二章は明日の投稿でおしまいになります。
あともう少しお付き合いください。
二体の『遍在』と本体のワルド、三人がかりの剣戟を受けてなお、才人は圧倒していた。
全身に風の裂傷を作り、火傷した左腕は引きつるような痛みを訴えていたが、振るう剣の鋭さは先ほどまでの比ではなかった。
「なんだ、なんなのだ、この力は……! なぜ、貴様は……!」
ひとりじゃないからだ、と才人は思う。
彼の後ろには、守りたい女の子がいる。仲間がいる。そうして彼は、友達の言葉を背負って戦っている。
「いいぞ相棒! ガンダールヴの強さは心の震えで決まる! 怒り! 悲しみ! 愛! 喜び! なんだっていい! とにかく心を震わせな! 俺のガンダールヴ!」
デルフリンガーに応えるように、才人は剣を振り抜いた。
間合いを読み損ねた『遍在』の一体がまっぷたつに切り裂かれ、風となって消滅する。
ワルドは悪態を吐き、最後の『遍在』とともに大きく飛び
「くそ……、この『閃光』がよもや
ワルドは肩で荒い呼吸をしながら、憎々しげな瞳を才人に向けた。
「ガンダールヴ……想像以上だ。ただの平民がこれほどの力を持つとは……。だが、目的は果たさせてもらうぞ!」
ワルドが杖を掲げた瞬間、ばちっ、という破裂音――『ライトニング・クラウド』だ。才人は咄嗟にデルフリンガーを構え、剣に吸収させようとする。
けれども雷は撃たれなかった。
ばちばちっ、と破裂音が激しく鳴り響き、杖先から四方に雷撃が散った。
攻撃を見極めようと一心に睨んでいた才人の目が、閃光に
「相棒! 嬢ちゃんが危ねえ!」
才人は慌てて振り返った。
ほとんど効かない目で気配だけを頼りにルイズに駆け寄ろうとして、……がしゃん、と金属がぶつかる音。怖気の走る風切り音。けたたましい破壊の気配。
「大丈夫だ、サイト! ぼくのワルキューレが……うわあ!?」
これもガンダールヴの力か、僅かだが早くも回復してきた視力で戦況を把握する。
軍杖に風の刃を纏わせたワルドがルイズたちに迫り、間に立つワルキューレを貫いている。その足下にはばらばらに切り裂かれた金属片がいくつも転がっていた。どうやらワルドはこの一瞬で、ギーシュのワルキューレたちを一掃したらしい。
だが、この一瞬こそ、才人に必要なものだった。
才人は雄叫びを上げて跳躍し、最後のワルキューレを突破し今まさにルイズに襲いかからんとするワルドの背中を切り裂いた。
「それが貴様の弱点だ、ガンダールヴ! 主人を狙えば、貴様は必ず隙が出来る!」
そして
剣を振り切り無防備になった才人の背後に、『エア・ニードル』を構えたワルドがあらわれる。
才人が切ったのは、最後の『遍在』のワルドだったのだ。
これは無理だ――ガンダールヴの直感が告げる。
どうあがいても避けられない。
才人の体は、この風の槍に貫かれる。
ならば、せめて相討ちに……才人は無理矢理に体を捻り、デルフリンガーをワルドに叩きつけようとして――不意に飛んできた氷の矢が、ワルドの肩に突き刺さった。
風の槍の軌道が逸れ、才人の腹をかすめて床を穿つ。
けれども才人の剣は勢いそのままに振り抜かれ、ワルドの左腕を切り飛ばした。
「ぐっ、あ……っ!」
苦悶の声をあげたワルドがよろめき、
無理に剣を振った才人は、バランスを崩して床に倒れる。その衝撃で、デルフリンガーが手からすっぽ抜ける。ガンダールヴの力が途切れた才人は、もはや立ち上がることもできなかった。
「……なぜ、邪魔をするのだ」
ワルドは燃えるような憎悪を籠めて、氷の矢を放った少女、タバサを睨みつけた。
「貴様、タバサと名乗っていたか。よもや本名ではあるまい。だが、その髪色……貴様の出自は言わずとも知れよう。それゆえに、わからぬ。なぜ貴様が、ガンダールヴに力を貸すのだ」
タバサは答えない。
烈風に吹き飛ばされ傷だらけになったその小さな体で……脚が震え、愛用の長杖に
「答えろ!
タバサは首を振った。
「頼まれた」
素っ気ない返事を侮辱と感じたのか、ワルドはさらに激昂した。
「誰に頼まれたというのだ! アンリエッタか!? フォン・コルパスの小僧か!? それほどの傷を負いながら、貴様はなぜ固執する! なぜ立ち上がる!!」
タバサは答えなかった。
必要なことは言い終えたとばかりに、冷たい沈黙だけを返した。
「貴様ほどの風の使い手なら聞こえるだろう。我らが
タバサは答えなかった。
ただ、彼女の纏う空気が冷たく凍っていくように才人は感じた。
「……俺には野望がある。ここで貴様たちと心中するつもりはない」
ワルドは残った右腕で杖を振り、ふわりと宙に浮いた。才人が侵入するとき壁に開けた大穴に足をかけた。
「目的の一つ……ウェールズの暗殺は果たした。だが、この場は俺の負けと認めねばなるまい。しかしガンダールヴよ。次に
「ちくしょう、待ちやがれ……!」
ワルドは言い捨て、飛び去っていく。
才人は重たい体を必死に引きずり、デルフリンガーを掴んだ。
ガンダールヴの力で強引に体を立ち上がらせ、ワルドを追おうと足を踏み出した。
「だめ」
冷たい風が体を押し返し、才人はぶざまに尻餅をつく。
「邪魔、すんなよ。あいつを倒さねえと……」
「すまないが、ぼくもきみを止めるよ、サイト」
ギーシュが才人に歩み寄り、優しく肩を叩いた。
「クルトはきみを頼むと言って
「逝ってない」
タバサが呟いた。
長杖に体重を預けたまま、ずるずると床にへたり込んだ。
いつも感情を見せないタバサには珍しい、疲労を隠しきれない様子だった。
フーケをやっつけたときでさえ、彼女は平然としていたのに。
やはりワルドにやられた傷が、そんなにも痛むのだろうか……。
「うむ。もちろん傷もあるだろうが、アルビオンに着くまでの間、ミス・タバサはときどき魔法でシルフィードの飛行を助けてやっていたのだよ。クルトがずいぶん急かしたものだからね。そんな彼女を置いてワルドを追っかけるというなら、ぼくはもう止めんがね?」
才人は諦めて首を振った。
俯き、自分の杖にしがみつくようにして床に座っているタバサを、まじまじと見つめた。
この小さな女の子が、自分たちのためにそんなにもがんばってくれていたなんて。
ルイズはそんなタバサに寄り添い、ちいさく、ありがとう……と言った。
「でも、タバサの言うとおりね。どーせあいつは生きてるわよ。だってあいつ、しぶといもの。母さまの
気がつくと、大砲の音や火の魔法の爆発する音、兵士たちの悲鳴が遠く聞こえるようになっていた。
ワルドの言っていた通り、ここにはいずれ
ヴェルダンデの掘ってきた穴が、そのまま脱出口となった。
この穴はアルビオン大陸の底……つまり空まで通じ、抜けた先でシルフィードが待っているのだという。
みんなで穴に潜ろうとなったとき、才人はふと思いついて、始祖像の傍らに倒れたウェールズ皇太子の亡骸に歩み寄った。
彼の整った顔は驚愕に歪み、青いサファイアのような瞳は大きく見開かれていた。
才人はそっと手を合わせ、ウェールズのまぶたに触れて目を閉じさせてやった。
それから小さく謝って、ウェールズの体を探る。
「なにしてんのよ」
才人の行動に気づいたルイズが、訝しげに近づいてきた。
「やめなさいよ。そんな追い剥ぎみたいなマネ」
「ちげぇよ。お姫さまに渡す、形見の品を探してんだ」
ルイズはしばし葛藤していたが、やがて渋々頷いた。
王族の亡骸を漁る不敬より、忠誠を誓うアンリエッタの心の慰めを優先したのだ。
「なら……その指輪にしなさい」
ルイズはウェールズの指に嵌まる、大粒の宝石がついた指輪をさした。
「『風のルビー』。姫さまからいただいた『水のルビー』と対になる、アルビオン王家に伝わる宝物よ。皇太子殿下が姫さまに贈るなら、きっとこの指輪になさるに違いないわ」
才人はウェールズの指から指輪を抜き取り、もう一度手を合わせた。
愛するひとのために命を捧げたこの勇敢な王子を思い、ウェールズの魂に、彼自身の心に誓った。
「……俺、強くなるよ。ルイズを、みんなを守れるくらいに、強く」
ルイズは一瞬、虚を突かれたような顔をした。
けれどもすぐにいつもの調子を取り戻して、
「あったりまえでしょ。あんたはわたしの、使い魔なんだから」
胸を張って腕を組み、つんとすました表情で可愛くないことを言うこのご主人さまは、しかし世界の誰より凜として気高く、可愛かった。
タバサルートは!?