すでに怪物たちの姿はなく、新たに現れる気配もなかった。
ようやく終わったんだ。
咲季は全身に張り巡らせていた力を抜いて座り込む。
「……ふぅ」
「お姉ちゃぁぁぁぁぁああん!!」
「ちょっ待ってうめ!?」
直後、
止まった時には佑芽が咲季に馬乗りになるような体勢だった。
「こ、こらー! いきなりやるのはめーって、言ってるでしょ!!」
叱りつけるため大きく口が開く。
その中に雫がひとつ垂れてくる。甘い、と咲季は感じながら雫の出所を見つめた。
「よかったよ……お姉ちゃん……本当によかった……」
安堵から来る涙を佑芽はポツポツと流している。誰よりもすごい姉だと佑芽は信じていた。けれども、自分の大切な人が得体もしれない相手に立ち向かう姿を見て恐怖しないほど、佑芽は鈍感ではない。
咲季は佑芽の頭に手で優しく触れながら慰める。
「そうね。貴方も無事で良かったわ」
「うん……うん……!」
自分の胸元で泣きじゃくる妹を抱擁しながら上体をおこす。
「ねぇ、佑芽」
「なにお姉ちゃん……?」
「今のわたし、どうなってるの」
「えぇ!? 自分でも分かってなかったの!?」
「勢い任せよ、鏡だってないし」
咲季は自分の右手に握られたままの
振り返ると、気持ちよかった––––と咲季は思った。
想像通りの動きを可能にする身体能力は高揚感と満足感を咲季の心身に染み渡らせた。他にも自分が歌い易い旋律が流れてくる謎機構やカッコいいマント。一口では語り足りないほどのもの。
胸に湧く欲を感じると、本当に敵は去ったのだと心の底から理解した。
佑芽はなんとか伝えてようと咲季の顔を様々な角度から視線を向ける。
「えっとね、赤い髪に黒色のメッシュ?が入ってて、いつの間にかアイドル衣装みたいなもの着てて、その上に鎧がついてる! で……左右の眼の色が違う! 右眼が赤で、左眼が金色!」
「わたしの眼ってエキセントリックな色じゃなかったわよね……?」
「それとそれと、右眼にはお星さまみたいなラインがあるよ! あと頭には銃がついてる!!」
「頭に銃!?」
咲季は慌てて髪に触れてみると、確かに銃のようなものがついている。
「なにこれ、なに!?」
「なんだろ……ピン? かんざし?みたい」
「……実銃じゃなくて良かったわ」
咲季の手元にある武器が本当に弾を撃てるものだから、慄くのも無理はなかった。けれど、触れた感触からヘアアクセサリーの一種に違いなく、心配する必要はなかった。
「……それでクオンさんは?」
「あっ!! そうだ!!」
佑芽に言われてクオンの存在を思い出す。
(早く出てきなさいよ! 黙ってないでこの状況を説明しなさい!!)
(はぁ……)
(ため息!? この状況で!?)
咲季が周囲を見渡すと、あちこちで生徒や教職員が地面にへたり込んでいた。校舎は崩落し、地盤から陥没しているところもある。漂う焼け焦げた匂いが現実であると突きつけてくる。
「明日からの学校、どうなるんだろう……」
「間違いなく休校……で済めばいいけど……」
チラリと眼を動かした咲季が捉えたのは瓦礫の下から滲み出ている黒い水たまり。変色して固まってしまった血。あの下には誰かがいるのだ。
想像すると胃の中にある物が逆流しかけたから、咲季は慌てて眼を逸らした。
「ん? あっちに何かあるの?」
「佑芽、駄目」
姉の視線をならおうとした佑芽の顎を掴んで遮る。きっと佑芽は想像つかないし、知らないままでいい。そうであってほしいと、咲季は願う。
(ねえ、クオンさん。
敵の存在、戦い、それらが咲季を取り巻いていたせいで意識から欠落していたが、問いかける心は勝ち抜いた戦士のものではなく、花海咲季という少女の声だった。妹の前で恐怖心を隠すための精一杯の痩せ我慢。
けれどクオンは答えない。
咲季の顔が上空に向いた。
「どうなの」
口と顔の動きが合わない。
「お姉ちゃん?」
「どうなの!」
「
「え?」
立ち上がる
おかしい、と咲季はすぐに理解した。
今はもう暮れの時刻。なぜ太陽が空の頂点に座しているのか。加えて、距離が近すぎる。中身を視認できるほど太陽が近づいていれば自分たちはとっくに蒸発している。謎の球体の中では炎が獰猛な野生動物のごとく荒れ狂っていた。まるでファイヤキャンドルが扱う炎のようだ。
––––アレは、なんだ?
クオンは遅れて回答を続ける。
「この辺りで散らばってる人や学校だったもののことは安心しろ。元に戻る」
クオンが咲季の口を使い、言い切る。
「それって本当ですか!?」
「【テガナグール】がわざわざこの舞台をセットしたんだ。たった1日で使い潰すはずがない」
「手が、なんですか?––––てっ、なにこれ!?」
佑芽は慌ててその場から飛び跳ねた。見れば辺り全体にノイズが走る。まるで世界が壊れたテレビの中にあるかのように、ノイズに包まれ始めた。
咲季の腕が咲季の意思とは無関係に動きつづける。【テガジューン】の銃口を空に突きつけると、トリガーを押して––––離さない。銃口の先で
「消えろ、破滅の王子」
妖しく輝く光線が銃口から放たれる。
紫色の光の柱が、この場にいるすべての者たちの視界を埋め尽くし–––––
✖︎
(あれ……アタシは……)
紫雲清夏は自分が横たわっているのだと気がついたが、ひどく体が重く、すぐにまた眠りについてしまうのだと直感していた。
けれど、その数秒で思い出せることがある。
クラスメイトが炎を操りだし、謎の怪人に変わってしまう様。その怪人が放った一撃が清夏や咲季たちのいた校舎を崩壊させたこと。
落下し、叫びをあげ、手が虚空を撫でたこと。咲季たちもそうだ。
死ぬ、と思った。
助からない、と諦めた。
気を失う直前、何かが自分の手を掴んだことを覚えてる。銀色の手を持つ何者か。赤い腕を持つ誰か。顔は見えなかった。でも、多分、知っている人。
『清夏ちゃん!』
聞き覚えのない、一生懸命な声。
聞くだけで勇気がもらえるか細くて強い声。
微睡に沈む前に、清夏は微かに眼をあけた。その先には電子的な砂嵐の上に立つ少女の脚が見えて、どうにかして顔を見たい清夏はできる限り目線を上に持ち上げた。
けれど、顔を見るには至らなかった。
代わりに少女は何かを思っていた。
(五十円玉……?)
不思議なことに少女が持っていたのは、紐で繋がれた五枚の五十円玉だった。胸の高さに持ったそれを見つつ、少女は恨めしそうに言う。
「こんなくだらない––––」
そこで清夏の意識は暗闇に戻った。
✖︎
–––––世界は再び始まった。
一年一組 花海咲季。
入学試験首席の新入生。勝ち気で負けず嫌いな元アスリート。優れた身体能力は、全校生徒中、上位10%に入るほど。
未経験者ながらきわめて飲み込みがよく、成長が早い。すでに完成されつつある能力は、大きな成長が見込めないように思えるが……そんなことはない。
話して見ると、やはり妹からの親愛もあつい。
事前情報をまとめていた資料に再度眼を通してから教室の席を立つ。
『
教室を出て、プロデューサー科の棟からアイドル科の生徒が使う校舎へ足を進める。
周囲には平穏が流れている。
小鳥の囀りは爆発音に邪魔されることもなく、青と緑で澄み渡った空気は黒に塗りつぶされていない。眺める校舎の窓辺には廊下を忙しなく行き来する生徒たちの姿があった。
その道中、目的の相手である花海咲季を見つける。咲季は自信が服を着て歩いている態度で向き直る。
「あら、プロデューサー科の人がわたしの御用?」
「あなたをプロデュースさせてください」
鞄から書類を出すと、冷静に淡々と告げる。
「もー、その台詞は聞き飽きたわ。ま、仕方ないけどね! わたしが魅了的すぎるのが悪いんだから!」
「あなたのことは見ていました。その力の先を発揮する場を整えます」
「ほんとにー? じゃあ、質問ッ! なんでわたしをプロデュースしたいの?」
スルスルと口から褒め言葉が出てくる。
「顔がいいから」
「わ、わかってるじゃない!」
「輝きているから」
「えへへ……ま、まぁね〜〜〜〜♪」
「お人形みたいだから」
「ふへっへへへ……」
咲季は褒められるたびに頬を緩め、くねくねと身体を波打たせた。小さな体型にあった愛らしい笑顔で咲季は喜んでいるのを見て、本当に扱いやすいな、と心の中でごちる。
掴みは上々。最後の一押しを告げる。
「そして、キミがナンバーワンの姉であり続けたいなら僕がいた方がいい」
咲季はその言葉を聞いて、うん、と機嫌よさそうに喉を鳴らす。
「あなたに決めちゃおっかな」
「では、この書類に判子を」
「うん! 拇印でいい?」
朱肉を差し出すと、咲季は自身の親指を赤い印肉へ押し付ける。その親指は書類の上で動きをとめる。
「押すから、全部教えて––––クオンさん」
「もちろん」
咲季の前に立つプロデューサー科の青年
求める答えは無数にある。
あの
あの怪物たちはなんなのか。
この世界はいったいなんなのか。
「僕はプロデューサーですから。アイドルが知りたいことは教えますよ」
咲季は真剣な眼差しをクオンにやったまま親指を申請書類に押し付けた。
「よろしくね。今日から貴方はわたしのプロデューサーよ!」
プロデュース、開始。
第1幕終了となります。
遠野家の結末を味わうため来週の投稿はないです。
因みにアンケートを実施しますので回答も併せてよろしくお願いします。
皆さんの興味について聞きたいです
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学マスもゴジュウジャーも知ってる
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学園アイドルマスターだけやってる
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ゴジュウジャーだけ見てる
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どちらも知らない