雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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数多のゼロ魔SSがエターナってきたという難所、『アルビオン編の後』を突破しました。
四巻(誓約の水精霊)もひとつの章にまとめるつもりでしたが、想定より長くなったのでいったん三巻(始祖の祈祷書)にあたる内容まで。
ようやくタバサとの絡みが増えてきた第三章、よろしくお願いします。




三章:ゼロの出会いと予言者の義務
25.「おうちに帰るまでが任務ですって、先生に教わっとけよ」


 

 

 気の置けない友人が、ある日を境にその人らしくない言動をするようになった。

 はじめは恋でもしたのかと楽しく見守っていたが、どうもそれだけではないようだ。

 彼の言動はいよいよおかしく、信じがたいものになっていく。

 捕まえて理由を問いただしても、返事は要領を得ない。なにか隠している様子だ。意味不明な言い訳を繰り返し、挙げ句の果てに『自分は未来が見える』などと言い始めたら、どうするべきだろうか?

 

 日本(前世)でもハルケギニア(今世)でも、その選択肢はそう変わらないだろう。

 心の医者を紹介するか、友人の家族や他の友達に相談するか。それとも、その友人とはそっと距離をおくべきか……。

 

 キュルケの答えは、どれでもなかった。

 甘美で容赦のない拷問を受けた俺が、(もちろん『原作』の存在を伏せて)『俺には未来の知識がある』と語ったとき、キュルケはそれを信じた。

 曰く、『あんたのやってることに、他に説明のしようがないから』と。

 ごもっともである。

 

 ただし無条件で信じたわけではないらしく、拷問は夜が明けても続けられた。

 曰く、『もっとまともな説明が出てくるかもしれないから』。

 ……ごもっとも。

 

 

 

「で、学院に帰ってくるのがこうも遅れた理由はなんじゃね?」

 

 あの『女神の杵』の戦いから六日後の夕方。

 トリステイン魔法学院に帰り着き、まっすぐ学院長室に報告に向かった俺とキュルケは、オールド・オスマンに詰められていた。

 

 最初は任務の報告と危険な戦いを乗り越えた俺たちへの労いに終始していたのだが、話が旅の帰路に及んだ途端、お説教が始まった。

 本来なら馬で二日の距離であるラ・ロシェールから帰ってくるのに六日もかけているのだから、まあ、当然の反応である。

 

 ワルドの『遍在』に受けた傷を癒やしていたのだ、と弁解するも、オスマンの反応は冷ややかだった。

 半分以上嘘なのだから、これも当然かもしれない。

 

 真実はこうだ。

 例の拷問のあと、俺とキュルケは寝入ってしまい、気がついたら夕方。出立には遅すぎる時間になっていた。

 仕方なしにラ・ロシェールにもう一泊したのだが、その翌朝から俺が高熱を出して動けなくなり、キュルケが『水』の使い手を探し出して治させるのに丸二日……根本的な原因はワルドにやられた傷だが、どう考えてもキュルケのせいで悪化した。あの晩、なにもせずに睡眠を取り、翌朝すぐ医者に診せていればこうも拗らせなかったはずである。

 そして帰りの道中、キュルケが『せっかく堂々と授業をサボれるんだから』と行く街々で土産物を物色していたせいで、もう一日余計にかかってしまった。

 

 一世紀以上も学院に勤め、数多のサボり学生を見てきただろうオスマンには彼独自の嗅覚があるのか、俺たちの言い訳を一切信じず、淡々と無断欠席の罪深さを語った。

 授業を行う先生方はもちろん、学費を払っているご両親に申し訳なくないのかね。その学費はそもそも領民の流した汗から来ているのじゃ。それを尊べぬようでは貴族とは言えぬ。というかコールス家はいつまで学費を滞納する気じゃ。君の家は兄の学費も未払いが云々……。

 あの状況から帰りの旅費と俺の治療費(すべてキュルケが立て替えていた)をせしめたキュルケは、さすがという他ない。

 オスマンが色仕掛けに弱すぎる、と受け止めるべきかもしれないが。

 

 

 

「ツェルプストー! それにクルトじゃない!」

「お前ら、いつの間に戻ってたんだよ! 心配したんだぞ!」

 

 今日はもう夕食を摂って休もうと、食堂に向かう廊下を歩いている途中、主人公主従に声をかけられた。

 みな無事に帰っているとオスマンから聞いていたが、顔を見るとやはり安心感がある。

 ふたりとも大きな怪我もない様子で、俺は思わず頬をほころばせた。はやくタバサにも会いたい。彼女の無事を確かめたい。

 隣のキュルケはなんでもない調子でひらひらと手を振って、

 

「あら、ヴァリエールじゃない。ダーリンも。やっぱり無事だったのね」

 

 ルイズは頬を染めた。

 照れなどではない。怒りのせいだ。原因は不明だが、ルイズは怒りのあまり顔色を変えているのだと、付き合いの長い俺にはわかった。

 いつもの甲高い叱責が飛んでくるかと身構えたが、それを遮るように、才人が叫んだ。今にも泣きそうな涙声である。

 

「こっちの台詞だよ! 俺、本気でお前らのこと……!」

「ん、才人? どうしたんだ?」

 

 ルイズに(すね)を蹴っ飛ばされた。

 

「いってぇ! お嬢、何すんだ!」

 

 また蹴られた。

 

「今のはわたしのぶんね。その呼び方、いい加減やめなさいっつってんでしょ。そんで最初のは、サイトのぶんよ。まったく、人の使い魔を無駄に心配させてんじゃないわよ。迷惑よ」

「え? 心配? 俺たちを?」

「最初っからそう言ってんだろ!」

 

 才人が俺の両肩をがっしと掴む。

 泣きそうな……を通り越してもう涙がぽろぽろこぼれ、鼻水まで垂れてる顔を俺にぐっと近づけた。

 

「アルビオンから逃げたあと、みんなでラ・ロシェールに戻って探してたんだぞ! でも、ふたりとも見つからねえし、宿はぶっ壊れてるし……」

 

 才人たちが『原作』通りニューカッスル城への一斉攻撃の直後に脱出していたのなら、ラ・ロシェールに着いたのは昼下がりだろうか。

 タイミングとしては、拷問に疲れた俺たちがふたりして眠っていたころだ。

 傭兵たちの追っ手があっては面倒だからと、街外れの安宿にしたのが(あだ)になったらしい。

 

「港に行っても、お前らみたいな奴は来てねえって言われるし……それじゃあ学院に向かったのかもってタバサが言うから、お、俺、ずっと、待って……」

 

 感極まってしまったのか、才人は言葉に詰まり、俺の肩を掴んだまま下俯いた。

 才人が子どもみたいにしゃくり上げ、ぐずぐずと鼻をすする音が廊下に響く。

 

「あー、その……すまん。心配、かけたな」

 

 俺はなんと言っていいのかわからず、もごもごと謝った。

 いつだったか、俺がまだ『フォン・コルパス』を名乗っていたころ、はじめてのコボルト退治で父とはぐれたときでさえ、こんなに心配されなかった。

 そういや人が死ぬかもしれないってのはこのくらいの一大事だったなぁ……と、野蛮なファンタジー世界に芯まで毒されてしまった俺は、前世の平和を懐かしく思う。

 

「い、いい、よ、無事なら……というか、ほんと、よく生きてたな。あの仮面……ワルドと戦ったんだろ?」

「まあ、うん。でも『遍在』だったし。キュルケも来てくれたし。なんとかなったよ」

 

 才人はようやく俺から手を離し、パーカーの袖でごしごしと顔を擦った。ハンカチでも貸してやりたくなったが、旅帰りの俺は清潔な布を一枚も持っていないのだった。

 結局(そんなに泣くんじゃないわよ! 情けないんだから! と頬を膨らませた)ルイズが差し出したハンカチで涙を拭った才人が、ふと気がついたように言う。

 

「にしても、なんでこんな帰りが遅くなったんだ? もしかして、あのあとまた敵に襲われたとか」

 

 深刻な表情を浮かべる才人に、俺は慌てて首を振った。

 

「いやいや、そんなことないって。ただ……」

 

 ただ、なんと言ったらいいものか……、俺は言葉に窮してしまう。

 オスマンにそうしたように、傷の療養をしていたと言うべきか。

 しかし俺たちを案じてくれていた才人をこれ以上不安に……それも半ば嘘の説明をして心配を煽るのは躊躇(ためら)われた。

 かといって、あの拷問を正直に話すわけにもいかないし……。

 

 助けを求めてキュルケを見ると、さすがの彼女も罪悪感があるのか、こわばった面持ちで冷や汗をかいている。

 しかし数多の火遊びの末につけられた『微熱』の二つ名は伊達ではなかった。彼女は一瞬で影のある表情を作り、才人の腕に抱きついた。

 

「ごめんね、ダーリン。あんたを心配させるつもりはなかったのよ」

 

 たわわな胸を押しつけられ、涙に腫れた才人の頬がにへらと緩む。

 ルイズがびくりと肩を震わせたが、ずっと俺たちを待っていた才人の気持ちを案じたのだろう、深呼吸して拳をおさめた。

 

「あんたにこんなに想ってもらえて、あたし、とってもうれしい。遅くなってごめんなさい。悪いことしたと思ってるわ。だから、あたしを許してちょうだい?」

「う、うん、許す」

「許す、じゃないわよこのバカ犬!」

「ぎゃいんっ!」

 

 一瞬で我慢の限界を迎えたルイズが、才人の足を踏んづけた。

 

「どーして帰りが遅くなったのか、結局答えてないじゃないの! 教えなさいよ! 遅れた理由が任務に関係してるなら、わたしも耳に入れておく必要があるわ」

「関係してなかったら?」

 

 念のため、俺は訊いてみた。

 ルイズは冷めた声で答えた。

 

「殺す」

「……っすよねー」

 

 がっくりと肩を落とした俺を尻目に、キュルケは才人の腕を胸に挟み、心底から楽しそうに笑った。

 

「なぁに、ヴァリエール。あんたも心配してたの?」

「ち、ちちちちっ、ちがうわよ! サイトが! サイトが気にしてたから、代わりに怒ってあげてるだけなんだから! ご主人さまの義務なんだから!」

 

 いっそ美しさすら感じる古典的なツンデレである。

 

「で、結局、どうして遅くなったんだよ」

 

 ルイズに叱られて理性を取り戻したのか、才人からふたたびの質問。

 キュルケの感触に頬は緩みっぱなしだが、その瞳は真剣である。

 そうなると俺は弱かった。

 目を逸らし、叱られた子どものような小さな声で、

 

「……観光」

 

 は……?

 とルイズと才人の顔が歪む。

 理解できない、という表情だ。

 キュルケが俺の後を引き継ぎ、彼女一流の軽い調子で言った。

 

「だから観光よ、観光。ほら、行きは急ぎの旅だったから、どこにも寄れなかったじゃない? せっかく堂々と授業をサボれる機会なんだから、帰り道はゆっくりしてもいいかなって思ったのよ。ね、クルト? あんたが言い出したんじゃなかったっけ?」

 

 拷問はお互い様だとして、観光はお前の責任だろ。俺を生け贄にするんじゃない。

 だんだんと怒りに目が吊り上がっていくふたりを前にして、俺は自分でもわかるこわばった声で答えた。

 

「そ、そうだったかな、キュルケ。お前もいろいろ美味い店紹介してくれたもんな。土産もたくさん買ってたし。おかげでさっきまで、オールド・オスマンに説教くらってたんだけどな。いやあ、学院長って怒ると怖いんだな。知らなかったよ」

「そうね、ふだんボケてるのに、お説教のときは迫力あったわよね。あたし泣きそうになっちゃった」

「うん、あれは恐ろしかった。まったくひどいめにあったよ」

 

 そうよねアハハと笑い合い、じゃ、今日はこれで……と食堂へ逃げようとしたとき、背後からぽつりと。

 

「ほんとう?」

 

 俺とキュルケはぴたりと静止して、それからゆっくり、おそるおそる、振り向いた。

 

「……た、タバサ、さん」

 

 ずっと会いたくてたまらなかった青い髪の小さな少女が、冷ややかな瞳で俺たちを見つめていた(かわいい)。

 いやほんと今日もかわいい。数日ぶりだからかいっそうかわいい。超かわいい。大きな怪我もなさそうでよかった。それにやっぱり、いつもの制服姿が一番だね。

 

「タバサ、あなたも無事に帰ってたのね。うれしいわ。シルフィードは元気?」

 

 取りなすようなキュルケの台詞に、タバサは頷きさえしなかった。

 呪文も唱えてないのに彼女のまわりの空気が渦巻き、だんだんと体温が奪われていく。

 その無言の圧力に、ルイズも才人も黙ってことの成り行きを見守っていた。

 恐ろしい沈黙の後、タバサはもう一度、呟いた。

 

「いまの話は、ほんとう?」

 

 俺とキュルケは目を見合わせた。互いの意図を瞬時に理解し、まったく同時に口を開いた。

 

「クルトのせいよ」

「キュルケが悪い」

 

 返事は杖だった。

 正確で容赦のない突きを鳩尾(みぞおち)にくらい、俺は呼吸もできずにうずくまる。

 隣のキュルケは脳天に一発もらったのか、頭を抱えて崩れ落ちていた。

 

「待ってた」

 

 タバサはぽつりと言った。

 俺はなんとか呼吸を整え、咳き込みながらも顔をあげる。

 光輝を帯びた青髪の天使は相変わらずの無表情で俺たちを見下ろしていて、かわいい。身長差のせいでいつも上から眺めていたが、なんとタバサは下から見ても魅力的だった。

 すっかり見蕩れていたけれど、タバサが(おど)かすように杖で床を突いたので、俺は慌てて言った。

 

「寄り道して申し訳ありませんでした。もう二度としません」

 

 タバサは頷いた。

 それからキュルケが真摯な声色で、

 

「ごめんね、タバサ。あなたを心配させるつもりはなかったのよ。反省してるわ」

 

 タバサはもう一度頷いた。

 怒りのオーラが収まり、空気を支配していた青い魔力が霧散する。

 怖気の走る冷気が消え、周囲の温度が一気に上がったかのような錯覚に襲われる。ほっと安堵の息を吐き……、それでようやく、俺は気がついた。

 

 タバサは怒っていた。

 怒っていたのは、それだけ心配していたからだ。

 つまり彼女は、俺を心配してくれていた。

 

 いやもちろんタバサが怒っていたのはキュルケに対してで、俺を殴ったのはあくまで()()()だろう。

 けど、それでも、どうしても、歓喜の波が押し寄せるのを、俺は止められなかった――後頭部に衝撃。顔面が床石に叩きつけられる。

 

「ど、どぼじて……」

「笑ってた」

 

 タバサは杖先を俺の頭を乗っけたまま、淡々と答えた。

 反省が足りない、ということか。

 でも、確かにその通りだ。

 タバサからしたら、俺は親友(キュルケ)の帰りを遅らせ、散々心配させられる原因を作った男。いくら殴っても足りないくらいに思ってるのだろう。

 ああ、本当に申し訳ない。

 彼女の笑顔(まだ見たことないけど)を曇らせるようなマネをして、俺はバカだ。なにが『タバサメインヒロイン計画』だ。

 タバサの優しさが自分にも向けられたと勘違いして笑ってしまうなんて、俺はあまりにも愚かなゴミクズ野郎だ。

 

「ずみ゛ま゛ぜんでじた……」

 

 死にそうな思いで謝罪を絞り出していると、今度はキュルケがくすりと笑った。

 

「ねえタバサ。あたしが言えたことじゃないけど、あんまりクルトを叱らないであげて?」

「ほんと、あんたが言えたことじゃないわね」

「そういうあんたはひとこと余計なのよ、ヴァリエール」

「あんですってぇ!?」

 

 はいはい、とキュルケは鬱陶しそうに手を振って(俺は顔面を床にくっつけたままだったけれど、彼女がその仕草をするさまを完璧に想像できた)、姉が妹に、あるいは母親が娘に向けるような、優しい口調でタバサに言う。

 

「クルトが笑ったのは、タバサ、あなたのせいなのよ」

 

 タバサが首を振るか傾げるかするだけの間が開いて、

 

「わからない? あなたが怒ったからよ。彼、あなたに心配されたと思って、それがとってもうれしくて、笑ってしまったのよ」

 

 内心を完璧に言い当てられて、しかもそれをタバサと才人とついでにルイズの前でやられて、とんでもない羞恥に襲われる。

 顔が、熱い。鼓動が早くなり、どくどくと血の脈打つ音が耳の内側でいやに響く。背中に汗が滲んでいくのが、自分でもわかった。

 いますぐ立ち上がってそれは違うと叫びたかったが、頭に乗っけられた杖の重さが許してくれなかった。

 

「ほんとう?」

 

 タバサの呟きが聞こえた。

 それからしばしの沈黙……。

 なぜか、キュルケは答えない。

 頭の杖がぐりぐりと揺れる。鼻が床にすりつぶされそうだ。

 キュルケが笑いを滲ませた声で言った。

 

「クルト、あんたが訊かれてるのよ」

 

 え、と思う。

 そんな、まさか。

 勘弁してくれ。

 けれどもタバサの杖は、こつん、と俺の頭を軽く叩いた。

 それはキュルケの言葉を肯定する意味だと、俺は本能で理解した。

 

 数秒の間、俺は考えた。

 いったいどうやって誤魔化すか。

 なんと答えればこの場を乗り切ることができるのか。

 しかしタバサは早く答えろとばかりに俺の頭を小突き回し、俺は思考がまとまらないまま、

 

「ほ、ほんとう、です」

「どうして?」

 

 どうして、と来たもんだ。

 そんなんタバサが好きだからに決まってる。

 決まっているが、言えるわけがない。たいして仲良くもない男が急に好意を向けてきたら怖いだけだろうし、それで警戒されたら悲しい……、だけじゃなくて、ただでさえ不安まみれな『タバサメインヒロイン計画』に支障が出る。

 タバサと才人をくっつけるには、俺自身がタバサと深い仲になる必要はないが、それでも無害な知り合い程度に思われていたほうが動きやすいのは当然だ。

 また頭を小突き回されながら、俺は必死で沈黙を保った。

 それからさらに数十秒間、無言の攻防が続き……、不意にキュルケが吹き出し、くすくす笑い出した。

 

「そのくらいにしてあげなさいな。あたしたちだって、あなたを心配してたんだから。お互い様よ」

「わたしは寄り道しない」

 

 嘘つけ。

 タバサも寄り道するだろ。任務帰りにミノタウロス退治とかしてるだろ。『タバサの冒険』で知ってんだからな。

 ……なんて口が裂けても言えないので、俺は黙って床と向き合っていた。

 

「そうよ。神聖な任務の帰りに寄り道なんて、貴族としてあるまじき行為だわ」

「誰もあんたに訊いてないわよ、ヴァリエール」

 

 ルイズが空気の読めないマジメさを発揮して、それをからかうキュルケとの間で口論が始まる。いつものやつだ。

 タバサはそんなふたりに呆れたのか、もう俺に対する興味を失ったのか、ようやく杖をどかしてくれた。

 俺がおずおずと立ち上がったころには、彼女はすでに俺たちに背を向け、食堂へと歩き出していた。

 

 

 そんな(かわいい)タバサを先頭にして、俺たちは食堂へぞろぞろ歩く。

 途中、ルイズを言い負かしたらしいキュルケが俺に近寄り、そっと耳元で、 

 

「クルト、今のは()()()()?」

「……おい」

 

 『未来の知識』はふたりの秘密にする約束で話したのだ。

 こんなところで口に出すな、と俺は視線で訴える。

 しかしキュルケはまるで気にした風もない。

 俺は仕方なく、小声で答えた。

 

「知らないよ。そんな便利なもんじゃないって、言っただろ」

 

 俺の知識は、あくまで『原作』に描写されている範囲内。しかも途中で積んでたせいで、アルビオンとの戦争の決着、つまり今年の降臨祭までの知識しかない。

 キュルケには、『未来の知識』といっても断片的なものでしかないのだと伝えている。『原作』だの『ゼロの使い魔』だの胡乱なことを言うより、そのほうがよっぽどわかりやすいと思ったからだ。

 疑わしげな瞳を向けるキュルケに、俺は囁くように言った。

 

「もうじき、約束したことが始まるはずだ。それまで待っててくれ」

 

 キュルケは唇を尖らせ不満をあらわしてから、前を歩くタバサに絡みに行った。

 

 

 あの拷問の夜。

 『未来を知ってる』と告白した俺をいったん信じ、しかし当然の疑いを抱いていたキュルケに、俺はいくつか予言をした。

 誰にも話さないことをかたく誓わせた上で、直近で起きる大きな事件(イベント)、すなわち異世界から来た『竜の羽衣』の発見とアルビオンの条約破り。それに続くタルブの空戦、ルイズの『虚無』の覚醒について彼女に教えた。

 その突拍子のなさにキュルケは笑い、予言が当たったら俺を信じると約束してくれた。

 

 だから彼女に俺のほんとうの目的……、才人にタバサを救ってもらい、そしてふたりをくっつける『タバサメインヒロイン計画』を伝えるのは、もう少しだけ先になる。

 それまではキュルケのからかいが続きそうだが、彼女の協力さえ得られたら、『原作崩壊』のリスクはぐっと下がり、『計画』も成功に近づくだろう。

 

 ラ・ロシェールではどうなることかと思ったけれど、未来は明るい……、かもしれない。

 俺はタバサのハッピーエンドを思って笑い、「へらへらしてんじゃないわよ。サイトがずーっと落ち込んでてかわいそ……迷惑だったんだから」「そうだよクルト、お前、まっすぐ帰れよ。おうちに帰るまでが任務ですって、先生に教わっとけよ」と主人公の主従に殴られた。

 

 

 





三章投稿までに、一、二章の内容を一部改訂しました。
誤字脱字の修正以外は、活動報告にまとめています。
話の本筋とはそこまで関係ないけど、よく見たら原作の描写と違うじゃん、と後から気づいた部分です。
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