほれ、誰が好きだ言ってみろー! 十王会長かー?」

「ちょっとやめなさいよ」

 

 咲季の頬を突く清夏は先ほどの動揺などなかったかのように笑っている。だから咲季はもう踏み込まないことにした。

 他人がとやかく言うことではない。

 清夏の魔の手から逃れるため離れた咲季は、スカートが不自然に盛り上がっていたのをみて、何が入っているかポケットに手を入れる。

 紅い指輪だ。

 

「そうだ。これに届けてくるわ」

「なにそれ、指輪?」

「入学式のあと教室へ戻るときに見つけたの。誰かの落とし物かもしれないし」

 

 咲季は仮面を模した紅い指輪を清夏にも見えるように手のひらに持つ。ふたりは指輪を食い入るように見つめる。

 

「なんか、犬みたいな耳あるね」

「犬というか……狼?」

「こんな指輪、売ってるところ見たいことない。……新刊のファッション誌には載ってるのかな」

 

 清夏はスマホを取り出して指輪を撮影すると、そのデータを基にしてネットで検索をかける。ヒットはゼロ。特注の指輪かもしれないと考えるが、デザインからしてアイドル科の生徒がつけるにしては厳つい面の指輪である。

 カッコいいのは確かなのだが。

 

「放送室に行ってみようよ。失くした人が聞いて取りに来るかもしれないし」

「いいアイディアね! 早速行ってみましょう!」

 

 紅い指輪は、ただの紅い指輪だ。

 拾った時、微かに光って見えたのは気のせいだろう。

 

 

✖︎

 

 

 遠野久光(クオン)はパソコンから繋いだ高音質のヘッドフォンを耳に装着しながら映像を見つめていた。アイドルのライブ映像だ。

 クオンがいるのはプロデューサー科にある資料室。初星学園で過去に開催されたライブ映像やアイドルに関する参考書が仕舞われている場所だ。

 そこには個人用のパソコンルームが10箇所設置されており、そのうちのひとつのドアに遠野(とおの) 久光(ひさみつ)の名札がかかっていた。

 

(……花海姉妹。片方は早熟型、もう片方は大器晩成型。花が咲いたときの周囲からの賞賛は後者が上だろう。勝算も後者の方が高い)

 

 クオンはまずプロデューサー科の生徒としての周囲からの目でものを考え始めた。

 

(僕がプロデュースした花海佑芽なら、問題なく一番星(プリマステラ)とかいう称号に辿り着く。)

 

 パソコンが置かれたデスクには花海咲季と花海佑芽(うめ)に関するデータが置かれていた。その下にはクリアファイルがあり月村手毬、藤田ことね、紫雲清夏、3名のデータも入っている。合計、5人分のプロデュースプランがデスクには広がっていた。

 ここまではプロデューサー科 遠野久光の視点。

 

(問題は時間だ。花海佑芽はスタートダッシュが下手くそ……この世界の情報を調べるために使える暇がなくなるかもしれない)

 

 外部世界からの観測者気分でクオンは言う。

 素直な話、アイドルもプロデューサーもどうでもいい。けれども、この世界でクオンが与えられた役割と、この学園に【テガナグール】が潜んでいることを考えれば、学園内を調べるにはここの生徒の身分は確保しておいた方がいい。

 

(だとしたら、やはり花海咲季か? 幸い、奴の性質と僕の技術は相性がいい。奴なら僕がかかりっきりにならなくても自分で動ける……このアイドルの映像は使えるな)

 

 クオンは考えながら見ていたライブ映像を別のデータバンクに抜き出す。息を大きく吐いて、パソコンチェアに背中を預ける。

 

「今日はこのくらいか」

 

 ヘッドフォンを外してバックにしまうと、コンコンッとドアを叩く音がした。

 ドアを開けると、そこにいたのは新縁(さらえ) (きよし)が立っていた。

 

「今日もここに篭ってたか」

「新縁か。何しにきた」

「死んでないかの確認」

「ハッ。ぬかせ」

 

 クオンは肩を回して窮屈さに嘆いていた腕を慰める。まったく背中に違和感のない身体に不気味さを感じる。まるで自分の体ではなくなったかのようだ。

 世界が書きかわったのだから間違ってはいない。

 自由という薄気味悪さを感じながらクオンはバックからディスクを取り出す。

 

「いい機会があってな。現状の花海咲季と月村手毬のデータを手に入れた」

「おっ。サンキュー」

「新縁が薦めるライブ映像は役に立つものばかりだ。その返し」

「ならありがたく」

 

 眼鏡を指で軽く押し上げた新縁はクオンからディスクを受け取り、中に入ろうとしてくる。クオンは手で制止した。新縁は訝しんだが、デスクに顔写真が載った用紙を見て、くるりと背を向けた。

 プロデュースプランを奪い取ろうとする無粋な考えは新縁にはないらしい。

 

「僕のプロデュースプランだよ。見なくていいのかい?」

「久光の嫌味なプロデュースより俺のプロデュースの方がいいからな」

「僕より上手に熟せるやつなんていやしないよ。僕はなんでもできるからね。それと、久光じゃなくてクオンって言いなさい」

「久光は何にかぶれたんだよ」

 

 クオンはデータを片付けて、使っていた資料の半分を新縁に渡す。

 恩の売り買いは大切だ。お互い、協働できるところはキチンと割り切るのが仕事だ。

 手分けして返却を終えるとふたりは資料室を出た。

 もうすぐで日没だ。

 赤い世界。もう少し時間が経てば、あの真っ暗な世界がやってくる。

 

「赤はいい」

 

 最後の希望の色。

 新たに生まれる夢の色。

 そのどちらもが赤色だ。特に最後の色はより強い紅。

 吠の色。

 

「……なんだ、あの人集り」

 

 赤い空に近づこうと窓辺に寄ると、太陽に向き合いながら大勢の生徒たちが集っていた。まるで最後の太陽をこの目で見届けようとする亡者どものようだ。

 その視線は太陽に注がれてはいなかった。

 

犬束(いぬづか)プロデューサー! 私をプロデュースしてください!!」

「いえ! ぜひわたくしを!!」

「違うわよ! アタシをプロデュースしにきてくださったのよ!」

 

 パンツスタイルスーツを着込んだ黒髪の女性が亡者たちの餌らしかった。犬束と呼ばれる女性を求める声は時間が経つほど大きくなり、ヒステリックになっていく。

 

「ああ。アイドルプロデュースの天才か」

「なんだいそれは」

犬束(いぬづか) 静紅(しずく)。いつもニヤニヤしてる変な女……因みに俺たちの同じクラスだぞ」

「へえ、眼中になかったな」

 

 本当に覚えていないクオンは犬束なる人物を見下ろす。右目を前髪で隠されているがそれでも十分容姿が整っているが分かる。彼女単体をアイドルとして売り出しても見た目的な問題はなさそうだ。

 

(性格は悪いな。間違いない)

 

 アイドル志望の生徒たちに手を振る軽薄な微笑み。その縫われ歪む唇の奥は、ひとりひとりの生徒にバツバツバツ! 舌で採点を下している。

 

(でもアイドルのプロデューサーか。ゴジュウジャーの青と面識があったら、慈愛のブーケと絡ませて愛憎劇にできそうだねぇ)

 

 元の世界に戻ったら遊んでやろう。

 温かい微笑みを犬束に投げつけるクオンは、新縁に疑問をぶつける。

 

「僕たちと同じクラスなら入学したばかり、ということだろ。なのにもう噂が立つのか」

「さあ? 高校生の時点で優秀なプロデューサーとしてスカウトされてたとか、海外の大学で経済学や心理学を学んで戻ってきた帰国子女だとかいろんな噂があるけど、だれも知らない」

「日本の学生で海外で飛び級した者の名前に犬束静紅というなかったけどね。有名所だと、ヒロ・シノサワとかだが」

「俺も調べてみたけど、彼女の名前の論文なども出ていなかった」

 

 彼女の噂がハッタリなのか。

 クオンにとって砂よりも価値がないものだった。いずれ結果は出る。それが産業であり、競争なら尚のこと。噂なんて意味をなさない。

 狩るか、狩られるか。

 極論、そこに尽きる。

 新縁も理解していて、楽しむように犬束を見つめていた。

 

「けど、相手が天才プロデューサーだろうと関係ない。俺はアイドルプロデュースナンバーワンになる」

 

 沈んでいく太陽に誓うように人差し指が力強く立つ。どれだけ叩きつけても折れることを知らない若い力を宿した信念だ。赤い夢の色に照らされた青年の意思は燃えている。

 

「プロデューサーでナンバーワンだなんて、随分と変わってるね」

「昔からなんだよ。無茶なことでも懸命に頑張ってる人は応援したくなる。なりたいから成る! ナンバーワンに挑むなんてそれくらいで十分だろ」

 

 新縁の背中を見るクオンは口元をそっと醜く歪ませる。背中の違和感はない。けれど、唇は相も変わらず曲がっている。

 

「俺は、頑張っている人の願いを叶える」

 

 クオンは自らの歪みをしまい込んで、新縁の肩を優しく叩く。

 背を掴まれることのない相手に何を言われたところで恐怖なんて感じない。

 

「挑む人間は大変だね。まっ、頑張りなよ」

「おう。そっちこそ、なんでもできるっていうなら俺に負けるなよ」

「吠え面をかかせてやるよ」

 

 学園生活の中で誰もが想像したことのある学友との1日の終わり。

 クオンは赤の中を歩いていく。

 赤に染まった世界は夢のようだ。

 

『放送部より、再度お知らせしたします。講堂近くで赤い指輪を落とした方は放送室までいらしてください』

皆さんの興味について聞きたいです

  • 学マスもゴジュウジャーも知ってる
  • 学園アイドルマスターだけやってる
  • ゴジュウジャーだけ見てる
  • どちらも知らない
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