今話で【秋の選抜戦】も終了です。いや~~~、たくさん料理を書いたのもそうですが、『どんな料理にするか』で本当に悩まされた章でしたwww
「なんと! これが其方のフルコースの『サラダ』だと言うのか!?」
カムイの言葉で会場中が今日一番の驚きを見せる! 忘れもしない、1週間前に目にしたカムイの『肉料理』のインパクトを!!!
カムイに言われ改めて料理を見ると、確かにあの時のように『食欲』を引きずり出され目が引き寄せられる………『引力』にも似た『魅力』をこの場にいる全員が感じていた。
「フルフル、少し、違う。これは、フルコースの『サラダ』を、応用した品。本当の『サラダ』は、これから完成させる」
仙左衛門が椅子から立ち上がって尋ねると、カムイは首を振って答えた。しかしカムイの話を聞いて、周りは思わず首を傾げてしまう。
だがこれは口下手なカムイに細かい説明をさせる方が、ある意味無茶とも言えた。
もう少し詳しく聞くため、仙左衛門に続き宗衞と堂島も質問を重ねる。
「? どういうことだカムイ。この品がフルコースの『サラダ』を応用したものということは、あくまでコレはフルコースの一品ではないということか?」
「コクン。フルコースの『サラダ』は、『米』をメインにする。だけど使う食材は、これから選ぶ」
「っ、なるほど、カムイのフルコースの『サラダ』は【米を使ったサラダ】。しかし使う食材そのものは、これから決めていくということだな」
「確かに『米』はヨーロッパでは『野菜』として扱われている。煮たり炒めたりするだけではなく、『サラダ』として食べることは不思議ではない。
言わばこの皿は、カムイくんのフルコースの片鱗!」
審査員たちの解説を聞いて、観客もようやくカムイが言いたいことを理解した。
また『サラダ』を出すのならば、調理方法自体は非常にシンプルになるのも納得である。
元々カムイは、以前食べた四宮の料理から『米も野菜の一種』という考えを持ち、フルコースの『サラダ』は『米』をメインにすることを決めていた。
そして今回の特別試合の課題が『米』ということで試作を重ねていき…………『現段階』で出来得る最高の『米のサラダ』を作ったのである。
「つまりあの皿は、フルコースの『サラダ』の試作品というわけね。どうりで『肉料理』を見た時のようなインパクトを感じたわけだわ」
「だが気になる点は他にもある。フルコースの『サラダ』に米を使うのは別にいい。ただ問題は…………」
「果たして『サラダ』で、私たちの料理を超える美味しさや満足感を実現できるかどうか、よね」
えりなと葉山の疑問は尤もであった。
コース料理における『サラダ』はメインの後に楽しむ品ではあるものの、その役割は『軽やかな味わいで爽快感を与える』『味覚を新しくする』と言ったもの。
最近ではメインの皿と一緒に提供されることもあるが、総じて『コース料理における縁の下の力持ち』に徹する皿であるため、単体では満足感を与えることは難しい。
そしてえりなの料理と葉山の料理は、どちらもコース料理でメインを張れるほどの品であった。
葉山は選抜決勝戦で、本来なら『前菜』として出される品を『メインディッシュ』級の味わいに仕上げていたが、今回はさらにハードルが高いと言わざるを得ないだろう。
「とにかく考えるのは後だ、まずは食べてみるしかあるまい」
「っ、ええ、そうですね」
「審査はどこまでいっても『皿の上』だからな」
「これは、二人の分」
「え、ええ、ありがとうカムイくん」
「ああ、いただくぜ」
未だ会場が不気味な空気に包まれている中で、仙左衛門が気を取り直して実食に入ろうとする。
他の審査員、そしてえりなと葉山も食べないことには何も分からないということで同意。
皿と一緒に渡されたソースポットを受け取り、まずは何もかけずに『米』を頬張る。
目の前に雄大なる日本の大自然が現れた!!!
「なんという、なんという鮮やかなる美味! 芳醇にして典雅、壮大にして優雅なる味わい! 『米』とはこれほどまでに美味いものだったのか!!!」
「この甘さ………いや、甘いことは甘いのだが『日本米』特有の粘り気のある甘さが無い! それにサラサラと入ってくる米の感触が実に心地良い!!!」
「コレは、この味は………そうか、三種の出汁の旨味成分! 『カツオのイノシン酸』、『ジャガイモのグルタミン酸』、『キノコのグアニン酸』!!
それらの旨味成分を米の中で一つにし、旨味に相乗効果を持たせたのか!!!
さながら『ガンマナイフ』のように、一つ一つは弱い旨味を米の中で収束させることで、米の味の土台にするとは恐れ入った!!!」
『ガンマナイフ』。頭部を切開せずに脳腫瘍や脳血管障害などの疾患をピンポイントで治療できる、頭部専用の定位放射線治療装置(治療法)のこと。
虫眼鏡のレンズで太陽光を一点に集めるように、約190〜200個の線源から放出される細いガンマ線のビームを、病巣の形状に合わせて立体的に集中照射。
1本1本のビームは微弱なため、通り道となる周囲の正常な脳組織への被曝を最小限に抑えながら、標的となる病変だけを収束点にて、ナイフで切り取ったかのようにピンポイントで凝固・壊死させることができるのだ。
これにより外科手術では治療が難しい脳の深い場所や、重要な神経が集まる部位の病変も安全に治療が可能となる。
カムイは淡い旨味成分を米の中に染み渡らせることで『ガンマナイフ』のように収束、一つにすることで相乗効果を発揮させた。
コレにより色味やかな薄いガラスを重ね合わせたような『淡さ』と『深さ』を持つ繊細な『下味』を作り、米が持つ本来の旨味を限界まで引き立たせたのだ。
「っ~~~~! なんて美味しい米なの!? 二種類の米を使っているみたいだけど、片方は玄妙な旨味が特徴の米。もう片方は上品な風味と甘さが特徴の米だわ!
それに最高品質の旬の食材を揃えていたと言うのに、それらの旨味が逆に染み渡って米の旨味を引き立てている!!!」
「そして目を見張るべきは『香り米』以上に感じる、この『香気』!
爽やかでスッキリとした甘いフレグランスが、米の持つ複雑で深い『旨味』を際立たせていやがる!!!」
解説しながらも食べる手を止めない五人。その姿を見て観客たちは仙左衛門・宗衛の『おはじけ』&『おさずけ』パルスで下着姿になりながら、生唾を呑み込んでいた。
「っ、待たれよ皆の者! まだソース………いや、『ドレッシング』をかけての審査が残っておる!」
一心不乱に米を掻き込む四名を、強靭な精神力で耐えた仙左衛門が諫める。
仙左衛門の言う通り、ここまで味わったのは『サラダ単体』としての味である。
しかしカムイはソースポットに『特製ドレッシング』を入れて提供しているため、審査をするのであれば『特製ドレッシング』をかけての実食も必要だ。
「っ、そ、そうだった……!」
「ドレッシング無しでこの味わい、果たしてドレッシングをかけたらどうなるのか………!」
ドレッシングや塩などを一切使わず、生野菜だけを食べる人間は少数派だろう。それは人間が本質的に『生野菜』を好んでいない証拠である。
いくら単体でも食べられるとは言っても、限りなく『生に近い状態』の『米』だけで、人を夢中にさせるカムイの皿に会場の全員が恐怖すら覚えていた。
「いざっ!!!」
無論、恐怖を感じていたのは観客よりも実際に食べている五人である。見ただけで人を惹きつけ、一口頬張れば夢中にさせるほどのカムイの『サラダ』。
そんな『サラダ』に『ドレッシング』をかければ、果たして自分はどうなってしまうのか。
覚悟を決めた五人は、仙左衛門の一声と同時に『ドレッシング』をかけたライスを頬張る。
瞬間、彼らは……自らの『食』、その遠い日の『味』の記憶を垣間見た。
「なんという深く、慈愛に満ちた味わいだ。これこそまさに『母なる大地の恵み』そのもの………!」
「おお、蘇る! 初めて『美味さ』を認識した、幼き日の感動を………!」
「この料理の味わいが、舌を通して我々の脳を活性化させたというのか!? これはもはや『料理』という枠すらも超えている………!」
「っ、お、美味しい、なんて美味しさなの。『美味しい』という感情が、これほどまでに人の心を深く感動させるなんて…………!」
「これまで感じた『美味い』という記憶が、走馬灯のように過ぎ去っていく。俺自身でさえ忘れちまった『味の記憶』すらも………!」
カムイの『サラダ』を食べて、五人は今まで感じた『美味しい』という感覚が一気にフラッシュバックした!
さながら【アカシアの魚料理】の『アナザ』を食べたかのように、遠い日の味の記憶を蘇らせたのである。
アカシアのフルコースの中でも屈指の旨味を誇る『アナザ』はカムイのフルコースの『オードブル』に決めている食材でもある。
なんとカムイはこの世界の食材を使って、『アナザ』に限りなく近い旨味を作り出すまで腕を上げていたのだ!!!
それほどの旨味が身体に染み渡っていく快感と共に『味の記憶』、『美味しさの記憶』を懐かしんでいく面々………その頬には涙が流れていた。
「ゴホン、さて、実食も終わった。してカムイよ、其方には聞きたいことが沢山ある。
まずはこの『米』。『日本米』と『もち米』を用いているようだが、この『米』は如何なる米か?」
自分の人生の『味』を追体験した五人は、涙を流しながら恍惚の表情を浮かべていた。
その中で一番に落ち着きを取り戻した仙左衛門が、カムイへ神秘とも呼べる料理について尋ねる。
料理を食べた五人だけではなく、観客たちまでもが固唾を飲んで見守っているとカムイがゆっくり口を開いた。
「その料理に、使った『米』は」
「『神力』と『女鶴』だ」
「っ、な、なんと、『神力』と『女鶴』だと!? 今や限られた地域でしか栽培をしていない、あの『神力』と『女鶴』を使ったと言うのか!?」
『神力 しんりき』。兵庫県揖保郡中島村(現在たつの市)の丸尾重次郎が1877年に発見した米であり、葉や籾の色が優美で、収穫量も当時の他の米より25%も多収であったことから「神力」と名付けられた。
腹白で心白は小さく、米自体も柔らかいため精米には難がある。現代の米に比べて甘味が劣るも、麹が作りやすいため酒米として優秀な米である。
戦後になると、より生産性の高い品種に押されたため市場だけではなく稲作農家からも姿を消してしまったが、その後に復古米として復活が図られたことで、現在は熊本県・兵庫県・福井県・徳島県の限られた地域でのみ生産されている。
だがカムイは栽培されたモノではなく、兵庫県の山奥で自生している『野生種』を使っていた。
「そうか! 現代の米は『甘味』を強く感じられるよう品種改良を続けたもの! そのため『甘味』の乏しい『神力』は食用には適さないとされてきた。
だが『神力』は限りなく『米の原種』に近い味を持っている! だからこそ、最高品質の旬の食材のような強烈な旨味に拮抗できるだけの、複雑かつ深い味わいを出せたのか!!!」
「そして現代人が『米』に求めている『甘味』も、『女鶴』によって生み出しているあたり実に抜かりない!」
『女鶴 めづる』。伝統的なもち米の一種で、粘り強く絹のような光沢とコシが特徴の品種。
その味わいたるや、かつて皇室に献上されたほどでもあるが、丈が長いため倒れやすく収穫量が少なかったことから、消滅の危機に瀕した過去を持つ。
『神力』同様、今では日本の限られた地域でのみ作られているため、『幻のもち米』とも呼ばれている。
「だが、この複雑で深い味わいは『神力』だけじゃ説明がつかねえ。それにこのサラサラとした心地良い口当たりも謎だ。
これはいったい「『減圧調理器』よ、葉山くん」っ、げ、『減圧調理機』!?」
『減圧調理』とは、食材に熱を加えた後に火を止め、鍋の中の気圧を下げて真空に近い状態にする調理方法のこと。
外から空気が入ってこないよう鍋の中の蒸気を排出することで、鍋の中の気圧が下がると同時に沸点も下がる。
これにより火を止めたとしても、鍋の中は低温加熱調理状態となり長時間調理が続く。
こうすることで食材へのダメージを少なくするだけではなく、低い沸点で煮込むことで食材の煮崩れを防ぐことが可能となる。
そのため食材へのダメージが大きい圧力調理ではすぐに煮崩れたり変色してしまう野菜も、減圧調理なら綺麗な形と色を保ったまま柔らかく煮ることが出来るのだ。
また、真空状態になると食材の中に含まれている気泡や水分が吸い出され、スポンジを絞ったような状態になる。
この状態で放置してから蓋を開けると、絞ったスポンジのような状態になった食材へ調味料や出汁・旨味などが一気に浸み込み、圧力鍋や保温鍋を使うよりも短時間かつ深く旨味が染み込むのだ。
本来なら『減圧調理』は『味を染み込ませること』が目的のため、米を柔らかくする『炊飯』には向いていない。
もしやったとしても、生米の状態からでは米のデンプンを糊化させるのに必要な温度や圧力を維持できず、『芯』が残ってしまう。
そのため米で減圧調理を行う場合は、予め炊いた米や【リゾット】として仕上げるのが一般的。
だが今回カムイが作ったのは【サラダ】のため、【パエリア】のように『芯(アルデンテ)』が残っていることが望ましい。
そこでカムイは軟水に少量の『米油』と『塩』を加えて、水の沸点を100℃以上に引き上げ、その熱湯で吸水を行うことで米の外側だけを柔らかくした。
もちろん『神力』と『女鶴』では、『女鶴』の方が吸水率が低いので別々に吸水を行うことで時間を調整。
そしてアリスから借りた『減圧調理器』により、出汁を染み込ませつつ、米に適度な歯ごたえを残して破断強度を均一化。
こうして適度な歯ごたえとサラサラな口当たりを実現し、三種の出汁の旨味成分を染み込ませることで、『神力』と『女鶴』の旨味を限界以上に引き出したのだ。
しかし『減圧調理』の効果はコレだけではなかった。
「この『減圧調理』こそ、繊細極まるこの料理を成立させている重要なファクター。
圧力をかけずに低温で加熱することで、炊いた時に生まれる『米』特有の硫化系の匂いが発生するのを防いだ!
さらには米が持つサラサラとした本来の食感を保つことで、噛み締める『快感』を実現したのよ!」
「っ、炊きたて熱々の状態では、この『米』本来の食感は決して味わえない。
また、適度に冷たい米だからこそ、初めて味わえる『旨味』がある!!!」
日本人ならば炊きたての米の香りには、つい頬が緩んでしまうだろう。
しかし人によっては、特に外国人は炊きたての日本米が放つ硫化系の匂い成分が苦手という者もいる。
また冷たいまま食べることで甘味だけではなく、『米』本来の旨味も味わえる。
『暖かいオニギリ』よりも『冷たいオニギリ』の方が、『米』本来の旨味を感じられるのと同じ理屈である。
だからこそ、カムイは甘味が強く出るよう品種改良された最新の米ではなく、野性味溢れる『神力』を使うことで『米』が持つ『本来の旨味そのもの』を活かした料理を作ることが出来たのだ。
「なるほど、米については分かった。次はこの『ドレッシング』についてだ」
「材料に酢・みりん・アルコールを飛ばした酒・米油に塩などの調味料を加えて使っていることまでは分かった。しかし!」
「それだけでは、このかぐわしい風味と舌をトロけさすような上品な甘味の説明がつかない。
風味としては『ポートワイン』に近いが少し違う。このドレッシングはいったい…………」
そのまま食べても仙左衛門と宗衛が会場全体へ『おはじけ』&『おさずけ』をするほどの美味なる『サラダ』。
その『サラダ』が『ドレッシング』を纏うことで味の品格が限界突破したばかりか、より一層の深いコクと気品を生み出していたのだ。
カムイが作ったドレッシングの秘密は、往年の味の経験値を持つ審査員だけではなく、『絶対嗅覚』を持つ葉山や『神の舌』を持つえりなですら解き明かすことが出来ないでいる。
観客たちもカムイがドレッシングに使った食材の中に奇抜なものが無かったことを確認しているだけに、『どうしてそんな味になるのか?』という疑問を感じずにはいられなかった。
「特に何も、変わった材料は、使っていない。ただ、ドレッシングに使った酢・酒・麹・米油は全て、『神力』から作った」
「っ、そうか! 現在『神力』は食用ではなく、酒などの発酵食品に使われている。だからこそ、これほどの一体感が生まれたのか!!!」
「し、しかし、味の一体感は分かったが、このまろやかで熟成されたような『甘味』は何だ? 『女鶴』の甘さに近いようだが?」
「それは、『女鶴』で作った『みりん』を、五十年寝かせたことによる『甘み』」
「ご、五十年!? なるほど、『長期熟成みりん』か!!!」
今でこそ酒税がかからないようアルコール度数を下げて作られているが、『みりん』は本来アルコール度数14%ほどの飲用酒であった。
『長期熟成みりん』とは、その『みりんの原点』に立ち返り、十年以上の歳月をかけて熟成させた『みりん』である。
長期間の熟成によるメイラード反応で、透明だったみりんが深みのあるこげ茶色になり、旨味・甘み・深みが増すだけではなく、チョコレートやバニラのような甘い香りがふんわりと立ち上がるのが特徴。
甘味も上品極まりなく、かつトロりとした濃厚で極上の味わいは『和のリキュール』とも呼ばれている。
「なっ、ただでさえ上品な甘さが持ち味の『女鶴』。その『長期熟成みりん』だなんて聞いたことが無いわ! いったいどうやってそんなものを!?」
「っ、この心を溶かすような高貴極まる香りと味わいは、長い年月をかけて熟成されたからこそ生まれたモノ!
スパイスのような鋭い香りじゃあ絶対に出せねえ、『香りの世界』はここまで深いのか!!」
えりなや葉山が困惑するのも当然であった。この『みりん』はカムイが『ワープダイニング』を使い、時間を早めて熟成させたものなのだから。
しかも『みりん』だけではない、『神力』から作った酒・麹・米油なども全てカムイのお手製である。
もちろん完全に【密造酒】なのだが、カムイは全く気にしていない。
一応『アイランドシェル』にて作っているため、ある種の『治外法権』が働いてはいる。
旬の食材だけに留まらず、『神力』や『女鶴』と言った希少食材。
それらから作った調味料が生み出す味わいは、たとえ『サラダ』であってもメインディッシュを張れるほどのインパクトがあった。
さらには濃厚ながらも深いコクと爽やかで軽やかな味わいは、高いリフレッシュ効果を生み出し、コース料理における『サラダ』の役割を十二分に果たしていると言えるだろう。
「かつてコレほどまでに美味なる米料理は食したことが無い! 米が持つ本来の味を最大限引き出すために揃えた食材も完璧!
ジャガイモは『インカのめざめ』を擦り下ろして取った出汁を濾すことで、純粋で柔らかな旨味とコクだけを使っている。
この柔らかな旨味は昆布からでは作れない、むしろ昆布では旨味が強すぎて米の味を塗り潰してしまう!」
『インカのめざめ』、栗やナッツのような強い甘みと濃厚な味わいを持つ、果肉が鮮やかな濃い黄色が特徴の高級ジャガイモ。
主に北海道で生産されており、強い甘みとコクに加え、サツマイモや栗に似た風味は他のジャガイモには無いほど味わい深い。
「カツオの出汁も敢えて鰹節ではなく、新鮮なカツオを使うことで淡く繊細な旬の旨味だけを利用している。
もし一般的な鰹節から取った出汁を使っていたら、米の味を覆い隠してしまっていた!」
「同じ理屈でシイタケも干さずに生のまま使ったことで、非常に柔らかい出汁になっている。
松茸は旨味ではなく香りだけ移したのも見事! ほのかで芳しい香りが、この料理にとって最高のアクセントだ!!」
カムイが鰹節や干しシイタケを使わなかったのは、強い旨味で米の味を覆い隠してしまうのを防ぐため。
旬の旨味をそのまま繊細に引き出した出汁を使うことで『味の土台』にし、米の味を最大限引き上げるのが目的だったのだ。
「『新そばの実』が、米とは違う微かな甘みと香ばしさを加えているわ! なるほど、コレは【カーシャ】ね!!
ゴマのように香ばしいけれど、ゴマほど強い主張はしていない。米の旨味を最大限膨らましてくれる最高のパートナーだわ!!!」
『カーシャ』。ロシアやウクライナで親しまれる伝統的料理である。
特に蕎麦の実を使ったものは「グレーチカ」とも呼ばれ、現地ではソウルフードとして日常的に食べられている。
ゴマのようにプチプチとした食感と香ばしさが特徴で、水だけでなく牛乳やキノコのスープで煮ることもあり、粥やリゾットのような食感を持つ。
「これだけ旬の食材を揃えた上で、なお『米』という存在が輝いてやがる!
そしてこの一体感、旬の食材で固めることで【秋】という味が生まれている…………コレがカムイの狙いだったのか!!」
カムイの料理の全容を理解した観客たちは興奮に沸いた!!!
日本の代表食材である『米』の魅力を余すことなく引き出したばかりか、旬の食材の旨味を繊細に掛け合わせることで【秋】という味を生み出し、【日本の秋】を完璧に表現。
それにより、本来なら脇役になるはずの『サラダ』をメインディッシュに匹敵するインパクトを持たせたのだ。
しかもこれはまだ【カムイのフルコース】の試作品でしかない、その事実に完成した『サラダ』の味への期待が否応なしに高まった。
「しかし『神力』も『女鶴』も、今では市場にはほとんど出回らない食材。それを手に入れたばかりか、よくぞここまで調理したものよ」
「ええ、まったくです。カムイ、『神力』や『女鶴』はずっと前から味について研究していたのか」
「フルフル、『食材の声』に導かれて、見つけた」
「『食材の声』?」
「コクン、『まだ輝ける』『死にたくない』『消えたくない』という叫びが、聞こえた」
「「「「「…………………………」」」」」
えりなや幸平などのごく一部を除き、一同はカムイの話に首を傾げるも、思わず聞き入ってしまった。
『食材の声』の意味は何となく理解できても、『実際にそんなものが聞こえるはずは無い』と思ってしまう。
しかしその反面、『カムイなら聞こえても不思議ではない』とも思っていた。
『絶対音感』や『色相共感覚』といった、『分かる人にしか分からない感覚』というものが世の中にはあるからだ。
食用としては見向きもされず、表舞台から姿を消した『神力』。
栽培の難しさから敬遠されてしまい、今では細々と生きていくしかない『女鶴』。
このままでは後継者不足などで、どちらも人類の食の歴史から消えていくのは時間の問題だっただろう。
そんな自分たちの声なき声に気づき、今一度輝かせてくれたことに感謝した食材たちは、自身の旨味を限界以上に発揮したのだ。
まさしく『食材の声』を聞き、惜しみない食材への愛情を注ぐカムイだからこそ作り得た料理と言える。
「ではこれにて審査は終了。これより秋の選抜特別試合の勝者を発表する!」
波乱を生み出したカムイの料理の実食が終わったところで、審査員が審議に入った。
しかし審議には然程の時間は掛からず、すぐに勝者の発表に移る。観客たちもほとんど審議が行われなかったことから、圧倒的なまでの大差で勝敗が決したことを悟った。
「三人とも、よくぞ『米』という課題に応えた。三者三様に『米』という食材の魅力を十分に引き出していたと言えよう」
「断っておくが、負けたからと言って恥じる必要は無い。三人の料理に欠点らしい欠点は無かった、これは断言できる」
「葉山アキラの料理は『日本』と『東南アジア』の食文化のミクスチャーと呼べる料理であり、薙切えりなの料理はそれに加えてオリジナリティが込められた素晴らしい料理だった。
そしてカムイくんの料理は、いくつもの常識の枠を吹き飛ばす爆発力を持った【秋の料理】であった」
「しかし勝者となるべきは! 遠月の頂点に立つべきは! 既存の枠組みに捉われず、誰よりも果てなき味の地平線を切り開く『創造力』を持っている者である!!!」
審査員たちの反応から観客は、料理自体の完成度に問題があったわけではなく、単純に『より新しく、よりオリジナリティがあり、より美味い料理』という点において差がついたと察する。
そして、三人の中で最も斬新さとインパクトを与えた料理を作ったのは誰か………観客以上に選手たちが理解していた。
「米をもって米を調理する、まさに『淡き中に淡きあり』。日本料理の神髄ここにあり!
日本人の魂とも呼べる『米』の魅力をここまで引き出した料理は、未だかつて味わったことが無い!!!」
「味のみならず、『米』という食材が持つ本来の香りや食感を限界まで突き詰めていた!
その味わいたるや、我々が忘れていた日本人の『食の記憶』を思い出させるほど!!!」
「旬の食材をふんだんに使うことで【日本の秋】という味を生み出し、日本伝統の米とそれらから生み出した調味料を使用!
古きを重んじながらも新しい味への探求も忘れない姿勢に、今を生きる料理人としての『矜持』と『誇り』を確かに見た!!!」
「よって勝者は!」
「「「カムイである!!!!」」」
ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!
カムイが勝者と決まるや、会場中から万雷の拍手と歓声が鳴り響く。
【二種の米のサラダ】。まさしく【神域の料理人】に相応しい常識外れかつ、人類の『食』に新たなる1ページを綴る逸品。
そんな料理の誕生の瞬間に立ち会えたことを、観客たちは立ち上がるほど歓喜した。
『最新技術と伝統食材のコラボレーション』
『表舞台から姿を消してしまった食材の復活』
『米料理の新基軸の誕生』
どれを取っても『食の世界』における大ニュースである。
しかもそれらを成し遂げたのが【神域の料理人】と呼ばれる男ならば、世界中が注目するに違いない。
フードメディア関係者はカムイが特別試合に勝利したことも含めて、すぐに公表する準備に取り掛かっている。
「フゥ、負けちゃった。でも仕方ないわね、あんな途轍もない………そう、【地球上に存在しなかった料理】なんかを出されたらね」
「ああ、カムイに勝つにはそれだけの料理を作らなきゃいけないってことか。
だが、それでこそ俺が憧れた料理人だ! ますます倒し甲斐が出来たぜ!!!」
「あら? カムイくんに憧れてるだなんて、もしかして葉山くんって彼のファンなの?」
「あっ! い、いや、その…………」
「別に恥ずかしがらなくてもいいじゃない。私だって似たようなものなんだから♪ まぁ、それはそれとして」
えりなと葉山はカムイに敗れたにも関わらず、清々しい表情をしていた。
出した料理には文字通り、今の自分の『全身全霊』が込められていた…………でもカムイには届かなかった。
仲間の力まで借りて(葉山は認めないかもしれないが)、やれるだけのことは全てやった上での完全な敗北。
ならば己に恥じることなど何一つ無く、むしろ誇らしくすらあった。
ましてや『神の舌』を持つえりなは、これまで料理において誰からも崇められる存在であった。
そんなえりなだが、今は全身全霊の自分を打ち負かしてくれたカムイに感謝すらしている。
『悔い』を全く感じさせないほどの軽やかな足取りで、えりなはカムイへ近づいていく。
「ありがとう、カムイくん。貴方が特別試合に出てくれたおかげで【秋の選抜】は大成功よ。運営委員の1人として、お礼を言わせてもらいます」
「? 料理を、作っただけ」
「フフ♪ 『だからこそ』、よ♪ ここは【遠月学園】、『料理が全て』ですもの。
それからおめでとう、これでフルコースの『サラダ』が決まるわね」
「ん、ありがとう」
「それで、そのぉ…………完成したら、食べさせてくれる? カムイくんのフルコースの『サラダ』//////////」
「(食材の)気が向いたら」
「っ、もう、またソレ!? それじゃあいつになるか分からないじゃない!」
えりなが頬をピンクに染めて恥ずかしそうにカムイへ料理を強請るも、カムイはいつものように『食材の気分次第』としか答えない。
実際カムイが誰かに料理を食べさせるのは自分が食べるついでであることが多いため、『誰かのため』に料理を作るのであれば『食材の機嫌次第』となってしまうのだ…………ただ一人、今は亡き妹を除いて。
恥ずかしさを我慢して頼んだにも関わらず、いつものようにあしらわれたことをえりなが抗議していると、今度は葉山が近づいてきた。
「勝利おめでとう。俺が言うのも何だが、まさか『サラダ』で勝負してくるとは思わなかったよ。しかもキッチリ勝っちまうんだからな」
「単に、『食材の声』を、聞いただけ」
「『食材の声』? そういや幸平もそんなことを言ってたな。まぁ何はともあれ、これで俺の『選抜優勝』の印象は薄くなっちまったわけだ」
「そんなことないわよ。この特別試合はあくまで余興、【秋の選抜】の目玉は『選抜戦そのもの』なんですから」
「だといいがな。見ろよ、観客やVIP客は全員カムイの料理についての話で持ちきりだぜ?
たぶん明日あたり、ネットや新聞なんかでフードメディアの話題を独占するんじゃねえか?」
「…………まぁ、仕方ないわよ。今回のカムイくんの料理は、いくら何でも常識離れし過ぎていたわ。
ハァ、これでカムイくん絡みの問い合わせがまた増えるんでしょうね」
「?」
葉山は『選抜優勝者』という肩書を薄められ、えりなは『カムイ絡み』についてスポンサーやメディアへの対応に暫くは追われることになるだろう。
試合に負けたとはいえ、食戟でもないのに敗者へのこの仕打ちはあまりにも悲惨すぎる結果だ。
しかも当のカムイ本人は何のことやらさっぱりと言った態度であるため、尚更に救いが無い。
何はともあれ、選抜優勝者は葉山であるものの最終的な勝者は『カムイ』という形で、遠月学園の伝統行事【秋の選抜戦】は幕を下ろしたのであった。
ようやく【秋の選抜戦】が終了しました♪ たぶん今作で一番カムイが料理を作る章だと思います。少なくとも、今章以上にカムイが料理を作る予定は今のところありません。
また、今章でカムイの『フルコース』が三つ決まりましたが、『サラダ』の完成品については出てくるのが暫く先になると思います。
次回は叡山の弾劾裁判から始まります。
それでは皆さん、次章【スタジエール編】で♪
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