雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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22.「最強の系統は……」(2)

 

 タバサとギーシュ、キュルケの足音が『女神の杵』から離れていくのを確かめたあと。

 俺は仮面の男……ワルドの『遍在』に杖を掲げた。

 

「コールス家が三男、『砂城(さじょう)』のクルト。つつしんでお相手つかまつる」

 

 そして、一礼。

 貴族(メイジ)の決闘の礼である。

 正々堂々、一騎討ちの戦いなんて柄じゃないが、なぜかタバサたちを見逃したこいつの心変わりがあったらかなわない。

 『原作』でもプライドの高かったワルドのことだ。こうして決闘のかたちを取れば、タバサたちを追いかけるより、俺との戦いを優先してくれるかもしれない。

 俺を殺すまでの間は、だけれど。

 別に俺だって死にたくないが、彼の目的がわからない以上、今はこれが最善手なのだ。

 

 俺の役目は、時間稼ぎだ。

 せめてタバサたちがヴェルダンデを回収し、シルフィードに乗って飛び立つまでの時間くらいは、俺がこの男を引き付ける。

 それが自ら『原作』と関わり、運命を変えようとしている俺の責任。

 もちろん殺されないに越したことはないが、命を賭ける理由にはなる。

 

「滑稽だな。その家名には、なんの誇りも託されていないというのに」

 

 ワルドは礼を返さなかった。

 嘲笑をもって返事とした。

 ふつうの貴族なら激昂しているところだが、あいにく俺は前世の価値観を引きずる転生者。

 家名を侮辱されても気にならない。怒ろうとさえ思えない。

 彼が相手をしてくれるなら、俺はなんだってかまわなかった。

 

「それにしても、密命にフォン・コルパスを使うとは。姫殿下もよほど切羽詰まっていたようだ」

 

 そして、ずっと沈黙を保っていた『仮面の男』がいまになって喋り始めたという事実。

 それは俺にとって絶望的なしらせであり、しかし快哉をあげたくなる朗報だった。

 本体が魔法衛士隊隊長として振る舞っている現時点で正体を明かすということは、彼は俺を確実に始末するつもりでここに来たということ。

 彼の目的は、きっと俺だ。タバサや他の連中じゃない。彼の脅威が、俺以外に向くことはないのだ。

 少なくとも、俺を殺すまでの間は……という但し書きはつくけれど。

 

「ワルド子爵……いえ、ワルド子爵の『遍在』殿、と呼んだほうがいいですかね?」

 

 ほう……、とワルドは嘆息した。

 趣味の悪い仮面を外し、鋭い眼光を俺に向けた。

 

「やはり、君は驚かないね。私の正体に勘付いていたばかりか、『遍在』まで言い当てるとは」

「声を聞くまで、確信は持てませんでしたがね」

 

 まさか『ゼロの使い魔2 風のアルビオン』を読んで全部知ってましたとは言えないので、俺はあくまで『疑念』だったことを強調する。

 

「どうして私を疑っていたのか、お聞かせ願えるかな? 答えている間は、君は死なずにすむかもしれないよ」

 

 俺は慎重に言葉を選びながら、ワルドに答えた。

 口先だけでタバサを逃がす時間が稼げるのなら、安いものだ。

 

「昨夜、姫殿下直々に密命を受けたばかりの我らが、すでに二度も襲撃を受けている。しかも二度目はあれだけの傭兵を集め、チェルノボーグの監獄から『土くれ』を連れてきて。さすがに用意が良すぎます。裏切り者が紛れ込んだ、と考えるのが自然ですよ。そして子爵を除いた旅の仲間はみな、魔法学院の友人です。俺にとって、疑う相手は子爵しかいませんでした」

 

 ワルドは頷いた。

 

「ふむ……言われてみれば当然だな。所詮は学生と(あなど)りすぎていたようだ。しかし、だからこそ解せないな。そこまでわかっていながら、なぜ君はルイズのそばを離れたのだ?」

 

 痛いところを突かれた。

 『タバサメインヒロイン計画』のためにも、ルイズと才人の安全のためにも、俺だって当然そうしたかった。

 しかしフーケがタバサに『原作』にはない恨みを抱いていたから、俺はここに残ってあいつの相手をせざるを得なかったのだ。

 

「答えたくないなら、かまわんよ。残り僅かな君の命が、さらに短くなるだけだ。私の目的は、君と楽しくおしゃべりすることではないのだからね」

「……気づくのが遅れただけですよ。裏切りの可能性に思い至ったのは、フーケと戦っている最中でしたから」

 

 なるほど、とワルドは呟いた。

 それから軍杖を抜き、軽く振ってみせた。

 話は終わり、殺しの時間だ、ということらしい。

 俺はわずかな期待を込めて、ワルドに尋ねた。

 

「なぜあなたが俺を狙うのか、伺っても?」

 

 幸い、ワルドは乗ってきた。

 少なからず驚いた様子で、意外そうに問い返した。

 

「君もそれをわかっているから、殿軍(しんがり)を申し出たのではないのかね?」

「もちろん推測はしていますが、確信がない。自分が殺される理由くらい、はっきりさせておきたいのですよ。死んでも死にきれない、ってやつです」

 

 わかっているような口をきいたが、実際なんにもわかってない。

 『原作』では、ワルドの目的はウェールズの命とアンリエッタの恋文、そして虚無の担い手であるルイズの身柄だった。それはいまも変わらないだろう。前者ふたつはアルビオンにあり、最後のルイズもいまやアルビオン行きのフネに乗っている。

 彼がここに戻ってきた理由、スクウェア・スペルである『遍在』を差し向けてまで俺を殺そうとする理由が、ほんとうにわからないのだ。

 俺はただ、『原作』と違う展開が起きたのなら俺が原因だ、というメタ的な推理をしたにすぎない。

 

 ワルドはレイピアのような軍杖に風の刃をまとわせ、いつでも殺せるのだぞと強調するかのように切っ先を俺に見せつける。

 

「なに、簡単な話さ。初めから、君と使い魔くんにはご退場願うつもりだった。ルイズに叶わぬ恋を抱き、私たちの結婚を妨げる可能性があったのは、君たちふたりだけだからな」

 

 叶わぬ恋、というのは完全に的を外していたが、原因はいくつか思い当たる。

 俺とルイズを結婚させようという父の企み。そして昨日のワルドとの問答だ。

 

 『任務が終わったら、俺、ルイズと結婚するんだ……』とワルドが告げてきたとき、俺は早々に退席した。

 『原作』に余計な影響を与えまいとしての行動だったが、ワルドからすると、失恋のショックで引きこもったように見えたのかもしれない。だとしたら心外である。俺はタバサしか眼中にないし、そのタバサにも恋をしているわけではないのだ。

 

「使い魔の彼には、すでに我が雷の刃をくれている。死なぬまでも、あれでは到底、戦えぬはずだ。彼はもはや、剣士としては役に立たぬ。君がルイズとともに来てくれていたら、まとめて始末できたのだがね。まったく、陰謀というのは(ことごと)く上手くいかぬものだ」

 

 不満を告げる言葉と裏腹に、ワルドの表情は楽しげだった。

 俺は吐き気のするような不快を抱き、眉をひそめる。

 心配していた通り、才人は『ライトニング・クラウド』をくらってしまったらしい。

 ルイズに渡した薬で、少しは傷が癒えるといいが。『原作』みたいに意地張って治療を拒まなければいいのだが……。

 

 考えれば考えるほどいっそう心配になり、その下手人であるワルドがへらへら笑って話しているさまに、目眩がするほど殺意を覚えた。

 

「君とルイズを分断できた以上、()()()は消えてもかまわないのだが……しかし、私は君のために用意された『遍在』だ。風と消える前にもうひと働きしてもよいと思ったのだよ。それが、私がここに居る理由。君がこれから死ぬ理由というわけだ」

 

 ワルドは嗜虐的に笑い、ひゅん、と音を立てて軍杖を振った。

 これから殺す相手を恐怖させたかったのだろうが、それを見る俺が考えていたのは、まったく別のこと。

 この旅に備えて図書館の蔵書を探し回った、『風の遍在(ユビキタス)』について記した文献である。

 

 

 『遍在』は系統魔法でもっとも優れた呪文のひとつであり、『風』こそが最強の系統と称される理由の代表的なものだ。

 このスクウェア・スペルは、風が(あまね)く地上に吹き渡るのと同じように、その使い手の化身を風が吹きすさぶあらゆる場所に存在させる。

 しかもそれは、ひとつひとつが意思と魔法の力を持っているのだ。

 

 一見すると完全無欠の便利な呪文に思えるが、その使用には厳しい制約がある。

 第一にそれはスクウェア・スペルであり、『風』を四つ重ねられるメイジでなければ唱えることさえ叶わない。

 第二にスクウェア・クラスのメイジであっても、唱えるには相応の対価……膨大な精神力が必要となる。メイジの頂点に立つスクウェアであっても、数ヶ月かけて溜めた精神力を費やして一、二体の『遍在』を作るのが限界、というものがほとんどだ。

 そして三つめ。『遍在』を維持している間は、その作成に費やした精神力を回復することができない。いわば精神力の最大値が削られた状態になるのだ。

 ……これらの情報を知ったとき、俺は『原作』に描かれたワルドの化け物ぐあいに怖気が走った。

 なにせ、彼は頼れる隊長を演じる一方で『遍在』を駆使して暗躍を続け、アルビオン行きのフネでは燃料である風石の不足分を補い、さらには才人との決闘で攻撃魔法を連発しながら四体もの『遍在』を作ってみせたのだから。

 

 呪文の使い手に対する制約は多いが、生み出される『遍在』自体にも弱点がある。

 まずはその脆さ。『遍在』は風船のような存在で、ドット・クラスの攻撃魔法でさえ、直撃すれば壊れてしまう。

 他にも、精神力の少なさが弱点とされている。『遍在』に意思はあれども精神力は回復せず、それを作るのに使われた精神力のおよそ半分――使い手の熟練によって多少前後するが、最大でも三分の二程度――しか持ち得ない。最初に与えられた精神力が枯渇したら、その『遍在』は消滅する。つまり『遍在』にスクウェア・スペルを使わせたいのであれば、おそろしく膨大な精神力を籠めて『遍在』を唱えておかなければならないのだ。

 『遍在』に『遍在』を使わせて無限の軍隊を作ることができないのは、これが理由である。

 

 また、弱点とは呼べないかもしれないが、『ひとつひとつが意思を持つ』というのも厄介な点だ。

 『遍在』に付与される意思は、本体から完全に独立した意思であり、いわば思考が似ているだけの他人だ。

 もとが同じ人間であるぶん連携を取りやすい、というのは大きな利点だが、念じるだけで命令できたり、『遍在』が得た情報を遠く離れた本体が知る、などということはできない。

 ラドグリアン湖の水精霊のようにすべてが繋がっているわけではなく、言うなればそれぞれの『遍在』が『単なる者』なのだ。

 

 そして最後に、『遍在』の持つ意思は使い手のそれと酷似しているが、ある一点で決定的に違っている。

 それは、目的だ。

 あらゆる『遍在』はそれぞれに目的を持って生み出され――あるいは、確固たる目的意識がなければ『遍在』を唱えることすら叶わず――彼らはその目的を絶対の行動原理と定められる。そしてそれを達した時点で、自ら消滅するのだ。

 そうでなければ、生み出された『遍在』同士、あるいは『遍在』と使い手の間で相争うことになりかねない。

 幼いころ読み漁った『イーヴァルディの勇者』の変奏(バリエーション)に、『勇者に追い詰められた悪しき老メイジが(おとり)にしようと分身の魔法を唱えたけれど、そんな危ないことはごめんだ、お前のほうが囮になれと分身に拒否される』という寓話があったが、この目的という制約のおかげで、現実にはそんな事態は起こりえないのである。

 

 

 いま目の前にいる『遍在』の目的は、ルイズを(さら)う茶番を演じること。そして才人と俺をルイズから分断、あるいは排除すること。

 

 ルイズたちを追ってアルビオンに行くタバサたちを放置する、という一見奇妙な行動も、それを踏まえれば納得できる。

 俺を殺すためにこの場に戻ってきたのなら、タバサやキュルケは邪魔でしかない。彼女たちを見逃したのは、彼の目的にとってむしろ合理的な判断だったのだ。

 にもかかわらず俺との問答に付き合い、殺す理由をわざわざ語って聞かせたのは、きっと彼本来の悪趣味な性癖によるものだろう。

 俺をすぐさま殺しても、適度にいたぶり恐怖させてから殺しても、彼の目的を達成できることは変わらない。

 『遍在』はその思考が目的に対して純化されるぶん、目的に反しない範囲での行動に使い手の本性があらわれるのだ。

 

 と……そこまで考えて、苛立ちがますます深まった。

 才人に語って聞かせたばかりの、あの小恥ずかしい言葉を、俺は思い出す。

 

 己を律する誇りがなければ、魔法使い(メイジ)貴族(メイジ)足り得ない――それは別に、才人を慰めるためにその場で考え出したものなんかじゃない。

 人間はみな平等という建前が根底にあった前世から、血によって受け継がれる魔法(暴力)による支配がまかり通っているハルケギニアの、しかも支配する側として生まれてしまった苦痛と罪悪感を紛らわすための人生哲学。

 魔法という、平民を虐げ支配し(かて)を奪うために使われてきた力……しかし人という種が生きるためになくてはならない力を受け継いでしまった俺が、人間として生きていくための信念。

 才人に伝えたのは、自分でも守れているとは言い難い、しかし俺が俺であるためには譲れない、誇りの根幹だった。

 

 そして、いま目の前にいるワルドはトリステインでも……いやハルケギニア全土を探しても類を見ないほど優れた技量を持ちながら、その力を弱者と見下すものをいたぶるためだけに振るうことをよしとしている。

 圧倒的な優位から俺の友達(才人)を傷つけ、あまつさえその事実を嘲笑う。

 

 自分の力を律することのない、誇りのない獣以下。

 彼はまさしく、俺の嫌いな魔法使い(メイジ)という生き物だった。

 

「さて、話は終わりだ。少しは怯えてくれるかと期待していたが、いらぬ覚悟を与えてしまったようだな。これはこれで、少しは楽しめるかもしれぬが……」

 

 ワルドの『遍在』が軍杖を掲げ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 散歩でもするような気軽さで、しかし一切の隙がないその姿を前にして、俺は思う。

 

 彼の目的は俺自身であり、その矛先がタバサたちに向くことはない。

 その事実がわかった以上、時間を稼ぐ必要はない。無理に戦う必要もない。

 この状況における俺の最善手は逃げることだ。

 あの『遍在』はすでに風の三乗である『ライトニング・クラウド』を使い、茶番とはいえワルド本体とやりあったあとだ。相応に消耗しているはずだ。

 ラ・ロシェールの憲兵にでも助けを乞い、あいつの精神力が切れるまで待つのがもっとも賢いやり方だ。

 どう考えても、そうするのが正解だ。

 ……そう、わかっているのに。

 

「子爵殿。最後にひとつ、ご教授していただいてもよろしいか」

 

 俺は杖を構え直し、ワルドに突きつけていた。

 脳裏に浮かんでいたのは、ふたりの人物。

 

 ひとりは俺がこの世界(ハルケギニア)でもっとも貴族らしいと信じる貴族……魔法がひとつも使えないくせに愚かにも敵前に立ち続け、力ある血族の義務を果たさんとし、敵に背中を見せないものを貴族と呼ぶのだと、そう叫んだ誇り高い少女の姿。

 そしてもうひとりは、その対極……目の前の男とどこか似ている、俺が心底から軽蔑する男。

 

「最強の系統は、ご存知ですかな?」

 

 大嫌いな男の言葉をもって、俺は挑発する。

 時間稼ぎやその後のことなど、もはや頭にない。

 俺はただ、ワルドに打ち勝つ方法だけを考えていた。

 

 





遍在については独自解釈。
原作でワルドくらいしか使ってなかった理由を考えると、このくらいの制限はあってもおかしくないかな、という。
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