雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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令和に全力でタバサヒロインをやっていく暴挙。
原作一巻分ずつくらいを区切りに投稿していきます。



一章:砂上の計画
1.「あんた誰?」


 

「あんた誰?」

 

 春風吹きわたる草原に響く、甘く挑発的な声。

 トリステイン魔法学院、春の風物詩。ついでに事実上の進級試験になっている、使い魔召喚の儀式にて。

 何度目かの爆発が吹き飛ばした小石に眉間を打たれ、仰向けに倒れていた俺は、もうろうとする意識で質問に答えた。

 

「く、クルト……」

 

 クルト・ド・コールス。

 コールス家の三男で、トリステイン魔法学院の二年生。土のライン。二つ名は『砂城(さじょう)』。歳は十七……前世を計算にいれなければ、の話だが。

 

 というのも、俺には前世の記憶がある。

 王様も貴族もいない、もちろん魔法とも無縁な地球は日本の東京都郊外に暮らしていた記憶が。

 

 そのせいで今世の両親や兄たちからは変わった子だと怪しまれ、学院の少年少女とはうまく馴染めず、人間関係に難ありと評されたりもするのだが、まあたいした問題じゃない。

 ともかくこの肉体(からだ)コールス(貴族の)ママの股からオギャアと出てきて十七年目。ここハルケギニアではその事実だけが意味を持つ。

 だから誰何(すいか)に答えるのなら、家名まで名乗る必要があるだろう。

 

「クルト……フォン、じゃなかった……」

「あんたじゃないわよ」

 

 頭上から、からかう声が降ってきた。

 地面に倒れたままそちらを見ると、すらりと伸びた女の脚があった。

 春の日差しに照らされた脚線美、肉付きの良いふとももの奥、この角度だと短く詰められたスカートの中身まで見えそうで……というか見えてて、視線が吸い寄せられるのは男の本能。

 

「信じられる? ヴァリエールが平民を召喚したの」

 

 薄いレースの下着にお尻を包まれた少女――キュルケは俺の視線に気づいているだろうに、まるで気にした風もない。

 俺は微妙な敗北感とともにキュルケの尻から目を離し、体を起こす。彼女の視線の先を追う。

 そこに居たのはヴァリエール家の『ゼロ』のルイズと、見知らぬ少年。

 

「ゼロ、の……ルイズ……?」

 

 奇妙な既視感。

 

「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」

「さすがゼロのルイズ! 成功率ゼロ! 使い魔召喚も失敗か!」

「その平民、どこから(さら)ってきたんだ?」

 

 子どもじみた(実際子どもなんだが、それにしても幼稚な)野次を飛ばす生徒たちにルイズは言い返し、次いで監督役のコルベール先生に召喚のやり直しを要求する。しかしコルベール先生は頑として認めず、ルイズは渋々、いまだ呆然としている才人に顔を近づけた。

 既視感がますます強くなる。

 俺はこの場面をどこか遠く俯瞰して、しかし同時に間近で眺めているかのような錯覚に襲われる。

 

「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」

 

 そうしてルイズは『コントラクト・サーヴァント』を唱え、戸惑う才人にキスをする。キスされた才人は熱い熱いと悲鳴をあげて身悶えした。使い魔のルーンが刻まれているのだ。いまや失われた伝説、虚無の盾たる『ガンダールヴ』のルーンが――、

 

「いや、いやいやいや、ちょっと待て。おかしいだろ」

 

 不意に思考の違和感に気づき、俺は愕然とした。

 なんだ、伝説って。

 『ガンダールヴ』って。

 聞いたことねえぞ。

 というか、いったいどうして俺はあいつを……平賀才人(十七歳。賞罰なし。好奇心旺盛でちょっとヌケてるところがある。刺激が欲しくて出会い系サイトに登録したばかり。特技はアクションゲームで、好きな食べ物は照り焼きバーガー)を知っている?

 

「……すぐ終わるわよ。待ってなさいよ。『使い魔のルーン』が刻まれてるだけよ」

「刻むな! 俺の体に何を……!」

 

 激しく言い合うルイズと才人を睨むように眺めていると……唐突に、思い出した。

 いままで忘れていたのが不思議なくらい鮮明に、脳の奥から記憶が溢れた。

 俺はこの景色を知っている。

 見たことがある。

 というか、読んでいる。

 だって、これは、この世界は……、

 

「『ゼロの使い魔』じゃねえか」

「なによそれ。ゼロのルイズの使い魔だから、ゼロの使い魔ってこと? クルトがそんなこと言うの珍しいわね」

 

 知れず口からこぼれた言葉に、呆れた声が返ってくる。

 俺は振り返り、いっそう驚愕した。

 

「きゅ、キュルケ……!?」

 

 そこに立っているのは紛れもない、『微熱』のキュルケ。

 『ゼロの使い魔』を知ってる俺は、彼女のことも知っている。魔法学院の同級生なんだから知り合いなのは当然として、(クルト)には知り得ないことまでも。

 キュルケはゲルマニア貴族の少女で、火のトライアングル。ギーシュとの決闘をきっかけに才人に惚れて、ルイズにはない色気で彼を誘惑するサブヒロインの一角。序盤は軽薄さが目立っていたが、巻が進むにつれてどんどん好感度が上がっていった物語の重要人物だ。

 

 しかし目の前にいる彼女はライトノベルの登場人物(キャラクター)ではなく、生身の人間。

 記憶にある『挿絵』通りではないけれど、設定画を極限まで美しく写実的に描きなおしたかのような美少女っぷりに、俺は思わずたじろいだ。

 

「どうしたのよ、クルト」

「いや……」

 

 怪訝な顔のキュルケから目をそらす。

 キュルケはため息をひとつ吐いて、

 

「打ち所が悪かったのかしら。ねえタバサ、彼に『治癒』をかけてあげて?」

 

 背後から、ぱたん、と本を閉じる音。

 振り向いて、俺はいよいよおかしくなった。

 

 青い光に目を灼かれた。

 

 それは『ガリアの青』と称される、どんな宝石より鮮やかな青い髪。貴族には珍しい無造作なショートカットにまとめられ、彼女の高貴さと幼げな魅力の危ういバランスを際立たせている。

 メガネの奥にあるブルーの瞳は眠たげで、しかし海のようなきらめきを湛えていた。

 木陰に座って本を読んでいたのだろう、青い少女はスカートのお尻をぽんぽんと払い、小柄な体と不釣り合いな長杖を持ってこちらに歩いてくる。

 そのさまは、犯罪的に可愛かった。

 いやもう、犯罪であった。

 

「たっ……たばっ、た、さ、た、た、た、たたたた、タバサっ、さん……っ」

 

 歩きながらルーンを紡いでいたタバサは詠唱を止め、キュルケに首を傾げる。可愛い。なんだこの可愛い生き物は、と俺は思う。

 俺はタバサがいちばん好きだった。

 ルイズよりキュルケよりシエスタよりアンリエッタより大好きで、短い登場シーンを何度も何度も読み返し、本編は途中で積んでるくせに『タバサの冒険』は三巻揃えて愛読書にしていた。

 そんな彼女が実在して、目の前に立って、現実に、いる。

 

「ルイズの爆発で頭を打ったみたいでね、様子がおかしいのよ」

 

 タバサは頷き、俺の顔を間近に見つめる。

 いや顔っていうか患部を診てるだけなんだけど、でも……これは……た、タバサが……タバサが…………タバサちゃんが 僕 を  見  て  る  ? 僕を見てるぞ!僕に魔法をかけてくれるぞ!!!よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねっ!いやっほぉおおおおおおお!!!僕にはタバサちゃんがいる!!

 

 不意に、額に冷たいものが触れる。

 

「やったよケティ!?!?」

 

 魂の叫びが口からこぼれ、タバサがびくっと後ずさった。

 俺に伸ばしていた手を――そう、タバサはわざわざ俺の傷に触れて確かめてくれていたのだ! なんて優しいんだろう!! えらいね素敵だねシャルロット!!!――見つめ、一言。

 

「熱がある」

「……そうみたいね」

 

 タバサは詠唱を再開し、俺の頭に『治癒』をかける。額のしびれが、すうっと引いていく。

 混乱のあまり痛みも感じていなかったけれど、相当強く打たれていたのだと今さら気がついた。

 それからタバサはルーンを短く唱え、その小さな手のひらに収まるくらいの氷を俺に差し出す。

 

「頭を冷やして」

「お、おう。ありがとう、タバサ」

 

 よし。

 なんとか声が裏返らずに言えたぞ。

 タバサは頷くと『フライ』を唱え、キュルケと一緒に教室の塔へ飛んでいった。

 

 気がつくと、草原に残っているのは俺とルイズと才人だけ。

 いつの間にか、みんな帰っていたらしい。

 ルイズたちは俺を気にする様子もなく、言い争いを続けていた。

 『ゼロ魔』ファンとしては眺めておきたい光景だが、ふたりの大切な初コミュニケーションだ。邪魔するわけにはいかないだろう。

 

 それに俺はいますぐ部屋に戻りたかった。

 タバサからもらった氷が解けきる前に、秘薬用のビンにでも詰めておこうと思ったのだ。ルイズの不機嫌に巻き込まれたら厄介だ。

 と、ふたりに背を向けた瞬間、

 

「――ファーストキスだったんだからね!」

 

 ごん。

 ……どさっ。

 と鈍い音がして、見ると才人が気絶していた。

 原作通り、ルイズが殴り飛ばしたらしい。華奢なくせに良い拳をもってるのだ。

 俺はこれから多大な苦労をするだろう『主人公』に哀れみを抱きながら『フライ』を唱え、

 

「あ、こらクルト、待ちなさい!」

 

 ちくしょう。

 つかまってしまった。

 

「なんすか、お嬢」

「お嬢はやめてって言ってるでしょ」

 

 ルイズは俺をにらみながら、くい、と才人を指差して、

 

「こいつ連れてくの、手伝いなさい」

「使い魔の面倒は主人が見るべきだろ」

「仕方ないじゃない。こいつ勝手に寝ちゃうんだもん。文句ある?」

 

 文句? あるに決まってる。

 はやく帰らないと氷が解けちまうだろ。

 だいたい『寝かせた』のはルイズなんだから……なんて、口が裂けても言えなかった。

 こちらにおわすルイズお嬢様はおそれおおくもラ・ヴァリエール公爵家の三女様。

 トリステインに掃いて捨てるほどいる貧乏貴族が……特に『コールス』の名を持つ俺が逆らえる道理はないのである。

 

 前世の記憶なんて曖昧なものは通用しない、絶対的な上下関係がここにはあった。

 

 俺は氷をハンカチにくるんでポケットにしまい、白目を剥いて痙攣している才人に『レビテーション』をかけてやる。

 「はじめてなのに」だの「どうしてこのわたしが平民なんかと」だの「ドラゴンがよかった」だの際限なく続く愚痴を聞き流し、塔に着いたころには氷はすっかり解けていた。

 俺もメイジなのだからビンくらいその場で作ればよかったと気づいたのは、部屋に帰ってハンカチを搾っているときだった。

 

 

 

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