雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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4.「諸君! 決闘だ!」(2)

 

 

「諸君! 決闘だ!!」

 

 語彙力の足りないギーシュの口上で始まった決闘は、一方的だった。

 

 あたりまえだ。

 才人はまだガンダールヴの力を知らない。ただの平民と同じ……いや、彼はもともと平和な日本の平凡な高校生だったのだ。そこらの平民にも負けるだろう。

 そんな彼が青銅のゴーレム(ワルキューレ)と殴り合いをして、勝てるわけがない。

 

「ギーシュ!」

 

 ワルキューレの拳を腹に受けてうずくまる才人を庇うように、小さな影が躍り出た。

 

「おおルイズ! 悪いな。君の使い魔をお借りしているよ!」

 

 いかにもキザったらしい仕草でギーシュが言う。

 人を見下しきったその態度に、俺は無性に腹が立った。

 そうしてそれは、ルイズも一緒だったらしい。長姉(エレノオール)を彷彿とさせる厳しい声で怒鳴りつける。

 

「お借りしてる、ですって!? いい加減になさい! フラれた腹いせに平民をいたぶって、それが貴族の誇り!? いったいなにが誇りなのかしら! 教えていただきたいわ!」

 

 その剣幕にギーシュはたじろいだが、すぐに余裕を取り繕う。かたちのいい唇を歪め、薄く笑った。

 

「ずいぶん必死だね、ルイズ。そんなにそこの平民が好きなのかい?」

「なっ……!」

 

 ルイズが言葉に詰まり、観衆がどっと笑った。

 一瞬間、俺は目眩がするような怒りを覚えた。

 

「クルト」

 

 柔らかい、体温の高い手が俺の手に触れる。

 

「落ち着きなさいな。自分が侮辱されたわけでもないのに。あんたの悪い癖よ?」

「……すまん、キュルケ」

 

 それでようやく、俺は自分が拳を硬く握っていたことに気がついた。

 目をつむり、深呼吸をひとつ。

 

「我がコールス家はヴァリエール家に忠義を誓っているのだ。そのご息女が侮辱されたとあっては黙っておれぬ」

「嘘ばっかり」

 

 くすくす笑うキュルケは正しくて、俺はただ、幼いころから知っている女の子が嘲りを受けるこの状況に腹が立っているだけだった。

 

「誰が好きですって!? そんなんじゃないわよ! 自分の使い魔が怪我するのを、黙って見ているメイジがいるわけないじゃない!」

「……だ、誰が怪我するって? 俺はまだ平気だっつの」

 

 才人は片手で腹を押さえながらも立ち上がり、なおも決闘を止めようとするルイズを押しやった。

 

「ちょ、ちょっと油断した。いいから、どいてろ」

「ああ、もう! サイト! この馬鹿! わからずや……!」

 

 才人に折れる気がないと悟ったのか、ルイズは地団駄を踏んだ。

 ちら、と視線を後ろに……決闘を眺めている俺に向けた。

 それを見咎めたギーシュは大仰な身振りで、

 

「おやおやルイズ、またミスタ・フォン・コルパスに助けてもらうのかい? 彼はミス・ツェルプストーに夢中なようだがね」

 

 ルイズは、ぎしっ……と歯ぎしりした。

 その視線の先には、いまだキュルケに握られたままの俺の拳がある。

 キュルケは笑顔で俺の手に指を絡め、しなを作ってもたれかかってきた。

 いついかなる状況であれ、ヴァリエールを煽る機会は絶対に逃さない女なのだ、こいつは。

 心底性格悪いとは思うが、ある種尊敬してしまうストイックさである。

 

「ちがうわよ! コルパスなんか知らない!」

 

 俺がキュルケを振り払う間もなく、ルイズは才人に向き直った。

 ゆっくりとギーシュに向かう彼を追いかけ、その肩を掴む。

 

「やめなさいよ! もうわかったでしょ! 平民はメイジに勝てっこないの!」

「うるせえ」

 

 才人はその手を振り払った。

 

「なんでよ。なんで言うこと聞かないの。どうしてそんな意地張るのよ!?」

「ムカつくから」

「え……?」

 

 きょとんとするルイズを背後に、彼は誰に言うでもなく、腹の底から吐き出すように呟いた。

 

「いい加減、ムカつくんだよね……。メイジだかなんだかしんねえけどよ。お前ら揃いも揃って威張りやがって。魔法がそんなに偉いのかよ。アホが」

「な、なに言って……」

 

 才人は立ち止まり、後ろを向いた。

 ルイズを見て、それからまっすぐに俺を指差して、言った。

 

「俺の喧嘩だ。ルイズも、コンパスだかなんだか知らねーけど、お前も手ぇ出すんじゃねえぞ」

 

 ふうん……と俺にくっついたままのキュルケが感心したように、あるいは呆れたように嘆息した。

 俺は身震いした。

 かっこよかった。

 世界の理不尽に真正面から立ち向かい、「ムカつく」と言える才人はかっこよかった。

 自分の怒りにさえ家柄を理由に言い訳する自分自身を見比べて、なんだか無性に惨めになった。

 

「よお。待たせたな、薔薇野郎」

「かまわないさ、使い魔くん」

 

 才人はギーシュに向き直った。

 ギーシュは薄笑いを浮かべて才人に言う。

 

「しかし、きみ、脚が震えているぞ? やるだけ無駄だと思うがね」

「はっ。武者震いだっつの。あんなパンチ、全然効いてねえよ。お前の銅像、弱すぎ」

 

 その言葉が合図だった。

 ギーシュの顔から笑みが消え、青銅の拳が才人の頬を打ち抜いた。

 才人はあっけなく吹き飛ばされ、しかしよろよろ立ち上がった。

 立ち上がったところに拳が飛んで、才人は倒れ、それでもなお立ち上がる。

 

 あまりにも一方的な暴力。

 

 俺は泣きそうだった。

 『原作』でなんども読んだはずの光景は、しかし現実のものとして俺の前に広がっていた。

 

 血の臭い。

 拳が肉を叩く音。

 うずくまって血反吐を吐き、痛みに耐える呻き声。

 

 田舎貴族の息子として育った俺は、幼い頃から野盗退治や魔物狩りに駆り出されてきた。

 コボルトやオーク鬼にぶん殴られ、骨を折ったのも一度や二度では済まされない。

 だからこそわかるのだ。

 ワルキューレに蹂躙される才人がどんなに痛いか、苦しいか、恐ろしいか。

 立ち向かうのに、どれだけ勇気が必要か。

 ぬくぬくした部屋で『原作』を読んでいたときとはまったく違う解像度で、俺は才人を理解する。

 

 ワルキューレの一撃が才人の右腕を叩き、鈍い音がして、彼の腕がおかしな方向に折れ曲がる。

 知らず取り出していた杖を、強く握る。

 剣を渡そう。

 『錬金』で一振りの剣を作り、彼に差し出してやろう。

 そうすれば終わる。

 左手のルーンに宿った『ガンダールヴ』の力が、彼を勝たせてくれる。

 俺はワルキューレの拳が振るわれるたびにそう思い、しかし、動けなかった。

 彼の覚悟を汚す気がした。

 これは彼の戦いだった。

 彼の意地だった。

 少なくとも「手を出すな」と名指された俺には、そして『原作知識』なんかでずるをしようと企んでいる俺には、けっして触れてはならない領域だった。

 

「お願い。もうやめて」

 

 とうとう立ち上げれなくなった才人に、ルイズがすがりつく。

 ルイズは涙を流して引き留めるけれど、才人は頷かなかった。

 その姿に感じるところがあったのか、ギーシュは微笑み、薔薇の杖を振る。

 花びらが舞い、それは一本の剣となって才人の隣に突き立った。

 

「それがわかるか、使い魔くん? 剣だ。つまり『武器』だ。平民どもが、せめてメイジに一矢報いようと磨いた牙さ。未だ噛みつく気があるのなら、その剣を取りたまえ」

 

 才人はルイズの制止を無視して、折れた腕を剣に伸ばした。

 

「俺は元の世界にゃ、帰れねえ。ここで暮らすしかないんだろ」

「そうよ。それがどうしたの! 今は関係ないじゃない!」

 

 ルイズが才人の右手を握る。

 才人はしかし、ルイズを見ていない。まるで自分に言い聞かせるように、力強く呟いた。

 

「使い魔でいい。寝るのは床でもいい。飯はまずくたっていい。下着だって、洗ってやるよ。生きるためだ。しょうがねえ。……でも」

「でも、何よ……」

 

 俺はますます泣きそうになった。

 それは暴力への恐怖とか、才人への哀れみなんかじゃない。

 感動していたのだ。

 

「下げたくない頭は、下げられねえ」

 

 そう言ってなんとか立ち上がり、左手で剣を握る才人は、やはりかっこよかった。

 だから才人が『主人公』なんだ、と思った。

 そうして同時に、俺には無理だ、とてもできない、とも。

 

 才人が決して諦めず、なんども立ち上がり続けたのは、彼が『主人公』だから、ではない。

 『ガンダールヴ』だから、でもない。

 彼が立ち上がれるのは、ただ、彼が彼だから。

 平賀才人だから。

 

 彼は彼だからこそ『主人公』であり、『ガンダールヴ』に選ばれ、そしてタバサを救う『勇者』になれるのだ。

 

 

 

「続けるか?」

「……ま、参った」

 

 剣を握った才人は瞬く間に七体のワルキューレを切り伏せ、決闘に勝利した。

 彼は剣を手放してルイズに振り向き、何か言おうと口を開いて……いきなり倒れた。

 ルイズが咄嗟に駆けより支えようとするが、ふたりして地面に倒れてしまう。

 ルイズはなんとか才人を抱え起こそうとするが、小柄な彼女には到底支えきれず、また転んでしまった。

 俺は「重い」だの「バカ」だの文句を言うルイズに近づき、才人に『レビテーション』をかけてやる。

 

「あ、ありが……」

 

 ルイズは振り返ってお礼を言いかけたが、呪文の主が俺だとわかると、思い切り顔をしかめた。

 

「なによ。あんたは一生ツェルプストーと仲良くしてなさいよ」

「おい、人がせっかく親切に……」

「あんたのは親切じゃないわ。コールスの義務よ。ぎ、む。あたりまえのことをして人から感謝されるなんて、思わないでよね」

「お前な……」

「そんなことより、サイトを部屋まで連れてくわ。はやくベッドに寝かせて、水の使い手も呼んで治療してやらなきゃ。まったく、使い魔のくせに勝手なことばっかりして!」

 

 ルイズはもはや才人しか眼中にない様子でぶつくさ言っている。

 あんまりな態度に嫌味のひとつでも言ってやろうと思ったが、はやく才人を治療してやりたいという点は俺も変わらなかったので、黙って部屋まで運んでやった。

 才人をベッドに寝かせ、ルイズが水系統の教師を呼びに走っている間、俺は彼の右腕に添え木を当て、全身の傷に『治癒』をかけた。

 秘薬もないからたいした効果はないだろうが、何もしないよりマシだろう。

 

 そうして才人の顔の腫れが幾分か引き、決闘のせいで溢れそうになっていた精神力が底をつきかけたころ、俺はようやく当初の計画を……タバサに『治癒』を頼んで才人の好感度を稼がせようと企んでいたことを思い出したのだった。

 

 

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