雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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28.「あんた、あたしの部屋をなんだと思ってるワケ?」

 

「キュルケ! キュルケ!! たばっ、タバサ知らないか!?」

 

 女子寮塔の階段を駆け上がり、扉を激しくノックする。

 返事を待つのもわずらわしくて、『解錠(アンロック)』を唱える。拒まれる。トライアングルのキュルケがかけた『施錠(ロック)』には、ラインの俺では歯が立たない。

 鍵が開かないなら……、『錬金』。

 蝶番(ちょうつがい)を砂に変えて扉を蹴り倒す。

 

 そうして、ばたんと派手な音ともに倒れた扉の向こう。

 キュルケはベッドに座っていた。

 下着姿で大股を開き……、足の爪にマニキュアを塗っていたらしい。

 

「キュルケ! た、タバサが……タバサが……!」

 

 キュルケはぽかんと俺を見上げていたが、やがて傍らに置いていた杖を取り、ルーンを唱えた。

 

 

「少しは頭が冷えたかしら?」

「冷えたっていうか焼け……、いえ、はい……、すみませんでした……」

 

 ベッドに腰掛け堂々と足を組むキュルケの前で、全身を軽く炙られた俺は、床に座って深々と頭を下げた。

 

 才人からニューカッスル城の戦いの顛末……彼がワルドに追い詰められたとき、タバサとギーシュがあらわれたこと。タバサがルイズを庇って、烈風に打ちのめされたこと。『エア・ニードル』に貫かれそうになったところをタバサの魔法に助けられ、逆にワルドの腕を切り飛ばしたこと。不利を悟って逃げてゆくワルドを追いかけようとしたが、タバサとギーシュに止められたこと……、を聞いた俺は、いてもたってもいられずタバサを探しに駆けだした。

 

 学院で再会したときにはなんともないようにしていたけれど、それでも心配だ。

 可憐な花のような見かけによらず、気丈で意地っぱりなタバサのことだ。ほんとうは傷が痛むのに、無理して隠していたかもしれない。

 それでなくても、謝りたい。

 俺が『原作』と関わったせいで、彼女はひどい怪我をした。本来はしなくてもいい、痛い思いをさせてしまったのだ。

 とにかく会って謝りたかった。

 

 ヴェストリの広場を出た俺はタバサの居そうな場所……、食堂や図書館、使い魔の溜まり場になっている裏庭まで駆け回ったが、彼女はどこにも居なかった。

 そうして焦りばかりが(つの)っていくなか、裏庭でひなたぼっこしている火トカゲ(フレイム)を見かけ、俺はようやく、『キュルケに訊く』というまっさきに取るべき手段を思いついたのだった。

 

 

「で、タバサがどうしたのよ」

 

 キュルケがシャツのボタンを留めながら尋ねた。

 俺はまた焦りに囚われそうになる心をなんとか抑えて、

 

「タバサがどこにいるか、知ってるか?」

「この時間だったら、部屋で本でも読んでるんじゃない? あの子の部屋には行ったの?」

「行くわけないだろ。読書の邪魔したら悪いし」

 

 キュルケが脚を振り上げる。

 彼女の前の床に座っていた俺は、見事に顎を打ち抜かれた。

 

「あたしの邪魔ならかまわないっての?」

「うん。……あ、いや、そういう意味じゃなくて、キュルケを軽く見てるとかじゃなくて、タバサだとやっぱり悪いから」

「言ってること一緒よ、それ」

 

 キュルケは手の中の杖を艶っぽい仕草で弄び、呆れたように言った。

 次に下手なこと言ったら炎が飛んできそうな気配。しかも炙り(ロースト)じゃすまないやつが。

 

「それで、なんでタバサを探してたのよ」

 

 キュルケは杖をくるくると回し、つまんない理由だったら承知しないからね、と言外に付け足した。

 

「タバサが、怪我したって聞いて」

「なんですって?」

 

 キュルケの目の色が変わった。

 立ち上がりかけた彼女の前で、俺は(なだ)めるように言う。

 

「いや、いまさっき怪我したってわけじゃないんだ。アルビオンで、ワルドにやられたって才人から聞いて。それでタバサを探してたんだよ」

 

 キュルケはすとんと腰を降ろした。

 

「なによ、いまさら知ったの?」

「お前、知ってたのか」

 

 思わず問い返すと、キュルケは当然のように言う。

 

「学院に帰ったその日に、タバサから聞いたわ。もう治ってるらしいから、安心なさい。王宮で姫殿下直々に治してもらったんですって」

「そうか……」

 

 体のこわばりが、一気にほどけた。

 アンリエッタの『治癒』なら間違いない。

 王宮には水の秘薬が山ほどあるはずだし、彼女自身の魔法も強力だ。『原作』では王族ふたりのヘクサゴン・スペルを受け止めた才人さえ治していたのだから。

 キュルケは呆れた目で俺を見下ろし、脚を組み直した。

 

「あんたねえ……、内戦中のアルビオンに行かせるんだから、怪我くらい覚悟しときなさいよ。だいたい、あんた、そんなことも()()()()()()ワケ?」

 

 キュルケが言いたいのは、俺の『未来の知識』でタバサの負傷を予知できなかったのか、ということだろう。

 彼女からすれば当然の疑問だが、俺は首を振って答えた。

 

「ラ・ロシェールでも言っただろ。俺はあくまで『俺が関わらなかった場合の未来』しか知らないんだ。俺がいるだけで、未来はどんどん変わっていく。ほんとうは、『女神の杵』に仮面男も来なかったし、ワルドは才人がひとりで倒してた。タバサが怪我することもなかった」

「役に立たない知識ねえ……。それであんた、あんなに動揺してたのね。あの子が傷つくはずがないって思い込んでたから」

 

 キュルケは嘆息した。

 まったくその通りだ、と俺は頷き、

 

「ああ、だからタバサが傷ついたのは、俺のせいだ。俺が考えなしに関わろうとしたから、タバサが……」

 

 がんっ、と視界が揺れる。

 頭を蹴飛ばされたのだ。

 突然の暴力に、しかし反論する気も起きなかった。

 だってこれは、当然の罰だ。

 キュルケからすれば、俺は親友が傷つく原因を作った存在。蹴飛ばしたくもなるだろう。いまこの瞬間にも灰にされていないだけ、慈悲深いというものだ。

 しかし彼女は俺を罵倒するでもなく、むしろ諭すような口調で言った。

 

「それって傲慢よ、クルト。あんたに頼まれたとはいえ、アルビオンに行ったのは、あの子の選択。責任があるとしたら、それはあの子自身だわ」

 

 キュルケの言葉は甘く、優しく……、しかし寂しかった。

 『原作』の登場人物である彼女と、結局は世界(ハルケギニア)の異物でしかない俺との、果てしない断絶がそこにあった。

 だって俺が関わらなければ、はなから存在しなければ、この世界はハッピーエンドに向かうはずだ。『原作』を途中で積んでる俺だって、『ゼロの使い魔』がそういう物語であることくらいは、さすがにわかる。

 今回のタバサの怪我も、もしかしたら訪れるかもしれない救いのない結末も、すべては俺が責任を負うべきことがらだった。

 どれだけ『未来の知識』を語っても、たとえ『原作』の存在を教えても、この孤独と、世界を変えてしまったという責任だけは、俺は一生、誰とも共有できないのだ。

 

「そう……だな、傲慢か。キュルケの言う通りだ」

 

 俺はただ、タバサが、シャルロット・エレーヌ・オルレアンという少女がもっと幸せになれるんじゃないかという、物語の結末を知らないがゆえの無責任で傲慢な夢想に囚われていただけ。

 好きなヒロイン……、いや、この世界で出会った大切な女の子が完全無欠の幸せを手に入れて欲しいという身勝手な願望に衝き動かされ、世界をバカにしているふざけた『計画』を進めようとしていたけれど、心の底では、諦めかけていた。

 

 才人とルイズを眺めるたびに、ふたりの間に割り込むなんて到底無理だと実感させられる。

 タバサでなくても、シエスタでもアンリエッタでも、『8巻』に出てきたあのハーフエルフでも、それは不可能だ。

 そうして仮に才人の気持ちがタバサに向いたところで、それはつまり、いままで以上の『原作崩壊』に他ならない。

 『原作』の流れを外れ、本来あるはずだったタバサの救いさえ危うくなるだけ。

 いままでずっと目を逸らしていたけれど、タバサが救われる『原作』の流れを守りつつタバサと才人をくっつけるという『タバサメインヒロイン計画』は、根本的なところで破綻しているのだった。

 

 才人から教えられたタバサの怪我は、俺の愚かな行動の結果は、フーケとの戦い以降ずっと揺らいでいた俺の気持ちにとどめを刺すのに、十分な威力を持っていた。

 

 俺はもう、タバサや才人、ルイズやキュルケと距離を置き、関わるのはやめようとさえ考えていた。

 けれどもそれは、諦めた。

 なぜって、俺はすでにこの世界と関わり、『原作』にも『主人公』にも少なくない影響を与えてしまっているのだから。

 すでに未来を変えている以上、いまさら身を退くことはあまりにも無責任だった。

 俺は俺の与えてしまった変化をまっすぐに見つめ、少しでもマシな未来……それが『原作』通りなのか、それとも『タバサルート』に近づけるのかわからないが……、を目指して動き続けることのほか、責任の取りようがない。

 

 ひどく傲慢な態度だと自分でも思うけれど、それでも俺は、こうする他にどうしようもなかった。

 

「……すまん、キュルケ。ありがとう。邪魔したな」

 

 俺は立ち上がり、キュルケにふたたび頭を下げた。

 

「ひとりで何を納得したのか知らないけど、どういたしまして。タバサに会いにいくなら、その暗い顔、なんとかしてからにしておきなさいな。それと……」

 

 膝の埃を払って部屋を出ようとする俺に向かって、キュルケは微笑んだ。

 

「扉は直していきなさいね?」

 

 

 

 ものを創るのは、壊すことよりずっと難しく労力のかかることである……、という普遍的な真実を学んでキュルケの部屋を出ると、ひとりのメイドが階段を登ってくるのが見えた。

 料理がたくさん載った大きなお盆を抱えて、にこにこと機嫌よさそうに歩いている。

 どこか懐かしさを感じさせる、素朴な魅力を持った彼女は、たしか……、

 

「シエスタ?」

「は、はいっ! なんでしょう、えと、ミスタ・コールス」

 

 えらくかしこまられてしまった。

 いきなり姿勢を正したせいで、食器ががちゃんと揺れる。なみなみとよそわれていたシチューが盆にこぼれる。

 そんなビビらなくていいのにと思うが、メイドとしては当然の反応である。

 『原作』のシエスタを知ってるせいで勝手に親しみを覚えていたけれど、彼女からしたら、俺はなんの関わりもない貴族の男。

 いきなり呼びかけられたら驚くに決まってる。

 事実、彼女の顔には『なぜわたしの名前を?』という疑問と恐怖がありありと浮かんでいた。

 

「驚かせてすまない。才人から、君のことを聞いていたものだから」

 

 才人の名前を出すと、シエスタは顔をほころばせた。

 

「そうだったんですね。わたしもサイトさんから、ミスタ・コールスのお名前をよくお聞きしますわ。大切なお友達だって」

 

 多分におべっかが含まれているのだろうが、面と向かって言われると、さすがに動揺する。

 『原作』には存在しない俺が深い関係を結んでしまった恐ろしさ、その関係が才人も目の前の少女も不幸にするかもしれないという罪悪感の反面、どうしても心が弾んでしまい、それがまた罪の意識を刺激する。

 そうか、なんて気のない返事をしてしまう。

 しかしシエスタは気にする風もなく、恋にのぼせた乙女の顔で、

 

「やっぱりサイトさんはすごいわ。貴族の方とお友達になっちゃうなんて!」

 

 そんなことを小声で叫ばれて、俺はなんと返したらいいのかわからなかった。

 微妙な沈黙が流れたあと、はっと我に返ったシエスタが、

 

「あ……、失礼しました。わたしってば、つい……。その、サイトさんにご飯を届けにいくところなので、これで」

 

 お盆を抱えたまま器用に一礼して、才人の……つまりルイズの部屋に入っていった。

 なるほど、今日が才人がシエスタを押し倒し、ルイズに追い出されるイベントの起きる日だったのか。

 たしか『原作』では、才人とシエスタが仲良くしてることに嫉妬したキュルケがルイズを焚きつけて……、

 

「……キュルケ?」

 

 おかしい。

 キュルケは部屋でくつろいでいた。

 『原作』通り、彼女がルイズを焚きつけるなら、このタイミングであいつが部屋にいたんじゃ間に合わない。

 

 俺は慌てて(きびす)を返し、(今度は内側から『解錠(アンロック)』が唱えられるのを待って)キュルケの部屋に転がりこむ。

 

「なによ。またタバサがどうかしたの」

 

 と訝しむキュルケに俺は首を振り、

 

「なあ、黒髪のメイドが才人にご飯あげてたんだけど」

「あのダーリンと仲良い子ね。それがどうしたの?」

 

 キュルケは平然と答えた。

 

「いいの?」

「いいも悪いもないわよ。ダーリンだって男の子だもの、食堂のご飯じゃ足りないときだってあるでしょ」

 

 キュルケの顔をまじまじと見つめるが、なにか誤魔化している感じはない。

 本気でどうでもいいと思っている顔だ。

 

「こないだ、一緒に風呂にも入ってた気がする」

 

 これならどうだ、と才人の秘密を暴露する。

 実際どうだか知らないが、時系列的にはシエスタと混浴して『脱いだらすごい』とか言い出すイベントが起きてるはずだ。

 

「へえ、あのお鍋のお風呂よね。ダーリンってば、意外と大胆なのね。今度誘ってみようかしら」

 

 ここまで言っても、キュルケは動じない。

 嫉妬どころか、興味さえないようだった。

 

「なあキュルケ、最近気になることとか、ある?」

 

 なによそれ、とキュルケは眉をひそめたが、少し考えてから、

 

「あんたね」

「俺?」

「そう、あんたの『未来の知識』云々ってのは、やっぱり興味があるわ。本当だったらたいしたものだし、嘘にしても、なんのためにそんな嘘ついてるのか、あんたが何を隠してるのか……、それが一番気になるわ」

 

 ……なるほど。

 これ、俺だ。

 『原作』と違ってキュルケが俺に意識を向けていたから、才人とルイズとシエスタの三角関係をひっかき回す役がいなくなってしまった。

 もともとキュルケは才人に本気じゃなかったから、他に気になることができたせいで、才人と距離を縮めるシエスタに嫉妬することもなかったのだ。

 

 これは……やらかしたかもしれん。

 ここで才人の狼藉がルイズに見つかり、追い出されるイベントが起きなかったらどうなるだろう?

 キュルケやタバサと宝探しに行くこともなくなり、ただでさえ少ない才人とタバサの絡みが減る……、どころではない。

 

 ルイズに追い出された才人が宝探しに行かなければ、当然、タルブで『竜の羽衣』を見つけることもない。

 『竜の羽衣』、すなわちゼロ戦がなければ、和平条約を破って侵攻してきたアルビオン艦隊を止める手段がなくなり、トリステインはすぐにも陥落するだろう。

 ルイズが虚無に目覚めることさえなくなるかもしれない。

 もしそんなことになったら『原作崩壊』まっしぐらだ。

 タバサが救われる未来も、きっと永遠に失われてしまう。

 

「クルト? なんだか顔色が悪いわよ」

 

 俺はポケットにしまっていたロッキーを取り出し、部屋の壁に押し当てた。

 深呼吸して、目を閉じる。

 

「それ、あんたの使い魔よね。なにしてるの?」

「感覚共有。ロッキーは石だから、おんなじ石とか地面にくっついてると、近くのことがだいたいわかるんだ」

 

 ロッキーに頼って隣室を探ると、いつの間にか部屋に帰っていた才人が、シエスタの料理を食べ始めたところだった。

 シエスタは彼の隣に座り、時折食器を替えたりワインを注いだり、かいがいしく世話を焼いている。

 

「それで、ダーリンとメイドの様子を覗いてるの?」

 

 俺は目をつむったまま、頷いた。

 どうしよう。

 どうすればいい。

 才人は特訓で腹が空いていたのか、けっこうな勢いで料理を平らげている。

 才人がシエスタを押し倒すまで……、この世界でもそれが起きるのかわからないが、ともかく時間がない。

 なんとかして、才人とシエスタの関係をルイズに告げ口しなければ。

 でも、いったいどうやって……。

 ルイズがどこにいるかもわからないのに。

 

「便利だけど、悪趣味ねえ。タバサもその力で探せばよかったんじゃない?」

「それだ!!」

 

 俺は快哉をあげて、ロッキーの感覚を全力で広げた。

 後ろで訝しんでいるキュルケも隣室の才人たちも飛び越えて、寮塔全体にわたってルイズを探す。

 あまりの情報量に頭痛がするが、共有は解かない。

 いままで感覚を広げたとしても教室とその周辺くらいが限度だったけれど、それを大きく越えた範囲を感知する。

 あの『女神の杵』の戦いで感覚共有しながらワルドの攻撃を避けるなんて無茶をしたおかげか、体が負荷に慣れてしまったようだった。

 じくじくと痛む頭を無視して寮塔を上から下まで覗いていくが、ルイズは見つからず、俺はさらに学院の敷地内を探っていく。

 そして……、

 

「いた! ルイズ!」

「は? なんでここでヴァリエールが出てくるのよ」

 

 果たしてルイズは、アウストリの広場にいた。

 なぜか彼女はタバサと並んでベンチに腰掛け、一緒に本を開いている。

 

「……う、ぐえっ」

 

 気が緩んだ瞬間ひときわ激しい頭痛に襲われて、俺はロッキーとの繋がりを絶った。

 せりあがってきた胃液を無理矢理飲み下す。

 目眩に耐えながら窓を開けて杖を握り、『フライ』を唱えて窓枠を乗り越えた。

 

 キュルケがなにか叫んでいるのが聞こえたが、その言葉を理解する余力は、俺の脳にはもはやなかった。

 

 

 

「よ、よお、タバサ……と、タバサ、じゃなくて、たば、ルイズ」

 

 なるべく自然を装って広場の手前から歩いてきた俺は、しかしおかしくなっていたらしい。

 ロッキーと深く繋がりすぎたせいか、目眩が止まらない。酩酊しているみたいに足下がおぼつかなかったし、飛んでる間にルイズに話す内容をあれだけ考えていたのに、彼女の隣に座るかわいいタバサ(かわいい)に意識が行って仕方なかった。

 

「あによ、クルト。なんの用? わたし、とっても忙しいの」

 

 ルイズはさっと本を閉じて背中に隠し、唸るように言った。

 隣のタバサは手元の本から視線を動かさず、まるで誰も来ていないかのような態度。素敵である。

 

「っていうかあんた、どうしたの。顔色が悪いわ。土気色よ。休んだほうがいいんじゃない?」

「あ、ああ、大丈夫。昨日、飲み過ぎちゃって。二日酔いで」

「二日酔いって、もう夕方じゃない。あんた、そんなにお酒弱かったっけ」

 

 ルイズは呆れ半分、疑い半分といった視線を俺に向けた。

 タバサはちらりと俺を見て、本に視線を戻し、また俺を見てまばたきした。

 タバサも二度見なんてするんだ、かわいい。脳天気なことを霞がかった頭で思う。

 というか、そんな体調悪く見えるのかな、いまの俺。

 

「俺のことは、べつに、いいじゃないか。それよりルイズ、お前、こんなところにいたんだな」

「なに? わたしがここにいちゃ悪いっていうの?」

 

 ルイズ、さっきから妙に喧嘩腰である。

 この体調で相手するのは正直しんどいが、彼女が苛立ってるほうが才人を追い出す可能性が高まるから、よいのかもしれない。

 

「いや、さっきお嬢の部屋にシエスタが入っていったから、お嬢も部屋にいるもんだと思って」

「誰よ、シエスタって」

「メイドだよ。才人と仲良しの、いつもご飯あげてた子」

 

 ルイズの表情が変わった。

 小柄な体躯が怒りにわななき、彼女は静かに立ち上がる。

 寮塔へと一歩脚を踏み出し、それからベンチで本を読むタバサに振り返って、

 

「タバサ、今日は助かったわ。また相談させてちょうだい」

 

 と意外なほど柔らかな声で言い残し、才人を殴りに走って行った。

 

 これで、やれるだけのことはやったはず。

 あとはルイズのタイミングと、才人がうまいことシエスタを押し倒してくれるよう祈るしかない。

 すぐにキュルケの部屋に戻って、あいつらがどうなるか確かめないと……。

 

 寮塔に(きびす)を返そうするが、気が抜けてしまったせいか、ひどい目眩と脱力感に襲われる。

 そのままふらりと倒れそうになった俺の体を、冷たい風が支えた。

 風は俺の体を糸繰(いとく)り人形のように操って、タバサの隣に座らせる。

 

「ありがとう……」

 

 かすれた声でお礼を言うと、タバサは頷いた。

 そのまま読書を再開するかと思ったけれど、彼女は本を閉じて、俺に体を傾けた。

 

「大丈夫?」

 

 間近にそんなことを言われて、俺は泣きそうになった。

 タバサ、なんて優しいんだ。

 俺のせいでひどい怪我までしたっていうのに。

 

「ぜんぜん、平気だよ。少し疲れた、だけ、だから」

「そうは見えない」

 

 透き通った青い眼差(まなざ)しに耐えきれず、俺は涙の(にじ)んできた視線を遠ざけた。

 それから、ぽつりと言った。

 

「タバサこそ……」

 

 キュルケに傲慢だと指摘されて、ほんとうはタバサに言うつもりなんてなかったのに、言葉のほうが勝手に口から出てきたみたいだった。

 

「タバサのほうが、心配だよ。ごめんな、俺のせいで」

 

 タバサは首を傾げた。

 

「その……、怪我、アルビオンで、ワルドにやられたって聞いて。もう大丈夫なのか」

 

 タバサは頷いた。

 

「ほんとに? 我慢してない? 痛いところない?」

 

 タバサはふたたび、頷いた。

 

「ほんとう。もう治った。どこも痛くない」

「よかった……」

 

 俺は深く安堵の息を吐き、ベンチから立ち上がる。

 

「休んだほうがいい」

 

 とタバサが引き留めてくれるけれど、俺は首を振った。

 

「ありがとう。タバサはかわい……、優しいな。でも、あと少しだけ、やることがあるから」

 

 そうして俺は『フライ』を唱え、女子寮塔を目指して飛び上がる。

 

 

 

「あんた、あたしの部屋をなんだと思ってるワケ?」

 

 開けっぱなしだった窓からキュルケの部屋に戻ると、呆れた声に迎えられた。

 俺はポケットから使い魔を取り出し、壁に押し当てる。

 感覚共有で隣室を探ろうとするが、頭の奥がちかちかしてロッキーを落としてしまった。

 

「ダーリンもメイドも、もういないわ。ヴァリエールが戻ってきて、ふたりとも追い出しちゃったもの。貴族のベッドでなにしてんのよ、って」

 

 え、どうして、とキュルケを見ると、彼女は不機嫌そうに答えた。

 

「扉も開けたままあんなに騒いでたら、いやでも聞こえるわ」

 

 それよりも、と、キュルケはロッキーを拾おうと屈んだ俺をじろりと見下した。

 

「ねえクルト。あんた、今度は何を企んでるの? ダーリンとヴァリエールを喧嘩させて、やっぱり彼に嫉妬してるの? ヴァリエールにも気があるの? 小さかったら誰でもいいの?」

「そんなわけ、ないだろ。俺はタバサだけ……、いや、べつにお前が思ってるようなやつじゃなくて」

「はいはい。もう聞き飽きたわ。御託(ごたく)はいいから、あたしにもわかる言葉で説明してちょうだい。あたし、いい加減、バカにされてる気分になってきたわ」

 

 俺は立ち上がってキュルケに向き直り、頭を下げた。

 

「なによ」

「頼みがある。今度はちゃんと説明するから、協力して欲しい」

「あんたも少しは、ものの頼み方ってものがわかってきたみたいね。いいわ。言うだけ言ってみなさい」

 

 キュルケは尊大な態度で答えた。

 いまだに話を聞いてくれる彼女の寛大さに感謝して、俺は顔を上げた。

 彼女の瞳をまっすぐに見つめて言った。

 

「みんなで一緒に、冒険に行こう。宝探しだ」

「……はぁ?」

 

 キュルケの顔が、困惑に歪んだ。

 

 

 

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