雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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31.ルイズ(3) 誤解と不審

 

 

「やめといたほうがいいわよ」

 

 クルトの話を聞きたいと言われて、ルイズは最初にこう言った。

 タバサは首を傾げた。

 

「あいつ外面(そとづら)はいいけど、ロクな性格してないんだから。コールス家の事情だって知ってるでしょ? 付き合うとなると、苦労するわ。あなた無愛想だけど、可愛いんだから……さっきはひどいこと言って、ほんとうにごめんなさい……、でも、あなたなら、もっとマシな男が見つかるはずよ」

 

 タバサは少し考えてから、言った。

 

「好きじゃない」

「なっ……!」

 

 ルイズは絶句した。

 タバサがクルトに気があると思い込んで、偉そうにアドバイスしていたけれど、盛大な勘違いだったらしい。

 さっきとまったく同じ失敗。

 しかしそれは、仕方のない事故だった。

 恋に心を奪われた少女は、世界中の誰もが色恋沙汰に情熱を注いでると思いがちなのである。

 

「そんならはっきり言いなさいよ!」

「あなたが勘違いしただけ」

 

 正論だった。

 ルイズはぐぬぬとタバサを睨んだ。

 

「じゃあ、どうしてクルトのこと訊くの」

 

 タバサもメガネの奥の冷たい瞳でルイズを見返して、

 

「彼は、おかしい」

 

 今度はルイズが首を傾げる番だった。

 たしかに昨日は様子が変だったし、クルトがちょっとどころじゃなくズレてることは、幼なじみであるルイズはよく知っている。

 しかし一方で、彼は(基本的には)平凡な学生として振る舞っていることも事実なのだ。

 

 クルトは友達が少ないのか、ひとりでいることが多いけれど、ルイズやタバサほどではない。

 特定の教師に反抗的な態度を見せることもあるが、それも一般的な学生の範疇に収めているはず。

 座学の成績も、中の上といったところ。

 魔法については、学院の二年生でライン・クラスに至るのは優秀ではあるが、飛び抜けて優れているわけでもない。

 強いて言うなら、家柄が特殊というか、ラ・ヴァリエールとツェルプストーの狭間に立たされた、複雑な歴史を持つ血筋ではある。

 だが、彼の家が気になるのなら、親友のキュルケに訊けば良いはずだ。

 どうしてタバサは、わざわざルイズに尋ねてくるのだろう?

 

「アルビオンへの任務。彼の行動は不自然だった」

 

 不自然ってなによ、とルイズは訊こうとして……、やめた。

 目の前のタバサが、これで十分とばかりに口をつぐんでしまったからだ。

 

 さっきから間抜けな勘違いを繰り返して、その上なんでもかんでも説明を求めていたら、ますますバカだと思われてしまう。

 傷つきまくったルイズのプライドが、せめて少しは賢いところを見せたいと訴えていた。

 この青髪の少女ほどではないが、ルイズもそれなりの読書家だし、座学の成績はトップクラスを維持している。

 こいつにわかって、わたしにわからないってことはないはずよ……、そう思って、ルイズはあの過酷な旅に思いを馳せる。

 

 

 言われてみると、彼の登場は不自然だった気がする。

 たしかあいつは、姫殿下を()けてきたギーシュを尾けてきた、使い魔の散歩中に偶然見つけたのだと言っていたが、そんなことあり得るだろうか?

 だいたい、石の散歩って、意味がわからない。

 深夜、クルトが女子寮塔の近くにいたのは偶然ではなく、別の目的があったのかもしれない。

 

 それから、ラ・ロシェールへの道中。

 サイトに変なポーションをあげていた気がするけれど、よく覚えてない。

 あのときはグリフォンに同乗していたワルドと、あとから追いかけてくるサイトが気になって仕方なく、クルトなんて見てなかったのだ。

 

 逆に印象深いのは、『女神の杵』亭での別れだろうか。

 宿に残って囮になることを選んだクルトは、ルイズに秘薬の入った鞄を押しつけた。

 あの薬のおかげで、サイトの火傷はずいぶんよくなったのだった。

 そういえば旅の道中でも宿に着いてからも、彼はやたらとサイトを気遣っていた気がする。

 ラ・ロシェールの手前で賊に襲われたときなんか、クルトはサイトを守るために精神力を使い果たし、鼻血を吹いて気絶したのだ。

 

 そしてニューカッスルでの戦い。

 強引な結婚式の最中、豹変したワルドがウェールズを殺し、ルイズをも手にかけようとしたそのとき、サイトが飛び込んで彼女を助けた。

 あの瞬間を思い出すと、悲しみが胸に満ちるのと同時に、どうしようもなくドキドキする。

 ワルドの魔法からルイズを守ったサイトの背中は、絵物語から出てきた騎士さまみたいで、ほんとにかっこよくて……。

 

「ふへひひひ」

 

 だらしない笑いが口から漏れて、ルイズは我に返った。

 いけない。

 いまはクルトについて考えないと。

 

 あのとき、ルイズはサイトがあらわれた直後に気絶して、気づいたらタバサとギーシュも一緒に戦っていた。

 ふたりの……、というか主にタバサの協力でワルドを退(しりぞ)けることができたのだが、ふたりはクルトの頼みでアルビオンまで追いかけてきたのだという。

 『女神の杵』に仮面の男……ワルドの『遍在』があらわれたとき、クルトはたったひとりでその場に残り、タバサたちを先に行かせたらしい(後にキュルケが加勢に戻ったが、彼は最初、ひとりきりで戦おうとしていたようだ)。

 おかげでルイズは命が助かり、アンリエッタの手紙も無事に回収できたのだから、彼にはもっと感謝すべきかもしれないが……。

 

「たしかに、変ね」

 

 ルイズは呟いた。

 クルトの行動には、ずっと微妙な違和感があった。

 特に、『女神の杵』でタバサたちを送り出したときのこと。

 命を賭けても任務をまっとうしようとしたのだ、と言えばそれまでかもしれないが、どうもそれだけでは説明がつかない。

 

 彼が責任感の強い性格ということはルイズも知っているが、姫さまからの依頼に命をかけるとは思えない。彼の責任感は、昔からおかしな方をばかり向いているのだ。

 それに、得体の知れない敵を相手にひとりで立ち向かうなんて、そんなこと彼がするだろうか?

 ときどき激することはあれど、彼はもっと慎重だったはずだ。

 ルイズの知っている彼ならば、まずは全員でその『仮面の男』を倒し、それからアルビオンに向かおうとするだろう。

 

 どうしてクルトは、ひとりで残るなんて彼らしくないマネをしたのか。

 その理由は……。

 

「……まさか、あいつ」

 

 突如、電流のように、ひとつの仮説が頭に浮かんだ。

 ルイズは衝撃に目を見開き、己の発想の恐ろしさに、ただただ震えた。

 

「気づいた?」

 

 対面に座るタバサが、瞳に真剣な光を浮かべた。

 ルイズはごくりと唾を飲み、頷いた。

 タバサが静かに口を開く。

 

「『破壊の杖』盗難のときから……いいえ、もっと前。あなたの使い魔がギーシュと決闘したときから、違和感を抱くべきだった」

 

 ルイズはふたたび、頷いた。

 ああ、タバサの言うとおりだ。

 この仮説が正しければ、あの決闘騒ぎのとき、いつもならまっさきに決闘を止めそうなクルトが傍観していたことにも納得がいく。

 フーケとの戦いのとき、彼が突然ルイズを抱えて風竜から飛び降りたことも説明できる。

 

「少なくとも、彼は、あなたの使い魔がガンダー――」

「好きなのね!?」

 

 ルイズは叫んだ。

 

「あいつ、サイトに惚れてるのね!! そう考えれば、ぜんぶ腑に落ちるわ! ギーシュとの決闘を黙って見てたのは、サイトが戦うところを近くで見たかったから! そんでその後『治癒』をかけて恩を売るつもりだったのね! 『破壊の杖』事件でわたしを掴んでシルフィードから飛び降りたのは、サイトの気をひきたかったから! 姫さまがここにいらしたときクルトも出てきたのは、きっと一晩中サイトを監視していたからよ!! ラ・ロシェールまで馬を走らせてるときも『女神の杵』でも、クルト、ずっとサイトを気にしてたわ! わざわざ特製のポーションまで用意して! ってことはあの秘薬も、わたしじゃなくてサイトのために用意してたのね! だってサイトは剣士だから、怪我が多くなるのは当然だもの! そしてアルビオンまであなたとギーシュを行かせたのも、任務のためじゃない! サイトを助けるためだったのよ!! ついでに昨日あのバカ犬とバカメイドのことを教えてきた理由もわかったわ! わたしとサイトの仲を引き裂こうとしてたのね! 許せない!!」

 

 ここまで一気に言い終えたルイズは、肩で荒い呼吸をしながら、タバサを見た。

 どんなもんよ、と思った。

 それは喩えるなら、ギトーやコルベールが気まぐれに出した学生レベルを越えた難問にクラスで自分ひとりだけが完璧に答えられたときのような、清々しい、誇りに満ちた気持ちだった。

 

「……ルヴ、と……気づい、て……?」

 

 タバサはきょとんとしていた。

 メガネの奥の瞳を丸くして、口をうすく開いて、小首を傾げて……、いつもの冷たい雰囲気がどこかに消えた、見た目相応に幼い表情。

 かわいい……、と思わず見蕩れてしまう、同性のルイズをして抱きしめて頬ずりしたくなるような愛らしさだった。

 

「あああああああああああああ!!!!!!」

 

 数秒遅れて、およそ耐えうる限度を超えたおそるべき羞恥が脳髄を直撃して、ルイズはベッドに飛び込んだ。

 だが、それは仕方のない事故だった。

 恋に心を奪われた少女は、世界中の誰もが色恋沙汰に情熱を注いでると思いがちなのである。

 

 

 

「落ち着いた?」

 

 ルイズは頭までかぶった毛布のはじっこをちょこんとつまんで、外の景色をうかがった。

 タバサが先ほどと変わらぬ様子で椅子に座り、優雅に本を読んでいる。

 唯一、毛布をかぶる前と違うのは、窓から差し込んでいた夕日がすっかり沈んでしまったので、テーブルの上のランプが点けられていたことだ。

 

 なんでまだ居るのよ、とっとと帰りなさいよ、とルイズは思った。

 しかしタバサの目的は『クルトの話を聞くこと』だったと思い出し、それに付随するいくつもの失態が脳裏をよぎり、うがががががが、と悲鳴をあげた。

 タバサはそれを肯定の意だと受け取ったのか、あるいはもう待ちくたびれたのか、ぱたんと本を閉じる。

 

「クルト・ド・コールスは、あなたの使い魔がガンダールヴだと気づいている」

 

 うっさいわね、それはもう聞いたわよ、とルイズは思い……、はたと気がついた。

 ベッドで丸まったまま、毛布から顔だけ突き出して、

 

「そういうあんたは、どうしてあいつがガンダールヴって知ってるのよ」

「左手に書いてる」

 

 タバサは短く答えた。

 なんだかバカにされた気分になって、ルイズは唸るように言った。

 

「じゃあ、クルトが気づいてたっておかしくないじゃない」

 

 タバサは首を振った。

 

「ふつうはわからない。あのルーンの情報は、学院の図書館では見つからなかった。少なくとも、生徒が閲覧できる書架にはない。『フェニアのライブラリー』にはあるかもしれないけど」

 

 『フェニアのライブラリー』とは、一部の教師だけが立ち入りを許可されている禁書庫である。

 

「わたしが気づいたのは、去年、これを読んでいたから」

 

 と、タバサは持っていた本の表紙を見せた。

 『始祖の盾とエルフの伝承――聖エイジスと輝ける左手をめぐる東方書誌学的探求』。

 彼女が昨日も開いていた、首都トリスタニアの裏通り、チクトンネ街の古本屋で見つけたという古書である。

 

「フーケを捕まえたとき、彼は投石器や『破壊の杖』をあなたの使い魔に使わせていた。きっとガンダールヴの力が本物か確かめるため」

 

 タバサは手にした本をぱらぱらとめくりながら言った。

 

「でも、それはいい」

「よくないわよ。ひとの使い魔を勝手に試すだなんて、サイトになにかあったらどうす……、失礼だわ。まずはわたしに頼むのが(すじ)ってもんでしょうが」

 

 ルイズが唇を尖らせて言った。

 タバサは本に目を落としたまま、

 

「あなたの使い魔がガンダールヴだと知っていた人物が、もうひとり」

 

 恐ろしい記憶が頭をよぎり、ルイズは身を起こした。

 ベッドの上で、毛布をマントのように体に巻き付け、自身の細い体を抱きしめる。

 ルイズはかたい唾を飲み込み、呟いた。

 

「……ワルド」

 

 タバサは頷いた。

 弄ぶように古書のページをめくりながら、なにか思い出すように目をつむった。

 

「あの夜、クルトは襲撃に備えていた。ワルド子爵の裏切りにも、気づいていた可能性がある」

 

 ルイズは頭がくらくらした。

 信じられないような気持ちで、なんとか言葉を絞り出す。

 

「あいつも……、クルトも裏切りものだったってこと?」

「ちがう」

 

 タバサは言い切った。

 どこまでも青い、まっすぐな意志の強い瞳でルイズを見つめた。

 

「わたしをアルビオンに行かせる理由がない」

「あ、そっか……」

 

 そういえばタバサは、ワルドに戦う理由を問われたとき、『頼まれた』と答えていた。

 そして彼女に頼んだのはクルトに違いなく、もし彼がレコン・キスタの裏切りものなら、そんなことするはずがないのである。

 

 ルイズは安堵の息を吐き、そうして、ふと思い出した。

 クルトが彼女に、あの秘薬入りの鞄を渡したときのこと。

 

「あなた、『女神の杵』で囮になってくれたとき、あいつがどっちにつくか選ばせてたわよね。あなたと一緒に囮になるか、わたしと一緒にアルビオンに行くか。あれってもしかして……」

 

 タバサは頷いた。

 

「試した」

「もしクルトがアルビオンに行くって答えてたら、どうするつもりだったの?」

 

 タバサは本に視線を落とした。

 ぽつりと呟くように言った。

 

「『眠りの雲(スリーピング・クラウド)』。すでに唱えていた」

 

 『スリーピング・クラウド』は、相手を深い眠りに落とす水系統のラインスペル。詠唱は決して短くない。

 それをすぐ近くにいたルイズにもまったく悟らせずに唱えていたなんて……。

 その魔法の腕前と言い、妙に場慣れした判断力と言い、彼女の実力は底が知れない。

 自分よりも幼く見える、しかし騎士(シュヴァリエ)の爵位を持っているという彼女は、いったいどんな修羅場をくぐってきたんだろう。

 

「ねえ、タバサ……」

 

 ルイズは思わず尋ねようとして、しかし口をつぐむ。

 淑女が隠している事情をあれこれ詮索するのは、貴族のふるまいじゃないからだ。

 だからルイズは、代わりにいま考えるべきことを、つまり一応は友人だと思っていた少年についての疑問をタバサにぶつけた。

 

「結局、どういうことなの? クルトはサイトがガンダールヴって気づいてて、ワルドもそれを知っていた。クルトは『女神の杵』が襲撃されることもワルドが裏切るってことも知っていて、だけど、わたしたちには、なんにも教えてくれなかった。そのくせひとりで危険な相手と戦って、あなたがわたしたちを助けにいけるように、命をはった」

 

 タバサは頷いた。

 ふたたび本から視線をあげて、ルイズをじっと見つめ返した。

 

「でも、それってつまり……どういうことよ。あいつの目的はなんなの? あいつがいったい何を企んでるって言いたいわけ?」

「わからない」

 

 ルイズは倒れそうになった。

 

「あ、あんたねえ、こんだけひとに考えさせといて……」

 

 タバサはいつもの無表情を保ったまま、しかし真摯な瞳をルイズに向けた。

 

「だから聞きたい。彼がどんな人物なのか。あなたから見たクルト・ド・コールスについて、教えて欲しい」

「ツェルプストーに頼めばいいじゃない。フォン・コルパスのお友達よ」

 

 タバサは首を振った。

 

「キュルケはガンダールヴのことを知らない。それに……」

「それに?」

 

 タバサは珍しく言いよどんだ。

 

「……誤解されてる」

 

 ごかい? とルイズは眉をひそめた。しかしすぐにその言葉が意味するところを理解して、頬を赤らめた。

 

「この件では、キュルケは話を聞かない。あなた以上に」

 

 それは、まあ、そうだろうなとルイズは思う。

 入学以来、休むことなく奔放な恋を楽しんでいるキュルケだ。親友のタバサが男の子について尋ねてきたら、それはもう大喜びでくっつけようとするだろう。

 

 この子も苦労してるのね、あの女の友達だものね、とルイズは思い……、ため息を吐いた。

 ベッドから立ち上がり、ラ・ヴァリエールの屋敷から運ばせた大きな棚を漁る。

 そうして宝石のちりばめられたグラスをふたつ、年代物のワインを一本取りだして、叩きつけるように机に置いた。

 不思議そうにまばたきしているタバサに向かって、むすっとした表情で言う。

 

「こちとらただでさえイライラしてるのに、そのうえあいつの話をさせられるなんて……、あなただから特別に話してあげるけど、素面(しらふ)じゃやってられないわ」

 

 ルイズは手に持ったグラスにワインをなみなみと注いで、タバサにぐいと差し出した。

 

「一杯くらい、付き合いなさい。いくらあなたがチビっ子でも、まったく飲めないってわけじゃないでしょ?」

 

 

 

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