雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

28 / 68
27.「は? タバサ? 怪我? なんで?」

 

 

「五十一、五十二、五十三、五十四……!」

 

 いつ来ても日当たりの悪い、ヴェストリの広場の一角。

 コルベール先生の研究室を訪ねた翌々日の放課後、才人を探してやってきた俺は、ぶおん、ぶおんという風切り音に出迎えられた。

 

 才人が朝から授業に顔を出さず、ルイズに訊いても「知らないわよ」とそっぽを向かれるので、まさかもうご主人さまに追い出されたのかと心配していたが、杞憂だったようだ。

 どうやら彼は、デルフリンガーと一緒に特訓していたらしい。

 パーカーを脱いだシャツ一枚の格好でデルフリンガーを握り、ひたすら素振りを繰り返している。

 

 才人がルイズのベッドにシエスタを押し倒し、激怒したルイズにクビを宣告されることから始まる『3巻』の宝探しの冒険は、まだまだ先のようだった。

 

「お、クル、ト……わり、これだけ、終わらし、ても、いい、かっ」

 

 俺の気配に気づいた才人が、視線を前に定めたまま、素振りを止めずに話しかけてきた。

 その姿は素人目に見てもさまになっていて、とてもこの間まで平凡な高校生だったとは思えない。さすがは伝説のガンダールヴだ。

 

「もちろん。別に俺も、たいした用事じゃないし。しばらく見学させてもらうよ」

「おう……あれ、デルフ、いま、何回目、だっ、け?」

「七十五、六、七、八……」

 

 才人に振り回されるデルフリンガーが、気のない声で数え始めた。

 しばし手持ち無沙汰になった俺は杖を振って大きなコップを作り、『凝縮(コンセンデイション)』……空気中の水分を集める水系統の基礎呪文で水を溜める。そうして水に含まれる不純物を塩と砂糖に『錬金』してかき混ぜ、才人の好きな簡易ポーション(スポーツドリンク)を作って彼を待っていた。

 

 

 

「んで、なんか用?」

 

 二百回の素振りを終え、お礼もそこそこにコップを空にした才人が俺に問いかけた。

 今日の訓練はこれで終わるつもりなのか、パーカーを肩にひっかけてベンチに座っている。

 俺も彼の隣に腰掛け、

 

「用ってほどじゃないけど。今日は一日、教室に来なかっただろ。またルイズにお仕置きされてるのかと思って探してたんだよ」

 

 ないない、と才人は手を振った。

 気味の悪い微笑みを浮かべ、生温かい瞳をルイズがいるだろう女子寮塔の方角に向けた。

 

「ルイズのやつ、優しくなったんだヨ。あのアルビオンの辛い経験で、慈悲の心に目覚めたのサ。俺みたいな不細工モグラにも、みんなと同じ命があるってわかったんダネ」

「……そうか。よかったな」

 

 実際、才人の待遇はだいぶ改善されている。

 以前のように食堂の床に座らされる姿は見なくなったし、食事の内容も俺たちと変わらない。教育と称して拘束具をつけられたり鞭で打たれたりすることもなくなった。

 ここまでは『原作』通り。

 

 そして才人の反応も『原作』と変わらないようだった。

 彼は優しくされて調子に乗るでもなく、なぜかルイズの心の成長を祝福し、『俺がルイズに惚れられてるわけないんだネ……』と卑屈になってしまうのだ。

 わかってはいたが、アホである。

 

 気になるのはルイズのほうも『原作』通り……つまり才人に優しくなったのは彼の言うとおり慈悲の心に目覚めたからか、それともやはり恋煩(こいわずら)いのせいなのか、という点だが、これは確かめようがない。

 『やあルイズ、最近なんだか才人に優しいけど、もしかして彼を好きになったのかい?』なんて訊けるわけがないし、尋ねたところで蹴られるだけだ。

 ただ、基本的には『原作』通りなこの世界。ルイズも『原作』同様、才人への恋心を自覚し始めたと見るのがいいだろう。

 

「お嬢と喧嘩してないなら、才人はなにやってたんだ? ひとりで剣なんか振り回して」

 

 けれどもそうすると気になってくるのが、さっきの光景だ。

 才人が自主訓練するシーンなんて、『原作』にはなかった気がする。

 単純に描写されなかっただけかもしれないが、それでも『原作』からの乖離につながりかねない心境の変化だ。

 才人は気まずそうに頬を掻き、

 

「まあ、アルビオンでいろいろあってさ」

「いろいろって?」

 

 なぜだか視線を逸らした才人に代わって、ベンチに立てかけられたデルフリンガーが答えた。

 

「アルビオンの王子さまに誓ったんだろ。強くなるって」

「デルフお前、あっさり言うなよ」

 

 才人が怒ったように言った。

 デルフリンガーは悪びれもせず、

 

「なんでだい?」

「なんでって、そりゃ、恥ずかしいじゃねえか」

「そういうもんかね?」

「そういうもんなの。お前は誰かを守りたいって思ったことがないから、この気持ちがわかんねえんだよ」

 

 才人は薄く頬を染めて、本気で恥ずかしそうにしている。

 意外な反応だ。

 彼の性格を考えるに、『ルイズを守る』くらい(ルイズ本人の前でもなければ)大胆に言ってのけそうなものだけれど。

 

「相棒は、あれさね、石の(あん)ちゃんの影響をモロに受けて誓いを立てちまったから、こんな恥ずかしがってんだね」

「お、お前っ、お前な! ぜんぶ言うやつがあるか! 本人の前で!」

「いいじゃねえか。あの風竜の上で、俺も剣を握る理由を見つけた、いつかこの誓いをあいつに伝えるんだ、つって意気込んでただろ。寝てる嬢ちゃんにキスまでしてよ」

「あんときは、こう……そういう気分だったの! クルトが死んだかもって思ってたから、せつなくなってたの!」

「生きてて伝えられたんだから、よかったじゃねえの」

「よかったけど! そういう問題じゃねえんだって!」

 

 才人は慌てたように相棒の剣に抗議するが、聞かされるこっちも嬉しいやら恥ずかしいやら、どんな顔してりゃいいのかわからない。

 あの『女神の杵』での一件、ホームシックに陥った才人を慰めようとひねり出したこっぱずかしい自分語りは、思いのほか彼に影響を与えていたらしい。

 っていうかやっぱルイズにキスしてたのかよ。シルフィードの上で。タバサの後ろで。『原作』通りとはいえ信じがたい愚行だ。何考えてんだこいつは。

 俺は才人に対する罵倒をぐっとこらえ、ひとまずはデルフリンガーに向かって、

 

「とりあえず、石じゃなくて砂ね。前も言った気がするが」

「そうだっけか? (わり)いな、六千年も生きてると、どうでもいいこたぁすぐ忘れちまうんだ」

 

 デルフリンガーは豪快に笑い、それから妙に真剣な声で言った。

 

「そんで兄ちゃん。お前さんを()()()()のメイジと見込んで頼みがある」

「なんだよ」

「相棒が強くなるのを、手伝っちゃくれねえか」

「そりゃかまわないが……、俺なんかで相手になるか?」

 

 デルフリンガーが才人の誓いとやらを暴露したのは、これが理由だったようだ。

 すなわち、俺に才人の特訓を手伝わせるため。

 

 才人が強くなって困ることはないし、俺に断る理由はない。素直に頷きたいところだが、正直、力不足じゃないかと思う。

 『錬金』は()()()()と自負しているけれど、戦いに向いた呪文じゃない。砂像(サンド・ゴーレム)も搦め手用の魔法であって、白兵戦には向いてない。正面から殴り合いをしたらギーシュのワルキューレにも負けるだろう。

 数多のメイジを切ってきただろう伝説の剣にガンダールヴの相手を頼まれるのは光栄なことだが、学院の衛兵にでも頼んだほうがマシな気がする。

 

「誰もチャンバラしろとは言ってねえよ。お前さん、土の使い手だろ? 相棒の訓練用の剣を作って欲しいんだ」

「剣? デルフじゃダメなんか?」

 

 隣で聞いていた才人が口を開いた。

 

「ダメだね。俺を握ってちゃ、ガンダールヴのルーンが発動しちまうからな。型を染み込ませることはできても、相棒自身の体を鍛えるにゃ効率が悪い。だから剣っつってもあれだね、こいつに作らせたいのは、武器というよか重石(おもし)の棒だ」

 

 そういうもんか、と才人が言い、俺も納得させられた。

 たしかにそういう事情であれば、俺が適任だ。

 土メイジである俺は、呪文ひとつ唱えるだけで訓練に必要な道具を好きなだけ作り出せるのだから。

 ギーシュでも似たようなことができるはずだが、ドットの彼よりはラインの俺のほうが唱えられる呪文が多いし、扱える金属の種類も段違いだ。

 

「わかったよ。俺で良ければ、いくらでも協力する」

 

 さすがクルト! と瞳を輝かせる才人を制して、

 

「ただし、その誓いってやつ? 詳しく聞かせてくれよ」

 

 うげっ、と才人が顔をしかめる。

 けれどもこればっかりは譲れない。

 なぜなら、彼が『原作』と違う行動を取り始めた理由を、俺はどうしても知っておきたいからだ。

 これがきっかけで『原作』と展開が大きく変わり、タバサが救われる未来が潰えてしまうような事態は、絶対に避けねばならない。

 原因の一端が俺の発言にあるというなら、なおのこと。

 

 才人はしばし躊躇(ためら)っていたが、やがて諦めたように、ぶっきらぼうな口調で、

 

「別に、たいしたことじゃねえよ。ただ……、あの王子さまに誓ったんだ。強くなるって。そんで、みんなを守るんだって。それだけだ」

「みんなを?」

 

 微妙なひっかかりを覚えて、聞き返す。

 ルイズじゃなくて、みんな?

 

「みんなってのは、だから、その……みんなだよ。ルイズとか、タバサとか、お前とか……なんだよ、笑うなよ」

「あ、ああ、すまん。悪気は、ないんだ。う、うれしくて……」

 

 俺は無意識に緩んでしまった口元を押さえ、下俯いた。

 

「た、タバサ、を……守る、才人、お前が、守ってくれるんだな?」

 

 だって。

 だって、才人が。

 才人がタバサを守るって言った。

 その上、なんと、タバサのために、強くなろうとしてくれている。

 

 『タバサメインヒロイン計画』は、ほとんど成就したようなものじゃないか、これは。

 

「……ごめん、クルト」

 

 しかし才人は唐突に、かたい声で謝った。

 

「俺が弱かったからだ。俺の力が足りなかったせいで、タバサに怪我をさせちまった」

「は? タバサ? 怪我? なんで?」

 

 俺は頭が真っ白になって、震える声で問い返した。

 フーケ戦以降、アルビオン編でタバサが怪我する要素なんてあったか?

 ニューカッスルで才人とルイズを回収して戻ってくるだけだろ。

 みんな無事に帰ってたし、そこは『原作』通りだと思い込んでいた。

 だけど、まさか、脱出中に戦争に巻き込まれたとか……。

 

「ああ、ワルドとの戦いで、タバサがルイズを庇って……」

「待て。待て待て待て。ワルドは才人がやっつけたんじゃないのか? ワルドくらい、お前ひとりで倒せるだろ」

「そんなわけねえだろ。もしひとりだったら……、クルトがタバサとギーシュを送ってくれなかったら、俺もルイズもあいつに殺されてた」

 

 才人の顔をまじまじと見つめるが、冗談を言ってる雰囲気ではない。

 

「いやあ、あいつは強敵だった。衛士隊の隊長ってのは伊達じゃねえな。相棒だって負けちゃいなかったと思うが……。ま、あの娘っ子に助けられたのは(ちげ)えねえや」

 

 デルフリンガーが鍔をがちゃがちゃ鳴らしながら付け足して、俺はいよいよおかしくなった。

 

「く、くわしく、くわしく聞かせてくれ。アルビオンで、いったい何があったんだ」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。