雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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2.「ラッキー! 俺のラッキーが!!」

 

「皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのが……」

 

 教壇に立つ『赤土』のシュヴルーズの講義、ルイズをからかう不快な忍び笑いを聞きながら、俺はあくびを噛み殺す。

 眠気覚ましに、ポケットに入れたロッキー……昨日召喚したばかりの使い魔を握り、なめらかなかたちを確かめる。

 寝不足だった。

 昨夜はちっとも眠れなかった。

 考えることが多すぎたのだ。

 

 使い魔召喚の儀式をきっかけに思い出した『原作知識』。

 『ゼロの使い魔』。

 それは異世界の大陸、ハルケギニアを舞台にした剣と魔法のファンタジー小説の金字塔。

 かつて夢中になったライトノベルの記憶……。

 

 俺が前世の記憶に気づいたのは幼い頃、たしか三歳とか四歳くらいのときだった。

 魔法とは縁もゆかりもない、地球は日本の東京都郊外に暮らしていた記憶。

 実家にいたころは土地の改良やら魔法研究やらに、前世の知識(といっても、文系の一般常識の範疇だが)を活かしたりもしていたのだが、原作に関する記憶は昨日のあの瞬間に至るまで、きれいさっぱり忘れていた。

 『ゼロ魔』だと気づかなかったわけではなく、本当に忘れていた。記憶に蓋をされてたみたいに、ちっとも思い出せなかったのだ。

 じゃなきゃどんなに鈍くたって、ルイズやキュルケに会ったときか、入学式でタバサを見た瞬間に気づいていたはずである。

 

「……今は失われた系統魔法である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知っての通り……」

 

 そういや虚無系統に記憶を操る魔法とかあったっけ。

 俺はその呪文をかけられてたんだろうか……。

 気になることはいくつもあるが、惜しむらくは原作を最後まで読まなかったこと。

 たしかちょうど、『忘却』を使うハーフエルフの子が出てきたあたりで積んでた気がする。

 

「……今から皆さんには『土』系統の基本である……」

 

 『原作知識』とはすなわち、この世界(ハルケギニア)における未来の知識だ。

 いまは『ゼロ』とバカにされるルイズが『虚無(ゼロ)』に目覚め、果てはトリステインを救うこと。ただの平民と思われていた才人が伝説の『ガンダールヴ』で、『ゼロ戦』に乗ってハルケギニアの空を舞い、やがて七万人を相手にたったひとりで挑むことを俺は知っている。

 さらに言えば、そう遠くないうちにアルビオン王政府は『レコン・キスタ』に破れること。トリステインとゲルマニアの同盟がアルビオンに侵攻し、最後はガリアに美味しいところをもってかれることまで知っている。

 

 まがりなりにも貴族(メイジ)の末席として十七年間生きてきた俺は、この知識の価値が身に染みるほどよくわかる。

 わかってる分だけ、最後まで読まなかったことが悔やまれた。

 

 とはいえ、無い物ねだりしても仕方ない。

 中途半端な知識でも役には立つし、この世界(ハルケギニア)の『主人公』が誰なのかさえ知っていれば、ある意味では十分なのだ。

 『ゼロの使い魔』は『正義は勝つ』タイプの王道物語だ……と、思う。

 終盤になって『主人公たちは侵略者の末裔で、実は敵だと思ってたやつらが世界を救う勢力だったんです!』みたいなちゃぶ台返しはないはずだ。たぶん。

 とにかく主人公たち……ルイズと才人の側についていれば、最終的に勝ち馬に乗るのは難しくないはず。

 貧乏貴族の三男である俺の人生にとって、『原作知識』は大きな指針になり得るだろう。

 

「イル・アース・デル……」

 

 教壇に魔法の光がちらついて、見ると、シュヴルーズが『錬金』を実演していた。

 机に並んでいた石ころが、光沢のある金属に変わる。

 

「ゴ、ゴールドですか!? ミセス・シュヴルーズ!」

 

 思わず、といった様子で身を乗り出すキュルケに、俺は苦笑した。

 見事な釣られっぷりだ。

 ゴールドなわけないだろうに。

 

「違いますよ、ミス・ツェルプストー。これは……」

 

 と、ここでシュヴルーズは言葉を切り、教室を見渡した。

 

「このクラスには、土のラインがいましたね。この金属の名前と、ゴールドを『錬金』する条件を教えてもらえますか? ミスタ、ええと……ミスタ・コルパス」

「コールスです。ミセス・シュヴルーズ」

 

 突然の指名。

 ずっと上の空だったのがバレたのか。

 それともキュルケの失敗にニヤついてるのを見咎められたのか。

 この先生、イジメとか嫌いそうだもんなあ……。

 

「それは真鍮ですね、ミセス・シュヴルーズ。銅と亜鉛の合金で、装飾や工芸に幅広く使われる金属です。そして『錬金』自体はドットでも唱えられる土の基本スペルですが、金の『錬金』は土の四乗……つまりスクウェア・クラスの技量が必要になります」

「素晴らしい。一年生のとき、しっかりお勉強してきたのですね。えらいですよ」

 

 内心の動揺を抑えて答えたら、なんかすごい褒められた。

 こんなんで褒められると逆に馬鹿にされてる気もするが、これがこの先生の素なのだろう。前世の記憶があってよかった。純粋(ピュア)な十七歳だったら、軽くムカついてたかもしれない。

 

「さて。ミスタ・コルパスの言ってくれた通り、ゴールドはスクウェアでなければ作れません。私はただの、えー、こほん……」

 

 講義(というか自慢話)が再開し、俺の意識はまた遠くに飛んでいく。

 ふたたびポケットに手を入れて使い魔(ロッキー)のすべすべした肌を撫でてやりながら、考えるのはやはり、『原作知識』について。

 

 昨日からいろいろ考えてきたが、本当に大切なのは、ハルケギニアの未来とか物語の『主人公』とか俺の人生とかではなく、たったひとつのこと。

 タバサだ。

 

 俺は斜め前の席に座る女の子に目を向ける。空色の後頭部が可愛い。

 タバサは授業中にもかかわらず、堂々と本を読んでいた。

 彼女がガリアからの留学生で、青髪で、しかも風のトライアングルという実力者でなければこっぴどく注意されていたはずだ。

 俯き加減なその横顔は彫刻じみて美しく、あまりにも、かわいい。かわいすぎる。窓から差し込む日差しが無垢な青髪をきらめかせ、まるで細かく砕いた宝石を纏っているかのよう。

 おかしいな。

 昨日まで、タバサのことは『あのキュルケと友達やれてる変わった子』くらいにしか思ってなかったのに。

 『原作知識』を思い出し、その魅力に気がついてからは、彼女のまわりだけ世界が色づいて見えるのだ。

 

 だが、こうしてタバサを想っていると、多幸感とともに言いようのない不満がわいてくる。

 だって、信じられますか?

 こんな可愛いタバサがメインヒロインじゃないなんて。

 この子、負けヒロインなんですよ(たぶん)。

 ありえなくない?

 こんな素敵な女の子に好意を寄せられながら、お風呂上がりの裸で抱きつかれながら、他の女にうつつを抜かす(予定の)野郎がいるんすよ。

 平賀才人っていうんだけど。

 ゆるっせねぇよなぁ、本気(ガチ)で……。

 

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」

 

 タバサがちらりと視線をあげ、机の下に潜り込んだ。

 床に女の子座りして本の続きを読むタバサは、いつにもまして小動物じみたかわいさがある。

 でも、どうして机の下なんかに――?

 

「イル・アース・デル……!」

「あ」

 

 閃光。

 そして衝撃。

 なんの構えもしていなかった俺は爆風をもろに浴び、椅子ごと後ろにすっころんだ。

 そうだ。

 この授業、ルイズの爆発で中断するんだった。

 そんで『ゼロ』の由来を知った才人がルイズを煽り倒して、昼飯抜きにされるんだった……。

 タバサに夢中で、『原作知識』がまったく活かせていなかった。

 

「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」

「ラッキー! 俺のラッキーが!! 蛇に食われた!!」

「教室がめちゃくちゃだ! もう何度目だよ! 退学にしてくれよ!」

「いい加減にしろよ!! ゼロのルイズめ!」

 

 したたかに打った後頭部をさすりながら体を起こすと、召喚されたばかりの使い魔たちが暴走し、生徒たちの悲鳴が響く阿鼻叫喚の地獄絵図。場を収めるべきシュヴルーズは黒板の前で気絶している。

 しかし俺より前に座っていたはずのタバサは、我関せずとばかりに机の下で本のページをめくっていた。

 どうやら騒ぎがおさまるまで、机の下に居座るつもりらしい。

 冷静な判断。冷静かわいい。

 さすが北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)

 

 俺は感心すると同時にタバサの過酷な運命を思い出し、わずかに残っていた迷いを捨てる。

 決意する。

 トリステインの命運も俺の人生も、どうでもいい……とまでは言わないが、二の次だ。

 大切なのは、タバサ。

 シャルロット・エレーヌ・オルレアンちゃん。

 『原作知識』は彼女のためにこそ使うのだ。

 

 タバサの苦難を和らげるため。

 そして、彼女の初恋を叶え、完璧な幸福を得る『メインヒロイン』にするために。

 

 

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