雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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17.「青い小娘も来てるじゃないの!」

 

 破壊の音で目が覚めた。

 岩と岩がぶつかり、砕け散る轟音。石造りの『女神の杵』亭そのものが衝撃に震える。

 

 俺はベッドから飛び起き、杖と鞄だけ掴んで部屋を出る。

 廊下の窓から見える景色は夜の闇につつまれ、重なりあった双月の光だけがラ・ロシェールの街並みを照らしていた。

 少しだけ寝るつもりが、思いがけず熟睡してしまったらしい。しかしそのおかげか、体の芯に残っていた疲れがなくなり、精神力も充実していた。

 

「クルト!」

 

 廊下の奥から才人とルイズが走ってきた。

 その向こうのバルコニーから、巨大なゴーレムの胴体が見える。

 

「フーケだ! あいつ、牢屋から逃げ出してきやがった!」

「わかってる、タバサたちと合流するぞ」

 

 一瞬寝過ごしたかと焦ったが、ちょうどいいタイミングだったらしい。

 盛大な目覚ましを鳴らしてくれたフーケに感謝すべきかもな、と俺は思い、才人たちと一緒に駆けだした。

 

 

 一階の酒場も修羅場だった。

 傭兵の一団が玄関を占拠し、雨あられと矢を射かけている。

 タバサとキュルケ、ギーシュ、そしてワルドは酒場の奥に陣取り、石のテーブルを立てて盾にして、傭兵たちに応戦していた。

 どうやって合流したものか、と階段を降りたところでたたらを踏んでいると、タバサが杖を振って矢避けの風を吹かせてくれた。

 俺たちは姿勢を低くしてタバサたちのもとに駆け寄り、才人は上にフーケがいることを伝えた。

 しかしその瞬間、がりがりと暴力的な音がして、酒場の天井が引き剥がされた。フーケのゴーレムがその巨体にものを言わせて、二階ごとぶち抜いたのだ。

 

「すげぇな。こりゃ、俺が報告する必要なかったな」

 

 才人がぽつりと言った。

 

「のんきなこと言ってる場合かね! 傭兵どもにあの『土くれ』まで加わったら、ますます手に負えんじゃないか!」

 

 ギーシュが喚いてる横でワルドが風の呪文を唱え、巻き上がった砂塵を払う。

 いつだかの廃屋みたいに見晴らしの良くなった『女神の杵』の前で、ゴーレムの肩に乗ったフーケが叫んだ。

 

「さっきぶりねえ、使い魔くん。もう追いついちまったよ。逃げるのが得意じゃなかったのかい?」

「誰も得意とは言ってねーよ!」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべるフーケの隣には仮面の男……ワルドの『遍在』も立っている。

 仮面男は『原作』同様しゃべるのはフーケに任せるつもりらしく、黙って俺たちを見下ろしていた。

 しかし、『原作』だとフーケが出張ってくるのは傭兵たちを追い返したあとだったはず。

 どういう因果でこんなにも早く彼女が攻撃してきたのか。『原作』と違って、才人かルイズが挑発でもしたのだろうか――疑問はすぐ晴らされた。

 

「あら……あらあらあら! 懐かしい使い魔くんがいるから期待して蓋を開けてみれば……やっぱり! あの青い小娘も来てるじゃないの! わたしの勘ってよく当たるのよ!」

 

 喜悦と憎しみの籠もったフーケの視線は、まっすぐタバサに向けられていた。

 『破壊の杖』騒動でタバサにとどめを刺されたのが、よっぽど腹に据えかねているらしい。

 顔面に『風の槌(エア・ハンマー)』をぶち込まれたことを根に持っているのか。あるいは平民である才人に出し抜かれた『原作』と違い、貴族の手で捕まえられたことが『土くれ』のプライドを刺激したのか。

 いずれにせよ、あのとき『破壊の杖』をタバサに託したことがこんな未来に繋がるとは、考えてもいなかった。

 

 ワルドがふたたび呪文を唱え、巨大な竜巻を起こしてフーケの視界を遮った。

 彼はゴーレムに警戒しながら姿勢を低くし、俺たちに言う。

 

「いいか諸君。このような任務では、半数が目的地にたどり着けば成功とされる」

 

 魔法学院のコスプレみたいな格好のタバサ(かわいい……)がワルドを見て、

 

(おとり)

 

 と言った。

 それからタバサは自分とキュルケとギーシュを指さして、

 

「ここに残る」

 

 次いでワルドとルイズと才人を指さして、

 

桟橋(さんばし)へ」

 

 と言った。

 

「時間は?」

「今すぐ」

 

 ワルドが尋ね、タバサはきわめて簡潔に答えた。

 

「聞いての通りだ。裏口に回るぞ」

 

 場慣れした騎士たちのテンポの良い会話に、俺は思わず悲鳴をあげた。

 

「ちょっと待ってくれ、タバサ。俺は?」

「任せる」

 

 一瞬間、俺は固まった。

 タバサの意図がわからなかった。彼女のことだからきっと深い考えがあるのだろうが、俺にはわからない。読み取れない。

 囮としてここに残るか、ルイズたちとアルビオンに行くか。

 その判断を、どうしてタバサは俺に任せたのか……。

 けれども考え込んでいる時間はなかった。フーケと俺たちを(へだ)つ竜巻は徐々にほつれ、消えようとしている。そんなもんワルドのさじ加減でしかないのだが、いつまでも悩んでいるのは不自然だ。決断は今すぐにでも必要だった。

 

「俺は……、いや、俺も残るよ」

 

 俺は本来、ここでタバサと別れ、ルイズたちとともにアルビオンに行くつもりだった。万が一にもルイズと才人を死なせるわけにはいかないからだ。

 しかし今は『原作』と違い、フーケがタバサに対する憎しみをあらわにしている。俺のせいだ。俺がタバサに『破壊の杖』を届けさせたからだ。

 こんな状況で彼女を囮にして逃げることなど、できるはずがなかった。

 

「いいのかね?」

 

 ワルドが鋭い眼光を俺に向けた。

 

「脱出する人数が多くなっては賊に怪しまれます。戦力という点でも、子爵と才人がいれば十分でしょう」

 

 俺はワルドに頷き、それからルイズに鞄を押しつけた。

 

「なによ」

「学院から水の秘薬を持ってきたんだ。使い方は瓶に書いてある。持ってけ」

 

 桟橋で才人が『ライトニング・クラウド』を食らうだろうから、秘薬を用意しておいたのだ。

 火傷用の薬だけ持っていたら怪しまれるだろうから、外傷全般に効く薬や鎮痛剤、包帯や消毒液も詰め込んである。土メイジの俺でも扱えるよう、呪文なしでもある程度の効果が見込める薬を選んできたから、ルイズにも十分使えるはず。

 こんなの気休めにすぎないが、何も持たずにいくよりずっとマシだ。そのはずだ。

 

「ダメよそんな、そしたらクルトが……」

「ルイズ、時間がない。彼の気遣いを無駄にしてはいけないよ」

 

 ワルドはルイズの肩に手を置いた。それからタバサに振り向いて、

 

「僕があの竜巻を派手に終わらせるから、防御は頼んでもいいかね?」

 

 タバサは頷いた。

 彼女がルーンを唱え始めたのを確かめると、ワルドは威力を失いつつあった竜巻にレイピアのような軍杖を掲げ、くるりと腕を回した。

 弾けるような音がして、四方に突風が吹く。砂煙が舞い上がる。

 タバサが裏口に向かって杖を振った。

 

「いまだ!」

 

 ワルドが叫び、ルイズの手を引いて駆けだした。

 才人はためらう様子を見せたが、タバサが「行って」と呟くと、悔しそうに顔を歪めてルイズたちを追いかけた。

 

 

 

「あら、青いのはこっちに残ってくれたのね。嬉しいわぁ……!」

 

 土煙が晴れたとき、ゴーレムの肩にはフーケしかいなかった。

 仮面の男はルイズたちを追ったのだろう。

 渡した薬が役立つような事態にならなければいいが……才人たちに関しては、あとはもう祈るしかなかった。俺はこちらを選んだのだから。

 

 フーケの剣幕にあてられ、顔色を悪くしたギーシュが呟いた。

 

「み……ミス・タバサも桟橋に行ったほうがよかったんじゃないかね?」

「そしたらフーケもダーリンたちを追っかけたでしょうね。それじゃ囮の意味がないわ」

 

 キュルケが手鏡を覗き込み、化粧を直しながら答えた。

 彼女の言葉にあえて付け加えるなら、タバサを桟橋に行かせようとしたら、きっとワルドも反対したはずだ。

 皇太子の暗殺とアンリエッタの手紙、そしてルイズを狙っている彼にとって、風のトライアングルで修羅場に慣れていて風竜を使い魔にしているタバサはもっとも目障りな存在だったはず。

 だからこそ、こんな派手な真似をしてまで俺たちを分断したのだ。

 

「それもそうか……。しかし、こんなときでも化粧をするんだな、きみは」

「だってせっかくの大舞台じゃない。女優がすっぴんのまま幕開けなんて、みっともないでしょう?」

 

 この子も素敵な衣装に着替えてるものね、とキュルケは付け足し、肘で俺をつっついた。

 俺は無視してフーケをにらみ続けた。

 タバサに服を渡そうと考えついた時点で、キュルケにからかわれるのは想定済み。

 ただ……ひとつ誤算だったのは、タバサの()だ。

 

 俺の買ってきた制服風の服に着替えたタバサは、いつも身につけている白いタイツを穿()いていなかった。

 仕方ない。タバサは当然持ってきてなかっただろうし、俺も女の子に下着類を渡すというのは、さすがにはばかられた。

 だからタイツがないのは仕方がないにしても、スカートはどうにかならなかったのか。

 俺が買ってきたスカートはもう少し丈の長い、膝下くらいまであるやつだったはずなのに、タバサはなぜかいつもと同じような膝上数サントにして穿いている。

 いったいどうなってんだ。

 俺が渡した後に自分で縫い上げたのか。穿き方を工夫すればそのくらいできるのか。それとも俺の知らない『スカート丈を詰める魔法』でもあるんだろうかか?

 

 動きやすさを重視したのか知らないが、素足でそんな短いスカートというのは、さすがに犯罪だと思う。怖いよ俺は。パジャマ姿もよろしくなかったが、こうやって肌を晒しているのはほんとうによくない。犯罪だ。特にタバサみたいなかわいい子がそんなマネをするのは、重罪である。治安が乱れる。捕まえたほうがいいと思う。

 だ、だれか、助けて。誰かおまわりさん呼んできて。こいつをどうにかしてくれ。逮捕してくれよぉ……。

 

 『原作』の才人じみて沸いた思考を脳みその内側で押し殺し、つとめてフーケだけを見つめていると、ゴーレムがずしんと足を踏みならした。

 

「相談は終わった? そこの青い小娘も、しっかり怯えてくれたかしら? わたし、そろそろ待ちきれないわ。チェルノボーグの監獄に捕まってたときからずっと、あんたの澄ました顔に、ゴーレムの拳を叩き込んでやりたかったんだから」

 

 フーケの哄笑を受けたタバサは無表情に首を振って、

 

「無理」

 

 と言った。

 

「ふん、命乞いかい? 聞くわけないでしょう。あの生意気な風竜も、これだけ傭兵がいたら降りてこられないだろうし、逃がしはしないよ!」

 

 タバサはもう一度首を振った。

 

「あなたには、無理」

 

 フーケの笑みが引きつった。

 こめかみに血管が浮かび、ぴくぴく震えた。

 主の感情に呼応するように、岩で作られたゴーレムの体ががたがたと揺れる。

 最後に口紅を塗って化粧直しを終えたキュルケが机の影から顔を出し、いかにも心配そうな声色で、

 

「どうしたのかしら、おばさま。もしかして更年期?」

「小娘がッ! ふざけたこと言ってんじゃないよ! わたしはまだ二十三だよ!」

 

 轟音を響かせ、ゴーレムが歩いてきた。

 

「き、きみたちっ、余計に怒らせてどーするんだね!?」

「どーするもなにも、やっつけるに決まってるじゃない。ねえ、クルト?」

 

 キュルケに肩を叩かれ、俺は慌ててルーンを唱えた。

 ゴーレムの踏みしめた床を『錬金』で砂に変える。

 

 前回と同じ手口だったが、冷静さを失っていたフーケは見事にひっかかった。

 ゴーレムの巨体がぐらりと傾く。ラ・ロシェールの岩で作られたゴーレムはフーケ得意の土ゴーレムより破壊力はあるが、鈍重だ。

 バランスを取ろうと伸ばした足の先も砂山にしてやると、ゴーレムはそのまま尻餅をついた。

 

「ラグーズ・イス・イーサ……」

 

 ゴーレムとともに倒れたフーケに、氷の矢が殺到する。

 タバサの『ウィンディ・アイシクル』だ。

 

「また砂か! 小賢しいマネを……!」

 

 そのままとどめを刺すかと思われたが、フーケは咄嗟にゴーレムの腕を持ち上げ、攻撃を防ぐ。

 そして岩の巨体に身を隠したまま、声を張り上げた。

 

「傭兵ども! なにボサっとしてるんだい! 払った金貨のぶんくらいは働きな!!」

 

 フーケの号令で、魔法戦に巻き込まれないよう遠巻きに眺めていた傭兵たちが動き出す。

 ルイズたちが脱出する前と同じように、俺たちの攻撃魔法の射程外から矢を射かけてくる。

 タバサが風で防いでくれている間に机の裏に隠れるが、これじゃさっきと状況が同じ……いや、いっそう悪化している。

 先ほどまでは玄関の側からしか矢が飛んで来なかったが、フーケが『女神の杵』亭を半壊させたせいで、射かけられる矢が倍増している。その上フーケがゴーレムを立て直したら、盾にしている机ごと叩き潰されてしまうだろう。

 

「ギーシュ、あんたのゴーレムで、厨房から油を取ってこられるかしら?」

「揚げ物の鍋でいいかい? うむ、お安い御用だ」

 

 ギーシュがキュルケの言葉に頷き、薔薇の杖を振った。

 舞い散った花びらが地面に触れると、そこから青銅の戦乙女が生えてくる。その場にあるものを素材に形成する『クリエイト・ゴーレム』の基本法則を無視した魔法の使い方。

 なんでこいつが『ドット』なんだよ、と思わずつっこみたくなる。魔法の実力と呪文(スペル)に足せる系統の数はまったく違うものなのだと実感させられる光景だ。

 しかし今は貴族(メイジ)社会の固定観念に物議を醸している場合ではなく、目前の危機に対処せねばならなかった。

 ギーシュがワルキューレに号令をかけるのを引き留め、俺は言う。

 

「ついでに小麦粉の袋も頼む。塩があったらなお良い。できるだけたくさんな」

「あたしの油もいっぱい持ってくるのよ。できるだけ急いで」

「あ、それが終わったらでいいから、取ってきて欲しいものがあって……」

「きみたち、注文が多くないかね?」

 

 ギーシュはもう一度杖を振り、ワルキューレを七体まで増やして厨房に向かわせた。

 

 

 

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