雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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18.「あら、あたしには何もないの?」

 

「ずいぶん可愛いお人形だねぇ……。砂の坊やは『錬金』以外に能がないのかしら?」

 

 『土くれ』のフーケは、傭兵たちに向かっていくゴーレムの姿に唇を歪めた。

 実際俺が作った十二体の砂像(サンド・ゴーレム)は、彼女の岩ゴーレムと比べるべくもないほど貧弱だ。背丈は俺の腰までしかないし、柔らかい体にはすでに矢が何本も突き刺さっている。

 精神力の大半を費やし数だけは用意したが、俺はギーシュのように複数体同時に精密操作なんてできないから、ただまっすぐ歩いていくだけだ。

 

「キュルケ、間違えるなよ。燃やしちゃいけないのは右端のやつと、左から三番目。それから……」

「もう覚えたわよ。気が散るから、余計なこと言わないでくれる?」

 

 キュルケは一体のサンド・ゴーレムの背中に『火球(ファイア・ボール)』を撃ち込んだ。

 

「なに? 仲間割れ……」

 

 訝しむフーケの視線の先で、火柱があがった。

 砂の体にたっぷり染みこませておいた油に引火したのだ。

 全身に矢を受けハリネズミになっていた砂のゴーレムが火だるまになり、燃えさかる体を揺らして傭兵たちに歩み寄る。

 

「ぜ、全員、あのゴーレムどもを狙え! あいつらを近寄らせるな!!」

 

 傭兵のリーダーと(おぼ)しき男が野太い声をあげた。

 

「いいか、ガキどもは後回しだ! いっせいに射かけりゃ、あんなひょろっちいゴーレム、すぐ――」

 

 男の指示は、最後まで続かなかった。

 炎と矢にやられて崩壊しつつあったゴーレムが、前方に倒れながら油と小麦粉を勢いよく吐き出し、炎の道を作ったからだ。

 先頭にいた傭兵たちが炎にまかれ、悲鳴をあげて撤退する。

 

 その隙にキュルケは杖を振り、砂ゴーレムに次々と着火した。

 俺もキュルケにあわせてゴーレムを操り、半壊した『女神の杵』に火種をまき散らす。

 炎はまたたく間に広がり、傭兵たちを追い立てた。かろうじて無事だった傭兵たちも、キュルケが杖を振ると、意志を持った生き物のような炎に襲われ、弓も矢も捨てて逃げ出した。

 

「おっほっほ! おほ! おほほほほ!! 見た? わかった? あたしの炎の威力を!! 火傷したくなかったらおうちに帰りなさい! あっはっは!」

 

 目の前で人が焼かれてるってのに、よくそんなテンションでいられるな。

 無駄に殺さないように、傭兵を追い払うにとどめる程度に加減してはいるようだけど。

 あの『白炎』メンヌヴィルじゃないが、火メイジってのはみんな炎性愛者(パイロフィリア)の気があるのかもしれん。

 まともな心を持った火の使い手はコルベール先生だけなのか……。

 

「これっぽっちの炎で、情けない奴らだねえ……。まあ、金で雇った連中なんてこんなものね」

 

 呆れたように、フーケが呟いた。

 俺たちが傭兵を相手にしてる間に体勢を立て直した岩ゴーレムの肩に乗り、悠々と戦場を見下ろしている。

 そしてフーケが杖を振ると、巨大な岩の足が未だ火のついていない砂ゴーレムの一体を踏み潰した。

 

「今度こそ、油断しないよ。あいつら全員、虫みたいに踏み潰してやる。まずは、あの砂の小僧。最後は青い小娘だ」

 

 タバサは首を振った。

 

「はっ、『無理』だって? そんな生意気なことは、わたしのゴーレムを倒してから言うんだね」

 

 タバサは俺のゴーレムだった砂山に杖を向けた。

 あらかじめ唱えられていた『氷の矢(ウィンディ・アイシクル)』が、砂山を踏むゴーレムの右足に何本も叩きつけられる。

 しかし氷の矢では岩の体を貫けない。逆に打ち砕かれた氷の破片が、ゴーレムの足下に降り積もっていく。

 フーケはその光景を鼻で笑った。

 

「バカな小娘。火をつけるならともかく、氷で冷やしてくれるの? いまさら優しくしてくれたって、手加減なんてしないからね!」

 

 『女神の杵』をつつむ炎の熱を受け、破砕された氷は見る間に解けていく。水浸しになった砂山から、ひとすじの煙が上がり――

 

「……キュルケ!」

「わかってるわよ!」

 

 先陣を切って炎を操っていたキュルケが、机の裏に飛び込んだ――瞬間、轟音が響く。

 『女神の杵』を揺るがす衝撃が走り、フーケのゴーレムが大きくよろめいた。

 ルイズの失敗魔法を思わせるそれは、しかし魔法ではない。

 

 あの砂ゴーレムの腹の中には、ギーシュが厨房から持ってきた塩化ナトリウム(食塩)を『錬金』して作ったナトリウムがたんまり詰まっていた。

 それが氷の矢から解け出した水に浸され、急激な反応を起こしたのだ。

 

 中学校の理科で習う程度の化学反応だが、威力は相当なものだ。

 塩さえ用意すれば僅かな精神力で大きな爆発を起こせるから、実家では『水』の使い手である長兄と組んで、野盗やオーク鬼の討伐によく使っていた技である。

 

 それにしても素晴らしいのはタバサだ。

 一度しか説明してないのに、完璧なタイミングの『ウィンディ・アイシクル』を決めてくれた。しかも俺の指示した通りに、氷の矢は細く脆く解けやすく作り、しかし量だけはたくさん放っていたのだ。

 さすが神に愛されし才能と謳われたオルレアン公の一人娘。彼女もまた天才だ。しかも魔法だけでなく頭もいいし優しいしかわいいしご飯もたくさん食べるし偉すぎる。

 もしかして天使か?

 

「くそっ。なんだい、いまのは……ヴァリエールの娘は逃げたはずだし……ゴーレムに火の秘薬が……? いや……氷で爆発する秘薬なんて……」

 

 とはいえさすがに、即席の爆弾で『破壊の杖』ほどの威力は望めない。

 岩のゴーレムは右足から胴体にかけて大きな亀裂が走っていたが、まだまだ健在だった。

 フーケが混乱から立ち直る前に、なんとかケリをつけたいけれど――

 

「クルト、頼まれていたものを持ってきたんだが」

「ナイスだ、ギーシュ!」

 

 俺は思わず指を鳴らした。

 裏口から戻ってきた七体のワルキューレたちは、それぞれに大鍋や小麦粉の袋を抱えていた。

 ただしその中身は食材ではなく、裏の路地や練兵場から取ってきた砂である。

 

「しかし、どうしてあんなところに砂が埋まってると知っていたんだね?」

「昼間、散歩してるときに見つけたんだ。ちょうどこのへんで工事でもしてたのかもな」

 

 もちろん嘘だ。

 これは俺が昼の間に『錬金』で作っておいたのだ。もしかしたらここで戦うことになるかもと思い、仕込んでおいた備えのひとつ。

 

「ギーシュ。この砂ぜんぶ、フーケに向かってぶちまけてくれ」

「まかせたまえ。いけっ! ぼくのワルキューレ!」

 

 我ながら怪しい説明だったが、ここまで裏方に徹していたギーシュは嬉々としてワルキューレを突撃させた。

 

「笑わせんじゃないわよ! こんな雑魚ゴーレム、よくもこの『土くれ』の前に出せたもんだね!」

「ああっ! ぼくのワルキューレが!?」

 

 ……が、あっけなく蹴散らされた。

 岩の巨人はヒビの入った右脚を引きずりながらも、青銅の戦乙女を次々と叩き潰してこちらに歩いてくる。

 

 だが、それでいい。

 仕事は十分に果たしてくれた。

 俺はワルキューレの残骸とともに散らばった大量の砂に『クリエイト・ゴーレム』を唱えた。

 砂が蠢き、三体の小さなサンド・ゴーレムが俺たちを守るように立ち上がる。

 岩ゴーレムが足を止め、フーケは忌々しそうに俺を睨んだ。

 

「どうした、フーケ。俺のゴーレムも壊してみろよ。青銅のワルキューレより簡単だろ?」

 

 (あざけ)る表情を作って挑発するが、フーケは動かない。

 爆発の謎が解けていないからだ。大鍋や小麦粉袋の中身から作った俺のゴーレムを潰したら、また爆発するんじゃないかという警戒が、彼女に攻撃をためらわせているのだ。

 タバサが見せつけるように、氷の矢を杖の周りに滞空させる。フーケはいっそう苛立ちをあらわに、射殺すような目を俺たちに向けた。

 

 無言の睨み合いのなか、俺が願っていたのは、フーケが逃げてくれることだ。

 なぜって、『原作』ではそうだったから。俺の読んだフーケはキュルケたちにゴーレムを破壊されたあげく、精神力が尽きて逃げ出していたから。

 ここで彼女がふたたび捕まったり大怪我を負ったりしたら、いままで以上に『原作』と流れが変わりかねない。

 さっきまでは『原作』を考慮する余裕もない殺し合いだったけれど、フーケを()()()()今ならば、俺は彼女を逃がそうと企むことができた。

 だからこそ、彼女の背後にはゴーレムを出さないでおいたのだ。

 

 けれどもフーケは動かない。

 己の絶対的な不利を悟っているはずなのに、意地でも退こうとしなかった。

 

「仕方ない、か」

 

 そうして、ひどく焦れったい時間が流れ……俺は、諦めた。フーケを捕らえることに決めた。

 俺たちにも、それほど時間があるわけじゃないのだ。

 

 『原作』では、ギーシュのヴェルダンデが才人たちのもとに辿り着いたのは、革命軍(レコン・キスタ)が押し寄せる直前。あとほんの少しでも遅れていたら、才人たちは殺されていた。

 『原作』のギーシュは『フーケとの一戦に勝利した僕たちは、寝る間も惜しんできみたちのあとを追いかけたのだ』と言っていた。現時点で『原作』とどれだけ乖離があるかわからないが、これ以上、こいつに時間はかけられない。

 どうせ『2巻』以降のフーケなんて、ワルドと一緒にレコン・キスタの使い走りみたいなことしかしないんだ。

 ここで彼女が退場しても、大勢には影響しないだろう。

 本来生き延びるはずだった彼女がまた捕まり、縛り首になるのは少し可哀想だけど……。

 

「この、クソガキが。ナメやがって、ナメやがって……ナメやがって!! なんの苦労も知らずに育った甘ったれの貴族のガキが、そんな目でわたしを見るんじゃないよ! わたしを、この『土くれ』のフーケを、(あわ)れむんじゃ――」

 

 フーケが激昂し、岩ゴーレムが巨大な拳を振り上げる。

 その瞬間、無防備になったフーケにキュルケが『火球(ファイアボール)』を放った。フーケは岩ゴーレムの背後に身を投げ出して火球を躱す。

 彼女は落ちていく自身の身に『レビテーション』も唱えず、己のゴーレムの拳を鉄に『錬金』する。爆発の可能性さえ無視してサンド・ゴーレムごと俺たちを叩き潰そうとして――岩ゴーレムの背後にあった砂山から()()()のサンド・ゴーレムがあらわれ、フーケの体を受け止めた。

 砂の像は柔らかく、しかし力強くフーケを捕らえ、その細い指ごと杖をへし折った。

 

「~~~~っ!!!」

 

 声にならない悲鳴が響き、主との繋がりを断たれた岩ゴーレムが、中途半端に拳を突き出した奇妙な格好で静止した。

 俺は砂を操りフーケへの拘束を強め、意識を失わせるべくその首をゆっくり締めあげる。

 

「ぁ、がっ……!」

 

 フーケが苦悶の喘ぎを漏らし、最後の抵抗とばかりに四肢を振り乱し――突如、烈風が起こった。

 風はフーケに取りつく砂を吹き飛ばすと、そのまま彼女を持ち上げ、『女神の杵』の入り口に立つ仮面の男のもとへと運んでいく。

 

「あ、あんた……どう、して……」

 

 腕に抱いたフーケの声に、仮面の男は答えない。

 無言で彼女を地面に立たせると、宿の外を杖で示した。

 

「……余計な、こと……しゃべるなって? 相変わらず、気に食わない、男ね……じゃあ、礼も言わないよ」

 

 フーケは痛みに喘ぎながらも男に吐き捨て、ラ・ロシェールの夜の闇へと消えていった。

 

「こら、待ちたまえ!」

 

 と叫んで追いかけようとするギーシュを、俺は杖で制した。

 焦っていた。

 『仮面の男』がここに戻ってくるなんて、さすがに想定していなかった。

 

「なにをするんだね! せっかくあの盗賊を捕まえられそうだったのに!」

「手柄は諦めなさい、ギーシュ。あいつ、相当の使い手だわ」

 

 あの烈風で男の実力を察したらしいキュルケとタバサが、緊張した面持ちで杖を構え直す。

 しかしフーケとの戦いを経たいま、彼女たちにどれだけの精神力が残っているだろうか。どれだけ魔法が唱えられるか。あいつに勝つことができるのか。

 そして仮に勝てたとして、それから才人たちを助けに行って、間に合うのか。

 

 焦りに空転しそうになる頭で必死に考える。

 無数の疑問が頭に浮かび、様々な可能性を考えて、考えて、考えて、そうして俺は、ある根本的な問いに行き当たる。

 それは俺たちがこの状況に至った原因。

 つまり、どうしてあいつが……ワルドの『遍在』が戻ってきたのか、ということだ。

 

 そしてその問いに気がついてしまった以上、言うべきことは決まっていた。

 

「みんな、先に行ってくれ。あいつは俺が引き受ける」

「何を言ってるんだね、きみは! うむ、確かに強そうな雰囲気だが、全員でかかれば……」

「いいから、早く!」

 

 ギーシュを遮って、俺は強い口調で言った。

 『原作』と違うことが起きているとしたら、それは俺の責任だ。

 基本的に『原作』通りにことが進んでいるこの世界において、俺だけが異質な存在で、だから『原作』との差異はすべて俺に起因するのだ。

 それが俺の行動の直接的な結果であれ、バタフライ・エフェクトとでも言うべき遠回りな因果関係によるものであれ。

 すべては俺が原因で、俺が責任を負うべきことだ。

 

 キュルケが(たしな)めるように俺に尋ねた。

 

「行けったって、どこに行けばいいのよ? あたしたちはフーケと傭兵たちをやっつけて、立派に(おとり)の役目を果たした。ルイズとダーリンは桟橋(さんばし)に行って、きっといまごろアルビオン行きのフネに乗っているわ。これで十分でしょう? 他になにをしろっていうの?」

「アルビオンだ。才人たちを追いかけるんだ。そんであの仮面男が出てきたのは俺のせいだ。俺が引き受ける。理由は言えない。説明する時間がない」

 

 キュルケは苛立ちの滲んだ声で言う。

 

「あんた、それであたしたちが納得すると思ってるの?」

「思ってない。だから、頼む。納得せずとも呑み込んでくれ」

 

 キュルケはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「ねえ、タバサ。あなたはどう思う? 彼の言うとおりにするべきかしら」

 

 振り向いてタバサの答えを確かめたくなる衝動を、俺は堪えた。

 ワルドの『遍在』から目を離すわけにはいかなかったからだ。

 しかし彼は奇妙なことに、敵前で相談する俺たちに攻撃するでもなく、ただじっと眺めていた。

 

「……そう、わかったわ。あなたが信じるなら。アルビオンに行きましょう」

 

 キュルケが低く言った。

 俺は仮面男を見据えたまま深く安堵の息を吐き、かすれた声で呟いた。

 

「タバサ、ありがとう。才人を頼む」

 

 返事はなかった。

 しかし彼女は頷いてくれたのだと、俺は根拠もなく信じた。

 

「しかしだね、クルト。きみひとりを置いていくわけには……」

「ギーシュ、姫殿下の依頼を忘れたのか? 任務はまだ終わってない。後のことは任せたよ」

「それは……参ったな。任務を持ち出されてしまったら、ぼくに断ることはできない。ああ、わかったよ。この『青銅』のギーシュ、いと麗しき姫殿下の依頼に……そしてきみの覚悟と誇りに、杖をもって応えよう」

 

 いかにも彼らしいキザな言い回しに俺は笑い、慌てて付け足した。

 

「ヴェルダンデを忘れるなよ」

「もちろん連れて行くつもりだが、なぜきみが気にするんだい?」

 

 あのジャイアントモールがいなければ、たとえタバサたちが無事アルビオンに辿り着いても、才人たちを見つけることはできない。

 彼ら主従を助けるには、ルイズの持つ『水のルビー』の匂いを覚えたヴェルダンデが絶対に必要だ。今回に限っては、ギーシュよりもむしろモグラが本体なのだ。

 しかしそんなことを説明している時間はなく、俺はただ手を振って、出発するよう促した。

 

「あら、あたしには何もないの?」

 

 ふたりぶんの足音が離れてゆくなか、不意に、キュルケが不満そうな声をあげた。

 こいつが餞別(せんべつ)の言葉を求めるなんて、と俺は少し意外に思う。

 それから『風のアルビオン』の終盤を思い出そうとするけれど、キュルケは……なんかしたっけ?

 フーケとの戦い以降は、こいつただの賑やかしだった気がする。

 

「……まあ、がんばれ」

「なによそれ」

「なんでもいいだろ。早く行けって」

 

 キュルケは不服そうにため息を吐いたが、やがて観念したように、

 

「あんたこそ、がんばりなさいよ。せいぜい死なない程度にね」

 

 と言い残し、裏口から出て行った。

 仮面の男、ワルドの『遍在』は彼女たちを追いかける気配さえ見せずに、ただじっと俺を見ていた。

 

 





なおここでフーケを捕縛あるいは殺害していた場合、

ウエストウッド村のティファニアさんの収入源&フーケの守護が消滅

ティファニアさんの生活環境が激変。移住したり、人攫いに遭ったりする可能性大

才人が七万人の足止めをした後、ティファニアさんに発見されず



当然タバサも救われない

となっていたかもしれません。
原作エアプによる特大ガバを寸前で回避した模様。
やっぱりワルド隊長は頼りになるなぁ……。
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