雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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37.「『竜の羽衣』の正体、知ってたんでしょ?」

 

 

「『海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル』、か……」

 

 初夏の薄暮に包まれた、タルブの共同墓地の一画。

 白色の石で作られた他の墓とは(おもむき)の違う、懐かしい黒灰色の墓石に刻まれた銘を指でなぞり、俺は呟いた。

 

 墓碑銘を読み上げたわけではない。

 ハルケギニアの地で生まれて十七年を過ごした俺は、日本語が読めなくなっていた。

 『ゼロの使い魔』の内容はいまでも鮮明に思い出せるというのに、この短い墓碑銘を読み解く力さえ、俺はなくしていたのだった。

 だから俺が呟いたのは、今日の昼間、才人がこの場所で読み上げた言葉。

 この異邦人の墓碑銘を翻訳した、トリステイン公用語であるガリア語の一節だった。

 

 俺は『死後の平穏を祈る』を意味するブリミル教の慣用句を日本語に訳そうとして……、諦めた。

 俺と同じくひとりぼっちで異界に放り出され、しかし俺とは違って家族も身分もなしに生きねばならなかった佐々木武雄の孤独を思い、黙って手を合わせた。

 墓前ではたしか、こうしたはず。拍手するのは神社に賽銭を入れるときだから、お墓では、たぶん静かに……、そんな不安を抱いてしまう自分が情けない。

 自分では前世の経験や知識、価値観にひっぱられているつもりだったけれど、俺はいつの間にか、しんからハルケギニア人になっていたらしい。

 

「なにやってんのよ」

 

 背後から、とげとげしい声。

 振り向くと、『始祖の祈祷書』を抱えたルイズが不機嫌そうに立っていた。

 

 

 『原作』では『宝探し』の間ずっと自室に引きこもっていたはずのルイズは、なぜかタバサにひっぱられてついてきた。

 アンリエッタの結婚式に捧げる(みことのり)を一緒に考えるためらしい。

 

 傷心のお嬢さまをひとり学院に置いていくのは気が咎めていたので、正直、うれしい変化ではある。

 しかしいったいどうしてルイズとタバサがそんなに仲良くしているのか……。

 気になりはしたけれど、尋ねることはできなかった。

 才人が家出する原因を作った俺は、この主従からうっすらと警戒されていたからだ。

 

 もちろんは悪いのは、(事故とはいえ)ルイズのベッドに他の女性を押し倒した才人であり、才人の事情を聞こうともしなかったルイズであり、他人の部屋で脱ぎ始めたシエスタである。

 とはいえ、才人とシエスタの関係をルイズに密告した俺の印象が悪くなるのは仕方ない。

 『原作崩壊』を避けるためなら、彼らに嫌われるくらい、安いものだ。

 

 

 この『宝探し』の最中、俺の前ではいつも以上に機嫌を悪くしていたルイズに、俺はぶっきらぼうに答える。

 

「見りゃわかるだろ。墓参りだよ」

「それがお墓参り? もしかして、ゲルマニア流のお祈りかしら。フォン・コルパスはずいぶんお上品なのね」

 

 皮肉めいたルイズの言葉を理解するのに、少しだけ時間がかかる。

 

「……ゲルマニアじゃない。東方では、墓前でこうやって手を合わせるらしい。実家にいたころ、ものの本で読んだんだ」

「そういやあんた、東方に詳しいとか言われてたわね」

 

 コルベール先生にも使った言い訳を流用すると、ルイズは興味なさそうに呟いた。

 

「お嬢こそ、なにしにきたんだよ」

「お嬢はやめろっつってんでしょ。もうじき夕飯の支度ができるっていうから、ギーシュたちに居場所を聞いて、探してたのよ」

「呼びに来てくれたのか? ルイズが?」

 

 軽い驚きとともに尋ねると、ルイズはいっそう不機嫌な顔で、

 

「そうよ。いつまでもふらふらしてるあんたを、このわたしが、わざわざ呼びにきてやったのよ。感謝なさい」

 

 彼女は墓石の間を歩き、俺の隣で立ち止まる。

 黒い墓石を覗き込む。

 敬虔なブリミル教徒らしい仕草で聖具のかたちに印を切ってから、

 

「ササキタケオ、だったかしら……。あのメイドのひいおじいさん、サイトと同郷なんですって。たいした偶然よね」

 

 ルイズは墓石をじっと見つめたまま呟いた。

 

「それにあの『竜の羽衣』。サイトは持って帰るって言ってるけど……、あのガラクタ、あいつの国の武器って話よ。ガンダールヴには、ぴったりの贈り物じゃない」

 

 ルイズは振り向き、意志の強そうな大きな瞳を俺に向けた。

 

「あんた、知ってたの?」

 

 どきりとした。

 ルイズの指摘は正しかった。

 すべて知っていたからこそ俺はこの『宝探し』を提案し、タルブ出身のシエスタが旅に加わるよう見計らい、そうして『竜の羽衣』を確実に手に入れるべく行き先を誘導した。

 

 本来、このゼロ戦との出会いはまったくの偶然に頼った出来事(イベント)である。

 しかしそれは、あまりにもよくできた偶然だ。

 小説であれば『ご都合主義』とか『運命』と言えば片付くのかもしれないが、現にこの()()()()にすべく糸を引いた人物が目の前にいたら、きっと怪しいことこの上ないに違いない。

 俺はルイズから目を逸らし、もはや読むことの出来ない異邦の墓碑銘を眺めた。

 

「偶然だよ。『竜の羽衣』って名前が気になって選んだだけだ。ドラゴンが好きなんだよ」

「そう。じゃ、あいつがガンダールヴってことは知ってたのね」

 

 ひゅっ、と息を呑んだ。

 その反応が不味いと気づいたときには、もう遅かった。

 ルイズはくすくすと、鈴の鳴るような、しかし意地悪な声で笑った。

 

「悪くない気分ね。あんた昔っからスカしてたから、いっぺんそんな顔させてやりたかったのよ」

 

 振り向くと、ルイズは勝ち誇ったように唇を歪めている。

 俺はなにか無性に言い返してやりたくなって、

 

「お嬢、いつのまにそんな技覚えたんだ? あんなに素直だった小さなルイズお嬢さまはどこいっちゃったんだよ」

 

 すねを蹴飛ばされた。

 

「いつまでも見下してんじゃないわよ。クルトのくせに。あんたとは、ひとつしか違わないのよ」

「いってえな……、お前、そんな暴れんなよ。墓前だぞ」

「だから一発ですませてやったんじゃない」

 

 ルイズはまだ蹴り足りないとでも言うように、足をぷらぷらさせた。

 

「で、いいから、答えなさい。あいつがガンダールヴって、どうやって知ったの?」

「左手に、」

 

 鳩尾(みぞおち)に拳が刺さる。

 足技にばかり警戒していた俺は、声もなく崩れ落ちた。

 

「やっぱりムカつくわね、その言い方。殴れてよかったわ」

「ま、まだ……言って、ない……」

「言われなくてもわかんのよ。左手に書いてるってんでしょ? んなことわたしだって知ってんのよ。あいつのルーンが『ガンダールヴ』だって、どこでどうやって知ったのかって訊いてんの」

 

 ルイズ、やけに気が立っている。

 使い魔を守ろうというメイジの本能だろうか。

 俺はごほごほ咳き込んで考える時間を稼いでから、

 

「いつだったかな、本で、読んだんだよ。学院の図書館で、題名は忘れたけど……」

 

 例によって『実家にある東方の本』としなかったのは、ルイズがヴァリエールの三女だからだ。

 彼女がその気になれば、コールス家の蔵書を残らず(あらた)めさせるくらいわけないだろう。

 墓前での作法くらいならそこまですることもないだろうが、これは才人に関することだ。ルイズも本気を出しかねない。

 そうしたら、俺の家には東方の本なんて一冊もないことがバレてしまう。

 それならせめて、学院の図書館としておいたほうがまだいいはず。

 実際、『原作』でコルベール先生がガンダールヴに関する記述を見つけたのも学院の図書館だ。

 もっとも、それは一般の学生には入れない『フェニアのライブラリー』の蔵書だったのだが。

 

「そう、図書館ね。学院の図書館。……いいわ。そういうことにしといてあげる」

 

 ルイズは高慢に腕を組み、つんと澄ました声で言った。

 その足がまた前後に揺れているので、俺は慌てて立ち上がる。

 こいつの暴力には慣れてるつもりだが、さすがに顔面に蹴りを食らうのは勘弁願いたい。

 

「じゃあ、シエスタの家に戻るか。夕飯が冷めちまう」

 

 これ以上続けても殴られるだけだと、俺は話を切り上げた。

 多少の不信感は残っているだろうけど、かまわない。俺はもともと『原作』に存在しない人間で、もはや『タバサルート』も諦めているのだから、これ以上『主人公』たちと関わる必要はない。

 この疑念がきっかけで疎遠になるというなら、むしろ、きっと、それは俺が望むべきことなのだ。

 

 俺は憂鬱な気分でため息を吐いて、黒い墓石に背を向け、歩き出した。

 

「待ちなさい、クルト・ド・コールス」

「……なんすか。ルイズ・フランソワーズお嬢さま?」

 

 けれどもルイズは、真剣な声音で俺を呼び止める。

 俺は振り返らずに答えた。

 彼女に呼ばれてよろこんでしまったことを、悟られたくなかったから。

 

「『竜の羽衣』の正体、知ってたんでしょ?」

「だからそれは……」

「いいわよ、答えなくて。あんたの言葉は信用できないって、よーくわかったから」

 

 ルイズは日の陰ってきた共同墓地を歩き、俺を追い抜いてからくるりと振り向いた。

 薄暗闇のなかでさえ、その大粒の瞳は輝いているように見えた。

 

「信じられないなら、もう話すことなんかないだろ」

「うっさい」

 

 またすねを蹴られた。

 

「あんた、なんでそんなにサイトにかまうのよ」

 

 予想外の質問に、俺は(しば)し、戸惑った。

 

「あいつがガンダールヴだから、ってだけじゃないでしょ?」

「どうして、そう思うんだよ」

 

 なんと答えていいものかわからず、俺は間抜けに問い返す。

 ルイズは眉間のしわを深くして、

 

「あんたがそういう理屈や損得で人に優しくできる男じゃないってのは、わたしが一番よく知ってるつもりよ。屈辱だけどね」

 

 俺はいよいよ、なんと言っていいのかわからない。

 才人が召喚されるまでの一年間、どんなに手助けしても雑用を聞いてもお礼のひとつもくれなかったルイズにそんなことを言われて、ようやく報われたような気持ちになった一方……、俺が才人に近づいたのは、彼が『主人公』だからという、まさに()()()()()()によるものだったから。

 

「あいつのどこが、そんなに気に入ってるわけ?」

 

 ルイズの問いに、俺は考える。

 『主人公』だから、と身も蓋もない言葉が頭に浮かんだけれど、まさか、そんなこと言えるわけもない。

 頭がおかしいと思われるだけだし、質問に対する答えとしても不適切だ。

 なぜって、俺が才人をこんなに気に入ってしまったのは、彼が『ゼロの使い魔』の『主人公』だからではない。『ガンダールヴ』だからでもない。

 ごく単純な事実として、才人が……、

 

「かっこいいから、だな」

 

 ぐはっ、とルイズは息を吐いた。

 

「か、かかかか、か、カッコいい? あいつが? あの節操なしの犬が? 自認モグラのオモロ顔が?」

 

 なぜだか肩を震わせながらぶつぶつ言っているが、まあ、いつものツンデレだろう。

 素直に認めてあげたらいいのに。

 タバサと才人をくっつけることを諦めている俺は、才人への(いたわ)りが半分、ルイズをからかってやりたい衝動がもう半分で、しごく真面目な顔を作ってルイズに言う。

 

「いや、才人はかっこいいだろ。ギーシュとの決闘なんか、感動したぜ。あんなに傷だらけになっても退かないで、立ち向かい続けて……、俺にはとてもできない。『下げたくない頭は、下げられない』ってのも、やっぱりかっこよかったよな。下手な貴族より貴族的だ。俺はある意味、ギーシュがうらやましいよ。あの名台詞を間近で聞けたんだから」

 

 俺が才人を褒めるたび、ルイズはびくびくと身悶えた。

 使い魔の勇姿を思い出しているんだろうか?

 俺の前ではずっとつんけんしていたルイズがおかしくなっている姿に楽しくなってしまい、俺は続けて、

 

「フーケを捕まえたときも、すごかったよな。剣一本で巨大ゴーレムに立ち向かうなんて、まるでイーヴァルディの勇者だ。かっこいいし、憧れる。それに、覚えてるか? 俺が踏み潰されそうになったとき、あいつがゴーレムの気を引いてくれて、おかげでシルフィードが間に合ったんだ。あのときは嬉しかったなぁ……」

 

 ルイズは震える声で言った。

 

「う、ううう、うれしかったって……、やだ……、じょ、冗談、よしてよ」

「ルイズだって、才人に助けてもらったときは嬉しかっただろ? それと同じさ」

「お、おな、おなじ……!? ウソでしょ……おお、始祖ブリミルよ、なんてこと……」

 

 ルイズはとうとう、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

 そんなに才人のかっこよさを認めたくないのかよ。強情だな。

 追い打ちでアルビオンでの戦いも語ってやりたくなったが、さすがにやめておく。

 戦いの現場にいた相手に、『原作知識』だけで言及するの無謀すぎるだろう。

 

「……や、やめてよね……、あんた、まさか……ほんとに……」

 

 髪をぐしゃぐしゃにかき乱したしたルイズが、潤んだ瞳で俺を見上げる。

 幼さと高貴さが入り交じった、魅力たっぷりの表情。

 そういうのは才人に見せてやれよ、と思いながらも、俺はにやつきそうになる顔を抑えて、

 

「そんな言ってやるなよ。お前のためにがんばってるんだから。それに、まあ、あれだよ、あいつとは、……友達、だし」

「へ? ともだち……?」

 

 ルイズはきょとんとした。

 あんまり不思議そうにしているので、俺は恥ずかしくなって、ぶっきらぼうに言う。

 

「なんだよ、おかしいかよ」

「べ、べつに、おかしくは、ないけど……、でも、友達っていうには、その……、ちょっと入れ込みすぎじゃない? キモくない?」

 

 いくらか冷静さを取り戻したらしいルイズが、いつも通りの辛辣さで言った。

 もはや心地よさすら感じる、慣れ親しんだとげとげしい言葉。

 俺は少しだけ安堵しつつ、ルイズに答える。

 

「自分で言うのもなんだけど、俺って友達少ないだろ。最近はギーシュともよく話すけど、友達なんて、この間までキュルケとお前だけ……」

「キュルケだけ、じゃなくて?」

「おい」

 

 思わずつっこむが、ルイズは素知らぬ顔。

 

「……ともかく、俺にとってあいつは数少ない友達だから、いろいろ気を遣ってたってだけだよ。なにも含むところはない」

 

 タバサを救う鍵となる才人に対しては含むところしかないのだが、とにかく俺は言い切った。

 ルイズは疑わしげな視線を俺に向けていたけれど、やがて諦めたように嘆息する。

 

「まあ、いいわ。友達っていうなら、それでいいのよ。まったく、また余計な恥かくところだったわ……」

「恥?」

「うるさいわね! いいから、もう戻るわよ!」

 

 ルイズはぷんすか怒りながら、もうすっかり暗くなった共同墓地を出て行った。

 俺はその背中を追いかけて、ルイズとの……、そして才人との友情を思う。

 

 シエスタとの関係をルイズに密告して以来、才人とは気まずい関係が続いている。

 ルイズと喧嘩する原因を作ったのだから、怒られるのは当然だ。

 とはいえ、お詫びと称して連れ出したこの『宝探し』の間に彼ら主従はすっかり関係を取り戻し、才人の怒りもおさまっている。

 そんなこと、ギーシュに言われるまでもなく気づいていた。

 

 けれども俺は、才人をずっと避け続けている。

 (クルト)という異物の影響を薄くするのは、『タバサメインヒロイン計画』を諦め、『原作』を遵守すべく動いている俺にとって、やり遂げなければならない義務なのだ。

 すでに『原作』からのズレが生じている以上、完全に縁を絶つような無責任なマネはできないが、そこまで親密になる必要もない。

 

 才人には、深入りしすぎた。

 俺は彼の人柄に惹かれ、『原作』や『主人公』なんてふざけた概念を超えて、純粋な友情を抱いてしまった。

 それこそ、ルイズにも怪しまれてしまうほど。

 だから俺は、タバサの救いを損なわないためにも、俺の好きな人たちを不幸にしないためにも、彼から離れるべきなのだ。

 

「……いっそのこと、友達じゃなくなっちまったら、楽なのかもな」

 

 せつない気持ちを吐き出すように呟くと、前を歩いていたルイズが(つまづ)いた。

 

 

 

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