ある時は扉。
ある時は封印石。
ある時はオーブ。
様々な未来を、過去を指し示すモノが、宿命の天使を映し出す。

事件屋ウィステル 短編集

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星の扉16 ある少年少女の出会い

───────汝、赫灼が弟子たる少女、我が前に引き連れよ。

さすれば《扉》を開かん───────

 

 

 

 

 

 

西陽の差し込む 、壮大な大聖堂の中。

孤独な少女はベンチに座ってぼうっとしていた。

他にやることがなかった。一人でできることなど、この厳正な大聖堂には何もなかった。

“祖母”も今は忙しいらしく、少女はほったらかしにされていた。

匣庭に出れば多少は暇を潰せるだろうが、この鮮烈な夕日の中、外に出る気力は今の少女にはなかった。

いっそ眠ってしまおうか、と少女が顔の前に垂れた青い髪を退けようとした、との時。

 

「潜入成功っと!」

 

しん、と静まり返った大聖堂に、突如として子供の声が響いた。

少女が驚いて声の聞こえた方向へ視線をやれば、そこには綺麗なミルクティーの長髪を持った、白夜の瞳をきらりと煌めかせる少女が、西陽を背に立っていた。

 

「ふーん、中はこんな風になってたンだ」

「……貴女、誰?」

「うわァっ!? えっ、人!?」

 

少女に気づいたらしい侵入者は一言驚きの声を上げると、少女へと近づいてきた。

そして周囲をぐるぐると回り、少女をじっくりと眺めた後────にぃ、と笑って、杯の描かれたメダルを下げた胸に手を当て、こう言い放った。

 

「あたしはラフィ。あんたは?」

「……ニナ、です」

 

そう、よろしく、ニナ!

侵入者に何をよろしくするのかを問いただそうとしても、ニナの“目”はこの目の前の少女がなんの疑問もなく、ただただ初めて出会った人間と友人になろうとしているだけだと告げてくる。

彼女に憑いているモノですら捉える“目”を疑うなどあってはならない。やってくる大人達と違って、あまりに純粋な想い。

 

「ねェ、あんたずっとここに一人でいるの?寂しくない?」

 

ニナがこくんと頷くと、ラフィはそっかぁ、と悩むそぶりを見せ、周囲をうろうろと歩き出した。

ふわふわと癖っ毛が靡く。背に背負った蒼く長い剣がカチャカチャと音を立てて揺れる。

 

「ニナ、外に出たい?」

「出たら、教皇猊下が心配します」

「あの婆さんが? っていうか、興味はあるんだ」

 

む、とニナが黙ると、ラフィはいいこと思いついたとでも言うように、ぽんと拳を手のひらに打ち付ける。

 

「なら……外のモノ、あたしが色々持って来てあげる。それならいいだろ」

 

手始めに、ハイこれ。

少女がパーカーのポケットからガサゴソと引っ張り出してきたのは、棒のついたひとつの飴玉。

色々プリントされたセロハンを剥けば、鮮やかな桃色がひょこりと顔を出す。

目を丸くし、ぽかんと口を開けっぱなしにしたニナが次に感じたのは、口に入れられた飴玉の、いかにも人工物といったような甘ったるい味だった。

 

「その色ならイチゴ味かな。あたしも一個食べよっと」

「むぐ……」

 

行儀を叩き込まれたおかげで口に物を入れたまま喋ることをしないニナをいいことに、ラフィはもう一つポケットから飴を取り出し、セロハンを剥いた。今度は美しいライトグリーン────マスカット味だ。

コロコロと少女達が口の中で飴を転がしていると、ふと、外から女性の大きな声が聞こえてきた。

 

「馬鹿弟子────ッ!稽古から逃げてんじゃねぇぞ────ッ!!」

「げェっ、師匠」

 

心底嫌そうな顔をするラフィを、ニナはきょとんと見つめていた。

その“目”には、散々逃げ回った挙句、結局彼女の師────セリスに捕まる未来しか見えていなかったからだ。

 

「きっと逃げ回っても無駄ですよ。捕まります」

「残酷なこと言うね、あんた……」

 

そのことを素直に伝えれば、彼女はひくりと口端を引き攣らせた。

がり、と奥歯で飴を噛み砕いたラフィはそのまま黒のパーカーを翻して立ち上がる。一緒に癖っ毛がくるくると舞い、西陽を透かしふんわりと光っているように見えた。

 

「ニナ、この時間って大体一人?」

「日によります。昨日はずっと猊下がいらっしゃいました」

「オッケー、わかった」

 

何がわかったのだろう。

ニナが頭をこてんと傾ければ、彼女はアハハ、と快活に笑った。

 

「また来るねってこと!今度はワジも連れてくるから!それじゃ!」

 

それだけ残して、少女は入ってきた窓から近くの木に飛び移って、大聖堂を去っていってしまった。

 

(また来る?ここに? ワジって誰?あの甘いものは何?)

 

しばらく、ずうっと、衛兵が様子を見に来るまで。

彼女が去っていった窓を、ニナは飽きもせずに見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ニナ! コレ、ワジ!」

「ヒトをモノ扱いしないで欲しいんだけどな」

 

数日後、いつものように大聖堂で祈っていたニナの目の前には、緑髪の子供の首根っこを引っ掴んだラフィが、あの日のように窓の淵に立っていた。

 

「……ほんとうに、きた……」

「え、信じてなかったの?」

 

そう言ってラフィは軽やかな足取りでニナの元へと歩み寄り、隣へと着席した。

ようやく首根っこを離してもらえた、彼女にワジと呼ばれた子供は首をさすりながらもラフィを挟んでニナと反対側へと着席する。

 

「というか、本当にこんなところに人がいるだなんて……総長もどうして教えてくれなかったんだろう」

「まだワジが新人だからじゃね? あ、そうだニナ。ワジは────」

「“知っています”よ。初めまして、第九位」

 

星杯騎士団、第九位……ワジ・ヘミスフィア。

辺境の里に生まれ、信仰対象の力をその聖痕を持って吸収した、蒼の聖典。

まだ就任して2年と間もない彼は、その身もまだ幼く、ニナのちょうど二つ上だ。

 

「……なるほど。なんとなく現状は理解したよ。ラフィが何を釣り上げてきたのかもね」

 

少年は肩をすくめて、やれやれと口にする。

そんなワジの背中をバシバシ叩きながらリュックサックを漁るラフィ。

 

「おまえらの立場なんかどうでもいいの!」

「どうでもいいって……まぁ、君らしいけれど」

「それよりほら、見て! 今日は小説を持ってきたんだ!」

 

じゃーん、とリュックサックから取り出したるは、かの有名なカーネリアだ。

ここに星杯騎士団の総長がいれば取り上げられてしまいそうなそれにニナはきょとん、として、わぁ、と口を開けた。

 

「総長に見つかったらまた手合わせ1000回とか言われちゃうよ」

「仕方ないじゃない、あたしの愛読書なんだから。ニナ、文字は読める?」

「え……えぇ、一通りは」

「じゃあ、はい。しばらく貸してあげる!」

 

差し出された赤い表紙のそれは、端っこが少し破け、新品とは言い難いほどにページが日焼けしており、確かに読み込まれた形跡が見て取れた。

中でもパッとページを開けば、作中のシスター────カーネリアが生き様を語るシーンには、指の跡がつくほどの開きグセがついている。

 

「総長もどうして照れるのかしら」

「言葉遣い戻ってるよ。……たしか黒歴史だって言ってた気がするけどね」

「ん゛っこほん。すっごくカッコいいのに、シスター・カーネリア」

 

長いくるくるの癖っ毛が少女の身振り手振りに合わせてぴよぴよと跳ねた。ストレートなニナやワジと違って、少し動くだけでミルクティーの髪はふわりと舞う。

 

「あたしも総長みたいなカッコいい大人になりたいなァ」

「じゃあまずはその剣の扱いをマスターしないとね」

「アレはあたしのせいじゃないし!こいつじゃじゃ馬すぎて全然言うこと聞かないんだから!」

 

今度はぷりぷりと怒る感情豊かな彼女の中で、憑いているモノがクスクスと笑う。どうやら普段からおちょくって遊んでいるらしい。

どうやら星杯騎士団の人々は彼女に憑いているモノがこの古代遺物たる剣だと誤解しているようだ。訂正すべきか、それとも……

 

 

 

────── 律儀にセンセイ待ってたのかよ? 残りの奴らはさっさと部屋に戻ってったっつーのに。

 

────── いや、少し君と話をしたくて。

 

 

 

 

(……いえ、やめておきましょう)

 

眼は未来を映した。

今ここで正してしまえば────彼女は間違いなく、重心たる“彼”と出会う前に、他でもない星杯騎士の手によって殺されてしまう。

 

ラファエラ・カイエン。

海と空に愛された、ラマールの娘。

薄ぼんやりとした、朝と夜の隙間ような暖かさで、白にも黒にもなりきれない人間を惹きつける女の子。

ずっと第九位に向いていた瞳がニナへと向けられる。

その色は白夜。決して沈まぬ陽と、決して消えぬ夜の色。

 

「ニナ?」

 

きっと彼女は、これからいろんな人間と出会うだろう。

全てを明るく照らす太陽の娘。

蠢く呪いを受け止める灰色の彼。

諦めの悪いだけの捜査官。

そして────黎い狭間を彷徨う、あの人に。

 

「……なんでも、ありませんよ」

 

精一杯、彼女の求める笑顔を作る。

それが、こんな重苦しく酷い運命を背負わされた彼女に、空っぽの自分ができる、唯一の────

 

 

ぱちん。

 

 

「ニナ、その顔やめなよ」

 

頬に走った衝撃に驚いて、目を見開く。

そこには真剣な顔をした彼女がいて、その白夜の瞳が真っ直ぐこちらを射抜いていた。

何故、と口を開こうとしても、喉が振るわない。あなたは今この顔を望んでいたはずでは。

 

片手を離し、頬を反対の手でむにりと押さえている彼女は、ポケットから飴を取り出し、器用に片手でセロハンを剥くと、黙らせるように飴をニナの口へと突っ込んだ。

 

「あたしの前では無理に笑わなくていーの。そりゃ偉いオジサン達は喜ぶだろうけどさ、あたしはニナのホントの気持ちが知りたいから」

 

もごもごと口の中で飴を転がし始めたニナに満足したのか、ラフィはにぱりと笑って、自分とワジの分の飴を取り出し、今度はワジの口にも突っ込んだ。

慣れているのか、ワジはすぐに口内で飴を溶かし始め、くっついている棒をピコピコと動かしながら、に、と笑う。

 

「本当にラフィって人たらしだよね」

「え?そうかな……人たらしって言うならもっとすげーヒト知ってるけど」

「幼馴染のお姉さんの話でしょ。それは何回も聞いたし、君のソレとは種類が違うじゃないか」

「人たらしの種類ってなんだよ」

 

奥歯でガリ、と飴を噛み砕いたワジは、目の前の人たらしをつんつんとつつく。

まだたったの2回しか会っていないのに、ニナに完全に心を許しきっている無防備な女の子は、目を丸くして第九位を見つめていた。

その顔がなんだかおかしくて────ニナは、思わずぷっと吹き出した。

 

「ふ、ふふ……本当に自覚ないんですね、ラフィさん」

「なっ、自覚って何を自覚すりゃ良いんだよ! ってかニナやっと心から笑ったな!?」

 

本当に、愉快な友人ができてしまった。

役を被ることを許してくれない、自分の全てを暴いてくる、白夜色の女の子。

 

ニナ・フェンリィにとって、ラフィ・ウィステルが唯一無二の親友であると位置付けられた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしはラフィ。ラフィ・ウィステルだ」「だって、帝国での拠点がなくなったら困る」「揶揄うのはよしてくれ」「ラフィって呼べ馬鹿」「誰が馬鹿だ阿呆」「やっぱり事件屋って名前の通り正気じゃないな……」「合格だよ、E×E。暫くの休暇を認めよう」「本当に無茶をしますねぇ……全く、誰に似たんだか」「そっか、ボク、姉ちゃんの弟だもんな」「あたしのわがままを聞いてくれ」「俺だって、いつもラフィには助けられてる」「イクス、ヨルダ。愛してるよ、ずうっと」「僕だって初めてだよ、ここまでヒトを好きになったのなんて」「ただ……ひたむきに、前へ……」「ラファエラ……すまない……オルディスを、頼む……」「あたしだって好きでやってるわけじゃないよ」「三人を探しに行かないと」「よくも置いて行ったな、って、追いかけてやればいいのよ」「さぁ、最後の愛し子。これが、世界が生み出した反撃の一手たるワタシ達の……最後の使命よ」「もうやめろ、やめてくれ……頼むから……!!」「あたしが全部受け止めるから」「やめろラフィ!!」「それ以上は肉体が耐えられません……!」「嫌ぁっ! お姉様っ、ラファエラお姉様ぁっ!!」「幼馴染が壊れていくのを黙って見ていろというのか!?」「これはアイツが望んだことだ」「何が起ころうと筋は通すのが俺の流儀でね」「これじゃあ……必死になっていた僕がバカみたいじゃないか……」

 

 

 

 

「なァニナ、知ってるか」

 

ミルクティーの長い髪が、塔の前でゆらりと揺れる。

 

手に赤いダガーと赤いストールを握りしめ。

 

彼女は、嘲るように嗤う。

 

 

「ハッピーエンドには犠牲がつきものなんだよ。残酷なことにな」

 

その白夜は、昏い諦観を宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今のは……」

 

白金色の回廊にぽつんと立つ星の形を宿した扉の前で、男は呟いた。

扉から手を離した少女は、その白夜の瞳を男へと向け、こてりと首を傾げた。

 

「どうしたんだよ、ケビンさん。いつも通りのあたし達だっただろ。なんか変なトコあった?」

「なんかって、最後の……ラフィ、まさか見とらんかったり?」

「ニナが笑ったとこなら見たけど。やっぱニナって笑ったら可愛いよな」

 

に、と笑顔を見せるラフィに、ケビンは思わず口元を抑えた。

ラフィが師匠二人に可愛がられているのは知っている。今は師の元から離れて帝都で暮らしていることも、アルバイトで食い繋いでいることも。

だが、その先で何に出会うのかなんて知らない。この無邪気で、善性の塊みたいな女の子が、あんな昏い目をする未来なんて。

 

「リースは、」

「何も見てない」

 

同じく扉の先を見ていたリースが、ケビンの声を遮るように答えた。

 

「見たとしても────あんな未来、認めるわけがない」

 

そして、少女を引き寄せ、抱きしめる。

 

「わぶっ……リースさんまで、どうしたんだよ」

「少し抱きしめたい気分になっただけよ。ラフィは可愛いから」

「む、またそうやって子供扱いする。二歳しか違わないのに」

 

ついこの前バッサリ切ったらしいミルクティー色の癖っ毛を撫で、リースは頬を擦り寄せた。

助けを求めるようにこちらを見上げるラフィに、ケビンは諦めろと首を振った。

 

「とにかく、この扉はこれで終わりみたいや」

「ええ。一旦庭園に帰りましょう」

「はァい」

 

リースと、無理やり手を繋がれたラフィの後ろ姿を見届けて、男はゆっくりと振り返った。

最終決戦直前の今、突如として光の迷宮に現れた、16番目の星の扉。

 

「……上等や。俺ら(星杯騎士)全員で抗ったるわ」

 

ぼんやりと蒼い光の漏れるそれをぎ、とひと睨みしてから、背を向けて歩き出した。

 


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