雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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32.ルイズ(4) 妹と弟

 

 ルイズがクルトという少年と出会ったのは七歳の秋。

 その思い出は、最悪だ。

 

 

 その日、実に五年ぶりに、ラ・ヴァリエール公爵家の次女カトレアの誕生日を祝う園遊会が開かれた。

 カトレアは生まれつき体が弱く病気がちで、誕生日の祝賀も内々に行うのが公爵家のならいだった。

 しかしカトレアが十五歳を迎えるその年、彼女は特別に体調がよく……といっても、熱を出したり寝込んだりするのはしょっちゅうで、例年とくらべると多少はマシだった、という程度ではあるが……、彼女の父であるラ・ヴァリエール公爵は、ささやかな園遊会を催すことに決めたのだった。

 

 娘は、長くは生きられないかもしれない。ならばせめて元気なうちに、華やかな場所に立たせてやろう……。

 そういう親心があったことを、ルイズはいまなら理解できる。

 けれどもそのとき彼女はまだ幼くて、朝からずっと不機嫌にしていた。

 今日は大好きな『ちいねえさま』の特別な日。ずっとそばにいたかったのに、父は『カトレアを疲れさせてはいけないよ』と、ルイズに自室で過ごすよう命じたのだ。

 

 

 憂鬱な昼下がり。

 ルイズは広々とした自分の部屋で、ひとりぼっちで園遊会の終わりを待っていた(当然、何人もの使用人がそばに控えていたが、貴族ではないのでルイズは人数に入れなかった)。

 幼い淑女のために(あつら)えられた可憐な赤いドレスに身を包んだルイズは、不満をあらわに唇を尖らせる。

 絵本を読んでも、豪華な装飾がされた木馬に乗っても、ぬいぐるみを蹴飛ばしてみてもつまらない。

 この部屋には欲しいと言ったものがなんでも(そろ)っていたけれど、カトレアがそばにいないのでは、どんなおもちゃも色あせてしまう。

 行き場のない苛立ちを抱えてぐずぐず泣きそうになっていたルイズだったが、ふと、使用人たちが慌ただしくしているのに気がついた。

 

 扉の前でずっとルイズを見張っていたメイドが、いつのまにか姿を消している。他の使用人たちも、こちらから目を離しているようだ。

 大粒の宝石みたいな鳶色の瞳に、悪戯な光が浮かんだ。

 ルイズは素早くぬいぐるみをかきあつめ、ベッドに並べて毛布をかける。

 それを上から優しく叩き、先日アンリエッタから教わった『ちょうど女の子がひとり寝ているように見える毛布のふくらみかた』に整えると、そうっと部屋を抜け出した。

 

 

 部屋から逃げたのはいいものの、大人に見つかったら、また閉じ込められてしまう。

 ルイズは廊下の窓から屋敷を出て、中庭に駆け込んだ。

 そこは園遊会の会場から離れていて人気がなく、生い茂った花々のおかげで、屋敷からの視線も遮られていた。

 中庭の奥には、小さな池がある。

 ルイズが目指していたのは、そこに浮かぶ一艘の小舟。

 最近見つけたその小舟は、まだカトレアにも教えていない、秘密の隠れ家なのだ。

 

 ルイズは父の言いつけを破ってしまった罪悪感と高揚に胸をどきどきさせながら、中庭を歩く。

 季節はちょうどダリアの盛り。

 少女の低い視界は色とりどりの花弁におおわれ、一歩足を進めるたびに、濃密な甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 どこか非現実的な、ふわふわした感覚のなか、もうすこしでお池につくわ……、とルイズは少し駆け足になって――転びそうになった。

 池の前に、見知らぬ少年が立っていたのだ。

 

 ルイズと同じか、少し年上にも見えるその少年はひとりで池を眺めていたが、足音でこちらに気づいたのか、驚いたように振り向いた。

 

「きみは……」

 

 少年が声をかけるその仕草、その表情はやけに大人っぽく見えて、ルイズはどきりとした。

 彼女は頬を赤らめて、うつむきながら、

 

「ルイズ・フランソワーズ……」

「ああ、なるほど。きみがそうなのか」

 

 少年は納得したように、ひとり呟いた。

 こちらを相手にもしていないその態度に、幼いながらに公爵家令嬢としてのプライドを育てつつあったルイズはかちんときた。

 フリルのたくさんついた鮮やかな赤いドレスに包まれた胸を、つんと反らして言った。

 

「ぶれいよ。なのりなさい」

 

 少年は目を丸くして、くすりと笑った。

 

「これは失礼を。ぼくはクルト・ド・コールス。コールス家の三男です」

 

 見慣れぬ作法で、しかし流麗にお辞儀をする少年……クルトを前に、コールスね、とルイズは呟いた。

 食事の席で、父が話題にのぼらせているのを聞いたことがある。

 先日トリステイン領になったばかりの土地で、あの憎きツェルプストーから奪い返したのだと、父は誇らしげに話していた。

 

 政治や戦争のむずかしい話はわからなかったが、少年の名乗りと父の話を組み合わせて、ルイズはひとつだけ理解した。

 こいつ……、格下だ。

 自分や姉さま、姫さまたちとは違う、どうでもいいひとたちなのだ。

 

「そのコールスのこどもが、なんでこんなとこにいるのよ」

 

 ここはわたしの秘密の場所よ、とルイズは思った。

 ちいねえさまに一番に教えてあげようと思ってたのに、なんだか汚された気分がした。

 

「くだらないからさ」

 

 とクルトは言った。

 ルイズは、意味がわからなかった。

 ただ、とても怖い感じがした。

 彼の放った言葉には、なにかよくわからないけれど、底知れない暗さがあるような気がしたのだ。

 エレノオール……、一番上の姉に叱られたときよりずっと怖くなって、子どもらしいルイズの怒りはどこかにひっこんでしまった。

 クルトはそんなルイズの様子に気づいてないのか、園遊会が行われているだろう屋敷の方角をじっと睨んでいた。

 

「女の子ひとり祝うために、いくら費やすつもりなんだ。ぼくたちに出される料理の一皿で、いったい何人、平民を養えると思ってるんだ。きみ、知ってるか? 知らないだろう? いつも知らずに食べているんだろう? ぼくは一度計算したけど、忘れてしまった。あんまり恐ろしくて、覚えているのがいやになった。一皿ごとに何人殺しているのか、何人の平民から奪って飢えさせているのか、なんて、食事のたびに考えていたら頭がおかしくなってしまう。だけどあの会場で振る舞われている料理は、ぼくの普段の食事の何倍、いや何十倍もの金貨がかけられている。なのにどうして、平気でいられるんだ。あそこにいる連中は、みんな頭がおかしいんだ。ねえ、そう思いませんか、ルイズお嬢さま?」

 

 ルイズは頷いた。

 彼の言っていることはひとつもわからなかったけれど、そうしなければもっと恐ろしいことが起きるのではないかと怯えて、ひたすらに頷いた。

 しかしクルトはルイズに一瞥もくれず、遠く行われている園遊会に、険しい視線を向けていた。

 

「なんでぼくがここにいるのかって、そう訊いておられましたよね? 教えてさしあげます。くだらないからさ。だっていまこの瞬間にも、我が領地には飢えて死んでる領民がいるかもしれない。いいや、いまはまだいい。問題はこれからだ。ゲルマニアとトリステインの小競り合いのトロフィーにされて、収穫のほとんどを奪われて、忠誠の証とやらで馬鹿みたいな税をかけられて、どうやって冬を越せって言うんだ。それなのに、ぼくはなにをしているんだ。ぼくはなんだ? 魔法使いの息子だろう? こんなことしている場合か? 杖を振ってパンと魚でも出して、求めるひとみんなに分け与えているべきじゃないか? それなのに……、お誕生日会? くだらない! ああ、くだらない! ぼくは、こんなくだらないお遊戯に加担したくない。こんなことで、これ以上、罪を負いたくない。こんな野蛮なふざけた世界の魔法使いってだけでも耐えられないのに、まして、悪の魔法使いになんて! ぼくは死んでもなりたくない! まったくふざけてるよ、この世界は! ハルケギニアは!!」

 

 クルトはここで言葉を切った。

 肩で荒い呼吸をしている彼の瞳には、うっすらと涙がにじんでいた。

 

「……ぼくはコールスの領地を出る前、決めたんです。ラ・ヴァリエールではなにひとつ口にしない、と。一口ごとに何人殺すか、なんてもう考えたくないから。だからぼくはあいつらから、くだらないお祭り騒ぎから逃げて、ここで過ごしていたんです」

 

 気がつくと、ルイズは泣いていた。

 ルイズは少年の剣幕に脚が震えるほど怯えていたけれど、しかしその大粒の瞳から涙をこぼしているのは、恐怖のせいではなかった。

 胸の底から湧き出る、どうしようもない怒りの涙だった。

 それはもしかしたら、少年の怒りに触発されたのかもしれない。

 

 ルイズは無言で少年に歩み寄ると、その胸ぐらをぐいと掴んだ。

 彼はようやく振り返り、少女の頬を伝う涙に目を見開いた。

 ルイズは力いっぱい、彼の頬を叩いた。

 

「くだらなくないもん!」

 

 自分が園遊会を恨んでいたことも忘れて、ルイズは叫んだ。

 クルトという少年が何に怒っているのかさっぱりわからなかったけれど、これだけは言ってやらねばならないのだと、ルイズの心が命じていた。

 

「ちいねえさまは、体がよわくていらっしゃるのよ! すぐお風邪をめされるから、りょうちの外にも出られなくて……、でも、ことしは元気におたんじょうびをむかえられたから、だから、こんなにお祝いしているのよ! 父さまも母さまも、エレノオール姉さまも、とってもたのしみにしてたのよ!! そ、それを、く、くく、くだらない、なんて……」

 

 言葉は途中で途切れてしまった。

 自分でも制御できない激情に襲われて、涙がいっそう溢れてきて、ルイズはクルトを突き飛ばした。池のほとりにつながれた小舟に駆け込んでうずくまり、両手で顔をおおってわんわん泣いた。

 泣いても泣いても、涙は尽きなかった。

 いじわるを言うクルトが腹立たしかったし、そんな彼の前で泣いてしまう自分自身がいやだった。

 そうしてなにより、ちいねえさまが不憫でかなしくてたまらなかった。

 

 顔じゅう涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしているルイズの前に、おずおずと、ハンカチが差し出された。

 涙ににじんだ視界を上げると、いつのまにか小舟に乗り込んでいたクルトが、困ったような顔でこちらを見下ろしている。

 ルイズは彼の(ほどこ)しを受けるのはイヤだったけれど、手のひらや服の裾で顔を拭うのは淑女ではないと知っていたので、しぶしぶそれを奪い取った。

 

「その……すまない。ご家族の気持ちを考えない発言だった。謝罪する。許されるとは思えないが、それでも、謝らせてくれ」

 

 ルイズは答えず、ぷいと顔を逸らしてクルトのハンカチで鼻をかんだ。

 

「ルイズ……ルイズお嬢さま、きみを傷つけるつもりはなかった。事情を知らなかったとはいえ……、いや、それ以前に、きみみたいな小さな子にするべき話ではなかった」

 

 ちいさな子って、なによ。

 あんたもわたしと変わらないじゃない。

 子どもあつかいしないで、とルイズは言い返そうとして、ぎょっとした。

 クルトは膝をついて(こうべ)を垂れ……、貴族として、最大級の礼を取っていた。

 ただの臣下の礼ではない。

 己の非礼を詫び、このまま首を打たれてもかまわない、という意味だ。

 父やアンリエッタが臣下に(かしず)かれている姿は何度か見たけれど、まさか自分がされることになるとは思ってもみなかった。

 

「身勝手な、やつあたりだった。きみの姉の誕生日会を侮辱したことも、きみを怖がらせてしまったことも、心から謝罪する。ほんとうに、すまない」

 

 こんなにあっさり謝って、膝までついて、こいつプライドってものがないのかしら……。

 喧嘩といえばアンリエッタとのおもちゃの取り合いくらいしか知らないルイズは、素朴にそんなことを思った。

 得体の知れない恐ろしい存在に見えていたクルトが、途端にちっぽけに感じられて、ルイズは鼻をすする。

 泣き出したときと同じように、ルイズが気づいたときには、涙はもう止まっていた。

 

「クルト! こんなところにいたのか!」

 

 突然、男の声が聞こえた。

 声のしたほうを振り向くと、中庭の向こうから、浅黒い肌をした金髪の青年が走ってくるのが見えた。

 クルトが立ち上がり(まだ許してないわよ! とルイズは思った)、ひょいと小舟を飛び降りた。

 

「やあ、ヴィルヘルム」

 

 クルトは片手をあげて気軽な調子で言い、ヴィルヘルムと呼ばれた長身痩躯の青年は、クルトの頭に拳骨を落とした。

 

「こういう場では、兄上か兄さまと呼べと教えただろう!」

「ここは会場じゃないだろ、ヴィル(にい)

「また屁理屈を! だからクルトに社交は早いと言ったんだ。父上はどうして……、いや、もういい、とにかく向こうで父上がお待ちだ! 公爵閣下とカトレアお嬢さまに、お前もご挨拶せねば……」

 

 ヴィルヘルムは不意に、小舟にうずくまっているルイズに目を止めた。

 クルトと似ているが、どこか軽薄な雰囲気のただよう顔をひきつらせ、こわばった声で言った。

 

「……弟よ、そこなレディを、兄に紹介してくれんかね」

「ルイズ・フランソワーズと名乗っていたな」

「泣いてるように見えるのだが」

「ああ、ぼくにもそう見える」

 

 ちがうもん、もう泣いてないもん、とルイズは思った。

 しかしそれを口に出す前に、ヴィルヘルムがクルトに向かって、

 

「おまっ、おまえ! なにやってんだこのバカたれ! まさか、私や父上にやってるようなことを、この子にしたんじゃなかろうね!?」

「子どもの喧嘩だよ」

「当事者が言うかね!?」

 

 青年はクルトにもう一発拳骨をお見舞いすると、苦悩に満ちた溜め息を吐いた。

 服が水に濡れるのもかまわず小舟の脇に立ち、膝をついて頭を垂れる。

 

「弟の非礼を詫びます、ルイズお嬢さま。私の不徳の致すところです。どうか、このヴィルヘルム・フォン……失礼、ド・コールスに、なんなりと罰をお与えください」

 

 クルトがしていたのと同じ、最上級の礼。

 しかし不思議と彼とは違い、軽薄な印象が拭えなかった。けれども大人の貴族の男が自分に頭を垂れているのは、奇妙な迫力があった。

 ルイズは、ぐじゅず、と鼻をすすって、

 

「もう……いいわよ、べつに。こどものけんかだもの」

 

 自分の態度次第で、ヴィルヘルムのみならずクルトの頭も下げさせることができると、ルイズは本能的に理解していた。

 そうして屋敷に戻って父にひとこと言いつければ、コールス家そのものを潰すことだってできるのだ、と。

 しかし父に頼ってクルトをやっつけるのは、彼に対する敗北だった。

 彼が頭を下げたのは父やヴァリエール公爵家に対してではなく、ルイズに対してだ。だから許すのも許さないのも、彼女の力で行うべきことだった。

 ルイズはその幼くも高貴なプライドによって、クルトを己の人生から排除することを思いとどまったのだ。

 

「いいから、そのなまいきな弟をつれて、どっかにいっちゃいなさい」

 

 ヴィルヘルムは大仰な仕草で感謝を告げて、小舟の前から立ち去った。

 クルトはこっそり逃げようとしていたけれど、長身の兄が彼を見もせずに杖を振った。

 するとクルトは両手両足に氷の(いまし)めをくらい、そのまま兄の半歩後ろをぷかぷか浮かんで運ばれていった。

 ざまあみなさい、とルイズは胸のすくような気持ちでその姿を眺めていたけれど、不意に、あることに気がついた。

 

「クルト! クルト・ド・コールス! わたしがここにいたこと、だれにも言っちゃだめだからね! もし言ったら、あんたのしたこと、ぜんぶ父さまにおしえちゃうんだから!!」

 

 返事はなかった。

 しかしあの小舟はいまでもルイズの秘密の場所で、コールス家は潰れていない。

 

 

 

「彼には兄弟がいるの?」

 

 なんで最初に訊くことがそれなの? とルイズは思った。

 空いたグラスに自分でワインを(そそ)いだルイズは、ぽつりと疑問を発したタバサに、酔いの回った声で答える。

 

「兄がふたり、いるそうよ。あんな貧乏な家の三男なんて、なにがしたいのかしらね。笑っちゃうわね」

 

 けひひ、とルイズは笑った。

 頭がくらくら、ふわふわする。

 もともとお酒に強くないのに、飲み過ぎたようだ。

 そういえば、朝から部屋にあった焼き菓子くらいしか食べてない。()きっ腹にワインを入れたせいか、いつも以上に酔いが早かった。

 

「お兄さんとは、仲が悪いの?」

「知らないわよ。本人に訊きなさいよ」

 

 明日はひどいことになるな、と頭の片隅で予感しながら、ルイズはグラスに唇をつける。

 クルトと出会ったあの日のできごとは、このくらいしないと、思い出したくもない。

 トリステイン貴族の例に漏れずプライドの高いルイズにとって、初対面の格下の男の子に泣かされるなんて、恥以外の何物でもない。

 ほんとうは『ちい姉さまのお祝いにケチつけられたから、殴って謝らせてやったわ』とひとことで済ませるつもりだったのに、話しているうちにどんどん記憶が蘇ってきて、自分でも意外なほど子細に語ってしまった。

 

 そんなことができたのは、きっとこの青髪の少女が静かに耳を傾けてくれたからであり、彼女なら何を聞いてもバカにしないし、まして言いふらしたりしないだろうと信じることができたからだ。

 (彼女の前では、すでにこれ以上ないほど恥をかいているからだ、という理由を、ルイズは意図的に無視した)。

 

「あなた、ひとりっ子?」

 

 気がつくと、口から言葉がこぼれていた。

 どうしてこんなこと尋ねたのか、自分でもわからない。

 タバサはこくりと頷いた。

 

「かわいそうね、お姉さんがいないなんて」

 

 タバサは首を振った。

 

従姉(いとこ)ならいる」

「その方は優しい?」

 

 タバサは少し悩んで、首を振った。

 

「昔は。でも、さみしいひとだから」

 

 不意に、ルイズは泣きたくなった。

 大好きなちい姉さま……、カトレアもさみしいひとだったからだ。

 あんなにきれいで優しいのに、体が弱いせいで領地から出られず、いまだ結婚もしていない。

 あのお誕生日の園遊会も、結局、途中で体調を崩して最後までいられなかった。

 ルイズの脱走のきっかけになった使用人たちの混乱は、突然高熱を出したカトレアの対応に追われていたのが原因だった。

 小舟から屋敷に戻ったとき、ルイズは母とエレノオールから、カトレアがたいへんなときにお前は何をしていたのだと散々に叱られたのだった。

 

「あのね、わたしのお姉さまのちい姉さまもね……」

「ルイズ」

 

 はじめて名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。

 付き合いで飲まされたワインのせいか、色白の頬をわずかに赤く染めたタバサは冷えた瞳でルイズを見つめ、言った。

 

「いまはクルトの話」

「なんでよぉー、あんなやつより、ちい姉さまのお話のほうがぜったいたのしいわよー、わよー」

 

 ルイズはぐったりと机に上体をあずけ、潤んだ上目遣いを送った。

 使い魔の少年が見たら鼻血を吹いて倒れかねない、高貴な少女の天性が見せた蠱惑的な仕草だったが、タバサは冷淡に答えた。

 

「あとで聞いてあげる」

 

 なによぉ、とルイズは机に体をもたれたまま唇を尖らせる。

 しかし新しい友達の求めに答えるべく、ルイズはクルトの思い出を……、彼とのつきあいのなかでも、いっとう屈辱的で、傷つけられた、ルイズにとってのクルト・ド・コールスという少年を語る上では欠かせない思い出を語り始めた。

 

 

 

 





明日まではルイズの視点です。
手短に終わるはずが圧倒的メインヒロイン力で話が膨らんでしまった。

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