ある朝、『香水』のモンモランシーがセーラー服姿で教室にあらわれた。
その清楚な雰囲気に男子生徒たちはうっとりした瞳で彼女を見つめ、女子生徒たちは羨望と嫉妬のまなざしを向ける。
教室の注目をひとりじめにして気持ちがいいのか、モンモランシーはつんと澄ました顔で席に着いた。
そんななか、顔面を蒼白にして、がたがた震える男がひとり。
「た、たすけてっ! たすけてクルト! 俺、今度こそ殺されちまう!」
才人は授業が終わるなり俺をつかまえ、隣の教室に引きずり込んだ。
「そんな慌てて、いったいどうしたんだよ」
俺はとぼけた顔で尋ねた。
彼の事情は『原作』で把握しているけれど、念のため聞かせてもらおう。
才人は恐怖に汗を滲ませながら、
「モンモンが着てたセーラー服、実は、俺が買ってきたものなんだ」
「へえ。今度はモンモランシーか。さすが、手が早いな」
からかうように言うと、才人はぶんぶんと首を振る。
「あれは余ってたやつをギーシュにあげたんだよ。まさかモンモンが教室に着てくるとは思わなくて……。もともと、シエスタへのプレゼントだったんだ。マフラーのお礼に……」
「こないだルイズにボコられたばっかりなのに、よくそんなことできるな?」
素直な感想が口から漏れる。才人は唇を噛みしめ、絞り出すように叫んだ。
「仕方ないんですっ! セーラー服は! 男の夢だもん!! 脱いだらすごい黒髪美少女のセーラー服! 見たかったんだもんっ!!」
「そうか。良い夢見れたか?」
「見れましたっ! 黒髪快活おっぱい美少女が『おまたせっ』って一回転して膝上十五サントのスカートふわっ! 最高! 最高でしたっ! ありがとうございますっ!!」
「よかったな。それじゃ俺、次の授業あるから」
「ああっ! 待ってクルト! 見捨てないでぇ!」
教室を出ようと背を向けたら、才人が腰にしがみついてきた。
「シエスタにプレゼントしたのがバレたら、俺、殺される。ルイズに気づかれる前に、シエスタからセーラー服返してもらわないといけないんだ。だからクルト、手伝ってくれ! 頼む、この通り!」
「んなこと言われてもだな……」
才人を見捨てるのは忍びないが、これは必要なイベントだ。
『原作』では、セーラー服姿のシエスタと密会している現場をルイズに見つかった才人がなぜかモンモランシーの部屋に逃げ込み、彼女が作っていた禁制の『惚れ薬』を、ルイズがうっかり飲んでしまう。
ルイズは才人にベタ惚れになり、困った才人はモンモランシーに治療薬を作らせようとするのだが、その材料となる秘薬『水精霊の涙』が、なぜか市場に出回っていないという。
そこで才人たち一行は、秘薬を手に入れるためラドグリアン湖に棲む水の精霊を訪ねることになる……、というのが『ゼロの使い魔4 誓約の水精霊』のあらすじである。
惚れ薬自体はそこまで重要ではないけれど、才人たちにはラドグリアン湖に行ってもらわねばらない。
なぜって、彼らが水の精霊から死者を操る秘宝『アンドバリの指輪』の情報を聞かされなければ、レコンキスタによる陰謀……ウェールズ皇太子の亡骸を使ったアンリエッタの誘拐に気づき、これを防ぐことができないからだ。
もし才人たちの介入がなく、アンリエッタがそのまま誘拐されてしまったら、トリステインそのものが崩壊し、レコンキスタに取り込まれかねない事態になる。
取り返しのつかない『原作崩壊』だ。
この誘拐を防ぐだけなら、俺からルイズに『アンドバリの指輪』の話をするだけでもいいのかもしれない。
しかしそんなマネをしたらルイズにますます怪しまれるし、ラドグリアン湖の水位上昇に対処しているタバサたちが困ってしまう。
俺の読んだ『8巻』以降で、水の精霊の存在が重要な伏線になっている可能性だってある。
『原作』の流れに沿えるなら、やはりそのほうがいいだろう。
ただし、誘拐事件は『原作』とは違ったかたちで終わらせるつもりではある。上手く行けば、事件そのものを未然に防ぎ、その後の戦争も『原作』よりマシにできるはず。
だから才人には悪いけれど、俺は彼を助けることができない。現段階では『原作』通りに進めるつもりだ。
むしろルイズが才人の密会現場に居合わせられるよう、さりげなく手助けすることも視野に入れている。
いまも教室の外から俺たちを覗いているルイズ(使い魔の石ころ、ロッキーがその存在を教えてくれた)に話が聞こえないよう『サイレント』を唱えているのは、せめてもの情けである。
「クルトからシエスタに頼んで、セーラー服返してもらってくれよ。俺がルイズの気を引いてるから……」
「やだよ」
と即答したのは、『原作』を守るためだけじゃない。
あのメイドからセーラー服を受け取るなんて、そんな事情がなくともお断りである。
「あのな、俺は誤解されるのはごめんだぞ。
トリステインの法律的にはメイドに何を着せようが罪に問われることはないのだが、俺の倫理的には完全にアウトである。
もし、万が一、俺にそんな趣味があるとタバサに誤解されてしまったら……、死ねる。
別にタバサに好かれたいとか良く思われたいというわけではないけれど、さすがに一線を越えている。俺の心が死んでしまう。
想像だけで胸がきりきり痛んで、タバサの顔が見たくなる。
澄んだ青色の瞳を眺めて、心を癒やしたい。少し眠たげなあの声が恋しい。けれどもそれは、叶わぬ夢だった。タバサは週明けから学院を離れているのだ。
先週の夕食の席、タバサは唐突に『実家に帰る』と俺に告げた。
理由も期間も話さなかったけれど、きっとイザベラからラドグリアン湖の水位上昇への対処を命じられ、オルレアンの屋敷に向かっているのだろう。
ついでにキュルケもタバサにくっついて学院を離れているはずで、これも『原作』通りである。
『未来の知識』を共有している彼女には、惚れ薬の誤飲に始まる一連の事件の顛末をすでに教えている。
タバサの事情を、執事のペルスランから聞くことになるだろう、ということも含めてだ。
予言という名のネタバレを食らったキュルケは納得いかない表情を浮かべていたが、彼女がタバサの秘密を聞き逃したら困るのだ。
『原作』の展開にも影響しかねないし、なにより、俺は知っている。
ずっとひとりで抱えていた秘密を打ち明けられる相手ができることが、どんなに心を救ってくれるか。そして秘密を共有する相手として、キュルケがどんなに素晴らしいか、ということを。
だから俺は、キュルケにはタバサの秘密を知って欲しかった。
「いやいや、クルトなら大丈夫だって。他の貴族みたいに偉ぶったりしないし、シエスタも怖がってないじゃん」
「その信頼が一発でぶち壊れかねないからイヤなんだよ」
「そんなこと言わずにさぁ、頼むよ。な? 友達だろ?」
顔をしかめて拒否する俺に対して、才人はへこへこ頭を下げて頼み込んでくる。
やはり彼は、ハルケギニアにおける貴族と平民の確執が飲み込めていないらしい。
俺と才人が友達でいられること、シエスタが俺を怖がらずにいてくれることがどれだけ貴重か、少しも理解していない。
召喚されてまだ半年も経っていないのだから、仕方ないことではあるのだが。
それでもなんだか
「何度頼まれてもイヤなもんはイヤだってば。そもそも俺に言わせりゃ、あのセーラー服ってやつ? あのメイドに着せるのはナンセンスだね。ありえない」
そうして……、はじめて『原作』を読んだときから抱いていた不満が口をついてしまったのも、きっと仕方のないことだった。
「……おい、いくらクルトでも、それは聞き捨てならねえな。俺の芸術を否定するってんならただじゃおかねえぞ」
売り言葉に買い言葉、というやつか。
なんだかんだ喧嘩っ早い才人の表情が変わる。
彼は彼で、
才人はぎらついた、真剣な瞳で俺をにらみつけ、唸るように言った。
「セーラー服には黒髪、黒髪にはセーラー服。これ世界の真実。しかも脱いだらすごい素朴な美少女。そばかすもアクセントだよネ。シエスタのほかに、誰に着せるってんだよ。まさかモンモンとか言うつもりか?」
「モンモランシー? バカ言え、そんなわけないだろ」
「じゃあ誰だよ」
俺も才人をにらみ返し、積年の……と言っても、ほんの数ヶ月前まで記憶の底に沈んでいた……恨みを籠めて、断言する。
「タバサ」
「……なんだって?」
困惑した様子の才人に、俺はおおげさにため息を吐く。
『タバサメインヒロイン計画』は諦めたとはいえ、タバサを選ばない才人にムカつくことは変わらないのだった。
「だからタバサだよ。タバサ。あの青髪の、メガネかけた、かわいい、いつも本読んでる、ちっちゃくて無口だけど魔法が得意な、実はちょっと負けすぎらいで大食いで、かっこよくて、かわいくて、いざってときはいつも頼りになる美人さん」
「いやタバサは知ってるけど……。それ、クルトがタバサ好きなだけじゃんか。俺はな、セーラー服との
小馬鹿にした調子で答えていた才人が、不意に口をつぐんだ。
短い沈黙のあと、かっと目を見開いて、
「そ、そうか! ぶかぶか! あえてのぶかぶか! その手があったか! だとしたらルイズも……ちくしょう! 俺としたことが! 最初っからルイズに渡しておけば……!」
「タバサだっつってんだろ! 頭
思わず胸ぐらを掴んでしまった。
「タバサに着せたらいよいよ犯罪じゃねえか!」
「確かに犯罪的にかわいいよな! 才人もようやくわかってくれたか!」
「そういう意味じゃねえから! ってか離せ!」
「うわっ」
才人は俺の腕を掴み返し、あっさり引き剥がした。
ガンダールヴのルーンも発動してないのに、力負けするとは。
……微妙な屈辱を感じて、すこしだけ頭が冷える。
これでも俺は幼い頃から領民に混ざって野良仕事をしてきたし、コボルト狩りやオーク鬼退治にもたびたび駆り出されていた。本物の騎士や兵士には敵わないにしても、腕っぷしには多少の自信があったのだ。
平和な日本出身の現代っ子に、素の腕力で負けるとは思わなかった。
日頃の特訓やガンダールヴとして切った張ったを経験してきた成果が、早くも出始めているらしい。
でも、なんだろう、この屈辱感。
俺も才人に
「お前ほんと、タバサが絡むとおかしくなるよな」
才人が嘆息混じりに言った。
俺は不機嫌に顔を歪めて、
「ちげえよ。お前が……、いや、世界のほうがおかしいんだ」
なんだそりゃ、と才人は笑う。
「でも、まあ、クルトがどうしてもっていうなら、あのセーラー服、タバサに譲ってもいいぜ。シエスタから取り返すの手伝ってくれたら、だけど」
「なん、だと……?」
一瞬間、本気で心が揺らぐ。
見たい。
セーラー服×タバサ、絶対かわいい。見たいに決まってる。ぶかぶかは最強だ。
いや、しかし、そんな。
俺の一時の願望のために、『原作』を破壊するなんて……。
「あ、でも一回ルイズに頼んでからだな。素直に着てくれるとは思えないけど、一回だけチャレンジして、断られたらタバサに……いだっ!?」
手が出た。
「てめ、いきなり何すんだよ!」
「ば、ば、ばかやろう、おまえ……、最悪だ、どうしてそんな
「いいだろ別に! 俺が買ってきたもんだし!」
「なおさら許せねえ!」
「なにが!?」
タバサを選ばなかった……いや、結局最後まで読まなかったから誰と結ばれたのかは確定してないけれど、少なくとも『タバサの冒険3』時点ではタバサに振り向く気配もなかった……、『原作』の才人に対するどうしようもない怒りが再燃し、もう一発殴ってしまう。
かつて『原作』や『タバサの冒険』を読んでいたときは好きなヒロインが主人公とくっつかなくて残念、という程度の気持ちだったけれど、こうして才人ともタバサとも親しくなったいま、タバサの初恋を失恋に終わらせるだろう彼の無神経な発言に、こらえきれなかったのだ。
二度も顔面を殴られた才人は目の色を変えて殴り返してきた。
当然である。彼からすればあまりにも理不尽な暴力だ。
ガンダールヴの力を使えば一撃で
フェアなやつ。
そういうところも好感が持てて、だからこそタバサに振り向かないのがいっそうムカつく。
杖を抜かないメイジと剣を持たないガンダールヴの泥仕合は、授業を受けに来た下級生たちがどやどやと教室に入ってくるまで続いた。