雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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11.「最強の系統は……」(1)

 

 ある朝、教室に行くと、才人が犬になっていた。

 頭にぼろ布の耳、尻には箒のしっぽをつけ、首と両手首から伸びる鎖をルイズにひかれて四つん這いになっている。

 特殊なプレイにしか見えないが、乗馬用の鞭で才人をいたぶるルイズの弁によると、彼は主人に夜這いをしかけ、その罰を受けているらしい。

 『原作』通り才人がルイズを襲ったことを嘆くべきか、それともやはり『原作』通りにルイズが彼を拒否したことをよろこぶべきか。

 なんにせよ、『ゼロの使い魔2 風のアルビオン』開幕である。

 

 

「授業を始める。静粛にしたまえ」

 

 しんと静まりかえった教室に、男の冷淡な声が響く。

 肩まで伸びた長髪に艶のないマントを纏った彼はトリステイン魔法学院の教師、『疾風』のギトー。

 年若くしてスクウェアに至った紛れもない天才だが、暗く不気味な雰囲気のせいで生徒たちからは遠巻きにされている。

 ギトーは若干の怯えを孕んだ生徒たちの沈黙を楽しむように眺めてから、本人は威厳があると思っている低い声で言った。

 

「最強の系統は知っているかね? ミスタ・コールス」

 

 『原作』ではキュルケが指名されていた場面だが、別に驚くことではない。

 フーケを捕まえたあの日から、俺はギトーに粘着されていた。

 もちろんキュルケとは違う方向の執着であり、俺を見つめる彼の瞳には、憎々しげな光さえ宿っている。

 学生の分際で大手柄を挙げ、騎士(シュヴァリエ)に推薦されたことが気に入らないらしい。『原作』ではその矛先をキュルケに向けていたけれど、今はフーケ捜索隊で唯一の男子(才人は平民なので、ギトーの眼中にない)だった俺を目のかたきにしているのだ。

 『原作介入』による思わぬ収穫のひとつである。

 

「『虚無』じゃないんですか?」

「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」

 

 『原作』に(なら)ってお茶を濁すと、ギトーは煽るように言った。

 やっぱり嫌いだ、この先生……。

 魔法の才能が人格を保証するわけではない好例である。

 

 だいたい現実的に考えるなら、『最強』なんて決めようがない。

 瞬間的な火力だったら『風』か『火』の二択だが、入念に準備していいならゴーレムを備えた『土』系統に軍配が上がる。毒殺や謀殺、あるいは長期間にわたる戦闘まで考慮するなら『水』のメイジは不可欠だ。

 

「どうしたんだね、ミスタ? 四系統のうち、ひとつ挙げるだけだ。かの『土くれ』を捕まえたラインメイジの君にとって、そんなに難しい質問ではあるまい」

 

 唇の端に嘲笑を浮かべ、ギトーは教室を見渡した。

 教室の端々から、控えめな笑い声があがる。笑わなければ今度は自分が標的にされかねないからだ。

 

「答えられんのかね? 二年生にもなってそれでは、基礎(ゼロ)から学び直したほうがいいかもしれぬな。さすがの私も、自ら学ぶ努力もしない無才の生徒を救うことはできぬ」

 

 ゼロ、とギトーが強調すると、教室の笑いが大きくなった。そうなるように教育されたのだから、当然だ。

 教壇に立つ男は機嫌を良くした様子で続けた。

 

「それとも、トライアングルの淑女(レディ)たちに代わってもらうかね?」

「いえ……、それには及びませんよ、ミスタ・ギトー。フーケほど恐ろしい敵ではありませんから」

 

 嫌味に嫌味で返すと、ギトーの眉間に(しわ)が寄った。

 ますます彼を苛立たせただろうが、かまわない。俺はこいつが嫌いだ。

 権力を笠に着て、生徒を孤立させ追い詰める雰囲気を積極的に作っている。教師として、子どもを導くべき立場の大人としてはありえない浅はかさ。

 ルイズと才人の輝きを見た後だと、いっそう下賤に感じてしまう。

 せめてルイズの百万分の一でも『貴族の誇り』ってやつを身につけて欲しい。

 

 入学当初から、ギトーに対する俺の評価は最低だった。

 仮にも公爵家令嬢であるルイズを『ゼロ』と蔑む空気が定着したのも、こいつが原因の一端だ。

 コルベール先生含む大半の教師はルイズに同情的で、実技はともかく座学における彼女の努力を正しく評価していたが、ギトーは違った。

 彼は『指導』の名目で授業のたびにルイズに魔法を実演させ、その失敗を嘲った。

 そして『メイジは血筋ではなくその実力を評価されるべきだ』という聞こえの良い題目を繰り返し、すでに孤立しつつあったルイズへの蔑視を決定的にさせたのだ。

 

 軍属ではなく学院の教師に身をやつし(そのくせ魔法衛士隊を思わせる漆黒のマントを愛用している)その才能を活かす場に恵まれなかったスクウェアのギトーが、血筋はあるのに魔法の才が皆無(ゼロ)のルイズを貶めるのは、さぞ楽しかっただろう。

 もしこれが成人した貴族同士の間で起きたできごとだったら、俺も別に気にしなかった。

 しかし『教師が、生徒に、学校で』これを行うのは、最悪だ。

 

 そんなどうしようもない彼の標的にされるのは、俺であるべきだ。

 なぜって俺には前世の記憶があって、(肉体にひっぱられている感はあるものの)精神年齢的には周囲の生徒たちよりずっと年上のはずだから。

 

「しかし、なかなか興味深い問いではありますね」

 

 俺は内心の苛立ちを押し殺しながら、ポケットに入れた使い魔(ロッキー)を手に取り、床に落とす。

 考えを深めるかのように目をつむり、感覚共有。床の石材を通して伝わるロッキーの感覚を、教室の外まで拡張する。

 これも『原作』通りなら……よし。いいタイミング。

 俺は閉じていたまぶたを開けて、苛立たしげにこちらを睨むギトーを見返した。

 

「どの系統にも強みと弱みがあります。例えば『火』系統は破壊に優れ、戦場ではもっとも華々しい存在と言えるでしょう。反面、防御に関しては……」

「ミスタ・コールス」

 

 ギトーは骨張った長い指で教壇をこつこつと叩いた。

 

「私の授業中だ。みな、君の講釈を聞きに来ているわけではない。端的に、結論だけを述べたまえ」

 

 俺はもう一度ロッキーと感覚をつなげ、着々と教室に近づく『彼』の気配を確かめる。

 そうして俺はにっこり笑って、

 

「最強の系統は『土』ですよ、ミスタ」

 

 ギトーは残忍な笑みを浮かべ、腰の杖を引き抜いた。

 

「残念ながら、間違っている。立ちたまえ、ミスタ・コルパス。最強の系統は何であるか、この私が――」

 

 がたがたっ、と大きな音を立てて、教室の後ろの扉が開いた。

 生徒たちが一斉に振り向いたその視線の先には、金髪縦ロールのカツラをつけたコルベール先生。

 

「……授業中です、ミスタ・コルベール」

 

 虚を突かれたギトーが、眉間のしわを深くして尋ねた。右手に持った杖の先が所在なく揺れている。

 ここまで廊下を走ってきたコルベール先生は、荒い息を整えることもせず、上擦った声で叫んだ。

 

「失礼しますぞ、ミスタ・ギトー! 今日の授業は中止であります!」

「どういうことですかな?」

 

 コルベール先生は姿勢を正し、もったいぶって咳払いする。

 その拍子に金髪のカツラがずり落ちて、こわばっていた教室の空気が一気にほぐれた。

 生徒たちの忍び笑い――ギトーが強制していたものとは違う、心底おかしそうなくすくすという笑い声が、そこかしこから聞こえてくる。

 

「……あ」

 

 瞬間、俺は思い出した。

 来るぞ……『ゼロの使い魔』屈指の名言。

 俺としたことが、ギトーとやりあってたせいで忘れていた。『2巻』序盤にはこの名シーンがあったのだ。

 俺が『原作』と関わったせいで変わっていないといいが……。

 固唾を呑んで見守るなか、扉の近くに座っていたタバサがコルベール先生の禿頭を指差し、呟いた。

 

「滑りやすい」

 

 くすくす笑いが、爆笑に変わった。

 

「あなた、たまに口を開くと、言うわね」

 

 キュルケが笑いながらタバサの肩を叩いているが、タバサは常と変わらぬ無表情。そんなところも素敵である。

 俺はこの場に居合わせられたこと、タバサの名言を生で聞けたことがうれしくて……気がつくと涙を流していた。

 頭頂部までまっかにしたコルベール先生が授業を中断した理由――アンリエッタ姫殿下の行幸を告げ、歓迎の準備を生徒たちに命じるなか、俺は静かに泣き続けた。

 

「きみ、実はミスタ・ギトーにびびってたのか?」

 

 と、隣に座るマリコルヌがぎょっとしていたが、訂正する気にもならない。

 幼稚で低俗な教師への苛立ちもすっかり拭い去られた、実にすがすがしい気分だった。

 

 




ルイズのキャラクターには「ハーマイオニーたんに踏まれたい」願望があるらしい。

他の登場人物もハリーポッターの影響があるのかも!

ダンブルドア校長先生はオールド・オスマン。
スネイプ先生はギトー先生かな……?

スネイプ先生って良いキャラクターだけど、教師としては正直ライン越えてるところあるよね。

ギトー先生への熱い風評被害。
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