雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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3.「諸君! 決闘だ!」(1)

 

 

「諸君! 決闘だ! よく見ておきたまえ! このグラモン家四男、『青銅』のギーシュが貴族の誇りを! 薔薇の美しさを! 生意気な平民に教えてやるのだ!!」

 

 トリステイン魔法学院、『風』と『火』の塔の間。

 日当たりの悪いヴェストリの広場に、ギーシュの陽気な演説が響く。

 俺たちが広場に着いたころには、すでに決闘の噂を聞きつけた生徒たちが溢れかえっていた。

 

「すんませんね、っと」

 

 俺は人垣をかき分け、その最前列に陣取った。

 肘で押しのけた上級生に白い目で見られるが、気にしない。こちとら天下のトライアングルコンビがついてんだ。文句あるなら言ってみやがれってんだ。相手になるぜ。キュルケがな。

 

「あんた、そのうち刺されるんじゃない?」

 

 キュルケは俺がこじ開けた道を悠々と歩き、呆れた顔を向けてくる。

 彼女に手を引かれてついてきた(かわいい)タバサも最前列に立ち、感情の読めない瞳でギーシュを眺めていた(かわいい)。

 

 

 『ゼロの使い魔』最初の山場である、才人とギーシュの決闘。

 これが『タバサメインヒロイン計画』の第一歩だ。

 『原作』の描写では決闘の場にタバサがいたか明らかではないが、他者に無関心な彼女のことだ。決闘騒ぎなんか気にもせず、わざわざ見物にも行かなかっただろう。仮にキュルケの付き合いでヴェストリの広場まで来ていたとしても、決闘なんか見向きもしないで本を読んでいたに違いない。

 まずは、その運命を変えてみせる。

 

 

 昼食の時間。

 ギーシュが才人に決闘をふっかけ、食堂を去ったあと、俺は決闘の見物にキュルケを誘った。面白いこと好きの彼女は一も二もなく了承した。

 その隣にいたタバサはちょうどデザートのケーキ(卓上に積まれた皿を見るに、三回目のおかわり)を食べ終えたところで、まるで興味なさそうだったがキュルケに引っ張られ、仕方なしに着いてきてくれた。

 広場の混雑っぷりを見て、キュルケは顔をしかめた。人が多すぎて、決闘の様子がほとんど見えそうにないからだ。

 しかし『貴族(ギーシュ)平民(才人)』なんて結果の見えたカード、そもそも興味が薄かったのだろう。熱の冷めた様子で火の塔の壁にもたれかかり、あくびをひとつ。

 俺はそんなキュルケの腕を掴み、人混みに割り込んだ。

 抗議の声は聞こえないふり。

 キュルケがタバサの手を引いてることだけ確かめて、人垣の一番前まで連れてきた。

 

 決闘を見るなら、最前列じゃないと。

 タバサは隙あらば本を開いてしまう読書好き(かわいい)だから、大事な場面を見逃しちゃうかもしれない。

 それじゃダメなのだ。

 

 この決闘は才人が初めて『ガンダールヴ』に目覚める、『原作』でも重要なシーン。

 キュルケは伝説の力を振るう才人に惚れたが、タバサに見て欲しいのは、むしろその前。

 圧倒的な強者(ギーシュ&ワルキューレ)を相手に一歩も引かず、挑み続ける才人の姿だ。この『イーヴァルディの勇者』を彷彿とさせる勇気と不屈の精神力こそ、タバサが才人に恋してしまう、彼の魅力の根幹に違いないのだから。

 

 俺が思うに、タバサがメインヒロインになれなかった理由は『出だしの遅さ』だ。

 出番自体は最初期からあったものの、ヒロインレースに参戦するのは中盤以降。

 シエスタはおろか、アンリエッタにさえ負ける始末。

 もっと早くにアプローチしていれば……それこそルイズと才人の距離が縮まる前から彼に恋していたのなら、ルイズにも勝ち得るポテンシャルがあったはず。

 だって、タバサはこんなにかわいいんだから。

 

 もちろんタバサには叔父王(ジョゼフ)への復讐と母親の治療という譲れない目的があり、それを達するまでは恋人なんか作る気もないだろう。

 しかし『タバサの冒険』第三巻をよく読めば、どれだけ冷たく心を閉ざしてもタバサだって年頃の少女であり、ひとたび恋してしまえばその気持ちを抑え続けるのは困難だとわかるはずだ。

 

 だからまずはこの決闘で、タバサに才人を意識してもらう。

 彼のかっこいいところを見せつけ、決闘後は水系統も使えるタバサに頼んで『治癒』してもらえば、才人のほうもタバサを意識し始めるかもしれない。

 今後も各種イベントに積極的に絡んでいって、『タバサ×才人ルート』の足場を固めていく。

 『原作崩壊』にならない範囲で、ルイズルートの妨害も辞さないつもりだ。

 これが俺の『原作知識』の使い方。

 

 

「今日は珍しく強引ね、クルト。もしかして妬いてるの?」

 

 タバサルートを夢想してにやついていると、キュルケが尋ねてきた。

 

「妬いてるって……誰が? 何に?」

「クルトが。例の使い魔くんに」

 

 予想外の質問。

 俺は思わずまばたきして、

 

「妬いてなんかいないさ。多少、むかつきはするけど」

 

 『原作』の才人はルイズを選ぶ。

 タバサじゃなくて、ルイズを。

 理解できない。

 あんなに面白かった『ゼロの使い魔』を途中で積んでしまったのは、それが理由だ。才人がタバサとくっつきそうになかったからだ。

 この世界(ハルケギニア)の誰も共感できないだろう――いや、タバサの使い魔(シルフィード)だけは、いずれわかってくれるかもしれない――不満を籠めて答えると、キュルケはにやりと笑った。

 

「ふふ、そうよね。やっぱりルイズのこと気になってたんじゃない」

「待て。どうしてそうなる」

「いくら使い魔で平民とはいえ、他の男が好きな子と同じ部屋で夜を過ごした、なんて聞いたらやきもきしちゃうわよね。ムカつくわよねえ。それで、彼がギーシュにやっつけられるところを女の子連れて見物してやろうってワケ?」

 

 いかにも楽しげに目をきらめかせるキュルケに、俺はぶっきらぼうに答えた。

 

「んなワケないだろ。そんな性格悪くねーって。だいたい、俺がルイズを……? 冗談にしても笑えないっての」

「あら。あんなに甲斐甲斐しくお世話してるのに? あの子もあなたのこと、嫌いじゃないと思うわよ」

「あのなぁ……俺の家(ド・コールス)の事情は、キュルケもよく知ってるだろ? 俺とルイズは、好きとか嫌いとかじゃないんだよ」

 

 俺の実家であるコールス領は、ラ・ヴァリエール領と境を接する。

 山ばかり多く居住地も畑も少ないコールス領は、経済的にも軍事的にもヴァリエールに依存している。

 家同士の付き合いも深く……というかコールス家の当主はご機嫌伺いに余念がなく、ヴァリエール家で園遊会なんかが催されるたび顔を出し、公爵閣下に気に入られようと必死だった。

 俺も幼いころから親父に連れられ、歳の近いルイズとは度々顔を合わせていた。

 ルイズとアンリエッタ姫殿下のような「おともだち」とまではいかないが、一応、友人と言っても良い関係だったと思う。

 

 俺が魔法学院の規定より一年遅れで入学したのもそれが理由で、ルイズと同学年にするためだ。

 野心家で小物な父親は在学中にルイズをものにするよう言っているが、『原作』を思い出す前から、俺にそんな気はなかった。

 

 およそ五年前のこと、ルイズに魔法の才能がないという噂を聞きつけた父が『それなら息子(クルト)を婿にどうぞ。うちは女なんぞ無能でかまいませんので。子どもさえ産めれば十分……』とか言いやがって、公爵夫妻に(俺が)折檻されたのだ。

 あの光景は、今でも夢に見る。

 初めて領地のオーク鬼退治に駆り出されたときより、ずっと恐ろしい思い出だ。

 

 そんなわけでいくらルイズが美少女でも恋愛対象にしようとは思えず、しかし実家の関係で……いや、実家云々以前に仮にも幼なじみの女の子を『ゼロ』だのなんだの言う気にもなれず、意地っ張りな性格もあって孤立しがちな彼女をそれとなくフォローするようにしていたら、なんというか……ナメられてしまった。

 懐ついてるのではない。

 ナメてるのだ。ルイズは、俺のことを。

 

 お礼のひとつでも言えば可愛いのに、あいつは俺の気遣いを当然のことと思い込み、専用の小間使いみたいにあれこれ命じるようになってしまった。

 そんな俺がルイズの使い魔に嫉妬して、彼がぼこぼこにされる様を見て溜飲をさげようとしてるとか。勘違いにもほどがある。

 

「つまんないわねー。あんたがヴァリエールに気があるなら、誘惑しがいがあったんだけど」

「ないない。ありえないから。勘弁してくれ」

 

 ちなみにコールスの領地はトリステインとゲルマニアの国境線に位置している。

 ラ・ヴァリエール領の反対側……つまりゲルマニアと接するコールス領の東端には、ツェルプストー領が面していた。

 『ヴァリエールのものは何でも奪う』が信条のツェルプストーは当然コールス領にもちょっかいをかけており、戦略的には一切重要じゃない狭小なこの土地は、両家の間で幾度となく奪い、奪われてきた。

 

 そもそもコールスの家自体、両家の因縁を象徴する存在だ。

 その開祖がツェルプストーに籠絡されたヴァリエールの箱入り娘という事実は、誰もが知っているけど口には出さない、いわば『公然の秘密』である。

 娘は家の恥として放逐されたが、しかし世俗を離れることも、平民と交わることも許されなかった。

 国王に比肩する権力を持っていた当代のヴァリエール公爵は、娘の姓を奪うと同時に爵位を与えさせ、先の戦争でゲルマニアから切り取った土地……コールス領を治めさせた。

 たとえ宿敵(ツェルプストー)に汚され、その子を孕まされたとしても、父にとって娘はかけがえのない存在。たったひとりの愛しい娘と離れることなどできなかったのだ……。

 

 と、美談で終わればいいのだが、それが数百年に及ぶコールス家の苦難に繋がるのだから笑えない。

 直接戦火に見舞われることこそなかったものの、コールス領は両家の……ひいてはトリステインとゲルマニアの間で幾度も所属を書き換えられた。そのたびに新たな主の信頼を得るため、馬鹿らしいほど忠誠を誓わされた。

 「誇りがない」とか「血の汚れた蝙蝠貴族」とか(主にトリステイン貴族から)散々な陰口を叩かれてきたが、貧しいコールス家が領民を守るにはそうする他なかったのだ。

 

 かくいう俺も七歳の春までゲルマニア風の家名……「フォン・コルパス」を名乗り、ツェルプストー家に足繁く通わされていた。

 幼くして魔性の色香を身につけつつあったキュルケの遊び相手(おもちゃ)にされていたのは、できれば蓋をしておきたい思い出である。

 

「まあ、才人に……あの使い魔くんにキュルケまで取られたら、妬いちゃうかもな」

 

 俺の呟きに、キュルケは笑った。

 けっこう本気なんだけどなぁ……。

 

 いまでこそ友人関係に落ち着いているが、入学当初、キュルケは俺に猛攻をしかけた。

 もちろん俺に魅力があったからではなく、ヴァリエールをからかうため。その自覚がなかったら、俺はとっくに『キュルケの恋人七号』にでもなって彼女に尻尾を振っていたはずだ。

 キュルケは半年以上もアプローチを続けたあと、唐突に「つまんない男。ほんとにツェルプストーの血を引いてるの?」と俺に火をつけた。

 比喩ではなく。

 『ファイアボール』で。

 

 俺は必死の思いでその暴虐を退(しりぞ)けて、以来、キュルケの唯一の『男友達』になった。

 俺が燃やされるさまがそんなに愉快だったのか、それともルイズをからかうにはコールスと『友達』になるだけで十分と気づいたからかはわからないが。

 無口で有名なタバサと挨拶をかわす仲(ほとんど一方的だけど)になったのも、それからだ。

 

 友達として見れば、キュルケは面白いやつだった。

 彼女は軽薄なようで、案外と義理堅く思慮深い。

 同級生たちより一段大人びて、孤高を苦にすることのないキュルケは、前世の記憶のせいで周囲の価値観とズレていた俺にとってありがたい存在だった。

 

 そんなキュルケがこれから才人に惚れ込んでべったりになるのだから、妬みのひとつもするというものだ。

 間違っても恋愛的な感情ではなく、友達を取られる、という素朴な子どもじみた嫉妬だけれど。

 

「おい! 平民が来たぞ!!」

 

 広場の奥がざわめいた。

 人垣が割れて、食堂の方から肩をいからせた才人が歩いてきた。

 そんな彼を追うように、ルイズが小走りでやってくる。

 彼女は俺に気づくと才人たちを止めるよう命じてくるが、こればっかりは認められない。決闘は『原作』の必須イベントだ。俺が望む『タバサルート』への重要な布石でもある。貴族の誇りが、いや男のプライドがどうのこうの、と思ってもない講釈で時間を稼ごうとしたら、思い切り(すね)を蹴飛ばされた。

 涙の滲む視界でタバサの様子を伺うと……よかった。まだ本は開いてない。最前列を確保したおかげだろうか。ぬぼーっとした様子で才人たちを眺めていてかわいかった。

 

 才人の姿を認めたギーシュが、薔薇の杖を高く掲げる。

 

 いよいよ決闘の始まりだ。

 

 

 

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