なぜなら俺は、   作:フェイクライター

6 / 10
-5

––––ファイヤキャンドル。

 咲季(さき)たちが生きる現実世界を基に生み出された【ノーワンワールド】と呼ばれる別世界の存在。その世界の主である女王【テガジューン】率いるウェディング集団【ブライダン】の幹部。

 直情的で荒々しい男が扱う炎の力は相応に厄介だ。

 

「キャッキャッキャ!」

 

 燭台を模したランスを振るう少女––––四谷(よつや)リリの背後に描かれる炎の円が歪みだすと、業火が彼女の身体を焼き始める。

 狂笑があがった。炎は鋭角に飛び回り、少女を閉じ込める。

 初星学園生徒の証であるブラウスの制服がチリチリと灰として宙へ飛散しながら形を変え、赤茶色やオレンジ、白で彩られた燕尾服としてもう一度少女にまとわりつく。炎を激らせる不吉な風がボブカットの髪を後ろに流し、オールバックに整える。体も再生成され、大きく強く変わる。

 そう、女性的な容姿と顔に刻まれていないタトゥーを除けば遠野久光(クオン)がよく知るファイヤキャンドルそのものであった。

 

「ハッ!!」

 

 燭台型ランスを地面に突き刺し四方で怯える有象無象が離散するとき、破滅の炎が人の形を成して学園に現れた。

 

 

✖︎

 

 

「ぅぅ……うう……」

 

 咲季(さき)が目を覚ました時、不思議に思ったのは地面に横になって倒れていたことだった。なぜ自分は外で倒れているのだろうかと、体の節々が痛むのを我慢しながら上体を起こす。

 

「ぁっ、ああ……?」

 

 まだ夢の中だろうか。

 半壊し煤けた初星学園の校舎があり、まるで爆撃機による襲撃を受けた有様だ。あちこちに校舎だった残骸たちが地に臥せている。どうにか建物の体を保っている部分も爛れた皮膚のようで痛々しい。

 現実感が全速力で手元を離れていく。

 けど、首筋を撫でる熱い風が真実味を強めてくる。

 咲季は慌てて周囲を見渡した。

 気絶する前、咲季と花海佑芽(うめ)は謎の穴に落ちた。その自分が五体満足で倒れていたなら佑芽も近くに倒れているに違いなかった。

 

「うっ、佑芽!」

 

 見慣れた栗色の髪が目に入った。佑芽だ。痛む体に鞭打って駆け寄ると、多少の傷はあるが大きな怪我はしていない自分の妹を見て安堵する。佑芽の口元に耳を近づければ、呼吸も確かに繰り返されている。

 

清夏(すみか)は……クオンさんは」

 

 瓦礫が自分たちに降ってこないか気をつけながら、そばにいたふたりや先に別れた真城(ましろ) (ゆう)を探す。黒煙が邪魔して見当たらない。唯一、散乱する瓦礫の下で血が広がっているのが見えた。誰のものか分からない死の気配がじんわりと近寄ってくる。

 咲季は佑芽へ視線を戻す。

 少し、呼吸が落ち着いていく。

 

「てめぇら、出てきやがれ!!」

 

 その矮小な平静は、乱暴な声と鳴り響く鐘の音で崩される。重なる鐘。古びた時計台が鳴らすような荘厳で不安を駆り立てる音は、ヒトの悲鳴と共鳴して肥大化する。

 黒煙が晴れた先にあったのは地獄。

 炎を操る人間が、鐘を模した頭部を持つ異形たちを従えて周囲の人間たちを襲っている。

 

「あっ、悪魔だ!!」

「誰が悪魔だ!!」

「ひっひぃぃーー!」

 

 聴こえてる悲鳴。

 手から伝わる佑芽の脈の音。

 肺を攻め立てる塵や埃たち。

 微かに匂う佑芽が生きてる匂い。

 混乱と平静が咲季の中で渦を巻く。

 

(に、逃げないと––––)

 

 頭ではわかっているはずなのに、足がすくんで動けない。なぜこうなった。今日は輝かしい未来に向かうための1日だったはずなのに、見上げる空は黒煙が分厚く覆う曇天と気分を害する悲鳴と臭いで充満している。

 

「あっ、いた」

 

 来ないで。

 か細い願いは届かない。

 身の丈に合わなかった燭台型のランスに追いつくほど姿見形が変わり果てた少女だったものは、舗装された中庭に足跡を焼き付けながら這い寄る。まるで蛇ののたくり運動のようにゆらめく足跡。

 散る火の粉が化け物の証明だった。

 

「は〜な、みさーき」

 

 唇を噛んで悲鳴を押し殺す。

 

(逃げろ、逃げろ……!)

 

 身体は答えてくれない。かろうじて出来たことといば、腰が抜けた体を地面に擦りながら化け物から佑芽を隠すことだけ。

 佑芽の肩を叩く。

 冷静になれず何度も叩く。

 

(起きてよ。せめてあなただけでも––––)

 

 そう思った時、息がつまる。

 化け物が目の前にやってきた。

 

「やあ、花海咲季」

「誰よ、あなた……」

 

 上擦った声で問いかける。

 

「ひっっどいなぁ……アンタのクラスメイトだよ。そして本当のアイドルだ。真実ナンバーワンだ」

「はあ?」

 

 意味がわからず、咲季から困惑がもれる。

 

「いやさあ聞いてよ。わたしさ、中等部から頑張ってきたのよ、なんだってやったレッスンも走り込みも歌い込みもなんでもなんでなんでもなんでもなんでもでもみんな認めない!!みんな月村(つきむら)秦谷(はたや)ばっかり!首席だって貴方をちやほやする教師陣プロデューサーどもも!!」

 

 怒りを吐き散らす化け物の眼はギラついて、手負の獣を思わず鋭さがある。

 

「そんな嫉妬で……」

「はあ!? 嫉妬お!私がそんなこと思うわけないだろ!」

 

 化け物はランスを思いのまま振るう。咲季の頭上を炎の斬撃と思える何かが通り過ぎて、数秒後には背後で爆発音が聞こえた。

 遠くで聞こえてきた。

 分厚く見えた雲が薄く見える。

 

「でも、でもこんなことアイドルがやることじゃない。自分勝手にこんな事していいはずが」

 

 咲季は首を振って否定する。

 

「キャーキャッキャッキャ!」

 

 空いてる手で顔を覆いながら化け物は高らかに笑う。

 

「これが偶像(アイドル)だよ。主人の意志を示し、体現するそれこそが偶像だ!」

 

 化け物はランスの矛先、蝋燭のような刃を宙に向けた。

 その先にはまだ壊れきっていない校舎の3階がある。その奥には学生が数人取り残されていた。

 

「アイツらの顔、見えるか?」

 

 知らない誰かだった。でも、健康的な視力をしている咲季でも離れた距離の他人の表情までは捉えられない。

 でも、変わり果てた少女は学生たちの顔つきが見える。怯えの中に隠された悦びがあるのを目敏く捉えた。

 

「ふっ……アイツら。笑ってるぜ」

「え」

「自分が死ぬとは思ってねえ面だ。だって先に死ぬのはお前だからな」

「人が死ぬのよ……笑うわけが」

「ここが競争推奨の箱庭だってわすれてるのかなー。てめえは目障りなんだよ。外部からも、内部からもあんまりよく思えねー言い草してるのに全員腹立ってるけど、やっぱ内部の方だな。だ、か、ら、お前の不幸は楽しまれるの。人に夢を見せるのがアイドルだからなー私やっちゃうよ」

 

 化け物の眼が咲季の奥にいる佑芽に向く。

 これは、夢だ。

 そう思った時、ジュッと炙るような音がした。頬に酷い痛みがはしる。そばにはランスの穂先があり、そこに火が点っていた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁあ!!」

「はっはっ、みっともねえ!!」

 

 咲季は頬を手で抑えて身体をそらせる。さっき見たより雲はずっと分厚く、悲鳴が近くに聞こえる。

 

「……だめ」

「でーも、わたしアイドルだから選ばせてあげる」

「え?」

「その子を取るか、アイツらを取るか。選ばせてやる」

 

 咲季は化け物の非道な笑みに心臓を締め付けられる。佑芽の体温が手に伝わってくる。

 ゆらりゆらり彷徨う矛先に目が奪われる。その視界の端で這い寄る血が咲季たちの姿を映す。そこにいたのは焼けこげて腐臭を放つ佑芽と、その上に覆い被さるように死んでいる咲季の姿。

 呼吸が荒くなる。

 逃げ出すように遠くの学友たちを見る。

 

「でも、しないよなー。アイツらを殺して自分の妹は助けてもらおうなんて自分勝手なこと。お前もアイドルだもんなー」

「っ……」

「うめ」

 

 触れていた佑芽の体が震えた。

 息が締め殺される。

 

「うっ………うっうう……」

「どうする?」

「わ、わたしは……」

 

 考えが纏まらない。

 助かる術が見つからない。

 でも––––––

 

「お姉……ちゃん……?」

 

 背後から背を押す声がした。

 

「わたしは………わたしは花海咲季よ!!」

 

 まるでエンジンをかけるように抜けた腰がガッチリと入り、雄叫びのまま咲季は化け物に突撃する。

 

「佑芽ッ!! 逃げて――!!」

「お姉ちゃん?」

 

 姉の叫びに目覚めた佑芽だが、状況が呑み込めず目を丸くしている。その眼はすぐに冴える。焼かれた姉の頬と必死の叫びが彼女の本能に危機だと訴えかける。

 咲季は化け物の腰に全体重を乗せたタックルをかます。小柄な咲季では化け物を押し返すことすらできない。

 それでも、それでも。

 

「わたしの大切なものには手を出させない!!」

 

 気高く、強く、吠え立つ。

 その姿は、紅い。

 傲慢と怯えが混じった見覚えのある温かさ。

 

「ハッ!! 決められなくて死に急いだか!! 全員死ぬからかんけぇねえがな!!」

 

 嘲笑いながら咲季の鳩尾に膝を入れる。体をくの字に折られた咲季はランスの追撃を受ける。到底人間の膂力とは思えないエネルギーで宙に浮かされた咲季は、地面に落ちたあとも何度も転がる。

 

「お姉ちゃん!!」

「やれ! アーイーども!!」

 

 力がない者に生きる術はない。

 他に逃げ惑っていた人間たちを襲っていた鐘の怪人(アーイー)たちが、咲季に標的を変えて群がる。炎の化け物も咲季に近づく。怪物の標的ではなくなった人たちは、まるで申し訳ないと謝罪するように一瞥だけして逃げ出した。

 苦しい。嫌だ。

 けど、全員が自分を見ている。

 誰も佑芽を見ていない。

 その事実がどこか誇らしかった。

 でも––––本当に佑芽は救われるの?

 強烈な嫌悪感が正体不明の達成感を踏み潰しながら咲季を襲う。アーイーたちがシャンパンボトルのような銃の口を向ける。

 

 

『兄ちゃん!!』

 

 

 咲季の目の前で火花が散る。

 アーイーたちの身体を撃ち抜いた何かが起こした火花だった。その火花の足跡を辿って視線を動かす。

 

「……えっ」

 

 たどった先に宙につけられた切り傷があった。咲季と佑芽を呑み込んだ傷口より小さいが、似た形状をしていた。その傷は咲季が見上げる宙にも描かれて––––そこから漏れてくるのは、耳に入るだけで心身を削り取る唸り声と電子的なカウントダウン音。

 警告音はすでに最高潮に達した。

 炎の化け物は咄嗟に燭台型ランスを地面に突き立てると、地面が噴火し分厚い炎の壁を作り出した。

 

我流(ガリュウ) 乱舞零弩(ランブレード)

 

 咲季が見ていた景色が引き裂かれる。割れた世界のかけらは無数の刃となって炎の化け物とアーイーたちを襲う。飛び立つ刃は切り裂く敵の肉の断片を写し、炎に照らされ妖しく輝く。

 肉体を構築するエネルギーが崩壊したアーイーたちが爆発する。

 刃の舞が収まると、炎の壁も鎮まる。

 壁の先には頬に一筋の切り傷をつけられた炎の化け物がいた。怒りの炎が広がり、指で血を拭った顔には左右の目の端から端まで赤い筋が引かれた。

 

「てめぇ」

 

 化け物の威嚇する声の質が変わる。

 

「クオン、さん……」

 

 咲季と炎の化け物の間に悠然と立つのは、右手に真紅に染まった片刃の短剣を手にした遠野久光(クオン)だった。

 

「姉ならさっさと妹を連れて逃げておけば良かったんだよ」

 

 鼻で笑いながらクオンは歩き出す。

 

「随分とイメチェンしたね。ファイアキャンドルさん」

「ああ? 誰だテメェ。それに俺はファイヤキャンドルだ!! 間違えんな!!」

「相変わらず粗暴だね。まっ、分からなくても仕方ないか。こーれ、見覚えあるだろ」

 

 クオンはスーツのポケットから真珠色(パールホワイト)をした【テガジューン】の指輪を二本の指に挟みながら見せびらかした。

 

(指輪……)

 

 咲季の視線がクオンの指輪に吸い寄せられる。

 

「偽神の指輪? なんだ指輪持ちか、ちょうどいい。ソイツもいただくぜ」

「……? キミらの女王の指輪なんだけど」

「ハッ。知るか、そんなの」

 

 クオンはファイヤキャンドルに眼を向けたまま、考え込む。

 

(名前に反応するあたり、ファイヤキャンドルには違いはない。だが、無知な女王に従う小蝿たちがこの指輪を忘れるとは思えないし……別個体か、あるいは再生成された影響か。だが完全体である奴がノーワンどもと同じ生成の仕方で現れたのはどうしてだ? それに宿主の意識も混ざってる?)

 

「なにひとりで納得してやがる!!」

 

 小さく頷いていると、ファイヤキャンドルが手に炎を宿してクオンへ突き出す。人間の顔ほどある炎の弾が放たれる。空気が焼ける音がする。

 怪しい笑顔のままクオンは指輪をポケットにしまう。

 

「随分と気が楽になっただけだよ」

 

 クオンは既に紅い刃をもつ短剣【ダークウルフデカリバー50(ゴー)】を左手に持ち替えていた。空いた右手に現れたのは、右手を模した武装である純白の籠手。力強く伸びる人差し指に銃口を持つクオンに与えられた力の結晶 武装【テガジューン】。

 幾つも放たれる炎を気怠げに持ち上げた【テガジューン】の銃口が捉える。弾丸で飛翔する炎を的確に撃ち抜く。

 十数メートル間合いを取るクオンとファイヤキャンドルのちょうど真ん中で爆発音が連鎖する。黒煙が視界を塗りつぶした。

 

「ハァッ!」

 

 直後に黒煙を裂いたのはファイヤキャンドルだ。ひとふみで十メートルをゆうに踏破した化け物は、ランスの両端に炎を激らせながら巧みに操り、クオンへと肉薄する。

 けれど、寸前までクオンがいた場所にランスを叩きつけるが、飛散するのは男の血肉ではなくチンケな地面だけ。

 どこだ––––と気配を探るより先に、ファイヤキャンドルは自分の腹部に違和感を覚えた。

 

「ごめんねー」

 

 優男を装った耳障りな声がファイヤキャンドルの耳元で囁く。

 腹部に目線を下せば、そこにはクオンが握っていた短剣が持つ紅の刃が顔を出していた。血が滴り落ちることはなく、代わりにノイズが走る。

 

「僕、(ほえる)と遊ぶ時以外やる気にならないんだよ」

「テメェ……いつの間に」

「今のキミは知らないんだっけ。いわゆる空間を繋げられる剣なの。じゃあね、連敗のファイヤキャンドルさん」

 

 淡々と口にするクオンの背後には宙に広がる傷口のような扉があった。

 クオンは短剣を捻り、一思いに空へ剣を掲げようと力を込める。すぐさま右手を突き刺さるように構えをとって、

 

「いいねえぇー!」

「あ?」

 

 よくて致命傷。にも関わらず、ファイヤキャンドルの口元からは笑みが溢れて止まらない。キャッキャッキャ、と聞き慣れた耳障りな笑い声にクオンは不快感を募らせる。

 

「ガチの()り合い、嫌いじゃねえぜ!!」

 

 突然、ファイヤキャンドルの全身の隅々から炎が噴き上がった。肉体が火災そのもの。火炎が周囲の地面を焼き払い、熱波が瓦礫を吹き飛ばす。

 咲季や佑芽は身体を丸めて自分を守る。

 大炎上する敵からクオンは大きく跳躍しながら距離を取り、迫る炎を引き裂き、無理やり繋げた空間へ––––ファイヤキャンドルの頭上に流し返す。

 

「あっ、指輪が」

 

 咲季が宙に舞う煌めきを見つけた。【テガジューン】の指輪だ。衝撃に煽られたクオンのコートのポケットから飛び出したらしい。

 ファイヤキャンドルの業火は、返された炎すら飲み喰らってより凶悪に盛り出す。

 膨れ上がった炎は人形でありながら、より異形に近づいた。

 歯を食いしばった阿修羅像のようなシルエット。

 その姿にクオンは見覚えがあった。

 

「キングキャンデラー……?」

 

 再生成される前の現実世界に侵攻する際、【ブライダン】の戦力のひとつとしてファイヤキャンドルに与えられていた巨大兵器【ドレスガード】の一体。

 まさに燃え盛る闘志を燃料とする炎の化身。

 当たり前だが、クオンが知るそれに比べてあまりにも小さい。等身大サイズなのだから言うまでもない。それでも途方もない脅威なのは間違いない。

 つくづく自分の常識が通じない世界らしい––––とクオンは肩を落とす。

 

「たく、またコートを買い直さなくちゃいけないよ」

 

 クオンはファイヤキャンドルだったものを見据えながら、手元を離れた指輪を思う。

 

(ガリュードになれない以上、あの指輪は使い物にならない。取りに行く必要もないか)

 

「オオラッ!!」

 

 即決で見切りをつけると、既に目の前にいたキングキャンデラ―の大上段からの一太刀をウルフデカリバーの上身側面でいなしながら脇に転がり込む。燭台型ランスも姿を変え、蝋燭を彷彿とさせる白い刃の大剣【キャンデラックスソード】が地面に叩きつけられると大地を揺るがし、周囲に蜘蛛の巣状の割れ目が広がる。

 追撃を警戒しながらクオンは体勢を取り直す。

 

「さっき、俺のことを連敗のファイヤキャンドルとか抜かしたな」

「事実だからね」

「ちげえな! 俺様は」

 

 言いかけて、停止したキングキャンデラー。

 NOW Loading––––『そう! 俺様こそ、真実、勝者……いや王者ナンバーワンだ!!』と、人差し指を曇天に掲げる。

 

「さあ、とことんやり合おうぜ!!」

「仕方ない」

 

 炎の刃が周囲を焼きながら飛翔する。

 空間を裂くエネルギーが場を軋ませる。

 ふたつの力が衝突した直後、クオンとキングキャンデラーが動き出す。

 

(指輪……白い指輪……)

 

 咲季の頬から血が流れた。クオンとキングキャンデラーの戦いの余波が彼女を襲っている。遠くで悲鳴じみた佑芽の声がする。

 けれど、今の咲季には届いていない。

 目に映るのは指輪だけ。指輪はかろうじて折れていない中庭の樹木のそばにあった。

 

「アツッ……」

 

 感じたことのない気持ちが湧いてくる。

 アレに手を伸ばせ––––心の底からひどい欲求が湧いてくる。指輪だけ酷くハッキリと目に映っていた。

 匍匐前進しながら咲季は指輪に近づく。

 綺麗だと思った。

 恐怖で満たされた心にさした気まぐれかもしれなかったが、咲季は身体を制することができず、突き動かされるまま指輪の下にまで這いずる。

 そのそばで、クオンたちの戦いは苛烈さを増す。

 少なくとも先ほどまで咲季たちを見下ろしていた学生たちがいた校舎はすっかり灰燼にきしているし、キングキャンデラーの周囲はほぼマグマ溜まりになっていた。

 

「小賢しい!!」

 

 大炎上する大剣を振るうキングキャンデラー。

 しかし、空間を裂いて動き、銃撃を放つクオンは捕らえられない。ダークウルフデカリバーが作る、空間と空間を繋ぐ狭間に炎を流し込もうと試みるが、その前に口が閉じられる。

 負けていないクオンだが、ジワジワと追い詰められている。翻弄しながら斬撃や銃撃によるダメージを蓄積していくが、堅牢なキングキャンデラーの装甲に致命傷を与えられない。

 辛うじて装甲の薄い関節部にはダメージが通っているが……

 

(出力が足りない。やっぱりテガジューンの力が発揮できないからか……!)

 

 ただでさえ出力が落ちているところに、アーイーやファイヤキャンドルを蹴散らすために先に大技を切りエネルギーを使ってしまったのも痛手だった。普段であれば出力を気にすることなどない。世界の影響がここまで響いてくるとはクオンにも想定外だった。

 服の焼け跡は鼠算式に増え、顔や手への傷を増すばかり。

 両者ともに決め手に欠けている。

 

「お、お前たち!! 何をしている!!」

 

 異常に駆けつけた警備員たちが声を張り上げた。逃げ遅れてる人たちを支えたり、警棒を持ち出し威嚇する。なんと貧弱な武装だろうか。

 

「なんだ、テメェらもやりてえのか!!」

 

 キングキャンデラーが大剣を目にも止まらぬ速さで振り抜いた。突風が警備員たちの足を奪う。

 

「ナッ!?」

 

 数人の警備員たちの目の前が真っ赤に染まる。人間体だった時とは比べ物にならない勢いの炎。

 

「ダメッ!!」

「邪魔なんだよ!」

 

 佑芽が恐怖に満ちた声で叫ぶ。

 その声に次の空間に移ろうとしていたクオンの体が無意識に捻られ、ダークウルフデカリバーをふるってエネルギー斬を放つ。間一髪で警備員たちと炎の合間に斬撃が滑り込み、空間に傷口が開く。その口は警備員たちを飲み込んだ。

 空をきり着弾した炎があげる爆発は、何十発の爆弾があれば同じものを起こせるのか考えたら気が遠くなる。

 

「お姉ちゃん!! 何してるの!!」

 

 それでも、咲季の耳には届かない。

 ついに咲季は真珠色の指輪の下に辿り着く。

 手を伸ばし、掴み取る。

 

「アッ?」

 

 クオンにばかり気を向けていたキングキャンデラーも咲季に目をやった。

 瞬間––––

 

「アッ……ウゥ……」

 

 指輪が妖しく明滅する。

 咲季の意識に何かが流れ込んでくる。頭を抑えてうずくまる。

 

 広がるのはレッドカーペットが中央に敷かれた披露宴。結婚式場のような舞台の奥に巨大な顔があった。遺跡を思い起こさせる神秘性と威圧感がヒシヒシと伝わってくる。

 機械仕掛けの女性の顔をしているそれは、紫色の瞳を輝かせると、目の前に小さな光を生み出した。

 それは光を『(のろ)い』だと言った。

 咲季の脳裏に映るのは、その光を指先に受け取る少年の指先。自分とそう歳は離れていないであろう指。けれどほっそりとした指。

 苦悶の声が満ちていく。

 背中から肉体を内側から引き裂くように激痛が走る。

 少年の叫び声が遠くへ。

 

 明滅はそこで止まった。

 クオンは息を呑む。

 

「まさか……」

 

 右手に持つ【テガジューン】を見下ろすと、指輪の代わりに今度は籠手が発光している。まるで呼び声に応えるように光を放つ。

 

「よそ見をしてる場合か!!」

 

 動揺を隠せず足を止めてしまったクオンの一瞬の隙を見逃すほどキングキャンデラーはノロマではない。クオンは斬撃を【テガジューン】で受けるが、圧倒的な膂力で咲季のそばにある樹木にまで吹き飛ばされた。

 男性一人分の重量がロケットと見間違える速度で飛んできた。

 クオンの背中が樹木に叩きつけられる。樹木は遂に根元付近からパックリ折れて、地面に倒れ込んだ。

 

「チッ……」

 

 それだけの力を受けても死なないあたり、自分はなんと頑丈なのだろうか、とクオンはむせ返り過呼吸になりながら上半身を起こす。人間大はあろう大剣を叩きつけられて壊れない【テガジューン】も大概強靭だな、とクオンは歪な弓形に唇をまげる。

 

「く、クオンさん……!」

 

 咲季が身体を起こし、そばに駆け寄ってくる。クオンが死んではいないことを認めると咲季は、よかった、と口からこぼす。

 馬鹿言え。

 良くねえよ。

 次一発喰らったらお陀仏だ。

 吐き出したくなる気分は戦いへの思考の妨げになるから蹴り飛ばす。

 そうしていると、咲季が持つ指輪とクオンの武装【テガジューン】が共鳴するように淡い紫色の光を放つ。

 

「…………」

「これ、なんなの? 今のこの状況は?」

「そんなこと後回しにしろ」

 

 クオンは一度目を閉じる。ダンスバトルをした直後に見た呪いの指輪の輝きを思い出す。

 

(咲季が持っていたウルフの指輪に呼応したんだと思ってた。だが違う。もし、僕の予想が正しければ。テガジューンの指輪の性質を考えれば)

 

 自分を覗き込む、少女の恐怖に満ちた顔がある。

 妹想いのいい顔立ちをしている。

 

「ねえ、大丈夫なの」

「おい」

「なに?」

「腹は立ってるか」

 

 睨みつけながらクオンは咲季を見つめる。

 

「いきなりなに」

「ムカついてるかって聞いてるんだよ」

「口悪いわね……アナタ」

 

 咲季は遠くでこちらを見る佑芽に視線を投げる。傷を負い、怯えきった今にも泣き出しそうな顔。佑芽の潤んだ瞳は咲季の傷を見ている。

 

「当然でしょ。妹に手をあげられて、せっかくの門出をめちゃくちゃにされて……なりたい夢まで穢されて腹が立たないわけがないじゃない!」

 

 咲季は全身を震わせながら俯いて、自分の中に溜まった思いをぶちまける。焼け跡がついた頬を撫でると思わず目を瞑ってしまうほどの痛みが襲ってくる。

 

「なにより–––」

 

 咲季はキングキャンデラーを睨みつける。

 

「なにより私の可愛い顔に傷をつけたアイツをぶん殴りたい!」

「……ハッ」

 

 クオンは険しい顔をしつつ立ち上がる。

 

「気が合うな。僕も諸事情で普段はアイツらを殴れない立場にいる……だからこの際、気の済むまで、全力を使って奴を葬りたい」

 

 クオンは凶悪な顔つきでキングキャンデラーを見据える。

 

「その為にも力を貸せ、花海咲季」

「分かったわ」

 

 頷く咲季だが、当然少女でしかない彼女からは疑問が口をついて出る。

 

「でもどうやって」

「背中を向けろ」

「こ、こう……?」

 

 言われるがままに咲季はクオンの前に立つ。

 

「––––」

 

 何もつけられていない無垢な背中。

 罪なんて何もない紅い背中。

 

「ッ……!」

「え?」

 

 気高い背中にクオンはダークウルフデカリバーの切先を滑らせ、十字(バツ)をつける。不意に走る痛みに咲季の脳は許容の限界を超えていて、自然と目を瞑っていた。

 自身の胸へと倒れ込む咲季をクオンは抱きしめて、苦々しい口調で呟いた。

 

「リ・ジェネレイティブ」

 

 淋しそうな狼の遠吠えが轟いた。

 クオンの肉体が黒い花弁へと解ける。舞い散る花弁たちは咲季の体を取り囲み、まるで花咲く前の蕾のように包み込んだ。

 遥か彼方の光を取り込む。

(–––––温かい)

 咲季が痛みを忘れて、目を醒ます。

 黒い蕾が開き、赤い姿を解き放つ。

 

「なんだ」

「お姉……ちゃん……?」

 

 姿を現したのは仁王立ちする花海咲季。先ほどと同じようで様子が違う。

 彼女の赤い前髪に混じる一房の漆黒の髪が風に揺れる。

 瞳も情熱を内に潜め、冷酷さが前面に出た冷血の色が敵を見据える。

 彼女の右手には武装【テガジューン】、左手には呪いの指輪。

 花海咲季が魅せたことのない異質な自信に満ちた微笑みを浮かべながら、彼女は高らかに宣言した。

 

 

「エンゲージッ」

 

 

 指輪を【テガジューン】の中指に設けられたスロットに装填すると、クラシックなピアノの音がどこからともなく奏でられ戦場に満ちていく。

 自信に満ち溢れたクールな音色は、可憐だが毒々しく、存在の異様さを際立たせる。

 咲季は違和感を持つどころか自分という存在を際立たせ、開戦を告げる旋律に聴き惚れながら、【テガジューン】の銃身をリズミカルにタンッ、タタンッと叩く。

 儀式の舞の一幕のよう。

 

「させるかよ!!」

 

 キングキャンデラーが熱光線を放つ。

 咲季は最後に銃身を撫でて、振り下ろす。十字(バツ)の閃光が迸る。閃光が熱線を相殺し、爆炎が咲季を包み込む。

 花は燃えず、絶えず咲き誇る。

 

《ガリュード!》

 

 真紅の光を受けて戦場に立つのは、

 

「リングハンター・ガリュード。わたしが貴方に罰を下す」

 

 漆黒のマントが荒涼とした風ではためき、真紅(咲希)黄金(クオン)で彩られた瞳が獲物を見据える。

皆さんの興味について聞きたいです

  • 学マスもゴジュウジャーも知ってる
  • 学園アイドルマスターだけやってる
  • ゴジュウジャーだけ見てる
  • どちらも知らない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。