雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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今日からアルビオン編の投稿を始めます。
それにともない、章分けとタグの追加を行いました。
よろしくお願いします。



二章:『ゼロの使い魔2 風のアルビオン』編
10.「それにしても、ようやく謎が解けたわ」


 

「ねえクルト、いい加減教えなさいよ。ルイズとタバサ、どっちなの?」

 

 フリッグの舞踏会から三日目の朝。

 アルヴィーズの食堂で食前の祈りを待っていると、つかつかと足音を響かせやってきたキュルケが俺の対面に座るなり尋ねてきた。

 そこはもともとレイナールの席だったが、一昨日の朝食から、このゲルマニア人の留学生に占領されている。

 俺はキュルケに答えず、『サイレント』を唱えた。

 空気が歪み、薄い遮音の膜が俺とキュルケを包み込む。苦手な風系統の呪文に精神力がごっそり削られるが、彼女の妄想が食堂じゅうに響き渡るより遙かにマシだった。

 

「わかるわ、クルト。あんたの気持ちはよくわかる。ふたりとも可愛いもの。タバサはもちろん、ルイズだって顔だけはよくできてる。『どっちにしようか……いっそどっちも!』って思うのは仕方ないわ。男の(さが)よ。でもね、あたしにだけは教えてくれていいじゃない。結局どっちが本命なのよ」

    

 隠しきれない微笑みを浮かべて質問を重ねるキュルケに、俺は無言でため息を吐いた。

 舞踏会の翌朝からこっち、キュルケはずっとこんな調子だ。

 俺とタバサが踊っている姿をばっちり見ていた彼女は、親友と男友達の恋路が気になって仕方がないらしい。

 

「どっちでもないから。さすがにしつこいぞ」

「嘘おっしゃい! あんな顔で踊って、恋じゃないなんてありえないわ! ええ、ツェルプストーの血に賭けて言わせてもらうけれど、恋よ! 恋なのよ! だいたい()()タバサと踊るだなんて、いったいどうやって口説いたの? ねえ、それだけでも教えてくれない?」

「恋じゃないし、口説いてもない」

 

 俺は一昨日から幾度となく唱えた言葉を繰り返すが、キュルケはちっとも揺らがない。

 二日前からまったく変わらぬ情熱でもって俺に訊く。

 

「じゃあ、どうやって踊ったのよ。まさかタバサから誘ったわけじゃあるまいし」

 

 そのまさかなんだが。

 しかしそれを正直に言ったら、キュルケはますます盛り上がるに違いない。

 

「どうしてって、なんかこう……流れで」

「流れ!」

 

 キュルケが呆れたように叫んだ。

 

「タバサが踊る『流れ』を作れるなら、あんた二つ名を変えるべきだわ。『砂城(さじょう)』改め、『奔流』のクルトね」

「ありがとう。考えておくよ。……始祖ブリミルよ、ささやかな(かて)に感謝します」

 

 ようやく訪れた祈りの時間に感謝しつつ(なぜって、さすがのキュルケもこの瞬間だけは静かになるから)、手を合わせる。

 朝から食べるにはいささか重たい鶏のローストにナイフを入れる。

 

「でもねクルト、あの子と付き合いたいなら、はっきりさせなきゃいけないことがあるわ」

「付き合いたくない。タバサとは、別にそういうんじゃない」

 

 キュルケは俺を完全に無視した。

 

「ルイズよ。あんた、こないだまであんなに世話焼いてたじゃない」

「家柄のせいだから。(コールス)あいつ(ヴァリエール)に逆らえないの。お前が一番よく知ってるだろ」

「いいえ、いいえ、それだけじゃないわ。あんたはルイズを気にかけてた。ルイズが侮辱されたら心底から怒ってた。ルイズが傷ついたとき、あんたはいつも慰めようとしていたわ」

 

 キュルケの言葉は事実だが、別にそれはあいつが好きだからとか、恋していたからではない。

 気難しい年下の幼なじみの女の子が学校で孤立していたら、誰だって気にかけるだろう。

 まして彼女の努力がまるで無視され、『ゼロ』なんて不名誉なあだ名で呼ばれていたら、そりゃ怒るというものだ。

 

「そうね、あんたの気持ちは、たしかに恋じゃなかったわ。あんたはルイズを、手のかかる妹みたいに思ってたんでしょう。この間まではね。なにがあんたを変えたのか、あたし知ってるわ」

 

 なにを知ってるの? と俺が尋ねてこないので、キュルケは自分で「なにを知ってるの?」と言った。

 

「そう、それは嫉妬! どうせ誰とも付き合わない、ダンスの相手も見つからないと思っていたルイズに突如現れたダーリン……使い魔の彼の存在が、あんたの胸に(くすぶ)っていた恋の炎を呼び起こしたのよ!」

 

 俺はハーブが効いた鶏肉を飲み込み、次いでサラダを口に運んだ。

 タバサの好きそうな苦みが口内に広がり、眉間にしわが寄る。

 

「わかるわクルト。嫉妬は醜い感情。認めたくないわよね。でも気づいてた? あんた、ダーリンを見るとき、とってもおかしな目をするのよ」

 

 それはたぶん嫉妬ではなく、才人を観察して『タバサメインヒロイン計画』を練っていただけなのだが、キュルケに言えるわけがない。

 タバサの親友である彼女にはいずれ協力を仰ぐべきだけれど、今じゃない。それは才人がキュルケも認めるような功績(魔法衛士隊隊長との一騎討ちに勝つとか、アルビオン艦隊を壊滅させるとか)を挙げてからにすべきだろう。

 

 黙って朝食を咀嚼する俺をどう思ったのか、キュルケは悪戯っぽい笑みを浮かべて、

 

「それにしても、ようやく謎が解けたわ」

「……どんな謎だ」

「決まってるじゃない。一年生のとき、あたしがどれだけ誘惑してもあんたを落とせなかったワケが、ようやくわかったって言ってるの」

 

 ヴァリエール領とツェルプストー領の狭間に位置する俺の実家(コールス領)には、両家の因縁が染みついている。

 いまのところコールス家はヴァリエールの側についているわけだが、そのせいで入学当初からおよそ半年の間、俺はキュルケから猛烈なアプローチを受け続けた。

 理由はかんたん。(ツェルプストー家の)キュルケは(ヴァリエール家の)ルイズから(コールス家の)俺を奪いたかったからである。

 彼女の誘惑はおそろしく魅力的だったが、俺は耐えた。

 なぜって、キュルケの目的はあくまで『ルイズから奪うこと』で、もし俺が陥落したら、俺への興味を失うことは明白だったからである(そしてなお厄介なことに、キュルケにはおそらくその自覚がなく、本気で俺を恋人にすべく攻勢をしかけていた)。

 ほんの一時の快楽のためにヴァリエール公爵家からの信頼を失い、ルイズを傷つけ激怒させることなど、できるはずがない。

 

「あんたってああいう子が好みだったのね! つるつるの! ぺったんこの! 小さい子が好きだったのね!! だからあたしの誘惑が効かなかったんだわ!」

「おい待てコラ! 人聞きの悪いことを言うな!」

 

 俺の拙い『サイレント』を突き破りそうな声で叫ばれて、思わず頭を抱えた。

 

「やぁねえ。そんな大声出さないでよ」

 

 キュルケはけらけら笑った。心底楽しそうである。

 

「だいたいな、いつまでも人のことに首つっこんでないで、自分の恋愛をやれよ。才人(ダーリン)はどうした。いまにルイズとくっついちまうぞ。あいつらのがお熱いダンス踊ってただろ。『微熱』の二つ名が泣くぞ」

「自分が恋するのもいいけど、他人(ひと)の恋愛って面白いのよね。こんなに面白いだなんて、あたし、初めて知ったわ。クルトのおかげね」

 

 キュルケは満面の笑みを俺に向けた。

 去年さんざん誘惑され、耐性をつけていなかったらうっかり惚れていたかもしない、魅力的な笑顔だった。

 

「ねえクルト。もし本気でタバサに恋してるなら、あたし応援するわ。あんた、この学院じゃ少しはマシなほうだし」

 

 その笑顔のままそんなことを言われて、俺はくらりとした。

 別にタバサと付き合いたいとはみじんも思っていないが、あのキュルケからタバサとの恋を応援すると言われるのは、それは、けっこう名誉なことなんじゃないか。

 

「それにあの子も、恋ってものを知ったほうがいいのよ。本ばっかり読んでないで、恋の楽しみを知るべきだわ。あの子には恋人が必要なのよ!」

「必要ない」

 

 呟くような、しかし断固とした声。

 可愛らしい青髪の少女が、いつの間にかキュルケのすぐ後ろに……『サイレント』の遮音膜の内側に立っていた。

 

「あらタバサ、帰ってたのね。三日ぶりかしら」

 

 タバサは頷いた。

 それから彼女はキュルケの隣(もともとギムリという男子の定位置だったが、彼はキュルケの迫力を恐れてレイナールともども食堂の端に避難したため、ずっと空席になっていた)に腰を降ろし、食前の祈りを始めた。

 

 そんなタバサの様子を見ながら、どこから聞こえてていたんだろう……と、俺は落ち着かない気持ちになる。

 俺がタバサを好きとか、つるつるぺったんこが好みとか、キュルケの妄言が聞かれていないといいんだが。もしそれで彼女に警戒されたら、『タバサメインヒロイン計画』に支障が出かねない。

 そっと顔色をうかがうけれど、彼女はいつもと変わらぬ無表情。その態度から推測するのは到底無理そうだった。

 

 祈りを終えたタバサが、不意にこちらを向いた。

 澄んだ青い瞳と視線があって、俺は硬直する。

 タバサはなぜだか目を逸らさず、食事に手をつけようともせず、ただ、じぃっと俺を見つめる。

 

 俺はどこか責められているような気持ちになって、つるぺた好きでごめんなさいなどと意味不明なことを口走りそうになったが……ふと、あの舞踏会の夜、彼女と最後に交わした会話が頭をよぎる。

 言うべき言葉を理解する。

 

「おかえり、タバサ」

 

 タバサは頷いた。

 それから俺は、怪我はないか、と訊こうとして、俺が彼女の境遇を知っているはずがないことを思い出した。

 数日授業を休んでいた同級生に対して再会をよろこぶだけならまだしも、怪我の心配までするのは明らかにおかしい。

 ……そう考えたら、あの夜、任務に赴くタバサに今生の別れみたいな態度で『気をつけろ』と言ったのは不味かったかもしれない。

 聡明なタバサのことだ、あのたったひとことで、俺が彼女の事情を知っていることまで悟られた可能性がある。

 キュルケの妄想どころではない失言。

 

 事実、タバサは何か思うところがあるのか、口を開きかけた俺に目を向け、じっと視線を離さない。

 俺は失言を誤魔化したい気持ちが半分、純粋な心配がもう半分で、

 

「……元気?」

 

 と尋ねた。

 タバサはふたたび頷いて、朝食を食べ始めた。

 丸い白パンをちぎってちいさな形のいい口に運び、野菜のたっぷり入ったスープを飲む。小皿に盛られたサラダをぺろりと平らげる。それから気品に満ちた仕草でナイフとフォークを手に取って、鶏のローストに取りかかった。

 その小さな体のどこに入るのか不思議なくらい、見事な食べっぷりだった。

 

 俺への警戒を解いたのか、それともたんに腹ごしらえを先にしようと思っただけなのか。

 タバサの性格を考えるに、たぶん後者だろうな。

 彼女は意外と豪胆だ。

 ちょっと気になる相手がいるくらいで、食事が喉を通らなくなる、なんてことはないだろう。

 

 いずれにせよ、今後はもっと気をつけよう。

 俺の立場で知り得ないことを言ってしまったり、『原作知識』ありきの態度を取ったりしないよう注意しなければ……。

 

 優雅に、しかしハイペースで食べ続けるタバサ(かわいい)を眺めてそんなことを考えていると、ふと、生温かい視線に気がついた。

 視線の主、キュルケに目をやると、彼女はにんまり笑って『わかってるわよ』と言わんばかりに親指を立てた。

 

 タバサの前で妄想を口走らないのはありがたいが、そうじゃない。

 キュルケに協力を仰ぎたいのは、そういうことじゃないのだ。

 こいつの誤解を解くのも苦労しそうだ……と俺は内心の憂鬱を噛み殺し、タバサに(なら)って粛々と朝食を口に運んだ。

 

 

 

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