雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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二章は今日分の投稿でおしまいです。
今日は三話投稿です。


23.「最強の系統は……」(3)

 

「最強の系統は何か……か」

 

 ワルドは俺から十メイルほど離れたところで脚を止めた。

 おそらくは、それが彼にとっての必殺の間合いなのだ。

 

「戦場を知らぬ学生メイジの好きそうな議論だ。強さなど、その状況によって違う。最強などありえぬ……だが、あえて言わせもらおう」

 

 くつくつと、ワルドは残忍な笑いをこぼす。

 

「互いの魔法が届くこの距離、すでに杖を突きつけあっているこの状況ならば……『風』だ。こと決闘においては、『風』こそが最強の系統だ。仮に君がスクウェアで私がラインでも、私の勝利は揺るがぬだろう」

 

 彼は正しかった。

 正々堂々、正面からの戦いにおいて、風はもっとも優れている。その通りだ。

 だが……と俺は思い、言った。

 

「残念ながら、間違っています。最強は『土』ですよ、ワルド子爵」

 

 これは決闘ではない。

 薄汚い殺し合い。

 まともに戦うつもりでいるのはワルドだけで、俺は事前に準備をしていた土メイジだ。

 

「愚かだな。だが、恥じることではないよ。若い時分は誰しも、己の系統こそが最強と――」

 

 ワルドの言葉は、破裂音によって遮られた。

 フーケとの戦いで結局使わなかったナトリウム入り砂像(サンド・ゴーレム)の、最後の一体。

 ワルドの目を盗んで水のスペルを唱えることなど不可能だが、湿った砂をひそかに動かし、ナトリウムの上で(しぼ)ることで反応を起こしたのだ。

 

 水の量が足りなかったのか、爆発の規模は小さく、威力もない。

 しかしワルドの注意を一瞬引き付け、目くらましの砂を巻き上げるには十分だった。

 

 俺はポケットから使い魔(ロッキー)を放り投げると、中庭の練兵場へと続く出口に駆けだした。

 ぶわ、と烈風が吹く。

 砂煙が一瞬にして払われる。

 ワルドはさらに杖を振るい、俺がフーケの前に立てていた三体のサンド・ゴーレムをついでとばかりに破壊した。

 

「風はすべてを薙ぎ払う。君のお得意の砂遊びなぞ、我が風の前では無きに等しい」

「それじゃあ、こいつはどうですか……っ!」

 

 走る脚を止めずにロッキーと感覚共有。

 自身と使い魔、人間と石という異質な感覚が混濁し、一瞬間、強烈な目眩(めまい)に襲われる。

 俺はふらつきながらもルーンを唱え、杖を振る。

 ロッキーが教えてくれた柱の一部が砂と化し、フーケのゴーレムによって半壊していた『女神の杵』の天井が、俺とワルドを隔てるように崩落した。

 

 

 

 破滅的な音とともに崩れる『女神の杵』を後にし、練兵場に辿り着く。

 そこは才人とワルドの決闘が行われたであろう場所であり、俺がフーケの襲撃に備えて仕込みをしていた場所。

 俺は練兵場に積み上げられた空き箱のひとつを探り、金属製の筒の束……昼間『錬金』していた武器を取り出し、練兵場にばらまいた。

 そしてその隣の樽を蹴り倒し、中に詰まっていた砂に『クリエイト・ゴーレム』のルーンを唱える。ナメクジのようなサンド・ゴーレムを地面に這わせ、さきほどばらまいた筒を隠す。

 

 俺が思うに、『土』の最大の利点はここにある。

 風や火による攻撃魔法はその対象が眼前にいるときに唱えなければ意味がないが、物質の組成を司る土系統は、事前に魔法を唱えておくことができる。

 敵前で詠唱する必要はないし、場合によっては準備に費やした精神力を回復した上で戦いに臨める。

 実質上、土の使い手は他の系統より戦場で唱えられる魔法が多いのだ。

 

「いまのは良い攻撃だったよ。地形を利用するのは土メイジの……いや、魔法戦の基本だ。こんな状況でなければ、君を我がグリフォン隊に推薦していただろうな」

 

 瓦礫の山を吹き飛ばし、ワルドが姿をあらわした。

 ロッキーを通してわかってはいたが、無傷である。彼は練兵場の入り口に立ち、いかにも愉快そうに唇の端を歪ませている。

 

「それは光栄です。卒業後は、いっそ衛士隊の隊長でも目指しましょうかね」

「うむ。是非とも目指してみたまえ。困難だが、やりがいのある仕事だ。ただひとつ残念なことに……君は、卒業できそうにないな」

 

 ワルドはにやりと笑みを深め、杖を振るった。

 風が巻き上がり、一直線に俺に迫る。『エア・ハンマー』だ。俺は思い切り横に跳んで攻撃を避ける。避けた先にも風の塊が飛んできて、俺は跳躍した勢いのまま地面を転がり難を逃れた。

 なんとか立ち上がったところで真横から風の刃が迫るのを感じ、無様に前方に倒れて致命的なダメージを避ける。

 背中を浅く切られたが、まだ大丈夫。まだ動ける。このくらいじゃ人は死なない。戦いに気が昂ぶっているおかげか、痛みもほとんど感じない。

 

「悪くない動きだ。君は土メイジだが、風を読む才能があるようだな。私が君を殺さねばならないのが残念だよ……衛士隊にいたら、きっと活躍できただろうに」

 

 ますます楽しそうにワルドは言うが、風を読む才能、なんてものは俺にはない。

 ロッキーの力を借りてるだけだ。

 俺の愛しい石ころは、地面に撒いた砂を通して風の流れを鋭敏に捉え、『不可視』という風系統の大きな利点を潰してくれる。

 とはいえ、回避し続けるのは非現実的。ロッキーとつながったまま跳ね回ったせいで、目眩どころか吐き気がしてきた。胃液が喉奥までせりあがる。頭の奥がちかちかする。人間の脳は、ふたつの感覚を同時に処理するようにはできていないのだ。

 次の攻撃は、きっと避けきれないだろう。

 俺は地面に倒れたまま一瞬だけ目をつむってロッキーの感覚を頼り、短くルーンを唱えた。

 

着火(ウル・カーノ)!」

 

 ぱん、と軽い音がした――ワルドが杖を鋭く振った。一瞬遅れて彼の足下に、両断された鉄の弾が落ちる。

 

「なに……?」

 

 その鷹のような瞳には、わずかに驚愕が浮かんでいた。

 俺はその隙に立ち上がり、続けて『着火』を唱える。

 ぱん、ぱん、と軽い音が続く。ワルドは風の防御壁を貼り、鉄の弾を防いだ。

 

「平民の伏兵でもいるのかと思ったが……なるほど、器用なことだ。貴様、銃を作ったか」

 

 驚愕から立ち直ったらしいワルドが、感心したように呟いた。

 

「流石ですね。もう種を見抜かれるとは」

「そうでなければ、近衛の隊長は務まらぬよ」

 

 彼の指摘は正しく、俺は銃を作っていた。

 ただし、前世で流通していた銃はおろか、ハルケギニアでもすでに旧式扱いされている火縄銃よりずっと簡易で低質な銃である。

 金属製の筒を作って片方の穴をふさぎ、その奥に火薬と鉄を詰めただけ。一発限りの使い切りだし、『着火』の魔法がなければまともに撃つことさえできないしろもの。

 狙いも不正確で、ゴーレム化した砂に埋め込み、ロッキーの感覚を借りて調整しなければどこに弾が飛んでいくのかわからない。

 そのせいでフーケ戦には持ち出せなかったが、一対一の戦いであれば、誤射や暴発を恐れる必要もない。

 射程は短く、弾速も火縄銃よりずっと遅いが、当たれば『遍在』を倒すのに十分な威力があるはずだ。

 

「さて、どうしたものかな。『遍在』の体は強度にいささか不安があってね、できれば中距離の魔法で仕留めたかったのだが……。悠長に呪文を唱えていては、君の銃で撃たれてしまいそうだ。で、あれば……」

 

 ワルドはレイピアのように軍杖を構え、口のなかでルーンを唱えた。

 『エア・ニードル』か、『ブレイド』か……いずれにせよ、近接攻撃魔法で一気に仕留めるつもりだろう。

 そして、彼の判断はおそろしく正しかった。

 『錬金』製の銃は動き回る相手を狙えるほど上等ではないし、自身の腕でワルドと斬り合えると思えるほど、俺はうぬぼれていない。そもそも『閃光』と称される彼の一撃を受けられる使い手なんて、トリステインにも数えるほどしかいないだろう。

 だから彼の判断は合理的で……それゆえに、俺の待ち望んだ展開だった。

 俺は残されたわずかな精神力を使い、呪文を唱えた。最後の札を切ることに決めた。

 

 練兵場の地下には、砂が詰まっている。

 一見するとあたりまえに思えるが、この石の街ラ・ロシェールにおいて、それは作為がなければありえない。

 

 昼に()()()をしている最中、作った砂の隠し場所に悩んだ末の思いつきだった。

 俺は表面の石畳だけを薄く残して、その中身を砂に『錬金』したのだ。

 これなら目立たないし、放っておいても迷惑にならない。なんなら任務が終わった後、こっそり元に戻しに来てもいい。

 使い道は、いろいろだ。

 そのまま砂として活用してもいいし、フーケや傭兵たちから逃げるとき、砂を抜いて落とし穴みたいに使うことも想定していた。たったいま俺がそうしたように地下の砂に『クリエイト・ゴーレム』をかけて、踏み込んだものを捉える罠にすることもできる。

 

 奴が練兵場に足を踏み入れたら、俺の勝ちだ。

 脆い砂のゴーレムは『エア・ハンマー』の一発で吹き飛ばされてしまうだろうが、『ブレイド』のような呪文では、質量攻撃に対処できない。

 新たなルーンを唱える前に『遍在』の体を破壊できるはず。

 

 そうして勝利を確信した俺の前で、ワルドは、練兵場を飛び越えた。

 跳んだのではない。

 彼がいかに優れた騎士と言えども、人間の跳躍力で届く距離ではない。

 彼は、空を飛んだのだ。

 

「は……!?」

「――言っただろう? 『風』こそが最強の系統だ、と」

 

 彼が唱えていたのは、『ブレイド』でも『エア・ニードル』でもない。

 風の基礎呪文、『フライ』だった。

 予想外の軌道で距離を詰められ、咄嗟に構えた右腕に軍杖が振り抜かれた。みし……と骨の軋む音が頭に響く。

 

「ぐっ……!」

 

 衝撃に怯んだ瞬間、ワルドはくるりと軍杖を回し、俺の手から杖を叩き落とした。

 反射的に杖を拾おうとした俺の首筋に、とん、と軍杖の先が突きつけられる。

 

「その様子では、それが君の杖で間違いないようだな。これだけ策を弄した君のことだ。その杖が偽物(フェイク)であってもおかしくないと思ったのだが、期待が外れた」

 

 絶望的な状況、折られた腕の痛みに呼吸さえ苦しくなっていくなか、俺の頭を占めていたのはただひとつの疑問だった。

 ……どうして。

 どうしてワルドは俺の仕掛けた罠を見抜いたのか。

 

 その感情が表情にあらわれていたのか、ワルドは唇を歪ませ、言った。

 

「簡単な話さ。君のように優秀な土メイジが誘い込んだ場所に足をつけるなど、私には恐ろしくて、とてもできなかったのだよ。だが、それもここまでだな。杖を失ったメイジは平民の女にも劣る」

 

 『フライ』を解き、ふわりと着地しながら語るワルドに、俺は奇妙に納得した。

 あれだけ滾っていた闘志が鎮まり、代わりに俺の胸を満たしていったのは、どこか心地よい諦めという感情だった。

 

 もう、策はなかった。

 やるだけのことはやった。

 使えるものはすべて使っていた。

 

 そもそも、この戦いの勝敗に意味などないのだ。

 この『遍在』は、俺を殺せば消えるはず。負けたとしても、こいつがタバサを害することはありえない。

 だから、これでいい。

 責任は十分に果たした。

 もしかしたら、逃げていれば命が助かっていたのかもしれない。しかしそれでもなお逃げなかったという事実に、俺は満足していた。

 ウェールズ皇太子じゃないが、『勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』というやつだ。

 

 あとはせめて、俺のしてきたことが、タバサの幸福に少しでも繋がっていればいいのだけど……。

 空の上のアルビオンで、シルフィードの背中で、タバサと才人は仲良くしてくれるだろうか? ふたりの仲は深まるだろうか?

 そんなことが、俺はただただ気がかりだった。

 

「礼を言うよ、ミスタ・コールス。楽しい時間だった。貴様はこの私の()()たり得る男だった。誇りたまえよ。最強たる風を前に、土の使い手がこうまで足掻いてみせたのだから」

 

 ワルドの『遍在』は、朗々と、歌うようにルーンを紡ぐ。

 『ライトニング・クラウド』だ。

 呪文の予兆か、軍杖の表面に火花が散り、杖先を押しつけられた俺の首筋を焼き焦がした。

 

「殿方の議論に水を差すようですけれど――」

 

 不意に、艶やかな女の声がした。

 それから聞こえてきたのは、ごう、と火の爆ぜる音。

 次の瞬間、どこからかあらわれた紅蓮の炎がワルドを包み、魔力によって(かたど)られた仮初めの体を、跡形もなく破壊した。

 

「――最強は『火』ですわ、ミスタ。すべてを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」

 

 ワルドから解放された俺はその場に崩れ落ち、呆然と声の主の姿を探した。

 アルビオンに送ったはずのキュルケは倒壊した『女神の杵』の前に立ち、蠱惑的に微笑んでいた。

 

 

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