叡山の弾劾回です。ただ予告していた通り、ペナルティはありますがフェードアウトすることはありません。
彼にはまだまだやってもらうことがありますので。
第四十皿
「全員、揃ったな」
「ああ、薙切ちゃん以外だけどな」
「仕方ないですよ、彼女は今スタジエールの真っ最中ですから」
「ってことで、薙切ちゃん以外は全員揃ってますよ。司さん」
「よし、なら会議を始める。まずは」
「叡山、話を聞かせてもらおうか」
遠月学園の一室、十傑評議会の会議室は司の発した一言と共にかつてないほどの重苦しい空気が漂い始めた。
基本的にお気楽な小林も普段見せないような真面目な顔をしており、えりなを除く他のメンバーも司の一言で叡山を睨んでいる。
なお、第十席であるえりなは現在スタジエール中のため、この場にはいない。
もし居れば、今回の会議の内容から『氷の女王』が再臨。間違いなく他のメンバー以上に冷たい視線どころか、絶対零度の視線を叡山に浴びせているだろう。
どうして十傑メンバーが叡山に対して、これほどまでに敵対心を露わにしているのか。
それは今回の議題が【叡山がカムイの食材を盗んだ】ことについてだからである。
叡山は幸平を倒すため、美作を【秋の選抜】に刺客として送り込んだ。
美作は本戦一回戦でタクミ・アルディーニと戦ったのだが、カムイの影響を受けて短期間に急成長したタクミには、『パーフェクトトレース』だけでは勝てないと判断した。
幸平を倒す前にタクミに負けられては困る叡山は、美作から相談を受け、『ある男』から持ってくるよう頼まれていたグルメ食材の一部………『白金レモン』と『オンリーナッツ』の二つを美作に与えた。
当然美作はタクミに勝利することは出来たものの、続く二回戦で『食材の声』を聞く感覚を身につけ始めた幸平に敗れた。
結果として叡山の目論見は大きく崩されてしまったのだが、それで全てが終わったわけではない。
【秋の選抜戦】が終わった後、十傑評議会は美作を呼び出して事情聴取を行った。
選抜の最中に美作を呼ばなかったのは、VIP客の予定などを加味したスケジュールが既に組まれていて、運営に穴を開けるわけにはいかなかったからだ。
なお話を聞いた結果、美作については厳重注意と短期間のボランティア活動で終わっている。
ボランティアの内容は、遠月に協力している飲食店や学内における雑用諸々。
『カムイの食材』を使ったことは道義的に問題だが、一応ルールの範囲内であり、直接タクミの調理を妨害したわけではない。
本人も幸平のおかげで既に反省し心を入れ替えていて、今は一人の『料理人』として真剣に『食材』や『料理』と向き合おうとしている姿勢が見えたからこその沙汰だった。
何より『カムイの食材』を盗んだのは、美作ではない。
だがその分、美作から事情を聞いて食材を盗んだ犯人が同じ十傑だと分かった際には、全ての『怒り』が叡山へと向けられたのだ。
「ってことで、元々『カムイの食材』は【研究のため】にくすねたモノなんですよ。
『魔が差した』って言うんですかね、それほどまでにカムイが持っている食材は魅力的過ぎた」
「…………なるほど、事情は、理解した。あくまで、『理解した』、だけだがな」
叡山がカムイ当番であることを利用し、カムイの見ていないところで食材を盗んだと知った十傑メンバーは更に怒りを増す。
あの気弱で温厚な司が声を震わせていることからも、彼らの怒りがどれほど大きいかが推し量れた。
しかしそれでも、叡山のやったことには一定の理解を示している模様。
料理人なら誰でも自分のレベルに見合った食材を使いたいと思うし、未知の美味を秘めた食材なら心だって奪われる。
実際叡山ほどではないにしても、十傑メンバーは誰もがカムイの持つ『グルメ食材』を扱ってみたいと大なり小なり思っていた。
当番が来るたびカムイに分けてもらえないか頼んでは断られるというのは、もはやお決まりのやり取りになりつつある。
けれどカムイの立ち会いの下であれば、『使用すること』は認められた。
カムイのサポートを受けながら『グルメ食材』を調理して出来上がった料理は、文字通り自分たちが今まで作った品とは全く次元が違う味であった。
未知なる食材でもカムイのサポートを受けて『食材の声』を聞けば、カムイとほぼ同レベルの品となり、更なる味の世界が開ける。
カムイがもたらしてくれた『新しい味の世界』を知り、盲が開かれるような思いの十傑メンバーは、『カムイ』と『グルメ食材』にますます入れ込んでいった。
「まぁ司の言う通り、気持ちは分からないでもない」
「ああ、俺らもそういう気持ちを全く抱かなかったわけじゃないからな。だがな、叡山」
「それでも『越えちゃならねえ一線』があるだろうがっっっ!!!!」
「っ……………………」
強面で偉丈夫とも呼べる職人気質の女木島だが、大の【食戟嫌い】で他人と争うような好戦的性格ではない。
そんな女木島の怒りを浴びて、流石の叡山も肝が冷える思いだった。
むしろ職人気質であるが故に叡山の行いが看過できないのだろう、そして『ソレ』は周りも同じである。
「ですよねぇ。叡山さぁ…………お前ホント何してくれてんの?」
普段は人をおちょくるような態度を取っている久我まで、怒りを込めて叡山を睨みつける。
いつもならここで二人の口論が始まるのだろうが、今この場では叡山の分が悪い。
ここで下手に言い返せば、それがどれだけ正論であったとしても火に油を注ぐ結果となり、ますます叡山の立場が悪化する。
こういう場合は当の本人よりも、第三者や関係者の諫言の方が効果的かもしれない。
フードコンサルタントである叡山もそのことは理解しているため、久我や周りにどれだけ言われようと必要以上のことは喋らず…………『協力者』の仲裁を待った。
「ちなみに、今回の一件についてカムイは何て言ってるんだ?」
「それなら薙切ちゃんが確認済みだぜ。『食べるために使ったのなら別にいい』だってさ。
あと『食運が選んだことだ』って言ってた、何のことだろうな?」
「…………叡山については? 何か希望は「『興味ない』ってよ」 そうか。なら俺たちで決めるとしよう」
「カムイちんらしいねぇ。いっそのこと『退学にしろ!』とか『警察に突き出せ!』って言ってくれた方が、コッチもやりやすいんだけどな~~~」
「そうだな。しかし自分が苦労して揃えた貴重な食材を盗まれても『食べるためなら仕方ない』と割り切れるのは、ある意味スゲエな」
「まったくだ。『無関心の極み』と呼ぶべきか、それとも『仏心の極み』と呼ぶべきか」
「ふふ、カムイくんらしいね♪ だけど」
「『それ』でボクたちが許すかどうかは別問題だよ、叡山クン」
「っ…………ああ、分かってるよ一色。分かってるから、皆もいい加減睨むのを止めてくれねえか?
こっちはもう、どんな罰も甘んじて受けるつもりなんだからよ」
『普段おとなしい人物ほど怒らせると恐い』とはよく言ったもので、温和な声音でありながら静かな怒りを滲ませている一色を前に、叡山もその言葉の意味を心底味わっていた。
一応これでひと通り全員が叡山に怒りをぶつけたということで、ようやく叡山の処遇についての話し合いとなる。
「では、そろそろ本題に入るとしよう。今回の一件、皆はどう思う? それぞれ意見を聞かせてほしい」
「そりゃあもちろん『退学』一択っしょ! んで、警察に突き出そうよコイツ!
危うくカムイちんが怒って、遠月からいなくなるところだったんスよ? 席次剥奪だけじゃ済ませられないでしょ!」
「薙切ちゃんも同じ意見だったぜ、司」
司の質問を受けて、『待ってました!』と言わんばかりに久我が叡山の『退学』を要求した。
小林もこの場にいないえりなに予め聞いていたとおり、『退学を希望』と伝える。
二人の意見は尤もだろう、特にえりなは『薙切家』の人間として学園の伝統を汚されたようなモノなのだから。
ただそれでも単純に食材を盗んだだけなら、カムイ次第とはなるが学園内の処分で穏便に済ませることはできる。
だが本当の問題はその先…………もしカムイが今回の一件をきっかけに、学園を去ることを決めていたら?
今後一切、学園へ関わろうとしない事態に発展してしまったら?
その損失は決して、叡山お得意の『金』で償いきれるモノではない!
カムイが学園にいることによる影響は凄まじい。
企業や団体からの多額の寄付金は言うに及ばず、選抜でカムイの功績や料理が公になったことで、今や遠月のブランド名はストップ高。
連日のようにメディアで取り上げられていて、そこらの芸能人や政治家など話題にしている暇が無いほど、一躍『時の人』となっている。
そんなカムイが作った食材を盗んだことで、遠月学園からいなくなる。
しかもそれをやったのが、学園意思決定の最高機関『十傑評議会』の一人となれば、スキャンダルどころの話ではない。
遠月への信用を失ったスポンサーがいくつ下りるか想像もできない状況となり、社会的信用が無くなって歴史と伝統のある『遠月学園』が廃校になるという最悪の未来が待ちうけている。
それだけでも悲惨極まりない事態なのだが、それよりも十傑メンバーが恐れているのは…………二度とカムイのサポートを受けられなくなることだ。
カムイ当番や『定例品評会』の時、カムイのサポートを受けて作った自分の料理や他のメンバーの料理を食べる。
時にはグルメ食材すら使わせてもらえることがあった。
カムイのサポートを受けて自身のポテンシャルが100%引き出される快感、そこからの景色はまさしく『世界』が違って見えた。
サポートがある時と無い時では『料理』のみならず、明らかに何もかもが違うのだ。
まるで自分が生まれ変わったかのように錯覚する、それほどまでに甘美なモノだった。
カムイの料理やサポートを味わうたびに、今までにない新しい発見がある、料理人としての成長を実感できる。
カムイ当番の時もそうだが、今では『定例品評会』はカムイと共に研鑽をする『生きがい』とも呼べる重要イベントになっていた。
十傑としての仕事のせいで、自身の料理の研究や研鑽が思うように出来ないことがある分、その感動はひとしおである。
まさに背中に翼が生えたかのような『自由』を得た感覚、『十傑になって良かった』と心から思える時間がそこにあった。
だがカムイがいなくなれば、そんな金をいくら積んでも買うことができない『甘美なる世界』『黄金に匹敵する時間』が全て消えるのだ!
(((((冗談じゃない! そんなの到底受け入れられるわけない!!)))))
十傑たちの怒りの根源はまさに『そこ』にあった。
「…………確かにな。他の皆は?」
「そうだな。流石に『退学』とまではいかなくても、『十傑』からは降ろすべきだと思うぜ。でないと周りのヤツらに示しがつかねえ」
「同感だ、『信賞必罰』は世の常。二度とこのような不心得者が現れぬようにせねばな」
「そうですね。カムイくんが明確に被害を訴えないのであれば、警察も起訴できないでしょうから、逮捕したところで徒労に終わりますしね」
「モモは別にどうでもいい。ただカムくんがいなくなるかもしれなかったことは許さない」
「そうか。竜胆と紀ノ國はどう思う?」
直情的な久我や責任感の強いえりなとは反対に、穏健派な女木島・斎藤・一色は『退学』ではなく、『席次剥奪』のみに留めようとする。
怒りは抱くもののカムイが大きく取り上げるつもりが無いことと、『食べるためであれば仕方ない』というカムイの考えを聞いて少しだけ怒りが治まったようだ。
一色の言う通り『窃盗罪』を成立させるには、『窃盗の被害を受けた』という事実を被害者が訴え出て、訴訟を確立させる必要がある。
だが今回の場合周りがいくら騒いでも、食材を盗まれた『カムイ自身』が『まぁ別にいいや』と被害を訴えないのであれば、『示談が成立した』と見なされ警察が捕まえても無駄に終わる。
さらには未成年であることも考慮され、少なくとも実刑判決までは行かないだろう。
そこまで手間と労力と時間を割き、納得できない結果に終わるぐらいなら、自分たちで可能な限り厳しい罰を与えた方がまだマシと思える。
ただ茜ヶ久保に関しては本気で叡山の進退に興味は無い様子、単純に他のメンバーが抑えている本音だけを口に出した。
そして司は残った小林と紀ノ國にも意見を求める。
周りも小林はともかく、生真面目な紀ノ國は久我と同じく『退学』を要求するだろうと思った。
「私は『退学』も『席次剝奪』も反対だぜ」
「私もです。叡山にはもっと他のことで償わせるべきです」
ところが、小林と紀ノ國は叡山へ寛大な処置を求めたのだ。
小林だけでなく、お世辞にも叡山とは仲が良いとは言えない紀ノ國までもが擁護していることに、周りは意外を通り越して信じられない気持ちでいっぱいである。
「どういうことだ、二人とも。特に紀ノ國はらしくないことを言うじゃないか」
「だってよ~~、カムイが大事にするつもりは無いんだろ? だったら私らが変に騒ぎ立てる必要も無いじゃん。
せっかく『あの』カムイが私たちとツルんでくれるようになったんだしさぁ。
なのに私たちがいつまでも騒いでたら、カムイも来づらくなるんじゃねえの?」
「ええ、少なくとも私たちが殺伐としていることを彼に悟られるのは良くないと思います。
ようやく最近は学園内でも、よく見かけるようになってきたんですから」
「それはまぁ、そうだな」
「うむ。我々としても、カムイに避けられるのはよろしくない」
「確かに、ギスギスした空気の中じゃ料理も楽しめないしね」
「モモはこれからもカムくんとスイーツが作れれば良い」
「…………そうだな。俺もソレさえ叶うなら、他のことは正直どうでもいい」
状況が変わって、話は『どうすればこれまで通りカムイに学園へ来てもらえるか』という議題になる。
実際カムイも幸平に………延いてはこの学園に来なければフルコースの皿は埋まらなかったと思っているし、この世界の料理人が作る味を知ることも出来なかった。
そのため、前までは1カ月に1度いるかどうかだったカムイが、今では1週間に何度か見られるぐらい学園に現れている。
「でもさぁ、おさげちゃん。いくらカムイちんのためとはいえ、このまま『無罪放免』はありえないっしょ。
周りも絶対納得しないよ、そんなの。特に『カムイちんダイスキー』な薙切ちゃんは」
「分かってるわよ久我、いくら何でもそこまで甘い裁定にするつもりはないわ。あと『ソレ』、絶対に本人の前で言うんじゃないわよ」
カムイが居なくなることの弊害を考えて頭に血が上っていた面々だが、二人に諭されてカムイに『自分たちと一緒にいるのが面倒』と思われる方がマズイと考え始める。
ただそれでも久我は腹の虫が治まらず、えりながこの場にいたら顔を真っ赤にして否定するようなことを言って、落としどころを探ろうとする。
さすがに紀ノ國も今回の件を『お咎めなし』で済ませるつもりは無いようで、十傑メンバーへ以下のように提案をした。
・第九席としての地位は保留、権限はそのままにしておくが『カムイ当番』および許可の無いカムイへの接触は禁止。
・叡山は学園内およびスポンサー各位への説明責任を果たし、事態の鎮静化に全力を注ぐ。
・事態鎮静化の証拠として、スポンサー各位から叡山の学園ならびに第九席残留における『署名』をもらうこと。
・完遂のための期限は一年生のスタジエールが終了するまで、未遂の場合は『自主退学』を申し出る。
要は叡山には自分が起こした火事の火消しを自分で行ってもらい、不興を買ったスポンサーたちには自分の価値を認めてもらうべく謝罪と説明の『行脚』に出てもらうということだ。
「うっはっ! ヒッデエ内容、よくこんなこと咄嗟に思いつけるよね。恐いおさげちゃんだわぁ、でも何で『自主退学』なの?」
「行事や成績以外での学園判断による『退学処分』って、手続きが面倒な上に時間が掛かるのよ。特に十傑ならなおさらね。
教師の職員会議だけでなく、私たち十傑を含めた学園理事会でも会議に掛けなくちゃいけない。
だけど『自主退学』なら書類を一枚書くだけで終わるわ」
「なるほどね~~、そりゃあラクチンだわ。そんでもって、叡山には自分のケツを自分で拭かせようってわけだね」
「下品な言い方が癪に障るけど、まぁそういうことよ。もちろん十傑としての通常業務をこなしながらね。
正直言って、これ以上叡山のことで時間を取られたくないもの」
「そりゃあ全面的に同意、俺も叡山の尻拭いなんかまっぴらゴメンだね。本音を言えば今すぐ自主退学してほしいぐらいだよ」
「その気持ちは私も同じよ。ただその場合、スポンサーへの説明責任やら後始末やら、叡山がやるべき仕事が全部私たちにのしかかってくるわよ」
「うげっ! ジョーダンじゃない、ソイツはもっと勘弁!」
「でしょう? だから『これまで通り十傑でいたいなら、面倒事は全部自分で処理しなさい』って言ってるのよ」
紀ノ國の提案と内容説明を聞いて、『退学にすべし!』と訴えていた久我も納得の意思を見せる。
他のメンバーも同様で、まさに双方の心情を汲み取った見事な提案だった。
「俺はこの内容で問題ねえ。ただ『第九席』の座はそのままにしておくってのが気になるがな」
「仕方ありませんよ。さすがの叡山でも、この条件を十傑権限無しで短期間に達成するのは無理だと思いますので」
「なるほど。確かに十傑の権限が無ければ、何度も学園や我らの判断を仰がねばならんからな。
ならば拙者も異論はない。まさに『大岡越前』もかくやと言わんばかりの差配よ」
「ボクもだよ、紀ノ國くん。キミがここまで『理』と『情』に配慮できるとは驚きだ、成長したんだね♪」
「うるさいわよ、一色。アナタは私の親にでもなったつもり? それで、どうでしょうか司さん」
久我だけでなく女木島・斎藤・一色も紀ノ國の提案に同意する。
幼馴染である一色は彼女の不器用なぐらいの生真面目さを知っている分、このような柔軟な提案を出せたことに驚いていた。
残るは茜ヶ久保と司のみ、ただし茜ヶ久保は我関せずな様子のため除外。あとは司がどう判断するかに叡山の進退が懸かっていた。
「紀ノ國の提案に異論は無い。だがその前に、叡山には確認しておかなくちゃいけないことがある」
「…………何ですか、司さん」
「本当に、『カムイの食材』はもう無いんだな?」
司の一言で和らぎつつあった部屋の空気が再度張り詰める。
見たところ叡山の進退は然程重要視していない様子の司だったが、『カムイの食材』…………『グルメ食材』を議題に上げた瞬間、これまで以上の怒りを露わにするどころか『怒り』以上の『憎悪』を感じさせた。
「『カムイの食材』。アレはカムイが自分の料理を極めるため、そして【人生のフルコース】を完成させるために揃えた食材だ。
それを盗んだばかりか、ただの学生『なんか』に使わせた…………非常に不愉快だ」
「っ………………!」
「分かっているのか? アレはそこらにいる料理人『ごとき』が扱っていい代物じゃない。
カムイのような神の領域…………【神域】に至った料理人だけが使うことを許された神聖な食材なんだ。たとえカムイが許したとしても俺は許すことができない」
司から滲み出る激しい怒りと憎悪を目の当たりにし、叡山だけではなく周りも思わず息を飲んでしまう。
司の言うこともあながち的外れではない。
凄まじい旨味を持つ『グルメ食材』は扱いが難しいのだ、下手に調理すれば味を大きく損なうことになる。それこそそのまま食べた方が遥かに良いぐらいに。
『調理前の方が美味しかった』、まさに料理人の全てを否定するような言葉である。
もし客からそんな感想を貰えば、最悪そのまま閉店してもおかしくないぐらいにシェフはショックを受けるだろう。
それゆえにグルメ食材の前では、どんな小細工も誤魔化しも通用しない。
まさしく『神の前に立つ』かの如く、『料理人』としての実力が丸裸にされるのだ。
あの美作ですら自身のセンスに加え、タクミを『トレース』した状態で、かつ使う分量を極力減らし、そのうえで微に入り細を穿つように細心の注意を払ってようやく調理できたぐらいだ。
そうでなければ味が強すぎてまとまらず、却って自分の首を絞めることとなりタクミには勝てなかった。
ただそれでもカムイの料理を知っている司から見れば、不足極まりない品であることに違いない。
『カムイの食材を使っていながら、あの程度の品しか作れないのか』、司にとってはその事実が我慢ならないのだ。
司は全ての食材を慈しみ、かしずくほど食材への愛情が深い。それが『感謝』からなのかは分からないが、想いの強さだけでいえば決してカムイに劣ってはいないだろう。
そんな司が今まで味わったことのない極上美味の『グルメ食材』を知れば、情緒が一気に吹き飛ぶほどの衝撃を受けるのは当然だった。
もはや『慈愛』を通り越して、『敬意』と呼ぶべき感情をグルメ食材に抱いている。
そしてそのグルメ食材を自由自在に扱っているカムイのことは『敬意』を超えた…………ある種の『信仰』とまで呼べるほどに感情が膨れ上がっていた。
またカムイが立ち会っているのが条件とは言え、そんなグルメ食材を自分たちに使わせてくれることは、カムイの『信頼』の現れだと解釈している。
もちろん『信頼』というのは言い過ぎかもしれない。
けれどカムイもカムイで『この世界の料理人の味を知れるのなら』ということで、十傑メンバーにはグルメ食材を使わせるぐらいの気を許しているとは思われる。
だからこそ自分がこよなく尊敬するカムイを裏切り、グルメ食材に無法を働いた叡山に対し怒り以上の憎悪を抱いているのだ。
「叡山、これが最後のチャンスだ。もし『カムイの食材』を隠し持っているなら今この場で言え、今ならまだ皆の手前辛うじて許してやれる。
だが今を欺き、後でお前から『カムイの食材』が出てくるようなら」
「ソノ薄汚イ『舌』ト『両腕』ヲ切リ落トス」
過ぎた『愛情』は『憎しみ』に、過ぎた『信仰』は『狂気』へと変貌。
司の顔からは表情と呼べるモノが抜け落ち、無機質で感情の籠っていない目が叡山へと向けられている。
料理人にとって『命そのもの』である『舌』と『両腕』を切り落とす、しかもソレを同じ料理人である司が行う。
叡山と周りはそんなことを思いつくどころか、本当に実行しかねない司が何よりも恐ろしかった。
司の目はもはや叡山を『人』として見ていない。
これまでも料理に関することであれば、人を人とも思わぬ振る舞いを見せることはあったし、そのことは十傑メンバー全員が知っていた。
だが今の司は叡山を『グルメ食材に群がる虫』にしか見えておらず、たとえ食材への影響がゼロであったとしても、目障りであれば容赦なく叩き潰す気に違いない。
「っ、は、はい…………ありま、せん」
「…………そうか、分かった。じゃあ紀ノ國、叡山の処罰についてはキミから総帥に報告を上げてくれ、その方が話は早い。今日の会議はこれで終了、解散だ」
『正直に言わなければ殺される!』、大袈裟でも何でもなく叡山は間違いなく命の危機を感じた。
もしカムイがこの場にいれば『グルメ細胞の悪魔』が顔を出したと錯覚し、臨戦態勢に入っていたかもしれない。
まるで選抜の時にカムイが放った威圧感のような『死』を実感させられる殺気を前に、叡山の生物としての生存本能が虚言を許さなかった。
司の殺気に晒されながらも、どうにか叡山は声を絞り出して返事をする。
それを聞いた司はとりあえず叡山の言うことを信じたのか、殺気が消えて表情もいつも通りに戻り、学園への報告を紀ノ國に任せて解散することにした。
「…………ずいぶん危ない橋を渡ったわね、叡山」
「っ、紀ノ國か。さっきは『打ち合わせ通り』やってくれてありがとよ、おかげで首の皮一枚どうにか繋がった」
今回の一件の後処理を行うべく叡山が自分の執務室へ戻る道中、後ろから紀ノ國に声を掛けられた。
叡山は『打ち合わせ通り』に間に入ってくれた紀ノ國へ礼を述べる。
そう、紀ノ國は叡山の協力者の『1人』だったのだ。
会議が始まる前、叡山は協力者たちに接触し会議で自分が生き残れるよう頼み込んだ。
協力者たちもそれぞれ思惑があり、『ある男』から叡山に協力するよう言われていたため、叡山の作戦に乗っかったのだ。
まず叡山は、自分がこの会議で無事でいられるとは思っていなかった。
あれだけのことを仕出かしたのだ、お咎めなしなどありえないし叡山もそこまで楽観的ではない。
だが、かと言ってイチかバチかの『出たとこ勝負』をするようなギャンブラーでもない。
溺れていても藁は掴まず、生き残るために最大限の思考を巡らし、それでダメなら潔く溺死するリアリストである。
しかしいくら正論を並べ立てても、下手人である叡山本人から言ったのでは逆効果。
ますます自分の立場が悪くなるだけであることを叡山は理解していた。
そこで叡山は会議が始まる前に『協力者』を用意、紀ノ國が皆に提案した内容も叡山が考えたモノである。
それを紀ノ國の口から伝え、さらに予想される質問も予め渡しておき、周囲の共感を得られるような尤もらしい模範解答も準備しておいた。
一色が感心するほど紀ノ國の話が完璧だったのは、叡山が予め用意したシナリオ通りに役割を演じていたに過ぎないからだ。
「どういたしまして、でも勘違いしないで。私がアナタに協力したのは、『あの人』からの指示があったのと私自身の『目的』のため「そうだぜ、叡山」っ、り、竜胆先輩!」
叡山からのお礼に嫌悪感を感じていると、紀ノ國の後ろから更に小林がやってきた。
紀ノ國だけでなく小林までやってきたことで、面倒な匂いを察知した叡山の顔が引きつる。
「げっ! 竜胆、先輩…………何でここに?」
「『げっ!』とはずいぶんな言いぐさだなぁ、叡山? せっかくお前が生き残れるようネネと一緒に『協力』してやったって言うのによぉ」
「…………アリガトウゴザイマス。オカゲサマデ、タスカリマシタ」
「おうよ♪ まっ、モモのヤツは協力も邪魔もせずに傍観してたみたいだけどな」
紀ノ國だけでなく小林と茜ケ久保も叡山の協力者だった。
叡山を擁護する側に回っていたのだから、小林が叡山と繋がっていたとしても不思議はない。
もっとも茜ケ久保が中立的な立場になっていたのは、叡山のことを嫌っているからか、それとも単純に面倒くさかったからか。あるいはその両方だろう。
「本当は斎藤先輩にも協力してもらいたかったんですけどね、おかげで私が面倒な役回りになりました」
「ムリだな。その手の裏工作や悪だくみは大嫌いだからよ、アイツ」
「ええ、だから斎藤さんや司さんには声を掛けなかったんです。それだけに、あの時の司さんはヤバかったですけどね」
「叡山は自分の命があることをひたすらに感謝することね」
「そりゃあそうだろ、司は誰よりもカムイに『お熱』だからな。まったく、りんどーセンパイも妬けちまうぜ♪」
本来なら叡山は司と斎藤にも協力してもらい、会議が始まる前に十傑メンバーの過半数を味方につけた『出来レース』にしたいところだった。
だが悪党を庇うようなやり方を好まない斎藤、叡山に憎悪を抱いている司の二人は説得できないと思って断念したのだ。
(茜ケ久保は微妙だが)何故こうまで三人が叡山を助けようとするのか。
それは『ある男』の計画に叡山の存在が必要であるため、そして自分たちも各々の目的を果たすためにその者の計画に加担しているからである。
紀ノ國も小林も茜ケ久保も、それぞれ自分たちの目的を果たすために『その者』から指示を受けて叡山を擁護した。
だが、陽気だった小林が急に真面目な顔つきになる。
「なぁ叡山、いい機会だから言っておくぞ」
「? 何ですか、竜胆先輩」
「アタシらの件に、【カムイ】は巻き込むなよ」
普段なら絶対に見ないであろう小林の真剣な顔つきに、先ほどの司とは違うプレッシャー感じた叡山と紀ノ國。
普段温厚な人間が怒ると恐いだけで済むが、普段陽気な人間が真面目になると一層空気が重苦しくなるのが分かる。
「カムイの料理は『自由』であってナンボなんだよ。アタシも司も、たぶん他の連中も、そんなカムイの料理が好きなんだ。
だから『司みたいな』目には遭わせたくねえ、分かるだろ?」
「………………………」
「知ってるか? 最近の司、スッゲエ生き生きしてるんだぜ♪ カムイの料理を食べて、カムイと一緒に料理作ってさ。
特に『カムイの食材』を二人で調理してる時なんか、子供のように目をキラキラさせてんだよ。まるで『昔の司』が帰ってきたみたいなんだ♪」
小林は自分のカムイ当番の権利を司に譲渡していた。
彼女にとって自分が当番になるよりも、司がカムイと一緒に楽しそうに料理を作っている姿を見る方が好きだからだ。
そして出来上がった料理を三人で一緒に食べる、それだけで十分だった。
その【宝石のように輝く時間】が続くなら、『どんなこと』でもする覚悟だった。
「だから叡山…………カムイからは手を引け、それで今回の一件とお前に協力した分はチャラにしてやる。
司に関しては私が宥めておく。けど、もし『アイツ』の計画にカムイを利用するつもりなら」
「『本気』デ怒ルゾ」
小林の言葉に叡山は今日何度目か分からない息を飲み、静かな廊下で叡山の喉がなる音がハッキリと聞こえた。
小林特有の爬虫類を思わせる目つきが鋭くなり、その迫力は司とは違う底冷えする恐ろしさを感じさせた。
だが司とは違い、小林の迫力は『怒り』や『憎悪』から来るモノではない。
どちらかと言うと、『大切なモノを守ろうとする覚悟』に近かった。
この世で最も恐ろしい生き物は、猛獣や猛毒を持つ生物ではない。
【我が子を守ろんがために命懸けで立ちはだかる親】である。
小林の放つ迫力はまさに【母親が自分の子を守るため外敵を威嚇する】行為を思わせた。
「…………わかりました、カムイを手に入れるのは諦めます」
「おう♪ じゃあ私は行くぜ、ちゃんとお勤めするんだぞーーーーー!」
『我が子を命懸けで守る母親』に金の亡者が言えることなど何もない、叡山は泣く泣くカムイのことを諦めるしかなかった。
叡山の返事を聞いた小林は『用は済んだ』と言わんばかりにその場を後にする。
「今日は災難ね」
「ああ、まったくだぜ。クッソ、『アイツ』からの指示とはいえ、損な役回りだぜ」
「っ、『アイツからの指示』って、じゃあ叡山が『カムイの食材』を盗んだのは…………!」
「ああ、全部『アイツ』からの指示だよ。でなきゃ俺がカムイに不信を抱かれるようなマネ、するはずないだろ」
「そう、だったのね。じゃあ叡山が盗んだ食材は「とっくに全部『アイツ』の元へ送ってる」…………ホントに?」
「ハッ! この俺がいつまでも『証拠』を手元に置いておくかよ、『全部』と言ったら『全部』だ」
「『星屑 ほしくず』もな」
叡山が自分の都合で『カムイの食材』を盗み出したわけではないことを知り、少しだけホッとしたのも束の間………紀ノ國は目を大きく開き、言葉に詰まるほど驚愕する!
叡山が『星屑』と呼ぶ食材、それはグルメ食材『メルクの星屑』のことである。
新種のアミノ酸で構成されていて、一舐めすれば我を忘れるほどの旨味が食欲へ直撃する魅惑のスパイス。
その正体は永久不滅の旨味成分で出来た『グルメマター』であり、カムイが愛用している『金の調理器具』の原材料でもある。
100%純粋な旨味成分で構成されている『メルクの星屑』。その旨味は凄まじく、並大抵のグルメ食材ですら染め上げてしまうほどの代物だ。
ましてやこの世界の食材など足元にも及ばないどころか、『メルクの星屑』の旨味に慣れてしまえば、味覚が麻痺してカムイのように他の味を感じることが出来なくなるだろう。
あまりにも美味すぎるため依存性も高く、一度味覚で感じてしまえば麻薬のように止められなくなる。
それでいて身体を害する成分は一切入っていないため、カムイのいた世界でも法では取り締まれないというのだから、コカインやヘロインといった覚醒剤が可愛く思えてしまうほどだ。
十傑メンバーも一度だけ味見したことがあるが、全員すぐに我を忘れて食べ続けてしまった。
もしカムイがその場にいなければ、麻薬中毒者のように正気を失ったままだったかもしれない。
それだけに紀ノ國も他のメンバーも知っている。
『アレは単体で世界を変える味』だということを!
そのため、カムイのサポートを受けて『ゾーン』状態になった十傑メンバーでも『メルクの星屑』を自分の料理に使いたいとは思わない。ましてや人に食べさせるなど以ての外だ。
『メルクの星屑』はグルメ食材の中でも、とびきりで使う人間を選ぶ調味料。
この世界でも『メルクの星屑』を本当の意味で使いこなせる料理人は、カムイを除けばカムイのサポートを受けた司や四宮と言った『超一流』の素質を持つ料理人だけだろう。
全ての料理人の中でも上から数えた方が早いような一握りの存在だけが、カムイのサポートを受けてようやく扱えるかどうかというレベルなのだ。
世界のあらゆる食材や料理の味を呑み込み、ただ一つの味で塗りつぶし、極上の美味と化す…………まるで『料理人』という存在を根底から否定するような悪魔の調味料である。
(アレは…………『星屑』は間違いなく人を狂わせ、洗脳し、支配する力を秘めている! そんな危険極まりないモノが『あの男』の手に渡ったなんて!!)
「『アイツ』は本気だぜ。本気で『食』の世界を創り変えて、邪魔な存在や不出来な存在を排除するつもりだ。
たぶんお前が考えているよりも徹底的にかつ容赦無くな。お前に目的があることは結構だが、それでも『アイツ』に関わる時は十分に注意した方がいいぜ」
カムイやグルメ食材を手に入れようと躍起になっていた叡山だったが、それでも『メルクの星屑』だけは危険過ぎると判断した。
むしろ手に入れるどころか、傘下の生徒へ臨床実験することすら避けたほどだ。
そんな叡山ですら躊躇したことを平然とやろうとしている人間がいる…………紀ノ國は背中が凍りつくほどの寒気を感じていた。
「何にせよ、俺はしばらく大人しくしているつもりだ。流石に学園からもマークされてるだろうからな。
これ以上妙な動きはできねえし、事後処理に掛かりきりになる。
幸いにも『星屑』は『あの男』が握ってるしな、無理矢理にでも手伝わせてやる。じゃあ俺は行くぜ」
叡山はそう言うと自分の執務室へと歩いていく、後に残された紀ノ國はその場で立ち尽くしたまま考えを巡らせていた。
紀ノ國は『老舗の跡取り』で『日本料理界のサラブレッド』と呼ばる逸材。
実家をはじめとする日本の食文化の伝統を守り、次代へと引き継いでいく義務がある。
そのためには、料理人や店が苦労の末に作り上げ守ってきた『味』を金と権力にモノを言わせて貪る輩や、味を楽しむのではなく『有名店で食べることがステータス』だと思っている輩から守らなくてはならない。
しかし飲食店は大なり小なり、そういった輩によって支えられているという面もあるため、自分一人ではどうにもできない。
だからこそ『あの男』の計画に協力することにした、料理人や職人が育んできた技術や知識という『伝来の宝物』を守るために。
だが叡山の話を聞いて、『果たしてコレで良かったのか』…………そんな疑問が顔を出し始めたのだ。
(けれど、『あの男』は既に動き出している)
自分の目的のためにも、今さらどうすることも出来ないと判断した紀ノ國は、重い足取りで仙左衛門の部屋へ行き、『叡山の処遇について』のみ伝えることにした。
司がちょっと行き過ぎな気がしますが、司の性格ならコレぐらいにはなるかなと思いました。
他にも『叡山の心が折れるまで延々と料理勝負をする』とか考えたんですけど、それだと叡山が潰れてしまいますので。
あと原作とは違い、小林や紀ノ国なんかが反乱を起こした理由も作者の考察混じりに入れていきたいと思います。
原作における『セントラル』の立ち位置や強みがちょっと分かりにくかったので、そのあたりをハッキリさせるべく『メルクの星屑』をチョイスしました。
このままでは【食戟のソーマ】世界の食材が物足りなさすぎますからね…………。
ただ『メルクの星屑』がどのように関わってくるかは、まだ先の話となります。
それでは皆さん、次回で♪
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