雪風の姫と砂の城   作:もちもちゼリーちゃん

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42.「参っちゃったな……。どうしてあたし、あんな約束したのかしら」

 

 

 アンリエッタの結婚式が二日後に迫った早朝。

 ルイズと才人が式に出席するべく学院を()つ予定の……、そしてゼロ戦がタルブの空を舞い、ルイズが虚無に目覚める運命の日。

 俺はコルベール先生の研究室にいた。

 実験机の前に座り、じっと時計を見つめていた。

 

 この日に事件が起きると知っていた俺は、昨夜、ガソリンの精製を手伝うのに疲れて寝落ちした風を装い……寝不足が続いていたせいで、実際、少し眠りもしたが、すぐに目覚めた……、研究室に居座ることに成功した。

 才人たちがタルブに飛んでゆくことを確かめるなら、ここで待っているのが一番だからだ。

 もし、なにかの行き違いで彼ら主従がアルビオンの侵攻の報を聞き逃し、いつまでたっても学院に残っているようだったら、俺から彼らに伝えなければならない。

 

 『原作』通りにことが進んでいたらいいのだが……、と、そんな心配は、どうやら杞憂だったようだ。

 研究室の外に転がしておいたロッキーが、ふたつの気配がゼロ戦に近づいて来るのを捉える。

 彼らはなにか言い争ったあと、ひとりが研究室の扉に駆けてきて――

 

「先生! ガソリンはできてますか!」

「できてるよ。才人が言ってた量、ぴったり……いや、少し多いくらいかな」

 

 才人は驚いた顔をしたが、すぐに立ち直って、

 

「じゃあ、それを運んでくれ! いますぐ!」

「奥でコルベール先生が寝てる。先生に頼んでくれ」

「はあ!? お前がやればいいだろ!」

「俺はゼロ戦を見てくる」

 

 ガソリン樽なんて重たいものを軽々運べるのは、魔法使いの特権。

 ふだんの俺なら二つ返事で引き受けていたところだけれど、いまだけは違った。

 俺は机に手をついて立ち上がり、才人の脇を通って研究室の外に出る。

 

「飛ばすんだろ? 最後に機体を見ておきたいんだ。不備があっちゃ困るからな」

「んなもんガンダールヴの力があれば……、くそっ、もういい!」

 

 才人は明らかに苛立っていたが、言い争っている時間も惜しいと判断したのか、コルベール先生を起こしに行った。

 俺は最後に大事なことを……、今日まで何度も整備してきた機体ではなく、その積み荷を確かめるべく、朝露に濡れたゼロ戦のもとへ駆けてゆく。

 

 

 予想通り、ルイズはゼロ戦にくっついていた。

 小さな体でゼロ戦の胴体にしがみつき、パンツも丸出しにしてなんとかよじ登ろうとしているその後ろ姿に、俺は口元を歪める。

 いつかフーケのゴーレムに挑んでみせたときと同じ、それは誇り高い背中だった。

 

 だって、ルイズはゼロ戦を信じていない。

 ガンダールヴならぬ彼女は、『竜の羽衣』の真価を知らない。

 だというのに、ルイズは使い魔をたったひとりで戦場に行かせることが許せなくて、ただそれだけの理由でこんな()()()()に命を預けようとしているのだ。

 

「おはよう、お嬢。手伝うよ」

 

 俺は『念力』で風防を開け、次いでルイズに『レビテーション』をかけてやる。

 ルイズは悲鳴をあげかけたが、魔法の主が俺だとわかると、途端に口をつぐんだ。

 俺はルイズを操縦席の後ろ……、本来は無線機が積まれていた場所に降ろしてやると、翼に登って機体を覗き込む。

 

「どういうつもりよ」

 

 ひどいしかめっ面をしたルイズが、ゼロ戦の機体のなかから俺を睨みつけていた。

 彼女が下げている鞄には『始祖の祈祷書』が覗き、指にはアンリエッタ姫から下賜された『水のルビー』が光っているのを確かめて、安堵の息を吐く。

 虚無に目覚める条件は、ここにきちんと揃っている。

 これなら、ルイズの背中を押せる。

 

「どうもこうもないよ。お前が行きたいってんなら、俺は手伝う。あたりまえだろ。まったく、勘弁して欲しいぜ」

 

 眉間にしわを寄せて呟いた、それは俺の本音だった。

 幼い頃から知ってる女の子を戦場に送るなんて、そんなの当然、嫌だった。

 『原作』では大戦果をあげて帰ってくることができたけど、なにかひとつでも間違いがあれば、死んでいたかもしれない。

 タバサの救いや『原作』など抜きにして、ごく単純な事実として、俺はルイズが死ぬのは嫌だ。

 

 けれどもルイズは高潔で、その誇りは戦うことを命じている。

 そして彼女は、けっして逃げない。

 たとえ敵がどんなに強大でも、勝ち目がなくても、誇りの命じるままに己の義務を果たそうとする。

 

 そうしてどれだけ誇り高く己を奮い立たせても、戦場への恐怖は拭えないのだろう。

 気丈に俺を睨み上げているルイズは、肩を震わせていた。

 その様子に、俺は思い出す。

 去年のいまごろ、己を『ゼロ』と嘲る連中の詰まった教室に、青い顔をして入っていくルイズの姿を。

 どんなに怯えていても、授業なんか休んじまえといくら諭しても、彼女は逃げ出さなかった。己の弱さと世界の悪意に立ち向かい続けた。

 俺はずっと、そういうルイズが眩しかった。

 こいつのとげとげしい言葉と態度のせいで自分でも忘れかけていた、昔からの純粋な憧れだった。

 だから俺はどんなに罵られても蹴られても、ルイズを助けることがやめられないのだ。

 

「……そうね。あんたがわたしを手伝うのは、コールスの義務だもの」

「コールス家の義務に従うなら、お前を止めるべきなんだけどな」

「あっそ。じゃあ止めてみなさいよ」

「バカ言うな。俺は……」

 

 お互いに苦々しい表情を浮かべて言い合っているうちに、研究室から才人とコルベール先生が飛び出してきた。

 ルイズは舌打ちをひとつして、呟く。

 

「ねえ、クルト。初めて会ったときのこと、まだ許したわけじゃないのよ」

「なんだよ、急に」

「だから、(しゃく)だけど……、認めてあげる。あんたがわたしを手伝うのは、コールスじゃない、あんたの義務ね」

 

 そう言い残して、ルイズは顔を引っ込めた。

 俺はくすりと笑って翼から降りると、給油口の蓋を開ける。

 心の命じることと己のすべきことが一致しているのは、どうしようもなく心地いい。

 

「こんな朝っぱらから、飛ぶのかね? せめて私の目が覚めてからにしてくれんかね」

 

 とコルベール先生はふにゃふにゃしながらも淀みない手つきでガソリンを注ぎ入れる。

 その間に、才人は操縦席に飛び込んだ。

 計器類を確認しながらゴーグルを首にかけ、エンジン始動の操作を始めようとして……、ゼロ戦の傍らに立っていた俺に振り向いた。

 

「おい、クルト」

 

 ぶっきらぼうな声。

 

「ルイズ見なかったか」

「見たよ。ゼロ戦に乗ろうとしてたから、止めたんだ。そしたら拗ねてどっか行っちまった」

 

 そうか、と才人は安心したように呟いた。

 それから主人とよく似た渋い顔になって、深呼吸をひとつして、

 

「ごめん! 俺が悪かった! 許してくれ!」

「才人……?」

 

 突然頭を下げられて、俺は唖然とした。

 

「いや俺、正直、自分が悪いとは思ってないけど。お前が告げ口したのが悪いに決まってるけど。でも、もしかしたら、もう会えないかもしれない。これで最後かもしれない。だから、ごめん。謝る。この通りだ」

 

 叩きつけるような彼の言葉に、俺の胸には言いようのない感情が湧き上がる。ほんのちょっぴり泣きそうになって、笑いたくなって、謝りたくて……、しかし口から出てきたのは、こんな台詞だった。

 

「下げたくない頭は、下げられない……」

 

 は? と才人が顔を歪めた。

 

「ギーシュと決闘したとき、お前こう言ってただろ? だから、なんていうか……、驚いた。才人は悪くないのに、謝ってくれるなんて」

「言ったかもしれないけど……、んなことより、お前と喧嘩したまま死んじまうほうが、俺はいやだ。絶対に、いやだ」

 

 才人は己に言い聞かせるかのように語っていたけれど、不意に気がついて、怒鳴った。

 

「……てめ、やっぱ自分が悪いと思ってたんじゃねえか!!」

「はは。そりゃもう、毎日罪悪感で死にそうだった」

「じゃあさっさと謝れよ! それですむ話だったろ!」

「いや、すまん。悪気は……、ないことはなかったけど。すまん。なんかずっと謝れなくて」

「い、意味わかんねえ! なんなんだよてめえ! なにがしたいわけ!? 学院に戻っても、先生の邪魔ばっかしてるしさあ!」

「あー、相棒。お話中のとこ悪いが、給油が終わったみたいだぜ」

 

 操縦席に立てかけられたデルフリンガーが、のんきな声で言った。

 才人ははっとした顔になって、ゴーグルをつけた。

 

「帰ったら一発、殴らせろ」

 

 と言って操縦席に座り直し、エンジン始動の操作を始める。

 俺はゼロ戦を離れて、才人に、そして彼の後ろに隠れているルイズにまで届くように、腹の底から叫んだ。

 

「おう、待ってる。お前の無事を、()()()殿()()に祈ってる!」

 

 返事を確かめる前に、魔法でプロペラを回してエンジンを起こす。

 アウストリの広場は狭くはないが、離陸するには滑走距離が足りない。コルベール先生に頼んで、正面から烈風を吹かせてもらう。

 異世界から来た『竜の羽衣』は轟音を立て、巨大な鉄の体からは想像も出来ない……、けれどもその名にふさわしい軽やかさで、ハルケギニアの空に舞い上がる。

 才人とルイズを乗せた機体は一瞬で高度を上げ、風竜を遙かに凌ぐ速さで、空の向こうへと姿を消した。

 

「彼は、ほんとうに……、この世界の人間じゃないんだな」

 

 俺の隣でゼロ戦を見送っていたコルベール先生が、放心したように呟いた。

 

「そして……不思議だ。私は君にも、彼と同じものを感じるのだよ」

 

 先生が続けて言った、それはある意味、当然の気づきだ。

 ガソリンの精製ペースを調整するため、俺は前世の知識を出し惜しみせず語っていたのだから。

 しかし先生の指摘は、知識などではない、もっと本質的な部分をついているように俺には思えた。

 

「なあ、ミスタ・コールス。いつか君の話を聞かせてくれんかね? 教師ではなく、ひとりの友人として。私は君のことが知りたいのだ」

 

 もし俺が女子生徒だったら、教師として完全に終わった発言である。

 この数日の先生の言動が頭にこびりついていた俺は、思わず吹き出してしまった。

 突然くすくす笑い出した俺に戸惑った様子のコルベール先生に向かって、俺は笑顔で答えた。

 

「ええ、もちろん。俺も先生には、聞いて欲しいと思ってたんです。話せるときが来たら、いつか……」

 

 

 

 魔法学院に戦勝の報が届いたのは、その日の夕方。

 そして俺がその事実を聞かされたのは、それから二時間ほど後のこと。

 連日の寝不足を取り戻すべく早々にベッドで眠っていた俺は、校則違反の『解錠(アンロック)』で窓から入ってきたキュルケに叩き起こされ、才人たちの勝利を知ったのだった。

 

「最強と名高いアルビオンの竜騎士隊を翻弄した『不死鳥(フェニックス)』に、大艦隊を壊滅させた『奇跡の光』……」

 

 薄暗い部屋のなか、ベッドに座ったキュルケは豊かな髪をかきあげ、脚を組み直した。

 俺の部屋を訪れたとき、彼女はいつもベッドに座る。

 貧乏貴族コールス家にあてがわれた居室にそなえつけの椅子は、偉大なるツェルプストー家令嬢のお尻にはそぐわないのだとか。

 キュルケは、()()()椅子に座った俺を睨むように見つめ、悔しそうに言った。

 

「ここに来る前、ミスタ・コルベールに確かめたわ。あんたが見つけさせた『竜の羽衣』は、ダーリンを乗せて西の空に飛んでいったんですってね。ヴァリエールも、朝からどこにも居やしない。全部、あんたの言ってた通りってワケ」

 

 それから艶っぽく嘆息した。

 

「参っちゃったな……。どうしてあたし、あんな約束したのかしら」

 

 『女神の杵』の戦いのあと、ラ・ロシェールの安宿で、俺とキュルケはひとつの約束をした。

 俺はキュルケに予言を……、『ゼロの使い魔3 始祖の祈祷書』で起きる事件を伝え、もしそれが成就したら、彼女は俺が『未来の知識』を持っていると信じてくれる。

 『原作』を思い出した使い魔召喚のあの日以来、ずっと不審な行動を繰り返していた俺への疑いを捨てるための、それはキュルケの優しい約束だった。

 

「ここまで来たら、信じてあげるわ。なんでか知らないけど、あんたは未来を見通せる。そしてヴァリエールは虚無の担い手で、ダーリンは伝説の使い魔ガンダールヴ……。あんたはその力が欲しいから、あの夜、タバサをアルビオンに行かせたのね」

 

 いまだ現実を飲み込めない様子で呟くキュルケに、俺は首を振った。

 

「違うよ、キュルケ。才人の力が欲しかったんじゃない。ただ、どうしても必要なんだ」

「必要っていうのは、どうして?」

 

 キュルケは、気持ちが落ち着かないときの彼女の癖で、髪先をいじりながら尋ねた。

 そうだな……、と俺は口のなかで言葉を選び、

 

「才人はタバサの勇者なんだよ」

「それじゃ、なによ。あんたは、あの子になにか……()()になにか悪いことが起きるのを知ってて、だから、伝説のガンダールヴの力が必要ってこと? 勇者サマにあの子を助けてもらいたいから、未来を変えようとしているの?」

 

 俺は自嘲気味に笑った。

 キュルケの口ぶりに、つい先日まで夢中になっていたバカな『計画』を思い出したからだ。

 

「未来を変える、か……。そうだな。前は、そういう気持ちもあった。でも間違えてた。俺がなんにもしなくても、才人はタバサを助けてくれる。それ以上は高望みだ。なにもしないほうがよかったんだ」

「それじゃあんた、いったいなにがしたいワケ?」

「わからん……。ほんとうに、俺はなにがしたかったんだろうな」

 

 投げやりな気持ちで問い返す。

 キュルケは呆れた目で俺を見つめた。

 

「知らないわよ。あんたがなにを考えてるのか、あたしにはさっぱりわからないんだから」

「そりゃそうか」

 

 俺は腕を組んで視線を伏せ、キュルケも口をつぐんだ。

 窓から差し込んでいた月明かりが雲に陰り、そうしてまた雲間から顔を出すだけの時間がすぎたころ、キュルケがふたたび口を開いた。

 

「あんた、あの子のなにを知ってるの? あの子、ときどきふらっといなくなるし……、()()()なんて名乗ってるくらいだから、事情があるんでしょうけど」

 

 『タバサ』というのは、明らかな偽名だ。

 本来、犬か猫の名前である。

 貧民窟の子どもならまだしも、貴族の子女につけるような名前ではない。

 

「そりゃあもう、いろいろ知ってる。『タバサ』の由来も、本名も……、タバサ自身が知らないことも、忘れちゃってるようなことも、もしかしたら知ってるかもな」

「教えてはくれないのね」

 

 たいして期待していない口ぶりで、キュルケは言った。

 

「そのうち本人が教えてくれるから、待っててくれ」

 

 そうね、とキュルケは呟いた。

 

「あんたの予言が確かで、ほんとにあの子が教えてくれるっていうなら、そのほうがいいんでしょうね。でも……」

 

 キュルケは髪先を指に巻き付けるようにして(もてあそ)びながら、じっとりとした目を俺に向けた。

 

「あんたに言われると、なんだかムカついちゃう。あたし、ずいぶん都合のいい女と思われてるみたいね」

 

 キュルケの言葉は正しく、俺は彼女を都合よく使おうとしていた。

 ひとり未来を知っている不安を和らげ、いざというときは、この間の『宝探し』みたいに『原作』を守るべく手助けさせるつもりでいる。

 そうして俺は、信じている。キュルケは俺を助けてくれるはずだと、傲慢な気持ちを隠せずにいる。

 それが無根拠で無責任な思考だということはよくわかっていたけれど、信じることはやめられなかった。

 だけど、せめて彼女に返せるものはないかと俺は考え……、ふっ、と笑みを浮かべた。

 

「お礼と言っちゃなんだけど……、いと(うるわ)しきミス・ツェルプストーに、予言をひとつ差し上げたい。今度は恋の予言だ」

「いいわね。予言と言ったら、そう来なくっちゃ! あんたの占いって戦争だの伝説だのばっかりで、退屈だったのよ」

 

 キュルケもにやりと笑みを返し、俺に顔を寄せた。

 俺は咳払いをひとつして、かしこまった声を作り、

 

「ブリミル暦は六二二五年、ハガルの月、エオローの週、オセルの曜日に生まれた十七歳。ゲルマニア出身で火のトライアングルのあなたは、今年のうちに、運命の相手を見つけるでしょう。出会いは意外と、すぐそばにあるかも。ラッキーアイテムは、」

 

 『愉快なヘビくん』……なんて直球のネタバレを言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。

 キュルケは不満そうに唇をとがらせながらも、笑いをこらえるような声色で、

 

「なによ、教えてくれないの? いじわるなんだから」

「ぜんぶ知ってちゃ、つまらないだろ?」

 

 毛嫌いしているコルベール先生が『運命の相手』だなんて、キュルケが認めるはずもない。下手に口を滑らせたら、俺はまた焼かれかねない。

 そんな俺の内心を知るはずもないキュルケは、それもそうね、と頷いて、

 

「でも、あたしの運命っていうからには、よっぽど良い男と出会うんでしょうね……」

 

 と目を輝かせ、『理想の男』像を語り始めた。

 身長に始まり、体格や顔つき、目の色、髪の色、声の高さや喋り方、性格、趣味、家柄、魔法の系統、その腕前まで……。

 『彼女より背の高い、優れた火の使い手』ということ以外、その(ことごと)くがコルベール先生からかけ離れていて、俺はおかしくって笑ってしまう。

 キュルケは気を悪くした風もなく、良い男の条件はなにか、恋の情熱はいかに素晴らしいものなのか、ついでに俺が男としての欠点をどれだけ抱えているのか……、べらべらと語り始めた。

 その様子は楽しそうで、楽しくて、俺は不意に思い出す。

 

 彼女と友達になったことがきっかけで、ルイズが与えてくれた二つ名。

 『砂城(さじょう)』。

 小さな波にも抗えずに崩れる、無価値な砂のお城。

 キュルケの標的にされたせいでやけに持ち上げられていた俺の立場が一瞬で崩壊したことを皮肉った二つ名だけれど、俺は気に入っていた。

 

 なんだか響きがかっこいいし、俺が持って生まれてしまった貴族(メイジ)とかいうふざけた地位の危うさとくだらなさを、忘れないようにしてくれると思ったからだ。

 しかし俺はいま、この言葉にまったく別の意味を感じていた。

 

 キュルケとくだらない話をしているこの時間、タルブに向かう才人と和解できたあの瞬間、ルイズに認めてもらえたあのときの、どうしようもない胸の高まり。

 そしてもちろん、そこにいるだけで世界を輝かせてくれる、タバサと過ごせた貴重な時間……。

 それはきっと、未来に起こるはずの苦難と悲劇、『原作』から外れてしまったせいで訪れるかもしれない救いのない結末(バッドエンド)の前では儚い砂の城に過ぎない。

 

「なによ、さっきからにやにやしちゃって」

 

 キュルケはすらりとした脚を組み直し、くすくす笑った。

 

「いや……、お前にはいつも助けられてるなって」

「いまさら気づいたの?」

「そりゃ前から感謝してたけど、改めて」

 

 俺に作れるのは、脆く崩れる砂の城だけ。

 けれどもそれは、だから価値がないってことはないのだ。

 

「そんならさっきの『ラッキーアイテム』、隠してないで教えなさいよ」

「いやいや、それとこれとは話が別だから」

「もう、けちくさいんだから……。それじゃ相手の頭文字(イニシャル)だけでも!」

「だめだってば。そんなに気になるのかよ」

「あたりまえ! 運命の相手が気にならない女なんか、この世にひとりもいないわ」

 

 キュルケは笑みを深めて俺に迫り、俺はうっかり口を滑らせないよう、なんとか追求をかわし続ける。

 いつかラ・ロシェールの安宿でそうしたみたいに(ただし、今度は指一本触れあわずに)、俺たちはずっと語り明かした。

 

 こんなに心穏やかに過ごせる夜は、ずいぶん久しぶりだった。

 

 





三章は以上になります。
ここまで読んでくれてありがとうございました。

次章は楽しい惚れ薬と、原作でも最後まで謎に包まれていた水精霊が出てくる『ゼロの使い魔4 誓約の水精霊』編。
タバサがだんだんメインヒロインらしくなっていきます。

評価、感想、お気に入りなどなどもらえるとうれしいです。モチベになります。
次章までまた少し間が開くかと思いますが、よろしくお願いします。
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