「『火』系統の特徴を、誰かこの私に開帳してくれないかね?」
俺たちが学院に帰った翌日。
昼下がりの気怠い空気が漂う教室で、満面の笑みを浮かべたコルベール先生が、生徒たちを見回して尋ねた。
教室の前には食堂で使うような大きな机が持ち込まれ、その上に見慣れぬものが置かれている。
卓上全体に敷かれた楕円形の金属のレール。そのレールの上には小さな車輪が四つついた、高さ二十サントほどの箱がある。
ハルケギニアの感覚に従うならば、馬車か荷車の模型のようにも見えた。
生徒たちは卓上の装置に眠たい瞳を向けていたが、コルベール先生の質問を受け、学年で一番の火の使い手、フォン・ツェルプストーのキュルケに注目が移る。
教室の前列、タバサの隣に座ってヤスリで爪の手入れをしていたキュルケは、手元から視線を上げずに答えた。
「情熱と破壊が『火』の本領ですわ」
「そうとも!」
コルベール先生はにっこりと笑った。
キュルケは爪の具合を確かめ、これ見よがしにあくびした。なんとも反抗的である。
『火』の名門ツェルプストーの血を引く彼女は、同じ火系統の教師であるコルベール先生が『情熱と破壊』と対極の温和な人物であることが気に食わないらしい。
あのコッパゲは生徒を注意することもできないのかしら? これ以上、火の使い手が
けれどもコルベール先生も生徒にナメられるのには慣れたもので、気にもしないで授業を続ける。
「だが、情熱はともかく、『火』が
「ご立派な講釈ですけれど、聞き飽きましたわ。それより、その妙なカラクリはなんですの? 先生のご理想と関係があるのかしら」
キュルケはイヤミな口調で返したが、卓上の装置には興味をそそられたようだった。
質問を受けたコルベール先生はうれしくてたまらないといった声色で、
「うふ、ふふふふ、よくぞ聞いてくれました、ミス・ツェルプストー。これは以前お見せした『愉快なヘビくん』を改良した、名付けて『ころころヘビくん』! 火の魔法と油を使って自走する装置ですぞ!」
「……マジすか」
俺の呟きは、思いのほか響いていたらしい。
何人かの生徒がこちらを向き、コルベール先生も俺に笑いかけた。
「おお、ミスタ・コールス! どうかしましたかな!」
「いや、その……はやくそれが動いてるところが見たいナーって」
コルベール先生は瞳と額を輝かせて頷いた。
「うむ、うむ、そうだな! 君には是非とも見てもらいたいのだ! この新発明は、君のアイデアなしでは完成しなかったのだからね!」
俺は曖昧に微笑み返しながら、また『原作』からの乖離が……と内心で頭を抱えた。
「さて、このように……気化させた油に『着火』すると……この通り! 車輪が回って、装置が走り出します! そして、ほれ! 走りながらヘビくんがぴょこぴょこ顔を出して、ご挨拶! またご挨拶! 面白いですぞ! しかもこの装置、魔法をかけ直さなくとも、燃料が切れるまで走り続けるのであります!」
卓上のレールに沿って『ころころヘビくん』を走らせご満悦のコルベール先生と対照的に、生徒たちはしらーっとした反応である。
熱心に見ているのはルイズの隣に座る才人だけだ。
「……で、それがなんの役に立つんですか? おもちゃを動かしたかったら、魔法を使えばいいじゃないですか」
と生徒の誰かが言い、コルベール先生は悲しげな表情。
動力装置の活用法について講義を始めるが、みんな関心がない様子だ。
俺もちょっぴり切なくなるが、それはこの際、重要ではない。だって『原作』でもそんな反応だったから。
問題は、コルベール先生の発明だ。
どう見ても『原作』の『愉快なヘビくん』より高度になっている。
あからさまな『原作』との乖離……すなわち、俺のせいである。
学院に入学してから使い魔召喚の儀式で『原作知識』を思い出すまでの一年間、俺はコルベール先生の研究室にしょっちゅう出入りしていた。
貴族的な
なにしろ、彼は平民を露骨に見下すこともないし、俺の家名を見て態度を変えたりもしない。その上俺がどんな意見を言っても『貴族らしくない』だの『異端的だ』だのくだらない文句をつけてこないのだから。
キュルケとつるむようになってからは研究室を訪ねる頻度が減ったけれど、去年度の一年間で、俺は先生から多くを学んだ。
実家の土地開発や魔法の活用法の相談に乗ってもらったり、『錬金』や火のスペルについて教授を受けたり……先生の趣味に付き合って、一緒に奇妙な実験や発明に取り組むこともあった。
そして『原作』の存在なんて想像もしていなかった当時の俺は、前世の知識を惜しげもなく先生に語ってしまった。
まあ、もともと文系の一般人だった俺にはたいした科学知識もなかったし、一応は中世ヨーロッパっぽい世界観に遠慮して、一学生の俺が言い出してもおかしくない範囲の知識やアイデアにとどめたつもりである。
でも先生、俺が新しいことを言うたびに大喜びして褒めてくれるもんだから、ついうっかり教え過ぎちゃった気がする。
その結果が、これである。
『原作』では、このときの発明はヘビの模型が顔を出し入れするだけの『愉快なヘビくん』だったはずだ。
けれども俺の知るコルベール先生は去年の夏には『愉快なヘビくん』を完成させていたし、今回披露した『ころころヘビくん』は立派な自走機械になっている。
先生が楽しそうなのはなによりだが、タバサと才人の絡みを増やす以外は極力『原作』通りで行きたい俺にとって、あまり歓迎すべき事態ではなかった。
『原作』におけるコルベール先生の仕事はゼロ戦の整備と新兵器『空飛ぶヘビくん』の搭載、それから学院を襲撃したメンヌヴィルの撃退くらいだから、彼の発明がグレードアップしてもたいした問題はないのかもしれない。
しかしいわゆる『バタフライ・エフェクト』というやつが侮れないものなのだと、先日の『女神の杵』の戦いで、俺は心底から痛感していた。
「先生! それ、素晴らしいですよ! それは『エンジン』です!」
金属の箱ががちゃがちゃ音を立てて車輪を回し、色とりどりのヘビの模型がぴょこぴょこ顔を出したり引っ込めたりしながら卓上を走り回っている姿を眺めて考えに耽っていると、才人の叫び声が聞こえた。
彼はルイズの隣で立ち上がり、いたく感動した様子である。
この反応は『原作』通り……と、俺はいったん安堵する。
「えんじん?」
先生はきょとんとした顔で聞き返した。
「そうです。俺たちの世界じゃ、それを使って荷物を運んだり船を動かしたり……さっき先生が言った通りのことをしてるんです」
「なんと! やはり、気づく人は気づいておる! たしか、君はミス・ヴァリエールの使い魔の少年だったな」
コルベール先生は興味深そうに才人を見つめた。
「君はいったい、どこの国の生まれだね?」
才人が何か言おうとしたのを、ルイズが引き留めた。ルイズは、怪しまれるわよ、余計なこと言うんじゃないわよ、だの小言をぶつけ、先生に向き直って、
「ミスタ・コルベール。彼は、その……、東方の……、ロバ・アル・カリイエの方からやってきたんです」
「なるほど、東方か……。エルフたちの治める東方の地では、学問、研究が盛んだと聞く。そういえばミスタ・コールスも、東方の知識に詳しかったな」
「クルトが?」
今度は才人がきょとんとした。
教室の視線が、ふたたび俺に集まる。
いつだったか、コルベール先生に知識の出所を尋ねられたとき、実家に東方の書物があって……とか、
才人の瞳が好奇心に輝き、いろいろ質問したくてうずうずしているのが傍目にもわかる。
ルイズは恥ずかしそうに才人のパーカーの裾を引っ張って座らせ、キュルケは胡乱な視線を俺に向ける。
タバサは我関せずといった態度で、卓上を走る『ヘビくん』をぬぼーっと眺めていた(かわいい)。
「……先生、俺も『ヘビくん』を動かしてみたいのですが」
「もちろんいいですとも、ミスタ・コールス! 『着火』に少しコツがいるが、なに、基本は『愉快なヘビくん』と変わらない。君ならすぐできるようになるでしょうな!」
こんな大勢いる場所で、前世由来の知識について追求されたらたまらない。
身勝手な誤魔化しの気持ちから出てきた言葉に、コルベール先生は大喜びで頷いた。
ああ、罪悪感……。
生きてるだけでどんどん嘘が増えていく。
とはいえ、もし『原作』通りにことが進んだら、この後モンモランシーに煽られたルイズが『ヘビくん』の着火役に名乗り出て、装置が爆破されてしまうはず。この悲劇を避けられたということで許して欲しい。
『原作』以上の力作になった先生の発明が女の子同士の小競り合いのために壊されるのは、さすがに忍びない。
装置の前に歩み出た俺はできるだけルイズの出番が回ってこないよう、思いつく限りの質問をしながら先生の解説を聞き、慎重に『着火』を唱えた。
無事卓上を十周ほどした『ヘビくん』が止まったころ、「他にも誰か……」とコルベール先生が恐ろしいことを言い出したときには、メガネの奥の瞳を輝かせて意外なほど熱心に『ヘビくん』を見ていたタバサ(超かわいい)を推薦した。
そうして終業の鐘が鳴り、何事もなく授業が終わったと安堵の息を吐いたとき、コルベール先生がふと思いついたように言った。
「ミスタ・コールス。放課後、久しぶりに研究室に来てくれるかね? 君の考案した、回転する羽を用いた飛行装置……君は『ぷろぺら』と呼んでいたね……、あれを使った『ぷかぷかヘビくん』の試作機ができたのだ。ようやく風石を使わずとも姿勢が安定するようになってきたところでね。君の意見を聞かせて欲しい」
「……マジすか」
先生、俺も行っていいっすか! と好奇心むき出しに駆け寄ってきた才人と、熱心な生徒(生徒ではない)を見つけてにこにこしているコルベール先生の間に立って、俺は恐ろしい『原作崩壊』の予感に頭がくらくらした。
たしかにプロペラやヘリコプターのアイデアは話したが、工学も航空力学も知らない一般人の
話を聞いて一年足らずで、しかも魔法の力を借りずに装置を飛ばせるようになるなんて、そんなことあり得るのか。
もしかして、この先生……とんでもない大天才なんじゃないか?
『原作』でもガソリン作ったりゼロ戦を整備したりしてたけど、それはあくまでエンジニアとしての才能だと思っていた。
けれども彼の本質はエンジニアではなく発明家で、俺が積んでいた『8巻』の序盤以降では、なにかすさまじい大発明をしていたんじゃないか。
俺がうっかり語ってしまった知識は、いつか『原作』の展開を完全に変えてしまうんじゃないか……。
「ミスタ? どうかしましたかな。もし都合が悪いのなら……」
「いえ……、少し驚いただけです。是非とも確かめさせてください。才人も、一緒に行こうか。東方の話を聞かせてくれよ」
俺はなんとか笑顔を浮かべて、先生に頷いた。
コルベール先生の変化は、いまさらどうしようもない。
覆水盆に返らず……ハルケギニア風に言うなら、俺はもう、皿の上のミルクをこぼしてしまった後なのだ。
俺がすべきは、ミルクを皿に戻そうとする無為な努力ではなく、こぼしたミルクがこれ以上染みを広げないよう、雑巾で一生懸命に拭くことである。
幸いコルベール先生は善良で思慮深く、俺の知る限り……、前世と今世の経験、そして『原作』の知識を含めても、もっとも信頼できる人物のひとりだ。
それに才人と先生が楽しげに話し合っている様子を見ていると、この光景が悪い結末に繋がるわけがないと、無責任にも信じてしまいそうになるのだった。