雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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38.「関わらないほうがいい」

 

 

 『竜の羽衣』を見つけた俺たちは、シエスタの生家に一泊してから帰ることになった。

 タルブの村は、ラ・ロシェールのさらに南方。シルフィードの翼なら、半日もせずに学院に帰れる場所にある。

 しかし『竜の羽衣』を持ち帰るには、ギーシュの伝手で呼んだ竜騎士隊が到着する明日を待たねばならなかったのだ。

 

 その晩、シエスタの父が作ったヨシェナヴェと、なんとなく和風な気配の漂う家庭料理の数々をいただいた俺は、ひとり納屋に籠もっていた。

 ギーシュや才人、キュルケたちがタルブ名産のワインを飲んで騒いでいる声を壁越しに聞きながら、シエスタの家から借りたランプの灯りで、山と積まれた古びた農具、鍋や包丁といった金物を照らし出す。

 ここにあるのはみんな、刃先が欠けたりあちこちへこんでいたり、あるいは()びだらけになっていたりと、手入れが必要になったものたち。

 昼間、タルブの村長に頼んで、村人たちから集めておいてもらったのだ。

 規模の小さな村とはいえ、こうして一所(ひとところ)に集めると、それなりの量になる。

 

「さて、どこから手をつけようか」

 

 これから始めようとしているのは、こいつらを残らず修理し、『固定化』をかけること。

 今日の歓待と、『竜の羽衣』を譲ってくれたことに対する、せめてもの恩返しのつもりである。

 

 学院に入学する前、系統魔法に目覚めて以降は領民の日用品を直すのが日常茶飯事だったので、慣れた作業ではある。

 しかしあのころはこまめに領地を回るようにしていたから、一度にこれだけの数を相手にしたのは、去年の夏休みくらいだろうか。

 明日までに終わるかな、と少し不安になってしまうが、自分で言い出したことだ。

 とにかく、やれるだけやるしかない。

 

 修理してほしい物品を集めるよう頼んだとき、村長はしきりに恐縮していた。

 きっとこの土地の領主は、平民のために杖を振ろうともしなかったのだろう。

 別にそれが、特別に悪いこととは思わない。

 このハルケギニアでは、魔法は『神の御業』と称され、魔法を受け継ぐメイジこそが神に愛されし人々だとされている。

 それゆえに、『魔法はメイジのためにこそ使われるべきだ』という考えが、貴族の価値観の根底にある。

 農地の開墾や治水に魔法が使われることはもちろんあるが、それはあくまで土地の収入を増やすため。平民の利益を目的としたものではない。

 

 そんななかで、魔法を万人のために使いたいと願うコルベール先生や、貧しい人々の食を豊かにするべく人工肉の『錬金』に挑んでいたリュリュ(『タバサの冒険2』収録、『タバサと極楽鳥』より)の発想は異端的と言ってもいい。

 

 俺の行動も、この国のたいていの貴族は良い顔をしないだろう。

 父はいまだに俺を理解できない様子だし、比較的柔軟な思考を持つ兄たちでさえ、最初はずいぶん戸惑っていた。

 

「とはいえ、やめるわけにもいかないんだよなぁ……」

 

 俺はランプを壁にかけ、ひとまずは簡単なところから始めようと、へこみの目立つフライパンを手に取った。

 

 

 

「イル・アース・デル……」

 

 木箱のひとつに腰掛けた俺は、杖先を鎌の刃先にあて、慎重に『錬金』をコントロールしながら刃の根元まですべらせる。

 赤茶けていた刃から錆びが消え、本来の鉄の輝きを取り戻す。

 それだけでは刃に歪みが残ってしまうので、杖をもう一往復させて、かたちを整える。

 最後に『固定化』のルーンを唱え、作業は終了。

 

 切れ味を戻すには()ぎ直さなきゃならないが、それは持ち主にやってもらえばいいだろう。

 魔法じゃないとできない工程は、もうおしまいだ。

 俺は鎌をわきにどけると、今度は刃先の歪んだ(すき)を手に取り、目をつむった。土メイジ特有の感覚でもって構造を探り、どうしたものかと勘案する。

 

 『錬金』……は、いらないか。わりあい新しいみたいだし、錆びもほとんどない。この鋤の持ち主は日頃からよく手入れしていたようだ。

 歪みを直して、『固定化』をかければ十分だろう。

 俺はゆっくりと目を開け、呪文を唱える……前に、鋤を置いて大きく伸びをした。

 肩を回すと、ばきぼきと骨の鳴る音がする。

 

 修繕作業は、もうじき半分が終わろうかというところ。しかし精神力の残量は心許(こころもと)なく、今夜中に終わらせるのは難しそうだった。

 量が量だから、仕方ない。

 明日も朝からがんばれば……、竜騎士隊がよっぽど早くに着かなければ、なんとか片付けることができるだろう。

 

「まあ、やれるところまでやっちまうか」

 

 そんなことをひとり呟き、鋤を拾って気合いを入れ直したとき、納屋の戸が開かれた。

 シエスタの父が様子を見に来てくれたのか、あるいはギーシュが手伝いに来たのならありがたい……、と振り向いて、俺は鋤を落っことしそうになった。

 外から差し込む月明かりに照らし出された、小さなシルエット。

 身の丈より長い杖を抱えた彼女は、見間違えるはずもない。

 世界一かわいい青髪の少女、タバサだった。

 

「なにをしてるの?」

「え? あ、ああ……修理。農具とか、いろいろ……」

 

 ぽつりと投げかけられた問いに、俺はしどろもどろになって答えた。

 

「その、頼んだんだ、村長に。村で壊れて困ってるものとかあったら、集めといてくれって。俺、直せるから」

 

 タバサはおそらく(月明かりの影になって、どうにもわかりにくかったが)頷いて、納屋に入ってきた。

 後ろ手に戸が閉められ、納屋の灯りは、またランプの淡い光だけになる。

 そうして薄暗いなか歩いてきたタバサは、当然のように、俺の隣に腰掛けた。

 なぜって、納屋には椅子のひとつもなく、俺の座っている木箱の他に、腰を下ろせる場所がなかったからだ。

 少なくとも、ランプに照らされている範囲では。

 

「た、たば、タバサ、は、どうして、ここに?」

 

 肩が触れあいそうな距離感が恐ろしくて、俺は尻が落っこちそうなくらい木箱の端に寄って尋ねた。

 さっそく本を開いて読書を始めているタバサは、こちらを見もせずに言う。

 

「うるさい」

「すみませんでしたっ! もう読書の邪魔はしません!」

 

 鋤を持っているのでなければ膝をついていただろう勢いで、俺は謝った。

 タバサはちらりと視線をあげて、

 

「あなたじゃない」

 

 と呟く。

 どういうことだ、と彼女の視線の先を追う。

 その青い瞳が見つめているのは、納屋の壁……ではなく、きっとその先。

 納屋の隣に建っている、シエスタの家だろう。

 もうだいぶ夜も更けた頃合いなのに、ギーシュの陽気な歌声が壁を突き抜けて響いてくる。

 

 作業に集中している間は聞こえなかったが、なるほど……、これはうるさい。

 なんて迷惑なやつだ。

 明日も早いだろう農民たちの眠りを妨げるだけじゃなく、タバサの読書まで邪魔するなんて。

 

「ちょっと待ってろ、黙らせてくるよ」

「いい」

 

 そう言って腰をあげかけた俺を、タバサは引き留めた。

 

「遠慮しなくても……」

 

 タバサは首を振った。

 言葉を選ぶような短い沈黙のあと、

 

「関わらないほうがいい」

 

 タバサにしては冷たい発言。

 どういうことかと思ったが、次の瞬間、その疑問は氷解した。

 男の悲鳴が聞こえたのだ。

 もちろん、それだけなら助けに走ったほうがいいのだろうが、次いで耳慣れた甲高い少女の声が納屋まで響き、俺は脱力してしまう。

 しかもそんな主従に混じって、酔っ払ったような女の声……おそらく、実は酒乱の気があるシエスタだ……まで聞こえてきて、なんとも厄介そうである。

 これはたしかに、関わらないほうがいいかもしれない。

 

「それで、逃げてきたのか」

 

 タバサは頷いた。

 それから、また本に目を落とした。

 いまだ気持ちの落ち着かない俺は、そわそわと視線を彷徨(さまよ)わせながら、

 

「えっと……ここ、寒くないか? ワインかなにか、もらってこようか?」

「いらない」

「そう、か……っ!?」

 

 本から目を離さずに首を振る(かわいい)タバサに返事をして、俺は今度こそ、鋤も杖も落っことした――納屋が暗いせいで気づくのが遅れたけれど、彼女はマントの下にパジャマを着ていたのだ。先日の旅で見たのと同じ、ワンピース型のパジャマを。

 がしゃん、と耳障りな金属音が納屋に響く。

 

 幸いタバサを怪我させることはなかったが、読書の妨げにはなったようだ。

 どうしたの、と尋ねるかのように、タバサは本から視線をあげ、僅かに顔を傾ける。

 そんな幼げで愛らしい仕草も、しかしパジャマという、本来は寝所でしか見てはいけない格好でやられると、なんとも倒錯的というか、どぎまぎしてしまう。

 

 どうしてそんな格好を、と訊きたくなるが、それは時間を考えれば当たり前である。

 きっとタバサは寝ようと思ってパジャマに着替えたのに、ルイズたちが痴話喧嘩を始めたから、その格好のまま逃げてきたのだ。

 せめて制服に着替えてから来て欲しかったが、まさか(ルイズに鞭打たれているだろう)才人の前でパジャマを脱ぐわけにもいくまい。

 

「『サイレント』は……」

 

 得意の風魔法で遮音するんじゃダメだったんですか、と問うが、タバサは首を振って、

 

「寝るときは使わない」

「そっか、危ないもんな……」

 

 寝るときに『サイレント』を使ってはいけないのは、ハルケギニアの常識だ。

 毎晩従者に『サイレント』をかけさせていたせいで火事から逃げ遅れたエピング侯爵の物語は、メイジの子どもなら誰もが聞かされる教訓譚である。

 まして、北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールパルテル)であるタバサがそんなことするわけなかった。

 

 俺はタバサに背を向けて立ち上がると、マントを外した。

 ぎこちなく振り返り、軽くたたんだマントを差し出す。

 

「寒くない」

 

 とタバサは首を振った。

 そんなこと百も承知だが、しかしパジャマが見えているとこっちが困るのである。

 

「いいから、膝掛けにでもしてくれ。意外と冷えるんだよ、ここ。隙間風がひどくてさ」

「あなたは」

「俺は、いいんだ。動いてるから。むしろ暑いくらいだから。預かっててくれ」

 

 暑いのか寒いのか、自分でも何を言っているのかわからないが、強引にマントを押しつけた。

 タバサは困ったように俺を見上げていたが、やがて諦めたのか、俺のマントを膝の上に広げてくれる。

 

「あとは……、あれだな、マントの前も、ちゃんと閉めたほうがいい。体を冷やすと良くないから」

 

 タバサは今度は、素直に従ってくれた。

 乳母のごとくあれこれ言われるのが面倒だっただけかもしれない。

 ともあれ、視覚的には一応の平和を取り戻した俺は、ようやく杖を拾い直して、修繕作業を再開した。

 

 

 

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