雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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16.「着替える」

 

 一階の酒場で約一日ぶりのまともな食事をした後、俺は戦争の気配にぴりつくラ・ロシェールの街をまわって買い物を済ませた。

 それから買い物袋を抱えて『女神の杵』の周りを一周する。

 才人とワルドが戦ったであろう中庭の練兵場や宿の裏手の路地に入り、人目を忍んで杖を振る。今夜の襲撃に備えた仕込みである。

 俺はルイズたちと離脱するつもりだから使わないとは思うけれど、(おとり)作戦が上手くいくとは限らない。念には念を、というわけだ。

 途中キュルケに見つかって変な顔をされたが、観光と言ってごまかした。

 

 実際、観光でもあったのだ。

 ラ・ロシェールの街並みは、『原作』でも『並ぶ建物の一軒一軒が、同じ岩から掘り出されたものである』『スクウェアメイジの巧みの技であった』などと描写されていたが、自身も土の魔法使い(メイジ)なんてファンタジーな身分になってみると、そこに費やされた技術がとんでもなく高度なことがよくわかる。

 それを自分の都合で『錬金』して、砂にしたりちょっとした武器を仕込んでみたりするのは罪悪感があったけれど、『タバサメインヒロイン計画』はすべてに優先されるのだ。

 

 作業が終わったのは昼過ぎだった。

 俺は『女神の杵』の二階にあがり、客室前の廊下を歩く。

 しかし自分の部屋には戻らず、才人から聞いたタバサとキュルケの部屋に向かった。

 キュルケとはさっき外ですれちがったから、部屋ではタバサがひとり本を読んでいるはずである。

 俺は奇妙にふわふわした気持ちを抑え、扉をノックする。

 

「タバサ、ちょっといいか」

 

 短い沈黙のあと、がちゃりと鍵の開く音。

 中から『解錠(アンロック)』が唱えられたのだ。はいってよい、ということだ。

 何もない虚無の曜日にタバサの部屋を訪ねていたら無視されていただろうが、いまは任務中。なにか連絡事項があると思われたのかもしれない。

 別に任務とは関係なく、さっき買ってきたものを渡したいだけなのだが。

 

「お邪魔します……」

 

 俺はおずおずと扉を開けて、客室に入る。

 タバサは相変わらずのパジャマ姿で、ベッドの端で壁を背もたれにちょこんと座り、本を読んでいた。

 その姿はあまりにも愛おしく、どぎまぎして、俺は思わず顔を(そむ)けた。

 

「さ、昨夜は、休めたか?」

 

 問いながら視線を彷徨(さまよ)わせ、部屋のなかを見回した。

 目に入るのは、俺が泊まっている客室と同じような豪華な内装。

 部屋にもう一台あるベッドは、おそらくキュルケが使っていたのだろう。シーツはしわくちゃに寝乱れて、枕元には半分空いたワインの瓶や化粧品が転がっている。

 俺はそのなかに紐のような薄い布きれ――脱ぎ散らかされた下着を見つけ、気持ちが落ち着いた。

 

 そうだ、下着と比べたら、パジャマ姿はずっとマシだ。

 タバサ本人も気にしてないし、変に意識するほうが失礼だ。

 俺は深呼吸して胸を落ち着け、覚悟を決めて振り向いた。

 

 タバサは先ほどとまったく変わらぬ様子で本を読んでいた。

 きっとさっきの質問に頷くか首を振るか無視してページをめくるかしていたのだろうが、いまとなってはわからない。

 タバサと話をするには、彼女から目を逸らしてはいけないのだ。

 

 俺はつとめて彼女の顔だけを見るようにしながら、昨夜のお礼を言った。

 盗賊を倒してくれたこと、『治癒』のこと、シルフィードで運んでもらったこと。

 タバサは本に目を落としたまま頷き、それから不意に俺を見上げ、首を傾げた。

 

「あ、ああ、なんの用かって? ごめんな読書の邪魔だし早くすませたほうがいいよな。もちろんお礼を言いにきただけじゃなくて、ちゃんと用事があって、いやまあお礼みたいなものなんだけど……」

「ちがう」

 

 タバサは首を振った。

 

「あなたは休めた?」

 

 息が詰まった。

 世界一かわいい青いちいさな天使が俺に優しさを向けてくれたという歓喜。

 けれどもそんなことで喜んでちゃいけない、せっかく才人の気持ちも確かめられて『タバサメインヒロイン計画』がうまく行きそうなんだから、冷静さを失わないようにしなければ……という相反する感情が胸のなかで衝突し、声にならない呻きが漏れた。

 しかしタバサのかたちのいい眉がほんのわずかにひそめられたのが見えて、俺は慌てて、

 

「休めた。しっかり休めた。体調も問題ないよ。これからまた少し寝るから、精神力も、夜には万全になるはずだ」

 

 タバサは頷き、また本に視線を戻した。

 俺はしばらくの間その横顔に見蕩れていたが、タバサがちらりとこちらを見たので、ここに来た用事を思い出した。

 

「タバサ、えっと……昨日のお礼ってわけじゃないんだが、もしよかったら、これ」

 

 俺はベッドに歩み寄り、(これ以上近くで直視すると気が狂いそうなので)顔を背けて視界の端でタバサを捉えるようにしながら、買い物袋を差し出した。我ながらキモい。

 布袋のなかには午前いっぱいラ・ロシェールの店を巡って選んだ品が入っている。

 また本から顔を上げ、首を傾げるタバサに向かって、俺は言い訳じみた早口で、

 

「服。さっき買ってきたんだ。着替え持ってきてないみたいだから」

 

 実際は用意してるのかもしれないが、現にいま、タバサは昼間なのにパジャマを着ている。

 それに『原作』の挿絵では襲撃があったときもパジャマでかわいかった。

 いや挿絵ではかわいいだけだったんだが、現実に目の前にいると気になって仕方がない。耐えられない。フーケや傭兵が襲ってきたときこんな格好のタバサが傍にいたら、俺はきっと使い物にならないだろう。

 大事な場面でぶっ倒れでもしたら最悪だ。

 

 ラ・ロシェールの服屋を何軒もまわり、できるだけ魔法学院の制服と似ている服を見繕ってきたが、タバサは気に入ってくれるだろうか。

 いや別に気に入られる必要はないか。とりあえず今夜をしのげればいいんだから。着てもらえればいいのである。

 だが、それでも不安が(つの)る。女の子の服を選んだ経験なんかないから、こんなもん着てられるかとつっかえされないか心配してしまう。

 タバサに限ってそんなことはしないだろうが、だからこそ内心どう思っているのかと悪い想像が止まらない。

 ああ、キュルケだったらちょうど良い服選べたんだろうな、と俺は思い――気がついた。

 

「キュルケに頼めばよかった……」

 

 ベッドから立ち上がり袋を受け取ろうと手を伸ばしかけたタバサの前で、俺はさっと身を退いた。買い物袋を背中に隠した。

 タバサは首を傾げた。

 

「い、いや、その、すまん。急にへんなこと言って。気にしないでくれ」

 

 タバサは首を傾げたまま固まっている。

 そうだよな。

 気持ち悪いよな。

 たいして仲良くもない男から突然服を渡されたりしたら、怖いし気持ち悪いよな。

 

 俺はバカだ。

 パジャマタバサがどうとか自分のことばっかり考えて、肝心のタバサの気持ちをちっとも考えていなかった。

 さっきキュルケを見つけたとき、彼女に相談するなり服を買ってくるよう頼むなりすればよかったのだ。

 

「こういうのは、あれだよな。やっぱり友達同士でやったほうがいいよな。出しゃばってすみませんでした」

 

 タバサは首を反対側に傾げた。

 

「服は、いいから。忘れてくれ。でもパジャマは良くないと思うから、急いでキュルケ探して頼んでくるから、大丈夫。夜までにはちゃんとした着替え買ってくる……こさせるから。それじゃ」

 

 それだけ言って部屋から逃げようとしたとき、びゅう、と空気が渦巻いた。

 突然あらわれたつむじ風は俺の持っていた買い物袋を絡め取り、くるくる回転させながらタバサの手元に運んでいく。

 袋を取ったタバサはその中身をベッドに広げ、無表情に見下ろした。

 永遠にも思える沈黙のあと。

 

「着替える」

 

 と呟いた。

 俺はその言葉の意味を理解するのに、ずいぶん時間がかかった。

 理解してからもどうすればよいのかわからず、ぼうっと立ち尽くしていた。

 するとタバサは振り向いて、扉を指さした。それでもなお動けずにいる俺に、タバサは眉をひそめ、もう一度、

 

「着替える」

 

 と呟いた。

 それでようやく、『着替えるから部屋を出て行け』と言われているのだと気がついた。

 いくら彼女がパジャマで竜を駆り、地下賭博場で下着を晒しても『勝つか負けるか』しか気にしない剛の者(『タバサの冒険2』収録の『タバサとギャンブラー』より)でも、わざわざ男の前で着替えはしないだろう。

 

「す、すまん、気づかなくて……それじゃあまた、あとで。もしサイズとか合わなかったら、捨てていいから!」

 

 俺は早口で言い残し、タバサの部屋を出て行った。

 

 

 

「おや、目が覚めていたんだね」

 

 気の昂ぶりを落ち着けようと酒場に降りたら、ワルドに声をかけられた。

 彼は店主や酒場の客に話を聞き、アルビオンの情報を集めていたという。

 直前まで誰かと話し込んでいたらしく、彼の前には数人分の空いたグラスや料理の皿が並んでいる。

 ワルドは給仕をつかまえて机を片付けるよう命じると、席に着くよう俺に勧めた。

 

「どうだい、体調は落ち着いたかい? 学生の君には厳しい旅程だったかもしれないが」

「いえ、任務のためですから。体調も問題ありません。明日の出発までには十分回復するでしょう。昨夜は申し訳ありませんでした」

 

 彼はいずれウェールズ皇太子を殺し、ルイズの命を狙う裏切り者だが、いまのところは頼れる隊長を演じている。

 俺もまじめな学生が尊敬する大人にそうするように深々と頭を下げると、ワルドは快活に笑った。

 

「精神力の限界を見誤るのは、若いメイジにはよくあることだ。恥じることじゃない。それが仲間を守る魔法を唱えた結果なら、なおさらさ」

 

 低い頼もしい声で言われて、くらりとしそうになる。裏切り者のうすっぺらな言葉とわかってはいるけれど、ずっと胸にわだかまっていた恥の意識がほぐれてしまう。

 これが魔法衛士隊隊長の求心力か。

 きっと部下にも好かれてるだろうな、残された人たちは苦労するんだろうなあ……と場違いなことを想像する。

 

「コールスの三男は優秀な土の使い手と聞いていたが、なるほど、たいした『錬金』だったよ。咄嗟にあれだけの呪文を放てるのは、我がグリフォン隊にもそうはおるまい」

「私を、ご存知だったのですか?」

 

 しかし続けて放たれたワルドの言葉に、俺は(にわか)に緊張した。

 ワルドはにっこり笑って俺に言う。

 

「ジャン爺……領地を任せている代官の手紙に、ヴァリエール領の様子が書かれていてね。君の名前もときどき出てくるのだよ」

 

 俺はますます身を硬くした。

 ヴァリエール絡みで俺の名が出てくるということは、親父の醜態――(息子)をルイズと結婚させようとしたことも、間違いなく伝わっているはずだ。

 

「この任務が終わったら、僕はルイズと結婚する」

 

 突然そんな宣言をするワルドの意図が、俺はわからなかった。

 こいつはいったい、俺にどういう反応を期待しているのか。何を試そうというのか。

 しかしルイズの結婚を知ったところで、俺にはどうしようもない。それを止めるのは才人の仕事だ。

 ワルドは探るような瞳で俺を見つめ、それから静かに言った。

 

「コールスである君には報告しておこうと思ったんだが、驚かないね」

「子爵殿がルイズの婚約者というのは、以前からよく聞いておりますので」

 

 彼の狙いはいまだ見当もつかないが、ひとつ確かなことがあった。

 それは、『原作』の流れを守らなくてはいけないということ。

 

 恐れるべきは、ここで俺が不用意な発言をして、ワルドの行動を『原作』から変えてしまうことだ。

 つまり俺は極力彼と関わらず、影響を与えないようつとめるべきだ。

 

「……失礼、やはりまだ体調が優れないようで。少し休ませていただいても?」

「ふむ、そうか。引き留めてすまなかったね」

 

 俺は席を立ち、ワルドに一礼した。

 酒場を出て行く間、背中にじっとりと絡みつくような視線を感じ、俺はなんだか怖気がした。

 

 ワルドに言った通り、今日は夜まで部屋で休むことにしよう。

 ひとりで過ごしたかっただろう才人には悪いが、仕方ない。

 緊張のせいか、タバサとの会話で浮ついていた気持ちが鎮まり、かえってよく眠れそうなことだけは幸運だった。

 

 

 

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