ワタシはアウレウスと名乗るそれを信用していない。
別にそれは彼が錬金術師を名乗ったからというだけではない。それだけであるならばその判断は私情であり宰相としての責務に則るものではない。公私混同、職務怠慢もいいところであろう。
問題となるのはミケラ様を見るその目だ。否、彼のことなど見てはいない。
見ているのはミケラ様の背負うその翼だ、そこに在る分かりやすい力の形だ。
アウレウスの興味はミケラ様の王たる素質には向いておらずその力を解き明かそうと言う好奇だけがそこにある。
であれば、その好奇心を満たしてしまったならばもう彼にミケラ様に仕える理由はないのだ。
アレは他者を必要としていない。
黄金の甲殻を曇らせるほどに敷き詰められた全身の傷がその証明となる。
いや、それは傷などでは決してない。意図して刻まれた文字と図形の数々だ。彼の探究の軌跡を記した手稿とも呼べるものがその全身を“幾重にも”埋め尽くしている。
そう、幾重にもだ。何層にもわたって刻み続けられたそれは新たな傷によって上書きされ古い記述を読み取る事などもはや不可能だろう。
つまりこの記述は他者との共有を前提としていない。自ら読み返すことさえ度外視している。
率直に言って記述する意味がないに等しい。上書きされ古いものから読み返せなくなっていくそれは自分の頭だけで記憶して忘却するに任せるのとなんら変わりがない。
蓄積がない。反芻がない。反省がない。共有がない。
全てが自己完結して他者とやり取りすることを前提としていない。
そんなことを続けている奴が果たして本当にまともな学者であるのだろうか。
故にワタシはソレを歓迎できない。そしてそれを間違いとも思えないのだ。
しかし、ならば……ミケラ様の言う試しとはいったいなんなのだろうか。
***
霊子の器で砂を掬い取り閉じ込めるとソレを密閉し器を縮小する事で圧力をかけていく。
ギシギシ、あるいはミシミシと音を立てて圧縮されたそれを器から取り出すと砂岩の塊が形成されていた。
コレをやはり霊子で形成した刃で切り裂き加工すれば簡易的な椅子が完成する。
以前にもチークに出してやったらまあまあ喜んでもらえた一品だ。
残念ながらセンチネルとスピアに出してやったことはない。百足や蜂に丁度いい椅子という物が思い浮かばなかったからだ。
「立ち話もなんだ、座ってくれて構わないよ。」
「では失礼して。」
蟻の姿である故に椅子の意味が薄いとは言え王を差し置いて来訪者の側だけが腰掛けると言う図にセンチネルがますます不機嫌の色を増していくのを感じる。
本当に仕方ないのだ。私だってこの体に丁度いい椅子が思いつくのなら作りたいがいまいちしっくりこないのだから。
ちなみに私に椅子がないのに自分だけ座るというのに恐縮してしまったのかチークの椅子はいつの間にか使われなくなってしまっていたことは余談である。
「さて、まず聞かなくてはいけないのは君の研究の主題だ。」
「主題、ですか?」
「別に人生賭けて解き明かしたい謎なんて壮大な物である必要はないんだ。差し当たって今考えている小目標だって構わないよ。」
「ふむ?つまりそれは私の研究が貴方の役に立つかどうかを気にしていると?然もありなん。」
「いや……そうだねちょっと悪い言い方にはなるが私はそこに興味はないよ。」
「ふむ?であれば少々質問の意図を理解しかねますが。」
「学者というのは自分が解き明かしたいことのために学ぶ者さ。我々にその方向を強制する権利はない。君は自由に研究してその過程で何かを解き明かし技術を作る。それがどういったものであれどの様に生かしていくかを考えるのが我々の仕事だ。良くも悪くも君が生まれてくる技術の使い道を気にする必要はない。」
「ではなぜ研究の主題など気にするというのです?」
「主題がないとは学ぶ目的もないということだ。目的地への道がわからなくとも進む者は冒険者だが目的地もないのに闇雲に進む者は迷子と変わらない。私に迷子を養ってやる気はない。」
「目的、なるほど目的ですか……隠す事でもありませんのでお教えしましょう。虚圏の万物が霊子によって構成されているのはご存知ですな?」
アウレウスから主題となるであろう話を切り出される。世界の構成、或いは構造の最小単位の話だろうか。
瞬時に自らの自意識を内面へと沈める。詰まるところ現世に於ける分子や電子の話になると当たりを付けて自らを構成する膨大な魂魄からそれらの知識へと適応できる思索を有する者を中心として自我を再構成し仮面の様に被り直す。
卯ノ花烈に対応した時にやったことと同じ方法だ。
あの時は性格を元に魂魄の厳選を行ったが今回は知識と能力でより分けていく。
「うん、大丈夫。きっと私は君の話を理解できるよ。」
***
ほう、と思わず感心のため息を漏らした。
目の前の王と呼ばれる虚から感じる雰囲気が確かに変わった。
見た目上の変化はない。感じる霊圧にも変化はない。だが何かが変わったことは確かだ。
肉体や霊力の組成が変わったのでなければおそらく精神性に由来する何かが変わったのだろう。
彼から感じる視線には先ほどまでとは違う知性が宿っている。
別に先ほどまでの彼に知性がなかったと言うわけではない。むしろ極めて理知的なのだと言うことが感じ取れるやり取りであった。だが今の彼から感じる知性はそれとは別種の物に感じる。
恐らくは制御された多重人格。先ほどまでの王としての対応を行う人格からより専門的なやり取りができる人格へと交代したのだろう。
それはいったいどの様な構造をしていればなし得ることなのか。興味は尽きないがいつまでもこうして考え込んでいては話が進まない。
背後に控える百足の様な彼の視線がますます胡乱な者を見る様なそれになっているのを感じ急いで口を開く。
「世界のすべてが霊子で構成されているのならば。逆説的に世界の全てを霊子で構築できる。私は全ての作り方を知りたいのです。」